お前を守る
「ビ・・・ルビ・・・」
誰かに呼ばれる声で、ルビは目を開く。目の前には石英が、何故か礼服姿で居た。
「此処は・・・えっ?」
良く見ると其処は教会の中で、石英とルビは大勢の人の前に立っていた。更に良く見ると、ルビは純白のドレスを着ている。
「え?・・・あれっ?」
状況を呑み込めず、ルビは困惑する。そんなルビに、石英はふっと自然な優しい笑みを浮かべて、ふわりと抱き締めた。
更に混乱するルビに、石英はそっと囁く。
「ルビ、お前を愛してる。ルビは僕にとっての特別だ」
「あっ・・・」
その言葉が、その言葉が欲しかった―――
この時、ルビは悟る。石英に愛されたかった。石英の特別になりたかったのだと。
「私も、私も石英の事を愛してる」
抱き締め合うルビと石英。それを祝福する大勢の人達。
その幸福を噛み締め、二人は見詰め合う。
「愛してる。ルビ」
「私も、石英を愛してる」
そうして、二人は引き寄せられる様に唇を重ね合わせた。
・・・・・・・・・
瞬間、ルビは簡易なテントの中で目を覚ました。
次第に頭が覚醒していく。サーカス一座で一日だけ働き、一晩お世話になってから更に二日。もう少し歩けば、"龍の瞳"に着くだろう。もう、其処まで近付いている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢?」
どうやら、先程の事は夢だった様だ。それに気付いたルビは次第に赤面していく。
・・・恥ずかしい。羞恥でルビは悶えそうになる。
「うぅっ・・・」
恥ずかしさを忘れる為、一度外に出ようと身体を起こそうとする。しかし、起こせなかった。
其処でようやく気付いた。石英がルビを抱き締めて眠っている事に・・・。
「えっ・・・っ!?」
慌ててルビは石英を振り解こうとする。しかし、寝惚けているのか、石英は余計に絡み付く様に抱き締めてきた。
顔が近い!?石英の体温を直接感じる!?吐息が頬に掛かる!?
あわあわと混乱するルビ。その時、石英の瞼が薄っすらと開いた。
「んっ・・・、ルビ・・・」
「せ、せき・・・えい・・・?」
まだ、ぼんやりとした目でルビを見詰める石英。その手がゆっくりとルビの頬を撫で、そして―――
「んっ・・・」
ルビに口付けた。
「!!?」
ルビはあまりの驚愕に身体を硬直させた。思考が追い付かない。
そんなルビの事などお構いなしに、石英はルビを抱き締め、唇を重ね合わせる。
「んっ、ちゅっ・・・んくっ・・・」
脳の奥底が痺れる様な感覚に、ルビの思考が停止していく。ルビの瞼がゆっくりと閉じていき、石英に身を委ねていく。
しかし、石英の手がルビの胸元にそっと触れた瞬間、はっとルビの意識が覚醒した。
「~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!」
声にならない声を上げ、ルビは石英を全力で突き飛ばした。
その後、完全に目を覚ました石英は、顔を真っ赤にして俯くルビを見て首を傾げるのだった。
・・・・・・・・・
―――08:30―――
「うぅっ」
「あー、いや、本当にごめんって」
現在、石英は必死にルビに謝り倒していた。ほぼ土下座の様な格好で・・・。地面に額を擦りつけて謝罪する。
未だ恥ずかしさから立ち直れず、真っ赤な顔を両手で覆い、石英に背を向けるルビ。流石に石英も罪悪感が湧いてくる。
寝惚けていた為、全く覚えていないが・・・。
「石英は・・・」
「ん?」
ぽつりと、ふいにルビが呟く様に問い掛ける。思わず石英は顔を上げる。相変わらず、ルビは石英に背を向けている。
「石英は、私の事をどう思っているの?私は石英にとって何?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙。石英は黙ってルビをじっと見る。未だ、ルビは石英に背中を向けたままだ。
しかし、羞恥の為かルビは耳まで真っ赤にしている。
ルビの頭の中には、先程の夢がやけに鮮明に残っていた。故に気になったのだ。
石英がルビの事をどう思っているのか・・・。
「僕は・・・」
「っ!?」
びくっ、ルビの肩が震える。そんなルビの肩にそっと触れ、そのまま軽く抱き締める。
「僕にとって、ルビは守るべき人だ。その想いが恋心なのか、それとも唯の憐れみなのか、それはまだ解らない。けど、それでも守ると決めた。守りたいと思った。それだけは変わらない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その想いが恋心なのか、それとも唯の憐れみなのか、恋心ならどうして彼女に引かれたのか、憐れみなら何故そんな感情が今更湧いたのか、やはりそれは解らない。
けど、どちらにせよ守ると決めた。守りたいと思った。だから守る。それだけだ。
だから―――
「ルビ、お前を守る」
「・・・・・・・・・うん」
ルビは少しだけ寂しそうに微笑むと、自分を抱き締める石英の腕にそっと触れた。
・・・・・・・・・
"龍の瞳"―――
情報屋の町、あるいは情報都市と呼ばれる、二ライカナイで二番目に巨大な都市である。
この都市には多くの情報屋が集まり、その情報量はこの町に来れば大抵解るとまで言われる程だ。
その情報量故に、アルカディアは迂闊に攻め込めない程である。情報屋を多数抱えている故に、その守りは厳重以上に鉄壁だ。
閑話休題―――
現在、"龍の瞳"で石英とルビは別行動を取っていた。その方が、効率的に情報を集められると判断しての事である。17:30頃に、町の中央広場で待ち合わせの予定だ。
ルビと別れた石英はまず、近くの酒場に入る。情報収集は酒場が最も適している。少なくとも、石英はそう思っている。
石英は真っ直ぐカウンター席に座ると、カウンターの上に金貨を二枚置く。
「蜜酒を一本。それからコハクという男の情報を、なるべく詳細に」
マスターは、がっしりとした体格にバーテンダーの服装を着こなした、オールバックの金髪にカイゼル髭の老店主だ。
コハク―――その名を聞いた瞬間、マスターは困った様な顔をし、少しだけ考えてから言った。
「ふむ、ドクターの事だね。あの男の事はこの町でも"伝説"だから、正直居場所までは知らんよ」
「・・・・・・・・・ふむ」
どうやら、この町でもコハクの情報は入り難いらしい。情報都市である"龍の瞳"ですら情報を摑み切れていないとなると、かなり胡散臭くなってきた。
本当に、コハクなる人物は居るのだろうか?
