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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
竜女王
20/114

儂は翁

 それはまだ、石英が両親と共に山奥の田舎で暮らしていた時の話。まだ石英が幼かった頃の物語。


 石英はいつも通り山に登り、遊んでいた。


 この山には熊や猪が出るが、石英は昔から生き物の気配に敏感だ。早々に不覚を取る事は無い。


 ・・・しかし、この日は違った。


 「よお、坊主。腹がへったのだが、儂に何かおごってくれんかのう?」


 「っ!?」


 いきなり声を掛けられ、石英は思わず臨戦態勢(りんせんたいせい)に入る。気配は全く感じなかった。一体何時から其処に居たのか?


 警戒心を最大限に引き上げる石英に、声の主は高らかに笑いながら姿を現した。


 まず、目を引いたのは朱色の天狗の面だった。


 澄んだ空色の着流しの上からも解るがっしりとした体格の、天狗面(てんぐめん)の男だ。


 黒い短髪はぼさぼさでだらしないが、全く隙が無い。笑ってはいるが天狗の面で表情が読めない。


 一目で只者ではないと悟り、石英は冷や汗を流す。しかし、天狗面の男はそれを見て、更に高らかに笑い出す。・・・何がそんなに面白いのか解らない。


 「はははっ、そんなに警戒せずとも良い。儂は只、腹がへったのだ」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英は何とも胡散臭(うさんくさ)そうな目で天狗面の男を見る。相変わらず男は笑っている。


 すると、男の腹がぐう~っと盛大に鳴った。更に笑う天狗面の男。


 石英は一つ溜息を吐くと、天狗面の男に弁当を差し出す。今朝、母が作った弁当だ。


 「ほらよ」


 「はははっ、ありがとうよ」


 天狗面の男はそのまま、ガツガツと弁当を食べ始めた。・・・仮面を付けたまま、どうやって食べているのか、実に不思議な光景だと思う。


 天狗面の口元を凝視してみる。良く見ると、食べ物を口元に運ぶ度に食べ物が消失し、次の瞬間にはその奥で咀嚼(そしゃく)する物音が聞こえる。何だこれ?


 珍妙な光景に呆然と見ていると、弁当を食べ終わったのか、空の弁当箱を差し出してきた。


 「ふうっ、美味かった・・・。ありがとうよ、坊主」


 「さいですか。あと、僕の名前は石英だ、坊主じゃない」


 石英は何処か疲れた様な表情で弁当箱を受け取り、名乗った。弁当箱は綺麗(きれい)に空っぽだった。ご飯粒一つ残っていない。


 相変わらず、男は楽しそうに笑っている。


 「儂は(おきな)、これでも何千年も生きる天狗だ」


 男の名は翁と言うらしい。だが、驚くべきは其処では無い。


 「はっ?千年?天狗?」


 「おうよ!これでも儂は本物の天狗だ。この山に何千年も暮らし、神通力(じんつうりき)を操る御山の主よ」


 腰に手を当て、軽く胸を反らせる翁。何とも自慢げだ。胡散臭い。


 だが、石英はそれどころではない。目の前の天狗が本物なのか、(にわ)かには信じがたい。


 しかし、幼い子供とは言え、獣の気配すら敏感に感じ取る事が出来る石英に一切気付かれずに近付いた事といい、石英の鋭い勘がこの男は本物だと告げている。


 何よりも、それ程の男がこんな子供を相手に嘘を吐く必要が無いとも・・・。


 そんな石英の警戒心など露知(つゆし)らず、翁は自身の顎に手を当てて考える素振りをする。


 「しかし、飯をおごって貰ってはいさようならじゃ、我々天狗の沽券(こけん)に係わる」


 「いえ、結構ですので帰って下さい」


 翁の言葉を石英はばっさりと切って捨てる。翁はつまらなそうな声を上げる。


 「ぬうっ、そう言うなよ。・・・では、儂の弟子になってみんか?」


 「・・・・・・・・・何だって?」


 思わず、石英は怪訝な声を上げる。その顔が面白かったのか、翁がクツクツと笑う。


 「そうだな・・・、よしっ、決めた!石英は今日から儂の弟子だ!」


 「・・・・・・・・・僕の意思は?」


 呆れた声で問う石英を無視し、翁は準備を始める。この天狗、ノリノリだな。


 「こっちだ、石英」


 「ちょっ、おい!」


 翁は石英の襟首(えりくび)を掴み、引っ張って行く。首が締まる!!


