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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
黄金―アルス・マグナ―
22/114

救われても良いんだよ

 ―――12:50―――


 ステラ大図書館―――


 魔王の城の地下に広がる、広大な図書館である。ステラとは、星という意味だ。


 その名の通り、星の英知を思わせる情報量、蔵書が収められている。魔導書(グリモワ)からこの世界の歴史書、地図まで様々な本が収められている。


 ちなみに、気温や湿度などを魔術によって管理している為、保存状態はかなり良好だ。


 その大図書館の奥、厳重に鍵と封印魔術が掛けられた鉄扉(てっぴ)の向こうに、サファイヤとルビが居た。


 "重要機密保管庫"―――


 情報の町、"龍の瞳"で集められた情報の一部が保管された書庫である。もちろん重要機密なので、サファイヤの許可が無ければ入る事は出来ないが。


 その情報量は膨大であり、しっかり整理されてはいる物の辺り一面書類や書物の山、山、山。


 その山の中で、サファイヤは書類の山を(あさ)っていた。


 「うーん・・・、これでもない。これも、違う・・・」


 「あの・・・、何を探してるの?」


 書類の山に半分程埋もれるサファイヤに、ルビが問い掛ける。


 サファイヤは書類を睨み付けながら、少し考える素振りをして答える。


 「うーん、ある人物の情報?・・・・・・・・・って、あった!」


 サファイヤは一枚の用紙を手に、書類の山から出て来た。ルビはその用紙を覗き込む。


 「えーっと、コ、ハク・・・?」


 用紙にはある人物のプロフィールが書かれていた。


 名前:コハク


 性別:男


 種族:覚


 職業:精神医


 詳細:不明


 ルビはある一点に目を留め、驚いた。


 「えっ、覚!?」


 「ああ、そう言えば貴女達、アルマに会ったんだっけ?」


 ルビはこくりと頷く。


 アルマ―――


 心を読む(さとり)の妖怪。山奥に棲み、人の思考を読み、言い当てると言う。


 石英とルビが出合ったアルマは辻占い師をしていた。


 「アルマとコハクは実の姉弟だよ。何でも昔、姉弟揃って異世界から迷い込んだとか」


 今度こそルビは目を見開いて驚いた。同時に納得もした。


 ルビは、サファイヤが何処からか取り出してきたもう一枚の用紙を見る。その用紙には、中性的な男の人相が描かれていた。


 くすんだ黄色の短髪と瞳、鋭い目付きをした青年だ。


 このヒトが―――


 「このヒトが、石英を救ってくれるんだね?」


 「うん、コハクは精神を司る医者で、何でも不思議な術で過去を再体験させるらしいよ」


 過去の再体験。その不思議な術によって、己自身と向き合わせ、心の傷を癒すらしい。


 かなりの荒療治だが、同時に効果的な方法でもあるだろう。


 このヒトなら石英を救える。ルビは真剣な顔で二枚の用紙を見詰め、強く握り締めた。


 ・・・・・・・・・


 「・・・で、その精神医とやらに会えば良いのか?」


 時刻は14:10。玉座の間に石英、ルビ、サファイヤの三人は居た。


 石英はかなり訝しげな顔をしている。それと、石英はあまりこの話には乗り気では無い様だ。


 自分の心の傷(トラウマ)が治ると言われても、あまり信じられないのだろう。


 そんな石英を、ルビは悲しげに見詰める。


 「石英は心の傷を治したくないの?」


 「いや、どっちかと言うと信じられないだけかな?」


 石英はそう言って、肩を(すく)める。


 長い間向き合ってきた心の傷、痛み。今更治そうとも思わなければ、治せるとも思わない。そもそも治したくないと言うのが、石英の本心だ。


 石英は過去を振り返る。


 化物と呼ばれた。殴られた。蹴られた。様々な罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられた。


 両親を失い、全てを失った。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 いや、それだけでは無い。そんな物は言い訳にならない。


 石英はこれまで多くの命を殺した。それはこの世界に来る前の事も含まれる。


 石英は殺した。多くの命を。正義の為や誰かを守る為では無い、己の衝動のままに・・・。


 そんな自分が救われるのは、何だか都合が良すぎる気がしたのだ。


 「少し・・・、考えさせてくれ・・・」


 そう言って、玉座の間を後にしようとする。その石英の背中に、サファイヤが声を掛ける。


 「石英」


 ぴたりと足を止める石英。サファイヤはその背中に、微笑みながら言った。


 「貴方はもう充分苦しんだ。もう救われても良いんだよ」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英は答えない。只黙って立ち尽くしている。


 「これ以上苦しまなくても良い。もう一人で抱え込まなくても良いの」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん」


 長い沈黙の後、石英はそれだけ言って玉座の間を出て行く。その場に残されたルビとサファイヤ。


 「石英・・・」


 ルビはぽつりと呟くと、顔を手で覆い泣き出す。サファイヤはその背を優しく撫で、慰めた。


 ・・・・・・・・・


 ―――22:30―――


 薄暗い部屋の中で、石英はベッドに横になっていた。


 別に寝ている訳ではない。天井を眺めながら、石英は一時間半程思考を巡らせていた。


 考えているのは、もちろんサファイヤとの話の事だ。


 本当に救われても良いのだろうか?もう一人で抱え込む必要など無いのか?


