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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
竜女王
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何気ない日常

 それはまだ、石英が幼かった頃―――


 両親が死に、親戚の家に引き取られたばかりの話。石英は親戚から酷い扱いを受けていた。


 親戚のおじさんやおばさんは皆、石英を化物(ヒトデナシ)と呼び、邪険に扱った。


 愛された事など一度も無かった。味方など一人も居なかった。


 気に入らない事があると、全て石英のせいにした。殴る、蹴るの暴行も加えられた。


 そうして最後は皆、口を揃えてこう言うのだ。


 「頼むから出て行ってくれ―――」


 まるで親戚が被害者の様な言い方だが、それは違う。親戚達は皆、石英を捨てたのだ。


 そうして親戚の家を盥回しにされ、その度に酷い目に会い、また別の親戚の家に盥回しにされる。


 気付けば石英に居場所は無かった。石英は独りぼっちだった。


 中学一年の冬、石英の中に殺人鬼の仮面(ペルソナ)が生まれた瞬間だった。




 ・・・・・・・・・




 「・・・・・・・・・」


 其処で目が覚めた。場所は魔王の城の一室、石英に与えられた部屋。


 其処のベッドで石英は寝ていた。・・・それは別に構わない。


 構わないのだが、一つだけ問題があった。というか、大問題だ。


 何故か起きられない。腕ががっちりと固定されたかの様に重い。それに何だか柔らかい感触がするのは果たして気のせいか?


 嫌な予感がして、左右を確認してみる。果たして其処には―――


 「すうー・・・、すうー・・・」


 「・・・・・・・・・んっ」


 何故か、ルビとシディアの二人が石英の腕に抱き付いて眠っていた。二人の胸が腕に当たって非常に気持ちが良い。


 「いやいや、何でだよ!」


 流石のこの状況は予想外だった。何故二人が此処に居て、しかも石英に抱き付いて寝ているのか全く見当もつかない。


 「おいっ、二人とも起きろ!」


 しかし、二人は全く起きる気配が無い。それどころか、更に抱き付く力を強める。ルビとシディアの胸が石英の腕に押し付けられ、気持ちが良い・・・って違う!!!


このままでは本気でマズイ。石英は最後の手段に訴える事にした。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 石英は両腕をもぞもぞと動かす。結果、ルビとシディアの身体をまさぐる。


 「んっ、ああんっ!」


 「や、あんっ!」


 二人は(つや)っぽい声と共に、身体をびくんっと震わせて飛び起きた。


 飛び起きた二人の顔を笑顔で見る。その笑顔にルビとシディアは顔を強張らせた。


 「おはよう、二人とも」


 「あ、あははっ・・・」


 「お、おはよう、ございます・・・」


 ルビとシディアは引き攣った顔で笑う。石英の顔は笑っているのだが、目は全く笑っていない。


 稀に見る怖い笑顔で、石英は二人の顔を交互に見た。


 「で?何で二人とも僕のベッドで寝てるんだ?」


 「いや、それはその・・・」


 ルビが若干言いにくそうに口ごもる。見詰め合う石英とルビ。


 次第にルビの瞳が潤んでくる。かわいい。


 「じゃなくて!」


 石英は左右に頭を振る。どうもルビと居ると、若干調子が狂う。


 石英が転生を果たしてからはや一ヶ月、ルビの側に居ると調子が狂うのだ。


 どうしてこうなった?


