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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
竜女王
18/114

銘は"神無"

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英の前には折れたナイフがある。側には申し訳なさそうな顔でヘリオドールが立っている。


 ルビとサファイヤはどう声を掛けたら良いのか解らない様だ。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「いや、すまない石英君。今、カルサイトに代わりの物を用意して貰っているから・・・」


 「はあっ、もう良いよ。あの時は僕が悪かったんだし。・・・はあっ」


 言いながら石英は溜息を吐く。よほどこのナイフに思い入れがあったのだろう。


 ヘリオドール達は知らないが、このナイフは石英が両親から貰った物なのだ。


 当時、山奥の田舎に住んでいた石英達家族。


 当然、山には熊や猪が出て来る。休日はよく近所の山で遊んでいた石英の為に、両親がナイフを与えたのである。


 ・・・まあ、両親の殺害に使われた凶器でもあるのだが。それは今は関係無い。


 取り敢えず、石英にとってはこのナイフは思い入れの深い物だったのだ。しかし、そのナイフも今回の一件で、石英とヘリオドールの戦闘で折れてしまった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英は折れたナイフを虚しそうに見ている。そして、深い深い溜息を吐いた。


 其処に、桐箱(きりばこ)を手にカルサイトが現れた。


 「ヘリオドール様、例の物をお持ちしました」


 「おおっ、来たか。石英君、お()びの印にどうか受け取ってくれ」


 「・・・・・・・・・」


 石英は無言で桐箱を受け取る。元は自分がしでかした事が原因だけに、何だか微妙な気分だ。


 苦い表情のまま桐箱を開けた。瞬間―――


 「―――っ!?」


 石英は目を見開き、息を呑んだ。桐箱の中には一振りの短刀があった。


 長さは一尺程、反りは無く刃紋も直刃(すぐは)、刀身には黄金の龍の彫刻が彫られている。


 柄には動物の皮が巻かれている。手触りからして、鮫皮だろう。


 しかし、何よりも石英の目を引いたのは刀身の材料だった。


 「此れは―――」


 「銘は"神無(かんな)"。隕鉄にミスリルを混ぜて打った短刀だ。昔、異世界から流れ着いた刀匠が打った最高傑作らしい」


 石英の疑問に答える様に、ヘリオドールが言った。彼女の話によると、三千年程昔に刀鍛冶を名乗るとある男が、竜種(ドラゴン)の里に流れ着いたという。


 空に浮かぶ島に存在する竜種の里に単身流れ着いたその男を最初、里のドラゴン達は警戒して遠ざけていたのだが、ドラゴン相手に物怖じせずに豪快に笑うその男の姿に、ドラゴン達の警戒心は薄れていったのだ。


 ドラゴン達と打ち解けた男は当時の竜女王、ヘリオドールの母親と結婚したという。


 その男が打った短刀が"神無"らしい。


 その切れ味もかなりの物だが、この短刀の真価は決して折れず、曲がらず、錆付かない事にある。


 永い時の中で、刃毀(はこぼ)れすらしないこの短刀は竜種の秘宝となった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 話を聞いた石英はヘリオドールの瞳をじっと見詰めた。その視線をヘリオドールは薄く笑みを浮かべながら見詰め返した。


 「何かな?」


 「茶化すな。本当に良いのか?大切な物なんだろう?」


 目を鋭く細め、石英は問う。話を聞く限り、この短刀はヘリオドールの父親が遺した遺品の筈だ。


 それを簡単に他人に渡して良い筈がない。


 そう視線で訴える石英に、ヘリオドールはやはり笑みを浮かべたまま答えた。


 「確かに、その短刀は私にとって大切な宝だ。並の相手なら頼まれても渡さなかっただろう」


 「なら―――」


 「だが、石英君なら良い。私がそう言っているんだ」


 ヘリオドールが石英の言葉を遮って、そう言った。その顔はいっそ穏やかな物だった。


 しかし、石英の顔は不服そうだ。


 「・・・・・・・・・」


 「納得出来ないか?石英君」


 「・・・ああ」


 「まあ、そうだろうな。ようは私の自己満足なんだよ、これは」


 ヘリオドールは自信満々に言い放つ。石英は溜息一つ吐いた。


 「自己満足・・・ね」


 「そうだ。あの時、石英君と戦って思ったんだ。石英君なら"神無"を持つに相応(ふさわ)しいと、むしろ持つべきだとね」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 つまり、その直感に従っただけだとヘリオドールは言う。その真っ直ぐな言動と瞳に、石英は呆れた様な顔をした。


 「やれやれ、解ったよ。有難く頂戴(ちょうだい)しよう」


 「そいつは良かった。お陰でもう一度石英君と戦える」


 「は?」


 石英は思わず呆けた顔をする。何を言っているんだ?