 ・・・否。この苦しみは己の物だ。己だけの物だ。己が抱えずして、誰が抱えるのか。


 それに、今更救われて良い程自身の罪は軽くない。(カルマ)が深すぎるのだ。底が見えない程に。


 「・・・・・・・・・」


 やはり、自分は今のままで良い―――


 そう結論を出そうとした時、ドアをノックする音が響いた。


 「・・・誰だ?」


 「私だ」


 ドアの向こうから聞こえてきたのはムーンの声だった。はて、こんな時間に何の用だ?


 そう思いドアを開けると、やはり其処にはムーンが立っていた。


 燕尾服(えんびふく)を綺麗に着こなし、所作の一つ一つも見事な物。執事の手本の様な男だ。


 「何か用か?」


 「いや、少し話をしようと思ってね・・・」


 最近、ムーンは石英に対して砕けた口調で話し掛ける様になった。今では、互いに親しい友人の様に接している。中々()れた物だ。


 その事に石英は苦笑しつつ、ムーンを部屋の中へ(まね)く。そして、部屋に備え付けてある魔法の照明に(あか)りをともす。


 「で、話って何だ?」


 ベッドの(ふち)に腰掛け、ムーンに椅子に座るよう(うなが)し、用件を問う。


 ムーンは優雅(ゆうが)に椅子に座り、本題に入る。


 「石英は自分が救われたいと思わないのか?ルビだってそれを望んでいる筈だろう?」


 「その事か・・・」


 石英は思わず溜息を吐く。大方サファイヤから聞いたのであろう。


 それに―――


 「僕はルビの想いに(こた)えられない、応える訳にはいかない」


 「・・・・・・・・・理由を聞いても?」


 ムーンは目付きを鋭くして問う。・・・まあ、その反応ももっともだろう。


 ようは人の好意に応えられないと言っているのだ。問答無用で殴り飛ばされてもおかしくはない。


 それをしないのは、応える訳にはいかないという部分に、何か引っ掛かりを覚えたからだ。


 「僕の犯した罪が重すぎる。僕はな、ヒトゴロシなんだよ・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ムーンは黙り込む。石英の言っている事に、思い当たる部分はある。


 竜女王の城で、殺人衝動を暴走させた事は聞いている。彼の過去に何かあったのだろうか?


 「僕は殺した。大勢の人を。正義の為や誰かを守る為では無い、衝動のままに・・・。僕は誰よりもクズなんだよ」


 石英は忌々しげに、吐き捨てる様に言う。それは、何よりも明確な自己嫌悪だった。


 自分は幸せになってはいけない。永遠の地獄こそ、自分に相応(ふさわ)しい罰だ。


 そう言いたいのだ、石英は。


 そんな石英の悲しげな顔を見て、ムーンは溜息を一つ吐く。


 「少し、昔話をしようか・・・」


 「?」


 この状況で昔話とは、一体何なのか?石英は首を傾げ、怪訝な顔をする。


 ムーンは其処でふっと柔らかい笑みを浮かべた。


 「私はな、捨て子だったんだよ」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 何と返して良いか解らずに、石英は沈黙する。


 難しい顔をする石英。ムーンは思わず苦笑した。苦笑して、話を続ける。


 「当時は異能も持たない普通の子供だった。けど、生まれた家が貧乏だった故に口減(くちべ)らしとして捨てられたよ」


 今でも親に捨てられたのが辛いのか、その表情は(けわ)しい。石英は黙って話を聞く。


 「その後の生活は本当に酷い物だったと思う。生きる為なら盗みだってやったし、見知らぬ誰かを殺しもしたよ。木の根を(かじ)って泥水も(すす)った」


 本当に酷い生活だった。いつも死に掛けていた。それでも必死に生きた。


 生きて、生き抜いた。


 「そんな時に出会ったのが、サファイヤ様だ」


 サファイヤは彼にムーンという名と共に、空間転移(テレポーテーション)の異能を与え、自らの側近として(やと)った。


 "貴方の名はムーン、貴方を私の側近として雇いましょう"―――


 「それ以来、私は恩に報いる為に執事として、あの方に忠誠を(ちか)ったんだ」


 「・・・・・・・・・そうか」


 ムーンはサファイヤに対し、とても強い忠誠心を抱いていた。それも、そんな過去があったのならば納得もする。サファイヤが国の民衆に慕われるのも、恐らくは似た様な理由だろう。


 「だから―――」


 「ん?」


 「だから石英、お前も幸せになっても良いんだ」


 救われても良いんだ―――


 その言葉は石英の胸の奥にすとんと落ちて、深く染み渡っていった。


 「・・・・・・・・・そうか」


 其処で、ようやく石英は笑った。その笑みは何処か悲しみの様な、(わず)かな寂しさの様な物も混じっている気がした。


 ・・・・・・・・・


 次の日、時刻は08:00―――


 ルビは朝食を済ませた後、城の中を散歩していた。すると、曲がり角の所できょろきょろと、何かを探している様子の石英が居た。


 「石英?」


 「ん?ああ、其処に居たのか、ルビ。(さが)したんだ」


 どうやら石英はルビを捜していたいた様だ。ルビは思わずきょとんっとする。


 その反応が可笑しいのか、石英はくつくつと笑う。


 「コハクって医者の所に行くんだろ?」


 「っ!?そ、それじゃあ!!」


 「ほら、早く準備をして行くぞ」


 その言葉に、ルビはぱあっと花が咲いた様な笑顔を見せる。その嬉しそうな笑顔に、石英は再びくつくつと笑う。


 「行くぞ」


 「うんっ!!」


 そう言って、ルビは石英の側に駆け寄った。

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