もっと人を頼れ
翌日―――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目を覚ました石英は早くも頭痛を覚えていた。ついでに胃もきりきりと痛む、気がする。
その理由は彼の目の前に居た。
「すうー、すうー」
ヘリオドールが寝ていた。石英のベッドで、石英の腕に抱き付いて、御丁寧にも半裸姿で。
半裸なので、色々と見えてはいけない所が見えてしまっている。うむ、エロい。それに、慎ましいながらも柔らかい膨らみが腕に当たって、中々気持ちが良い。
「・・・・・・・・・しかし、誰かに見られたら拙いよな、これ」
そう考えたのがいけなかったのか、次の瞬間コンッコンッとドアをノックする音が響いた。
「!?」
「石英、起きてる?」
ルビの声だった。と、言うよりも今入られるのは本当に拙い。しかし、一向に返事をしない石英にルビは不審に思い、ドアのノブに手を掛ける。
「石英?・・・開けるよ?」
ガチャッ―――ドアが開き、ルビが中を覗き込む。そして身体を固まらせた。
ルビの目の前には、顔を顰める石英とその腕に抱き付くヘリオドールの姿があった。
「んっ、・・・んんっ」
その時、タイミング良く目を覚ましたヘリオドールと石英の目が合う。ヘリオドールが薄く笑う。
石英は冷や汗を流す。
「石英・・・君・・・」
ヘリオドールは石英の首に腕を回し、抱き付いてくる。そして、その頬に軽く口付けた。
瞬間、はっと我に返ったルビが部屋を飛び出し、走り去っていった。その瞳は涙に濡れていた。
「・・・あれ?ルビ居たのか?」
きょとんっとした顔のヘリオドールと、頭痛を堪える石英。
「はあっ、ちょっと行ってくる」
「おうっ」
石英は部屋を飛び出し、急いでルビを追った。
・・・ルビは中庭に居た。中央の花に囲まれた場所で、蹲って泣いている。
石英は静かに近付いていく。
「来ないで・・・」
ルビは弱々しい声で、石英を拒絶する。しかし、石英はそれでも止まらずに近付いていく。
「来ないでよ・・・」
ルビは立ち上がり、三歩程後退する。しかし、それでも石英は止まらない。・・・ついに石英はルビの側に辿り着いた。
パシィッ!!
ルビの平手が石英の頬を打つ。
「・・・・・・・・・」
「ご、ごめん・・・」
何も言わずに黙っている石英から、ルビは目を逸らす。そんなルビに石英は薄く笑い掛け、頬にそっと手を添えた。
もう片方の手はルビの肩に触れている。何をするのか?ルビは若干怯えた顔で、石英を見詰める。
そしてそのままルビを引き寄せ―――
「んむっ!!」
ルビの唇を奪った。
驚いたルビは、思わず石英を突き飛ばそうと腕に力を込める。しかしびくともせず、逆に強く抱き締められる。
唇を重ね合わせるだけの軽いキスだったが、ルビは次第に脳が痺れた様にトロンッとしていき、やがて完全に石英に身を委ねた。
一分程度、しかし二人からしたら永遠にも近い時が過ぎた。
石英がそっと離れると、ルビの顔が真っ赤に染まった。
「あ、あうつ・・・」
ルビは真っ赤な顔を俯かせ、あうあうと言葉にならない声を発する。石英は再び抱き締めたくなる衝動にかられるが、それを抑え込んでルビに話し掛ける。
「ルビ、僕は正直に言って未だに人を好きになる気持ちが解らない。恐らくはこれからも理解出来ないだろうな。けど、それでもルビは僕の事を好きでいてくれるんだね」
「っ、そんなの当然じゃない!!私は石英のお陰で救われたの!何度も私を助けてくれたっ!!それだけでも私はっ、私はっ!!」
思えば洞窟に封じられていた自分を助けてくれた所から、ルビの恋は始まっていたのだろう。
石英の事が大好きだ。愛している。それだけは決して変わらない。
声を荒らげて更に言おうとしたルビを、石英は強く抱き締める。
「っ!?」
「ありがとう、ルビ。それだけで良い。それだけで充分だ」
そう言って、石英は再びルビに口付ける。ルビも石英の首に腕を回し、求める様にキスをする。
極彩色に彩られた庭園で二人だけの時間を覗く様な無粋な者は誰一人として居なかった。
・・・・・・・・・
午後13:00―――
「もう、帰るんだな・・・」
「・・・いや、ヘリオなら何時でも会いに来れるんじゃないか?」
"無名の天空都市"最果て、赤い巨竜ウェルシュの棲み処に石英とルビとサファイヤ、そして見送りに付いて来たヘリオドールが居た。
石英達三人はウェルシュ君、この島に来る時に乗って来た巨大なドラゴンの背に乗っていた。
ヘリオドールはかなり名残惜しそうな顔をしている。いっその事、石英だけこの島に残れば良いと言い出したが、ルビとサファイヤに全力で止められた。
だが、それでも納得出来ないのか、ヘリオドールは尚も石英を引き留めようとする。
「本当に行くのか?石英君なら好待遇で歓迎するのに・・・」
「まあ、何だかんだ言っても、僕はルビやコランの側が気に入ってるしね」
「ううっ・・・」
どうやら、本当にかなり気に入られたらしい。若干涙ぐんでいる。
ルビとサファイヤは石英を取られまいと警戒している。その光景に、石英は思わず苦笑した。
「まあ、別に良いけど・・・。それなら一つだけ忠告しておこうか」
「忠告は良いが、何故身を摺り寄せてくる?何故口を突き出す?何故顔を近付けてくる?」
身を摺り寄せ、キスしょうとしてくるヘリオドールに、石英はうんざりしつつ突き放す。
対するヘリオドールは残念そうに笑う。
「カッカッカッ、中々難しいな。まあ良いさ。で、肝心の忠告だが・・・石英君、何れ君は人間ではいられなくなるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
急に真顔になり、忠告を入れてくるヘリオドールに石英は黙り込む。ルビとサファイヤは話を良く理解出来ないのか、首を傾げている。
だが、ヘリオドールは更に続ける。
「君も気付いてはいるんだろう?自身の能力が人間離れしてきている事に・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「石英君が周囲の"大切"な者を守ろうとすればする程、君は人間から逸脱していくだろう」
石英が"大切"な者を守ろうと力を求めれば、それに比例して際限なく進化していく。逆に言えばそれは石英が人間から離れていく事に他ならない。
石英は思わず苦い顔をする。
「それが―――」
「悪くはないさ。しかし、石英君は余りにも他者を頼らなすぎる。君が思っているより君の周りの人達は弱くはないんだ。もっと人を頼れ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
石英は黙り込み、ルビとサファイヤを見る。二人とも力強い視線を返してくる。
果たして自分は人を頼る事が出来るのか?根本的に誰かを信じた事の無い自分が?