 だが、石英よりも大きな反応を示した者が居た。ルビとサファイヤだ。


 「ちょっ、ちょっと待って!これ以上戦うと、今度こそ石英が死んじゃう!!」


 「そうだよ、ヘリオ!!もうこれ以上は()めて!!」


 必死になって止める二人に、ヘリオドールは頬を膨らませて不機嫌そうにする。


 「むうっ、まるで私が悪いみたいな言い方だな」


 「いえ、其処は一度殺しかけてますから。言い訳はし難いと思われますよ?」


 カルサイトが冷静に突っ込んだ。


 「むうっ、カルサイトまで。良いじゃん別に、なあ石英君」


 「えー」


 露骨に嫌そうな石英の顔に、ヘリオドールはすっかり機嫌を損ねる。


 其処までして戦いたいのか・・・。この場に居る、ヘリオドール以外の心が一致した瞬間だった。


 ・・・・・・・・・


 "無名の天空都市"、演習場―――


 石英とヘリオドールが以前決闘を行った場所に、二人は立っていた。離れた場所には前回と同じくルビとサファイヤ、そしてカルサイトが居た。


 一人を除き、皆疲れ切った表情をしている。そして只一人、ヘリオドールだけがにこにことご機嫌な顔をしていた。


 あの後、結局ヘリオドールに押し切られ、石英は再び決闘をする事になった。


 その時のヘリオドールは少し涙目だった。・・・其処まで決闘がしたいのか。


 呆れ返って言葉も出ない。


 そんな彼等の思いなど露知らず、ヘリオドールは楽しげに笑う。


 「さあ、石英君!存分に戦おう!!」


 「ちっ!」


 石英は意識を切り替え、戦闘にのみ集中する。短刀を構え、殺人鬼の人格を表に出す。


 石英のスイッチが入った事を肌で感じ取り、ヘリオドールはにいっと獰猛(どうもう)に笑う。


 「良いねぇ、良いねぇ、それでこそ石英君だ」


 言って、ヘリオドールは大きく口を開く。同時に石英が駆け出す。


 「カアッ!!!」


 閃光。ヘリオドールの気合いの咆哮(ほうこう)と共に、極大の閃光(ブレス)が放たれる。


 それはいとも容易く石英を呑み込んだ。・・・が。


 「ふっ!!」


 一閃。石英の鋭すぎる斬撃は容易く"ドラゴンブレス"という事象を切り裂いた。


 返す刀で石英はヘリオドールに切り掛かる。それをヘリオドールは片腕で受け止めた。


 見ると、彼女の腕は龍の鱗に覆われている。その硬度は並の竜種を上回る堅牢な鎧だ。石英とて容易くは断てないだろう。


 石英は刃を巧みに操り、ヘリオドールの"爪"を受け流す。そして更に返す刀で切り掛かる。


 それをもう片方の"爪"で受け止めるヘリオドール。


 一合、二合、果ては何十合、何百合と打ち合い、刃を交わし合う二人。その中でヘリオドールは笑みを浮かべている。


 「カッカッカッ!やはり君は戦いの中で大きく進化していっている様だ!!」


 「・・・・・・・・・」


 石英は答えない。鋭い双眸(そうぼう)でヘリオドールを睨み、只管刃を交わす。


 「・・・しかし、名残惜しいがそろそろ決着を着けねばな」


 ヘリオドールは渾身の力を込めて"爪"を振るう。それだけで石英は容易く飛ばされる。


 其処にヘリオドールは閃光を放つ。石英はそのまま閃光の中へと呑み込まれていった。


 完全に決着が着いた。加減はしておいたので生きている筈。ヘリオドールはそう確信した。


 しかし―――


 閃光(ブレス)が治まった後、其処に石英の姿は無かった。


 「何?」


 怪訝に思った、次の瞬間―――ヘリオドールの背筋にゾクッと悪寒が奔った。ばっと振り返りつつ、ヘリオドールはその場を飛び退く。


 その瞬間、先程までヘリオドールが立っていた場所を短刀の刃が薙ぐ。


 ・・・其処には全くの無傷の石英が立っていた。


 「馬鹿な!?」


 余りにも異常。余りにも異質。吹き飛ばされたあの姿勢では、防ぐ事はおろか避ける事すら絶対に不可能な筈だ。


 それを彼は無傷のまま、どうやってかかわして見せたのだ。ありえない。断じてありえない。


 しかし、考える暇など石英が与える筈が無い。ナイフを構え、一気に突っ込んで来る。


 「くっ!!」


 ヘリオドールは再び渾身の閃光を放つ。


 万物一切を砕きつくす閃光はしかし、石英の一閃によって切り払われた。


 斬―――


 続いて振るわれた何十閃にもなる斬撃により、ヘリオドールは軽く吹き飛ばされた。


 「勝負ありだ・・・」


 「・・・・・・・・・」


 石英はヘリオドールに刃を突き付けた。ヘリオドールはぽーっと呆けた顔で、石英を見詰める。


 「・・・ヘリオ?」


 「っ!?ああ、何でも無い!私の負けだ!」


 ヘリオドールは慌てた様に(かぶり)を振り、負けを認めた。石英は呆れた様に苦笑し、ヘリオドールの手を取り、起こした。


 「あっ、ありがとう・・・」


 頬を赤く染めて、ヘリオドールは礼を言う。その初々しい反応に、石英は嫌な予感を覚えた。


 「えーっと、何故頬を赤らめている?」


 「っ!?い、いや!!何でも無い!!」


 ヘリオドールは慌てて石英に背を向け、平然を装う。


 その姿に、石英は疲れた表情で空笑いした。


 離れた所では、ルビとサファイヤが呆然とした顔で状況を見ていた。

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