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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
黄金―アルス・マグナ―
21/114

石英を救いたい

 それは、滅びの夢だった。


 ルビの体内に眠る死神が目を覚まし、その身を引き裂き顕現(けんげん)する。


 宿主を殺し、世界に誕生(たんじょう)した死神は世界を犯し、蹂躙(じゅうりん)する。


 死神の猛威(もうい)は一つの世界に留まらない。無限に存在する異世界すらも犯し尽くす。


 子供の泣き声が聞こえる。親の慟哭(どうこく)が聞こえる。誰かの断末魔が聞こえる。


 誰もが平等に死んでいく。世界に(しかばね)の山が築かれる。世界は血の海で満たされる。


 死神は殺す。人類を。獣を。世界そのものを。


 それを只、見詰める石英(ぼく)


 世界が死神に犯されるのを、只じっと見ているしか出来ない、無力でちっぽけな人間。


 誰も彼もが死んでいく。大切な人も、守りたかった人も、そうでない人も―――死は平等だ。


 皆等しく死んでいく。どれ程発達した文明も、人類の手にした英知も、神々の奇跡(きせき)すらも、死神の前には等しく無力なのだ。


 守れなかった―――


 大切な人も、守りたかった人も、異世界に来て初めて出来た友も。あの人もあの人もあの人も、守れなかった事を心底悔しく思う。


 其処で、気付く。自分に悔しく思う程の心なんてあったのか?と・・・。


 解らない。考えても答えなど出ない。考えたところで、もう世界は終わる。


 壊れていく世界を、只眺める。物語もこれにて閉幕(おしまい)


 崩れていく世界。終わる物語。人類が歩んできた可能性の、これが結末だった。


 ・・・・・・・・・


 其処で目が覚めた。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢か」


 石英は荒い呼吸を整え、周囲を見渡す。いつも通りの光景。窓の外の空は、まだ薄暗い。


 壁に掛けてある時計は05:35を刻んでいる。少し、起きるのが早かったか。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 世界が滅ぶ夢を見た。鮮血の赤に(いろど)られた世界終末(パンデミック)の夢。


 しかし、あれは本当に夢だったのか?ふと、疑問に思う。


 石英は思考する。あのやたらリアルな血の香、人々の絶望、怨嗟(えんさ)の声。


 石英には、どうしてもあの夢が只の夢とは思えなかった。


 ルビの死、それを切っ掛けに解放される病群(しにがみ)、終わる世界。


 (ある)いは本当の予知夢(よちむ)の類か。あれこそが人類の辿る未来なのか。


 ・・・または、あれこそが無限の可能性の終末そのものか。


 死神。そう、あれは本物の死神だ。


 人類の、鳥類の、獣の、魚類の、この世の生きとし生ける全ての生命が、死神によってその命を刈り取られるのだ。


 人類の歩んできた可能性が無に還る。


 神々すらも滅ぼしうる脅威(きょうい)に、只の人間ではどうする事も出来ない。


 ・・・否、本当にそうなのか?本当にその未来(けつまつ)は変えられないのか?


 そんな結末は認めない、認められない。


 だから石英は考える。その(みらい)を回避する方法を。


 ・・・・・・・・・


 ―――08:00―――


 魔王の城、第一訓練場。第一~第三まで在る訓練場の一つ。其処で、石英とサファイヤは実戦訓練を行っていた。


 ・・・ちなみに、第一訓練場は屋外に、第二訓練場は屋内に、第三訓練場は城の外にある大規模演習場となっている。基礎体力を鍛える器具は第二訓練場にある。第三訓練場なんかもはや、コロッセオの様な建造物だ。


