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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
黄金―アルス・マグナ―
23/114

"クローズド・サークル"

 ―――09:30―――


 "龍の心臓"の門前に石英、ルビ、サファイヤ、ムーンの四人が居た。石英は大きめの荷袋に、最低限の食料と衣類、テントセットや財布などを詰め込み、手には荷袋に入り切らなかったランタンを持っている。


 石英の側には同じく、最低限の荷物を持ったルビが寄り添う様に立っていた。


 「ルビ、石英の事を(よろ)しく頼んだよ」


 「うん、きっと・・・、必ず石英の心を救ってみせるから」


 サファイヤの言葉に、ルビは胸の前で小さくその手を握り締め、決意を表す。そんなルビにサファイヤはふふっと小さく笑う。


 「貴女の想い、石英にきっと届くよ」


 「っ!?」


 途端(とたん)にルビの顔が真っ赤に染まった。その反応に、サファイヤは更に笑う。


 とても楽しそうだ・・・。


 「大丈夫、ルビの恋はきっと叶うから」


 「う、うん・・・」


 ルビはちらりと石英を見た。石英はムーンと何事か話している。その手には地図が握られていた。


 きっとこれからの事で、大事な話をしているのだろう。


 ルビは石英の事が大好きだ。愛していると言っても良い。石英の側に居たいと思うし、側に居続けたいとも思う。


 石英には救われて欲しいと思う。もっと笑って欲しいと思う。それは果たして、自分の我が儘なのだろうか?


 けど、それでも―――


 と、その時、ルビと石英の目が合う。石英がルビに微笑み掛けた。


 「あっ・・・」


 それだけ、たったそれだけの事でルビは胸の奥が暖かくなった気がした。


 ルビは思う。やはり自分は、石英の事を心の底から愛しているのだと・・・。


 赤面して、顔を俯けるルビ。石英はその姿に苦笑する。それを微笑ましく思いながら、見守るサファイヤとムーン。


 やがて、石英は溜息混じりに頭を()きつつ、ルビの側に歩み寄った。はっとして、顔を上げるルビ。


 同時に、石英はルビを包み込む様に抱き締める。


 「・・・・・・・・・あっ」


 ルビの口から、微かな声が漏れる。そんなルビの頭を優しく、愛おしむ様に撫でる。


 恐る恐る、ルビは石英の背に腕を回す。抱き締め合う二人。そんな時―――


 ざわり・・・。


 「ん?」


 「え?」


 石英とルビは同時にある方向を見る。町の入口、巨大な南門の向こうに小さな、子供の人影が三人程此方を覗いていた。


 少年一人に少女が二人程、三人とも悪戯(いたずら)がばれた様な微妙な顔をしている。


 「やべっ、見付かった!」


 「わわっ!」


 「どきどきっ」


 違う。一人だけ興味深そうに、此方をじっと見詰めている少女が居た。・・・やれやれ。


 ルビは顔を真っ赤にして、あうあうと(うめ)いている。


 石英は苦笑して、サファイヤの方を向く。サファイヤも苦笑していた。


 「じゃあ、そろそろ行ってくるよ」


 「うん、・・・ルビを泣かせたらダメだよ?」


 「解ってるよ・・・」


 そうして、石英とルビの二人は旅に出た。


 ・・・・・・・・・


 無名(むめい)大草原(だいそうげん)―――


 "龍の心臓"と情報都市"龍の瞳"の間、歩いて約三日程はかかるであろう広大さを誇る、大陸一大きな草原である。


 その草原で、石英とルビは寝そべっていた。数時間程歩いた場所に綺麗(きれい)な泉があったので、少し休憩する事にしたのだ。


 一面に広がる草原に燦々(さんさん)と輝く太陽、透明度の高い泉は一枚の絵画の様だ。


 正に、幻想的と呼ぶに相応(ふさわ)しい。


 肌を撫でる涼風(すずかぜ)の心地よさに、二人共に微睡(まどろ)む。心地良いひと時。


 このひと時だけは、世の中の何もかもを忘れさせてくれる。嫌な事も、辛い事も、悲しい事も、何もかもを忘却の彼方へ・・・。何時までも、永遠にルビと此処に居たい―――


 ふと、そんな想いさえ過った。しかし―――


 二人がうとうととしていると、何処からか声がしてきた。誰だ、一体?