苦悩に満ちた石英の顔に、ヘリオドールは苦笑する。
「別に今すぐ変われとは言わんさ。ゆっくりと頼れる様になれば良い」
「・・・・・・・・・ああ」
石英は顔を俯かせて答えた。その表情は優れない。・・・中々難しい様だ。
ヘリオドールは笑みを消し、溜息を吐く。
「まあ、何だ。何かあったらすぐに駆け付けるから、私を頼ってくれても良いんだぞ?」
そっぽを向き、そう言い放つヘリオドールに石英は苦笑する。
そんな石英に、ヘリオドールは拗ねた様な顔を向ける。
「・・・何だよ」
「いや、何でもない。解ったよ、何かあったら頼る事にする」
「ああ、そうしておけ」
そう言って、ヘリオドールは再びそっぽを向いた。しかし、その口元は笑みを浮かべていた。
その時、今まで黙っていたドラゴンのウェルシュ君が唸る様な声を上げた。
「お前達、そろそろ良いか?」
「おっと、じゃあそろそろ帰るか。じゃあな、ヘリオ」
「ああ、また何時でも此処に来い。歓迎するよ」
そうして石英達は"無名の天空都市"を飛び立った。
・・・・・・・・・
「大丈夫、石英が私を守ってくれる様に、私も石英を守るから―――」
帰りの空路で、ルビが突然そう言った。怪訝な顔をして、ルビの方を見る石英。
当のルビは、何か覚悟を決めた様な瞳で石英を見詰めている。
「ルビ?」
「だから、だから石英ももっと私を頼って!」
珍しく強い口調で言うルビに、思わず石英は目を丸くする。
しばらく見詰め合う二人。やがて石英はふっと笑みを浮かべると、ルビを静かに抱き寄せた。
「石英?」
「ありがとう、ルビ。これからは君の事も頼らせて貰うよ」
「・・・・・・・・・うん」
静かに抱き締め合う石英とルビ。そんな二人の様子に、ウェルシュ君は若干・・・心底うんざりした様な声で唸った。
「お前等、前回よりも更に仲良くなってないか?相変わらず我の上でイチャつきおってからに」
「うん?何の事だ?」
素で解っていないのか、石英はきょとんっと首を傾げた。その後ろで、サファイヤが苦笑した。
「あー、気にしないで。多分気にするだけ無駄だと思う・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・その様だ」
深い溜息を吐くウェルシュ君。失礼な!と石英は心の中で思った。
ふと、サファイヤは石英の腰に差してある短刀を見る。
折れたナイフはヘリオドールが丁重に処分する事を約束した。
思えば、石英はあのナイフをかなり大切にしていた様だった。あのナイフが折れた時もかなり落ち込んでいた様だし。
なので、聞いてみる事にした。
「そう言えば石英、あのナイフをやけに大事にしてたみたいだけど、そんなに大切な物なの?」
「うん?ああ、あれね、あのナイフは昔父さんと母さんが護身用にくれた物なんだよ。昔、僕が住んでいた場所には熊とか猪がよく出たから」
昔を懐かしむ様な顔で話す石英。しかし、ルビとサファイヤは真剣な表情で聞いている。
「じゃあ、あのナイフは・・・その、石英の両親の形見・・・なの?」
「んー、まあ、そうなる・・・かな?」
言いにくそうに聞いてくるルビに、石英は特に何の感慨も無く答える。大切にはしていたが、もう既に事実を受け入れているのかもしれない。
しかし、サファイヤはまだ何処か納得出来ない様だ。
「石英は本当にそれで良いの?」
「・・・仕方がないさ。この世に永遠に壊れない物なんてきっと無いんだから・・・」
形ある物は何れは壊れる―――石英の顔は何処か寂しげだ。
この世に永遠なんて存在しない。それは、両親が死んだ時に理解した事だ。
もしも永遠なんてあるのだとすれば、きっとそれはこの世のモノでは無いのだろう。
ルビとサファイヤは悲しげな顔で、石英を見詰める。それに気付いた石英は満面の笑みを作り、無理矢理話を逸らした。
「ほら、そろそろ町が見えてきたぞ?」
眼下には"龍の心臓"の町が見える。町の入口前でシディアとウレキ、ムーンが待っていた。
石英達は帰って来た―――