 思わず石英は頭を抱えたくなる。そんな彼を見て、シディアは溜息を吐く。


 「私とルビが此処に居るのは、私がルビを誘ったからです」


 「はい?」


 石英は間の抜けた声を出す。その呆気にとられた顔に、シディアは再び溜息を吐きたくなる。


 「だから石英の寝床に夜這(よば)いに行こうと、私がルビに提案したのです」


 「夜這いって・・・」


 余りに過激な発言に石英は半ば呆れる。しかし、ルビの顔が真っ赤に染まったのを見て、石英は若干不審に思った。


 「おい、まさか本当にヤってないだろうな?」


 「・・・・・・・・・」


 ルビは真っ赤な顔のまま、黙り込む。更に不安が高まる。


 シディアの口元が悪戯(いたずら)っぽく歪む。


 「石英ったら、あんなに激しくて・・・まるで獣みたいに・・・」


 「・・・・・・・・・」


 ダラダラと冷や汗を流す石英。石英のこんな表情もかなり珍しい。


 シディアの悪戯心が刺激される。・・・が。


 「あの、石英?私達何もしてないから。只、此処で寝てただけだから・・・」


 シディアの悪戯はルビの自白によって、あっさりとばれた。


 ・・・・・・・・・


 「という事が今朝あってな」


 「あははっ、石英モテモテだね」


 溜息を吐きつつ愚痴を零す石英と、にこやかに笑いながら話を聞くサファイヤ。


 二人は現在"龍の心臓"の町の南に広がる"無名の草原"に居た。


 石英は今朝の出来事を思い返す。


 あの後、ルビとシディアはそれぞれの部屋に戻って行った。ルビは顔を真っ赤にして、シディアは若干不服そうな顔をして戻って行く。


 しかし、部屋に戻ろうとして不意に足を止めたシディアは悪戯を思い付いた子供の様に笑った。


 石英は嫌な予感を覚える。が、石英が逃げ出す前に石英の胸元に寄り掛かり―――


 石英の頬に口付けた。


 呆気にとられる石英。そして強いショックを受けた顔をするルビ。


 そんな二人を他所にシディアはご機嫌な顔で今度こそ部屋に戻って行った。


 回想終了―――


 石英は再び溜息を吐きたくなる。この世界に来てから明らかに女難の相が出ている気がする。


 頭痛のする額を片手で押さえ、渋い顔をする石英をサファイヤは微笑みながら見る。


 「けど懐かしいね、昔は私もよく石英と一緒に寝たっけ」


 「ああ、あの頃はお互いに小さかったからな」


 昔、サファイヤがまだコランと名乗っていた頃、石英と一緒に暮らしていた頃はよく石英と二人で抱き合って寝ていた。


 懐かしい記憶を思い返し、石英も微笑む。


 「また昔みたいに一緒に寝ようか?」


 「何を馬鹿な事を言ってるんだか・・・」


 悪戯っぽい笑みで石英に寄り掛かるサファイヤに、石英は溜息を吐く。昔はともかく、今現在は二人ともいい年頃だ。


 色々と問題もあるだろう。


 「それに僕も男だぞ?お前に襲い掛からないともかぎらない」


 「私は構わないよ―――」


 「・・・・・・・・・」


 石英とサファイヤは互いに見詰め合う。サファイヤから笑みは消えている。


 恐らくは本気なのだろう。


 「私は大好きだよ、石英の事」


 「・・・・・・・・・」


 石英は黙り込んだまま何も言わない。それでもサファイヤは真剣な目でじっと見詰める。


 やがて石英は溜息を吐き、そっとサファイヤの頬に口付けた。


 「まあ、今回はこれくらいで勘弁してくれ」


 そう言って石英は笑った。サファイヤは思わず苦笑する。


 苦笑して、無表情になり、そして優しげに微笑んだ。


 「そう、けどまあ安心もしたかな」


 「安心?」


 「うん、あの世界では嫌われ者だった石英が、この世界ではこれだけの人から好かれている。それがとても嬉しいの」


 「・・・・・・・・・そうか」


 石英は目を閉じて思い返す。


 あの世界では石英は辛い記憶しか無かった。あの世界に味方など一人として居なかった。


 けど、この世界に来てから石英の周りには多くの人が増えた。


 ルビやシディアの様に自分を慕ってくれる人と出会った。かつて共に暮らしたコランと再会した。


 その他にも様々な出会いがあった。ラピスの様に敵対する者も居たけど、それでもあの世界よりは遥かに味方が多かった。


 「そうだな、此処で過ごす日々は、何だか―――何気ない日常って感じがする」


 「そう、それは良かった」


 石英とサファイヤは共に微笑む。穏やかな日常だった。


 静かに風が吹き抜ける。


 不意にサファイヤが何かに気付いた様な声を上げる。


 「あ、そう言えば石英?前から聞きたかった事があるんだけど」


 「うん?何かな?」


 「初めて会った時、どうして初対面の私と一緒に暮らそうと思ったの?」


 それは何気ない疑問だった。どうして初対面の筈の少女と共に暮らそうと思ったのか?


 それがサファイヤには不思議だったのだ。よもや本当に気に入っただけという理由ではあるまい。


 ・・・しかし、石英は一向に話そうとしない。サファイヤは不審に思い、石英の顔を覗き込む。


 「石英?」


 石英は悲しげな笑みを浮かべていた。何処か自嘲する様な、それでいて寂しげな笑みだった。


 どうしてこんな笑みを浮かべるのか、サファイヤには解らなかった。


 何と声を掛けたら良いのか迷っている時、二人の前にムーンが現れた。


 「サファイヤ様、準備が整いました」


 「ああ、もうそんな時間か・・・。じゃあ石英も一緒に行く?」


 「うん?何処に?」


 にっこりと笑顔になったサファイヤ。切り替えが早いなと思いつつ、石英は問い返す。


 うんしょと起き上がり、サファイヤは花が咲く様な笑みで答える。


 「大会議だよ」

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