 まあ、それはさておき現在石英とサファイヤは実戦訓練を行っている訳だが・・・。


 訓練と言っても、内容は刃引(はび)きされた剣を使用した実戦形式の訓練だ。


 現在の状況は石英の劣勢だった。


 打ち込めばすり抜ける様に流され、逆に打ち込まれれば、流しきれずに一撃を喰らう。距離を取って離れれば、斬撃が飛んでくる。


 どうやって斬撃を飛ばしたのか聞いてみると、ほぼ力任せだと言う。有り得ない。


 竜女王の"ドラゴンブレス"を切り裂いた石英が言える事では無いのだが、有り得ない物は有り得ないのである。異論は決して認めない。


 実際、サファイヤは無傷で石英は身体中(あざ)だらけだ。此処まで差があるのか。


 石英は内心、うんざりとする。


 そんな石英に、数えるのも馬鹿らしい程の斬撃が飛んでくる。たった一撃でも喰らえば、かなり不味いだろう。


 それ程の威力の斬撃が、無数に飛んでくる。石英は舌打ちを一つ。


 呼吸を整え、剣を構える。


 「ふっ!!」


 石英の腕が一瞬、(かす)む。次の瞬間、石英に迫っていた無数の斬撃が尽く、石英の身体をするりと擦り抜けた。


 剣を巧みに操り、斬撃を受け流したのだ。


 だが、その一瞬の間、石英に致命的な隙が生まれた。その隙をサファイヤは見逃さない。


 一瞬で距離を詰めたサファイヤが剣を振るう。石英はそれを防ぎきれずに吹っ飛ばされる。


 その後、訓練場の壁に後頭部を(したた)かに打ち、石英は医務室(いむしつ)に運ばれたのだった。


 「・・・・・・・・・やり過ぎた」


 呆然としたサファイヤの呟きは風に流され、消えていった。


 ・・・・・・・・・


 ―――10:30―――


 サファイヤの執務室(しつむしつ)、兼書斎(しょさい)―――


 サファイヤは机の上の書類を睨みつつ、石英の事を考えていた。曰く、どうやって石英に謝ろう。


 訓練場の一件は流石(さすが)にやり過ぎたと思っている。


 「うーっ」


 思わず可愛らしい唸り声を上げる。この場に石英が居たら、和んでいる所だ。


 ・・・まあ、その石英の事で上げた唸り声なのだが。


 とにかく、石英には後で謝っておく必要があるだろう。というか、謝らなければならない。


 「うーっ!!」


 コンッコンッ、ドアをノックする音が響く。


 「うっ!?」


 びくっとサファイヤの身体が硬直(こうちょく)し、室内が静寂(せいじゃく)に包まれる。


 ・・・コンッコンッ。再びドアをノックする音が響く。だらだらと冷や汗をかくサファイヤ。


 「あの、サファイヤ?」


 聞こえてきたのは、ルビの声だった。何だか怪訝そうな声だ。


 恐らくは、部屋の中から奇声が聞こえたからだろう。恥ずかしさに顔から火が出そうだ。・・・いやまあ出る筈も無いが。


 「ああ、うん・・・、入って来て良いよ」


 上擦(うわず)った声が出る。流石に気が動転しすぎだ。サファイヤが何とか気分を落ち着けると、間髪容れずドアが開いた。恐る恐るルビが入ってくる。


 執務室(しつむしつ)に入って来たルビが、不思議そうな顔でサファイヤの顔を見る。恐らく相当変な顔をしているのだろう。


ごほんっ、と軽く咳払いする。


 「それで?私に何か用?」


 「ああ、うん・・・、実は石英の事なんだけど・・・」


 ルビは真剣な顔で話し始める。


 それは、竜女王の城での一件。殺人衝動を暴走させた石英が見せた、石英の本心。


 (さとり)の占い師、アルマは言った。石英の心は空虚(くうきょ)だと。絶望の末に、全てを失ったのだと。


 だが、それは違う。石英の中には、確かに心と呼べる物があったのだ。


 それを聞いたサファイヤは、少しだけ考える仕種(しぐさ)をして、ルビに聞き返した。


 「うん、話は理解した。それで?ルビはどうしたいの?」


 「石英を救いたい。石英の心を絶望から解放したい!」


 サファイヤの瞳を真っ直ぐに見据え、ルビは強く言い放った。ルビのその瞳は、とても強い覚悟が込められていた。


 石英の心を救いたいと、自分を救ってくれた石英に、今度は自分が救いの手を差し伸べたいと。


 そうルビは力強く答える。


 石英の事が大好きだから、愛しているから。


 石英の心の(やみ)に触れた。もっと彼の事を理解したいと思った。そして、理解した上で彼を救いたいと思ったのだ。


 だから―――


 「お願いします、石英を救う為に力を貸して下さい!!」


 ルビはそう言うと、サファイヤに頭を下げた。サファイヤは真剣な顔でルビを見る。


 しばらくの沈黙の後、サファイヤはその口を開いた。


 「石英の心の闇は深いよ?もしかしたら、拒絶されるかもしれない・・・」


 その言葉に、ルビの肩がびくっと震えた。


 確かに、石英に拒絶されるのは嫌だ。誰に嫌われても、石英にだけは嫌われたくない。


 けど、それでも―――


 「それでも、私は石英を救いたい!!」


 例え石英から嫌われても、拒絶されたとしても、石英には幸せになって欲しい。もう、絶望して欲しくないのだ。


 例え、それが自己満足であったとしても、それでも構わない。


 だから、だからっ―――


 「ルビ」


 サファイヤの言葉に、ルビはびくっと肩を震わせる。そして、恐る恐るサファイヤの顔を見た。


 ・・・サファイヤは微笑んでいた。


 「大丈夫だよ、ルビ。私も同じ気持ちだよ」


 サファイヤは椅子から立ち上がり、ゆっくりとルビに近付く。そして、優しく包み込む様にルビを抱き締めた。


 「石英を救いたいのは、私も同じ」


 そう言って、子をあやす様にルビの頭を撫でる。瞬間、ルビの顔がくしゃっと(ゆが)む。


 「うっ、ああっ・・・、ああああああああああああああああああああああああっ!!」


 ルビはせきを切った様に泣き出した。赤子の様に泣き続けるルビを、サファイヤは優しく微笑みながら抱き締め、頭を撫で続けた。

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