「ならせめて、知ってる事だけでも教えてくれないか?」
「・・・ふむ」
マスターはカウンターに置かれた金貨を受け取ると、後ろの棚から蜜酒の瓶を取り出した。
蜜酒―――
蜂蜜酒とも・・・。蜂蜜に水を混ぜて放置しておくと、自然とアルコールになる事から起源は旧石器時代にまで遡る。中世のヨーロッパにおいて、蜂の多産にあやかり一ヶ月間新婦が新郎に蜜酒を振舞った事から、ハネムーンの語源とされる。ハニームーン。
霊的な力が宿ると信じられ、ケルト神話や北欧神話にもその名が登場する。
最古の醸造酒であり、欧米ではその製法からハ二ーワインと呼ばれる。
以上、蜜酒の起源に関する豆知識だった。
まあ、それはともかくとして・・・。
マスターはグラスに蜜酒を注ぎ、石英の前に置いた。蜂蜜独特の甘い香りが広がる。
軽く一口飲む。うん、甘い。
「では、コハクの話だったね・・・。彼は異世界から来た者で、元は山奥に住んでいたらしい。静かな場所を好み、あまり人前に出ないとか・・・。定住せず、各地を転々としているらしいね。辻占い師のアルマという姉が居る」
「ふむ」
マスターが知っていたのはそれだけだった。
どうやらコハクという男は必要以上に人前に出ず定住もしない為、その情報も集まり難いらしい。
「・・・・・・・・・ありがとう」
蜜酒を一気に呷り、マスターに礼を言って酒場を出る。その後、町の情報屋達にも聞いてみたが、それ以上の情報は集まらなかった。
・・・・・・・・・
夕暮れ時―――
結局、コハクの居場所は解らず、待ち合わせ場所の中央広場に向かう。
・・・すると、広場の方が何やら騒がしい事に気付く。よく見ると、其処には数人の男に囲まれたルビが居た。
どうやらナンパされているらしい。
「へへへっ、姉ちゃんこれから俺達とイイコトしないかい?」
「いや、あの私、人を待ってるんですけど・・・」
「俺達と気持ちイイ事しょうぜぇ。へへへっ」
男達はルビにしつこく言い寄っており、ルビは軽く怯えていた。
石英は「はぁっ」と溜息を吐き、ルビの方へ歩いて行く。
「ルビ」
「あっ、石英!」
ルビの顔がぱあっと輝く。しかし、ナンパの邪魔をされた男達は明らかに不満そうだ。
「おいおいおい、後から来た奴が人の女横取りなんざ、無粋すぎるがよおっ!」
「その解釈で言うと、無粋な奴はお前等という事になるな」
「ああっ!?」
男の一人が睨み付けてくる。しかし、対する石英は心底面倒そうな顔で言った。
「この程度の事でキレるなよ。器が知れるぞ」
「っ、の野郎!!」
石英の言葉についにキレた男の一人が、殴り掛かる。だが、その拳が石英の身体に触れた瞬間、殴り掛かった男の身体が反転して宙を舞った。
合気―――
最小の力で最大のダメージを与える技術。人体力学を知り尽くした、石英の奥義の一つだ。
その後、割とあっさりと叩きのめされたナンパ男達は、皆慌てて逃げて行った。
「行こうか」
「う、うんっ・・・」
また助けられた事で頬を赤く染めるルビと、それを見て苦笑する石英。中々良い雰囲気だ。
すると、そんな二人に声を掛ける者が居た。
「おやおや久し振り、という程でもないか。また会ったね、二人とも」
其処には黒いローブを着た占い師、アルマが居た。アルマは二人を見て、面白い物を見る様な薄い笑みを向ける。
「ルビちゃん、だったっけ?は相変わらず少年の事が大好きみたいだねぇ。少年は、おやおや、随分と変わったね。何かあったのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
相変わらず、人の心を読んでくるアルマに、石英はむすっとした顔で黙り込む。それを見て、更ににやにやと笑みを浮かべるアルマ。質が悪い。
「ふむ、どうやら二人はコハクの奴を探しているようだね」
「ああ、そう言えばコハクの姉だったな。お前・・・」
石英の言葉に、アルマは頷いた。
「コハクに会いたいなら、この町から東北にある樹海に行きなさい。今はその森にアイツは住んでいるからね。ただし、くれぐれも喧しくするんじゃ無いよ。アイツは五月蠅いのが大嫌いだからね」
そう言ってアルマは去って行く。その後、石英とルビは近くの安宿に泊まった。