 じたばたと暴れる石英を、笑いながら連れ去る天狗の翁。傍から見ると、只の誘拐犯である。


 まあ、残念ながらこの場に他の人間は居ないのだが・・・。


 やがて、石英と翁は開けた場所に出た。翁は石英を雑に放る。


 「げほっ、げほっ・・・」


 「ほれっ」


 喉をさすりながら咳き込む石英に、翁は木刀を放る。荒く削っただけの(かし)の木刀だ。


 石英は立ち上がり、木刀を手に取る。ズシリと重い。


 「・・・強引な(じい)さんだ」


 そう言い、憮然(ぶぜん)とした顔で木刀を構える石英。翁は薄い笑みを浮かべながら木刀を取り出し、真っ直ぐ正眼に構える。


 瞬間、先程まで笑っていた翁の雰囲気(ふんいき)が一変した。


 戦―――


 一帯の山々を覆い尽くす程の濃密な戦意、殺気が翁から放たれる。それは(まさ)しく山の主に相応しい気迫と言えるだろう。


 石英は口を真一文字に結び、気を引き締め直す。一瞬でも気を(ゆる)めたら、その場で殺される。


 石英には、その確信があった。石英の天性の勘がそう告げていた。


 「来い!坊主っ!!」


 翁に発破を掛けられ、石英は大上段に木刀を振りかぶり、切り掛かる。だが―――


 「隙だらけだ!!」


 石英の空いている胴の部分に、翁の木刀が強く打ち込まれる。石英の小さく軽い身体が数メートル程盛大に吹っ飛んだ。


 「ガッ!?」


 地面を数回バウンドし、転がる石英。腹を押さえて地面に(うずくま)る。


 それを翁は冷たい視線で見下ろす。


 「すぐに立ち上がれ!敵は待ってはくれんぞ!!」


 「っ!?」


 木刀を握り締め、石英はよろよろと立ち上がる。そのまま、翁に向かって突撃していく。


 「やあああああああああっ!!」


 「踏み込みが甘い!!」


 今度は木刀ごと弾き飛ばされた。またしても地面を転がるが、石英は何とか立ち上がり、再び翁に向かって踏み込んで行く。


 「はあああああああああっ!!」


 「もっと腰を入れて振れ!!」


 またも弾き飛ばされる。それでも石英は(あきら)めずに木刀を握り直し、向かっていく。


 「たあああああああああっ!!」


 「握り込みが甘い!!」


 弾かれた木刀が、数メートル先の地面に突き刺さる。一緒に吹っ飛ばされた石英は何とか立ち上がろうとして、・・・もう限界だった。


 意識が暗転する。


 ・・・・・・・・・


 目を覚ますと、日は沈み掛けていた。逢魔(おうま)(とき)だ。


 「よう、石英・・・、目え覚めたか?」


 すぐ側に翁が座り込んでいた。()()に枯れ木を放り込んでいる。


 起き上がろうとして、身体に激痛が奔った。


 「ぐっ・・・」


 「今はゆっくり寝ていた方が良い。筋肉痛が酷かろう」


 「筋肉痛・・・?これが筋肉痛・・・だと・・・?ぐっ!!?」


 石英は身体から力を抜く。どの道、この痛みでは(ろく)に動けないが・・・。


 「なあ、石英。お前は手に入れた力を何の為に使う?」


 「何?」


 石英は翁の方へ振り向く。それだけで身体中に激痛が奔るが・・・。


 思わず、石英は顔を(しか)める。しかし、天狗の翁は気にせずに続ける。


 「石英は力を手に入れ、何を求める?」


 石英は天狗面から覗く瞳を凝視する。その瞳は真剣だった。


 真剣に、石英を見定めようとしていた。


 「僕は・・・」


 石英は空を眺めながら、ぽつりと呟く。自分は何を求めるのか?力を得て何に使うのか?


