話をしよう
深淵よりも暗く深い闇の中、その中に石英は立っていた。
石英の前には父と母の姿が。二人とも穏やかに笑っている。
二人に向かって手を伸ばすも届かない。声を出したくても出ない。
僕も二人と共に逝きたかった。両親と共に死にたかった。僕もあの時、殺されてれば良かった。
伝えたい気持ちは言葉にならない。父と母は相変わらず穏やかに笑っている。
解らない。
何故、二人ともそんなに笑っていられるのか。何故、其処まで穏やかな顔でいられるのか。
僕には解らない。もう何も解らない。
ワカラナイ―――
・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・此処は」
目を覚ますと、其処は純白な部屋のベッドの上だった。
窓からは日の光が差している。壁に掛けてある時計は07:35を刻んでいる。
側にはルビ、サファイヤ、ヘリオドールの三人が居る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ルビは涙を目に溜めて石英を見ていた。
「・・・・・・・・・ルビ?」
「っ!!」
次の瞬間、ルビは石英の胸元に飛び付き大泣きした。石英は未だぼんやりとした顔でルビを抱き締めてその背を撫でる。
ルビは僅かに驚いた顔をすると、再び大泣きした。
「僕は・・・、生きているのか?」
わんわんと泣きじゃくるルビの背中を撫でながら石英は呟く。それに答えたのはヘリオドールだ。
「ああ、お前は生きている。・・・私が生かした」
・・・どうやら、ヘリオドールの血にはある種の癒しの能力がある様だ。
その血の力を使って石英を生かしたらしい。
生命を司る龍。龍女王。それがヘリオドールらしい。
「どうして・・・」
「どうして殺してくれなかったのかって?」
言って、ヘリオドールは石英を睨み付ける。石英は答えずに目をそらす。
「・・・石英君、やはりお前は死にたかったんだな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
石英は答えない。しかし、それが明確な回答でもある。
ヘリオドールは深い溜息を吐いた。
「石英君の過去についてはルビから聞いた。お前が死にたい理由も良く解った」
「・・・・・・・・・」
「けどお前は、石英君は生きなければならない。お前はもう一人では無いんだから」
石英はルビを見て、続いてサファイヤを見る。二人とも泣いていた。
嘗て一緒の時を過ごした少女。
この世界に来て初めて出来た守るべき少女。
二人とも大切な女だ。かけがえのない存在。
けど―――
「解らない、僕にはもう何もかも解らないよ」
石英は言った。
解らない。石英にはもう何が大切なのか、何が守りたかったのか、全く解らないのだ。
ヘリオドールは困った様な顔で溜息を吐き、部屋から出て行った。
「ルビ、私達も出るよ」
「っ、でも・・・」
ルビは悲しそうな顔で石英の顔を見る。石英は静かに首を横に振る。
「今は一人にしてあげた方が良いよ」
「・・・・・・・・・」
ルビは一瞬の間迷った後、ぎゅっと数秒間石英を抱き締め、サファイヤと一緒に去って行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一人だけになった部屋の中で石英は思う。
本当は自分が何を守りたかったのか、何が大切だったのか。しかし、幾ら考えても解らない。
「解らないよ・・・。父さん、母さん」
純白の部屋の中、石英の声が虚しく響いて消えた。
・・・・・・・・・
―――20:00―――
石英はベッドに横になりながら窓の外を眺めていた。
結局、その日はずっとベッドの上で寝て過ごした。食事もほとんど食べていない。
窓の外には皓々と輝く満天の星空が見えた。
コンコンッ―――ドアをノックする音が響く。
「石英、起きてる?」
「コランか、起きてるよ」
聞こえてきたのはサファイヤの声だった。ドアが開き、静かに入ってくる。
サファイヤは薄い寝間着姿で、月明かりに照らされて幻想的だった。
彼女は薄っすらと微笑みながら石英に近付き、ベッドの縁に腰かけた。石英は僅かに苦笑する。
「何か用か?」
「うん、少し話をしようと思ってね」
「・・・・・・・・・話?」
石英は首を傾げる。こんな時間に話とは何なのか?