 少しだけ不機嫌になりながらも其方に目を()ると、白いコートを着た薄紫色の髪の女性と黒髪のピエロが何かを言い合っていた。


 何事かと思い、見ているとピエロと目が合った。ピエロは石英とルビの方を指差しながら、何事か言っている。女性の瞳が、不穏な輝きを放った気がした。


 少しだけ、ほんの少しだけ、嫌な予感がした。


 すると、女性とピエロは石英達の方へどしどしと早足で歩いてきた。石英はルビを背後に庇いつつ一歩程後退する。更に女性の歩く速度が速くなった。何故!?


 「あのー、ちょっとお(うかが)いしたい事があるんやけど」


 女性は流暢(りゅうちょう)な関西弁で話し掛けてきた。その関西弁に石英は少し驚くが、何とか平静を保ちつつ、努めて冷静に返答する。


 「僕達に何か用ですか?」


 「ウチはサーカス一座、"クローズド・サークル"の団長をしています、アメシストと言います。コッチのピエロはオニキス言います」


 薄紫の髪の女性がアメシスト、黒髪のピエロがオニキスという名前らしい。


 ピエロのオニキスは片言でヨロシクと挨拶(あいさつ)した。石英とルビも頭を下げる。


 「石英です」


 「ルビです」


 アメシストは一度だけ頷くと、真剣な表情で問い掛けた。


 「で、本題なんやけど、君達何か得意な事とかあれへんやろか?」


 「・・・・・・・・・その質問に至った経緯(けいい)を教えて下さい」


 流石にいきなりすぎて、訳が解らない。もっと物事の過程を重視して欲しい。ルビなんか、軽く引いているじゃないか。そういう意図を籠めて、石英はじとっとアメシストを睨み付ける。


 アメシストはぽりぽりと頬を掻きながら苦笑する。


 「すまへんな、実は団員の一人が魔素衰弱風邪(マナすいじゃくかぜ)で寝込んでもうてな・・・。ちょっとばかし人数が足らんくなってもうたんや」


 「魔素衰弱風邪?」


 石英は聞き覚えの無い病名に、首を傾げる。ルビが苦笑しながら説明する。


 魔素衰弱風邪―――


 特殊な病原菌により発症する風邪。魔力(精神、生命のエネルギー)を減少させる病。


 身体が極端に冷え込み、重症になると意識を保つのも難しいらしい。


 今では抗体が発見され、治療法(ちりょうほう)が確立された事で、治る病となっている。


 石英が知らない事から、恐らくはこの世界特有の病だろう。


 ・・・この世界には魔術という物が実在する。魔術とは、つまりは精神、生命を司るエネルギーである魔力を運用し、奇跡を起こす技術であるらしい。


 つまり、魔素衰弱風邪とはこの精神、生命エネルギーを(えさ)に増殖する、特殊な病原菌による風邪の事である様だ。


 石英に説明した後、ルビはアメシストの方に向き直り、尋ねた。


 「抗体はもう投与したんですか?」


 「え?ああ、抗体ならもうとっくに投与して今は安静にしてるけど・・・」


 「そう、よかった・・・」


 どうやらルビはそれを聞いて安心した様だ。本当に優しい()だ。石英は思わず苦笑する。


 守りたい。こんな優しくて良い娘を、自分みたいに絶望させたくない。


 そう、純粋に思う―――


 「あのー、結局君達、何か特技とか無いん?」


 と、アメシストが聞いてきた。・・・そう言えば、そんな話だったっけ?今更ながらに、石英は思い出して苦笑した。


 「そう言われてもな・・・。僕の特技なんて・・・ナイフ・・・ぐらい、か?」


 「ナイフ?」


 今まで黙っていたオニキスが、思わず問い返す。その顔は訝しげだ。


 「まあ・・・、師匠からもナイフの扱いが異様に上手いと言われていたしな。投擲術なんか、一度も外した事が無いし」


 その言葉に、ふむっと考え込む仕種(しぐさ)をするアメシストとオニキス。


 「石英にお師匠さんって居たの?」


 「ん?ああ、居たよ?いつも天狗の仮面を被った、老人口調の変な男だったけど・・・」


 ルビの疑問に、石英はさらりと答える。今考えても、実に変な天狗だった。


 天狗を名乗りながら、山伏(やまぶし)ではなく空色の着流し姿だったし・・・。弟子が師を超える事を素直に喜ぶ様な、傲慢(ごうまん)さなど欠片(かけら)も無い男だった。


 「天狗?」


 「ん?・・・そうか、この世界には天狗は居ないのか」


 どうやらルビは天狗を知らないらしい。きょとんっとして、首を傾げている。


 そんなルビの姿に、どういう訳か微笑(ほほえ)ましさを感じてしまう。今の石英の姿を見たらあの天狗の(おきな)はどう思うだろうか?喜ぶだろうか?