 それは―――


 「僕は、自分を守りたい。自分で自分の身を守りたい―――」


 「ほう?」


 翁は(わず)かに目を見開き、石英を見る。石英の瞳は確かな覚悟があった。


 「親の陰に隠れて守られる訳じゃ無い。自分で自分を守る力を、自分の意思を貫き通す力を!」


 その為の力が欲しい―――石英はそう答えた。


 「・・・そうか」


 翁は静かに呟いた。仮面の奥の表情は、相変わらず読めない。


 その後、石英は翁に山の(ふもと)まで送って貰った。家に帰った石英のぼろぼろの姿を見て母親は卒倒(そっとう)していたのだが・・・。


 ・・・・・・・・・


 それ以来、石英は度々山に登っては翁の修行を受けていた。


 修行は地獄の様に苛烈(かれつ)さを極めた。しかし、石英はそれでも喰らい付いた。


 そんな石英に、翁は様々な武の極意を授けた。柔術(じゅうじゅつ)合気(あいき)、更には呼吸法(こきゅうほう)に至るまでの身体の様々な運用法を。


 日本刀や西洋剣、短刀やナイフ、槍や鎖鎌(くさりがま)などの武器の使い方。


 気配の殺し方や、殺気を放って敵を威嚇(いかく)する方法まで様々だ。


 特に、石英はナイフや短刀の扱いが上手かった。


 本気で振るえば大木すらも両断し、投擲(とうてき)すれば必中の精度を誇った。


 ある日の事、石英は学校に登校し、教室に入る。教室内がしんっと静まり返る。


 最近ぼろぼろの姿で登下校する様になった石英を、不審な目で見詰める。中には好奇の視線を向ける者も居た。


 「よう、化物。最近やけにボロボロじゃねえか」


 そんな石英に、にやにやと笑いながら話し掛けてくる子供が一人。石英をよく(いじ)めに来る子供の内の一人である。


 石英は黙ってその子供の横を通る。無視された事にイラついたのか、その子供は解り易い程に、怒りに顔を歪めた。


 「おいっ!待てよ!!」


 石英の肩を(つか)む。瞬間、その子供を濃密な殺気が襲った。


 「ひっ!?」


 その子供だけでは無い、教室内の子供達全員が、その殺気に硬直した。


 子供達全員が瞬時に理解した。今、動けば確実に殺されると。そして、此れは子供の放つ殺気では断じて無いと。


 石英は冷やかな目で子供達を一瞥(いちべつ)すると、肩に置かれた手を払い除け席に着いた。


 その日一日、石英に話し掛ける子供は一人として居なかった。


 ・・・・・・・・・


 天狗との修行を始めてから一年程が過ぎた。石英は誕生日を迎え、十歳になる。


 いつも通り、修行に来た石英に翁は突然言った。


 「石英、今からお前に"試験(しけん)"を課す。これに合格すれば、もう何も教える事は無い」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英は黙り込む。思えば、この一年で、石英はかなり強くなった。


 それは人外である翁が一番理解している事だ。


 この一年の修行の中で、翁は石英に対して深い(じょう)の様な物を抱いていた。しかし、同時に気付いてもいたのだ。


 石英はこの一年間で、心の奥底から翁に対して何の感情も抱いていない。師弟間の絆も信頼も、微かな情すらも抱いていない。


 それは石英の"心の闇(トラウマ)"だ。底すらも見えない程、暗くて深い暗黒の闇だ。


 それに気付いていながら、何も出来なかった事を翁は悔しく思う。


 だからこそ、せめてもの"悪あがき"として、翁は石英に一つの"試験"を課す。それは―――


 「儂と、この天狗の翁と本気の決闘(けっとう)をしろ」


 その言葉に、石英は(わず)かに目を見開く。しかし、翁の目は本気だ。


 石英は小さく溜息を吐く。


 そして、両者同時に木刀を構えた。瞬間、一帯の山々を濃密な殺気が覆う。


 拮抗(きっこう)し合う殺気は大気を震わせ、山に棲む獣達を恐慌(きょうこう)させる。


 刹那(せつな)、石英と翁の姿が同時に消えた。と、同時に二人の立っていた中間点で二人共に木刀を打ち合わせる音が響き渡る。


 石英は木刀を巧みに操り、翁の木刀をするりと流す。流して返す刀で翁に切り掛かる。


 それを、翁はしゃがみ込む事で(かわ)し、膝のバネを利用して空いた石英の左胸を突く。


 しかし、当たれば致命傷間違い無しのその突きを、石英は後ろへ大きく跳んで避けた。


 大きく跳んだ石英は、そのまま大木の枝にふわりと軽く乗った。そして、再び石英と翁の姿が同時に消え去る。


 ・・・その後、決闘は一日中続き、日が沈み、夜になろうとも続いた。


 山の中を縦横無尽(じゅうおうむじん)に駆け回り、木刀で激しく打ち合った。その余波は大木すらも容易(たやす)く切り裂く。


 身体を打たれ、骨が折れ、血を吐きながら、それでも戦い続ける二人。だが、少しずつだが二人の体力も徐々に疲弊(ひへい)していく。時間と共に、傷も増えていく。


 そして、遂に決着の時が来た。


 夜が明け、空が白み始めた頃。二人は傷だらけ、息も絶え絶えで、それでも木刀を構えて只向かい合っていた。


 これが最後―――二人とも、それを理解していた。


 動き出すのは同時。互いに残った体力の全てを一撃に込め、相手に打ち込む!!


 ・・・立っていたのは石英だった。


 翁の木刀をほぼ反射のみで避け、空いた胴の部分に木刀を叩き込んだのだ。


 「はっ、はははっ・・・、儂の負けだ・・・。石英、免許皆伝(めんきょかいでん)・・・だ」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 もう、限界だった。石英もその場に倒れ、意識を手放す。


 暗転。


 ・・・次に目を覚ましたのは、少し離れた場所にある町の総合病院だった。


 両親に話を聞いた所、朝方家の前で地響きと共に大きな音がしたかと思うと、玄関の前に重傷の石英が倒れていたらしい。


 中々石英が帰って来なかった事もあって、両親にはかなり心配を掛けた様だ。母なんか涙を流していたのを覚えている。


 全治三か月。これでもかなり早い回復力らしく、医者が驚いていた。その更に一ヶ月間、山に登る事を両親から全面的に禁止された。


 だが、石英は知っていた。


 もう、あの天狗とは会う事も無いだろうと・・・。


 それから間もなく、石英の両親が何者かに殺された。

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