そんな石英にサファイヤは優しく微笑み掛ける。
「そんなに難しい話じゃないよ。只、この前の話の続きをしようと思っただけだよ」
「この前の話の続き、ね・・・」
サファイヤの言う話に、石英は一つだけ心当たりがある。石英は表情を消し、じっとサファイヤを見詰める。
サファイヤも石英の瞳をじっと見つめ、言った。
「どうして初めて会った時、私と一緒に暮らそうと思ったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その質問に石英は黙り込む。サファイヤは困った様に笑った。
「答えたくない?」
「・・・・・・・・・いや、そうではない」
石英は過去を思い出す様にゆっくりと答え始めた。
「初めてコランを見た時、路上に倒れているコランを見て思ったんだ―――ああ、この娘は僕と同じなんだって」
「同じ?」
似ている、ではなく同じ―――
その言葉にサファイヤは首を傾げた。そんな彼女に石英は薄く微笑み掛ける。
「悲しみや苦悩を抱え込んでいる君の顔を見て、あの頃の僕は自分と重ね合わせたんだよ。化物と呼ばれ、忌み嫌われた僕とね・・・」
「化物・・・」
サファイヤの表情が途端に悲しげになった。嘗て小さかった頃の自分を思い出したのだ。
周囲から化物として、人では無い何かとして忌み嫌われた石英とサファイヤ。確かに同じだろう。
同類であり同胞なのだ。
「だからこそほっとけなかった。まるで自分を見ている様な錯覚さえ受けたんだ」
「・・・・・・・・・っ」
サファイヤは泣いていた。石英の話を聞いてぽろぽろと涙を零していた。
石英は其処でふっと自嘲気味に笑った。
「一緒に暮らして救われたのは、本当は僕の方だったのかも知れないな」
事実、石英がコランと過ごしたあの日々の間、彼の中の殺人衝動と破壊衝動は治まっていたのだ。
あの日々は石英にとって大きな意味があったのだ。
「っ!!」
―――其処までだった。
サファイヤは堪え切れずに石英に抱き付き、大泣きした。
泣いて、泣いて、泣き疲れるまで泣き続けた。
石英はそんなサファイヤの背中を優しく撫でた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
部屋の外、隠れて話を聞いていたルビとヘリオドール。
ルビは声を押し殺して泣いていた。そんな彼女をヘリオドールは微笑みながら優しく慰めた。
・・・・・・・・・
翌日、早朝06:30―――
目を覚ました石英は城の中庭を散歩していた。中庭には色鮮やかな花々が咲き乱れている。高山植物だろうか。
庭に咲いている花はどれも見た事のない種類の物ばかりだ。
極彩色の庭園を歩いていると、その中央に見知った顔を見付けた。
「ルビ―――」
「っ!?」
庭園の真ん中に座り込んで花を眺めているルビに声を掛けると、彼女はびくっと震えた。
・・・その反応に僅かな違和感を感じる。
「え?あ、ああっ、石英?びっくりした・・・」
「・・・・・・・・・」
ルビは慌てて立ち上がり、石英に微笑み掛ける。やはり違和感を感じる。
「ルビ、お前・・・」
「じゃ、じゃあ私はもう部屋に戻るね」
そう言って、ルビはそそくさと去って行った。石英はじっとルビの去って行った方向を見詰めた。
その胸に僅かな違和感を抱きながら・・・。
―――12:00―――
昼食を取る為、食堂に向かう石英。頭の中では今朝のルビの違和感について考えていた。
だからだろうか、食堂の前で、食事を済ませたルビとばったり出会った。
「・・・ルビ」
「っ!?」
ルビは明らかに動揺していた。此処で石英と会うとは思わなかった、そんな反応だ。
またもや違和感。どうもルビらしくない。
「ルビ―――」
「わ、私はもうお腹が一杯だから部屋に戻っているね!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
またもやルビはその場をそそくさと立ち去る。・・・明らかに避けられている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁっ」
石英はルビの去って行った方向を見て、深い溜息を吐く。
・・・・・・・・・
―――18:35―――
夕食を早々に終え、石英はルビの部屋の前に来ていた。結局、ルビは一日中石英を避けていた。
・・・なので石英から近付く事にした。
コンッコンッ、ドアを静かにノックする。・・・数秒後。
「・・・誰?」
「ルビ、僕だ」
「っ!?」
ドアの向こうで息を呑む音が聞こえた。石英は溜息を吐く。
「少し、話をしよう。中に入れてくれないか?」
「・・・・・・・・・」
暫くして、ドアがゆっくりと開く。開いたドアの隙間から、何処か不安そうなルビの顔が覗く。
石英は優しく微笑み掛け、言った。
「取り敢えず、入れて貰っても良いかな?」
ルビは僅かに首を縦に振る。
・・・ルビの部屋は綺麗に片付いた静かな雰囲気の部屋だった。石英とルビはベッドの縁に並んで腰掛けた。
「良い夜だ・・・」
ちらりと窓の外の星空を眺めて石英は呟いた。窓の外には綺麗な星空。ルビも窓の外を眺めて、微笑みながら頷いた。
そして、はっと何かを思い出した様な顔をすると、ルビは僅かに石英から身を離した。しかし、石英はルビの肩にそっと手を掛け、引き寄せる。
「っ!?は、放して・・・」
「ルビが本気でそれを望むなら・・・。けど、違うんだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ルビは頬を赤らめて黙り込む。石英は優しく微笑みながら、ルビの肩をそっと抱き寄せる。
「ルビが僕から避けようとする理由は解っている。・・・昨日の夜、僕とコランの話を聞いていただろう?ヘリオも一緒だったな?」
「っ、それは・・・」
ルビは悲しげな顔でそっと目を逸らす。石英は静かに微笑みながら、ルビを見詰める。
やがて、ルビは諦めた様にぽつりぽつりと話し始める。
「私、本当に石英の側に居ても良いのかな・・・」
「・・・・・・・・・」
俯きながら話すルビを、石英は優しく微笑みながら見詰める。その手はルビの背を優しく撫でる。
ルビは震える声で、嗚咽を洩らしながら話し続ける。
「私なんかより、サファイヤの方がよっぽど相応しいんじゃないかって、思って」
ついにルビは声を上げて泣き出した。
石英の事は大好きだ。愛している。
しかし、昨夜の話を聞いてルビは思ったのだ。自分は石英の側には相応しく無いのではないかと。
自分は身を引くべきではないのかと。
だが、石英は首を横に振った。
「初めてルビと出合った時、鎖に繋がれている君を見て、思ったんだ。ルビは絶対にこの手で守ってみせるって―――」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だから、ルビは僕の側に居てくれ。僕の側に居て欲しい」
もう、限界だった。抑えていた感情が止めどなく溢れ出す。
「う、ひっぐ、うあ―――」
ルビは石英の胸元に抱き付き、涙を溢れさせて泣いた。そんな彼女を石英は優しく抱き締めた。
本当は何が大切で、何が守りたかったのか―――
そんな事はもうどうでも良い。只、コランの事が大切で、ルビの事を守りたいと思った。
今は只、それで良い。それだけで良い。そう石英は思った。