 「天狗って言うのは山奥に棲む種族の事で、基本真っ赤な顔に鼻が高いのが特徴だな。自分の実力を過信した人間が魔道(まどう)に堕ちた姿だと言われている」


 「・・・・・・・・・?」


 ・・・話がよく解らなかったのか、ルビは首を傾げている。やはり、微笑ましい。石英は思わず笑みを浮かべる。


 石英自身は気付いていないが、石英はこの世界に来てからかなり変わった―――


 この世界で様々な人達と係わり合い、共に過ごす中で、石英の中に変化が表れたのだ。


 そんな些細(ささい)な、しかし確かな変化に気付かないまま、石英はルビを見詰める。


 「あのー、ちょっとええやろか?」


 「ん?」


 「はい?」


 唐突に、アメシストが石英とルビに話し掛けてきた。いや、その目は石英の方を向いている。


 どうやら石英に用があるらしい。それを石英が理解した瞬間―――


 パンッとアメシストは両手を合わせ、頭を下げた。丁度何かを頼み込む様なポーズだ。


 「あの、はい?」


 その光景に石英は困惑(こんわく)する。何だ、この光景は?


 そんな石英の困惑など露知(つゆし)らず、アメシストは石英に頼み込む。


 「頼んます!ウチのサーカス一座に一日だけ、一日だけ参加して貰えへんやろか!?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 まあ、これはある意味予想出来ていた事だけど・・・。人手が足りないと言っていたし・・・。


 しかし、そのかなり必死な姿に、石英は若干引く。


 「いや、まあ一日だけなら別に構わないが・・・」


 「ほんまか!?」


 「あ、ああっ」


 ずずいっと、目と鼻の近くまで迫る団長。近い近い!!


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ルビの顔が、見るからに不機嫌そうになっている。すすっと石英に近付き、服の裾を摘んだ。


 その姿にピエロは苦笑していた。


 そんなことなどやはり露知らず、アメシストは諸手(もろて)を上げて喜んでいた。


 そんな姿に、石英達は溜息を吐く。


 ・・・・・・・・・


 サーカス一座仮設小屋―――


 その中に入ると、簡易なベッドに横になった群青色(ぐんじょういろ)の髪の少年が居た。


 事前に聞いている。この少年が"クローズド・サークル"のトップスターであり、現在魔素衰弱風邪で寝込んでいる団員だ。名前はアイオライトと言ったか・・・。


 その周りには数人の団員達が立っていた。


 「おかえり団長。えっと、お兄ちゃんとお姉ちゃんは誰かな?」


 真っ先に団長に声を掛けるアイオライト。割と症状は安定しているらしく、顔色は良い。


 その事に、アメシストは表情を崩す。


 「ただいま、アイオ。この二人、とゆうよりもこのお兄ちゃんはアイオの代わりに今日一日働いてくれる人やな」


 アイオライトは石英とルビの方を見る。石英とルビはアイオライトに向かって、軽く頭を下げる。

それにしても、どうやら団員達からはアイオと呼ばれているようだ。


 「石英だ」


 「私の名前はルビ。よろしくね」


 石英とルビはそれぞれ、アイオライトに軽い自己紹介をする。


 アイオライトは二人をじーっと見詰めて、小首を傾げて一言―――


 「恋人さん?」


 「なっ!?」


 ルビが驚愕の声を上げた。サーカス一座の人達も、目を丸くして驚いている。


 よく見れば、ルビは顔を真っ赤に染めて、口をぱくぱくさせて驚いていた。この程度の事が恥ずかしいのだろうか?石英は首を傾げる。


 「僕の守るべき人だよ」


 石英はそれだけ言った。団員達はそれをどう解釈したのか「おおっ」と皆驚いた声を上げている。


 中にはにやにやと、笑みを浮かべている人も居た。ルビは・・・やっぱり顔を赤くしているな。


 石英は静かに溜息を吐く。


 ・・・その日の晩、石英は一日団員として働き、ルビも雑務(ざつむ)の仕事を手伝った。

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