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神殺しの星辰《ほし》(旧題:不幸な少年と病の少女)  作者: ネツアッハ=ソフ
殺人鬼少年異世界道中
11/114

バッドエンド・・・か・・・

 それは突然にやって来た。


 ばんっと扉が開き、一人の執事が入ってくる。


 「大変です、サファイヤ様!アルカディアの王、ラピスが大軍を率いて攻めてきました!!」


 執事の言葉に、謁見の間は緊張に包まれる。


 「敵軍の総数は約―――ぐあっ!?」


 突如、謁見の間に二人の騎士が乱入し、執事を剣で斬り付けた。一人はロングソードを二本持ち、一人はレイピアを装備している。


 「王軍"星の騎士(アストラル)"が一人エメラルド、参る!!」


 「同じく"星の騎士"が一人ガーネット、魔王よ覚悟っ!!」


 ロングソードを装備した翠髪の騎士エメラルドと、レイピアを装備した真紅の髪の騎士ガーネットの二人組の騎士。


 二人の騎士が、一息にサファイヤへと襲い掛かる。しかし、その白刃が魔王の身体に届く事はついぞ無かった。


 エメラルドとガーネットの額に、同時に投擲用のナイフが刺さる。


 「「!?」」


 その光景に、ルビとシディアは目を見開いて驚く。ナイフを投げたのは石英だ。


 二人の騎士は、どちらもかなりの腕前だ。そんな彼等の額に、それも同時にナイフを投擲し命中させるなど、並の腕では無い。


 其処に、さらにもう一人の騎士が入ってくる。ターコイズだ。


 ターコイズは同胞の死体を見、次に石英の姿を確認し、その顔を怒りに歪めた。


 「貴様・・・」


 次の瞬間、ターコイズは大剣を振り上げ、石英に向けて振り下ろす。


 石造りの床を叩き割るその斬撃を、石英は軽々と避け、お返しにとナイフを三本投擲する。


 「甘いわっ!!!」


 ターコイズはそのナイフを大剣で弾く。が、弾いたその後ろから、一本のサバイバルナイフが凄まじい速度で飛んできた。


 避けられない。大剣で防ぐ事もこの体勢では不可能だ。


 ならば受けるしか無い!!!


 飛んできたサバイバルナイフを、ターコイズは片腕で防ぐ。これで片腕は使えない。


 しかし、石英も流石にもうナイフは持っていないだろう。そう思った直後―――


 ターコイズの視界に、既に蹴りの体勢に入った石英の姿があった。


 「お前は―――」


 ターコイズが何かを言おうとした瞬間、石英の足がターコイズの喉を蹴り砕いた。


 死の間際、ターコイズの瞳に映ったのは、何処か悲しげな石英の瞳だった。


 ・・・・・・・・・


 石英は、既に息絶えたターコイズの腕からサバイバルナイフを引き抜いた。


 ナイフに付いた血を拭い、コートの裏の(シース)に仕舞う。謁見の間には三人の騎士の死体が転がっていた。


 その騎士の死体を暫く見詰めた後、石英は駆け出す。


 「あっ、石英待って」


 背後からルビの声が聞こえるが、石英は構わず謁見の間から飛び出した。


 「!!?」


 瞬間、景色は激変し石英は町の外に居た。目の前には、二ライカナイとアルカディアの両軍が戦闘状態に入っている。


 此処は"龍の心臓"東門、東西南北にある門の内、正門前だった。


 側にはルビにサファイヤ、ムーンやウレキ、シディアも居る。


 その現象に、石英とルビは同時にムーンを見た。


 「いや、私ではありません。恐らくはサファイヤ様でしょう」


 ムーンはそう言ってサファイヤに跪く。


 石英は呆然とサファイヤを見ていたが、それどころでは無いと、敵軍の方を向く。


 見ると、ラピスは百万程の大軍を率いて来ている。


 石英はナイフを構え、大軍に向けて突撃を仕掛けようとした。


 が、その肩をサファイヤが掴む。


 「コラン?」


 「大丈夫、既に倒してる」


 「は?」


 間の抜けた声と共に敵軍を見ると、その瞬間、百万もの大群が一瞬で吹き飛んだ。


 ドカアアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!!


 盛大に吹き飛んでいく敵軍に、石英は呆然と見ていた。


 「コラン、一体何をした?」


 「過程を全て無視して、敵軍が全滅した結果を引き出した」


 石英は黙り込む。簡単に言っているが、それがどれほど出鱈目な事かは誰にでも解るだろう。


 サファイヤは自慢げな笑みを浮かべながら言った。


 「私は日々進化しているの。今なら、ノーリスクで世界の境界を開く事も出来るよ」


 開いた口が塞がらなかった。


 ・・・この時、全員が油断していた。敵が全滅し、完全に戦闘不能になったと思っていた。


 しかし―――


 「っ、ルビ!!」


 石英は不意に、ルビを突き飛ばした。


 瞬間、石英の左胸、心臓の位置に一本の矢が刺さった。


 「・・・・・・・・・ゴフッ」


 「っ、石英!?」


 ルビが悲鳴を上げる。矢は深々と刺さっており、恐らくは心臓に達しているだろう。


 しかも、毒が塗られていたらしく、石英の身体は細かく痙攣(けいれん)している。


 もう助からないだろう。


 「はっ、ははははははっ・・・、ざまあ、見ろっ。・・・私に、逆ら―――」


 弓を構えたまま、狂った様に笑っていたラピスの頭が吹き飛ぶ。


 「よくも、よくも石英をっ」


 サファイヤの瞳は憎しみに満ちている。


 しかし、石英の血を吐く音に正気に戻り、石英の方を振り返る。


 「石英っ!石英!!」


 「ル、ビ・・・」


 石英の顔は青白く、血の気が引いている。瞳は闇より暗く、表情は能面の様だ。


 もはや死を前にして全ての仮面(ペルソナ)も失われ、虚ろそのものだ。


 「ふむ・・・、バッドエンド・・・か・・・」


 「石英っ!!!」


 「ルビ・・・、今まで・・・ありがとう。君と、過ごした・・・日々は・・・・・・そこ、そこ面白かっ・・・ごほっ!!」


 「石英っ!!」


 死なないで!と言おうとして、ルビはそれが言えなかった。


 もう何もかもが遅かった。もう死は其処まで来ていた。


 「――――――――――――――――――」


 石英はサファイヤの方を向き、何かを言おうとしたが、もう言葉すら言えなかった。


 「何?何て言ったの?聞こえないよ・・・石英」


 サファイヤは声を震わせ、泣きながら言った。


 だが、石英はもう何も言う事もなく、その命の鼓動を止めた。石英、十七年の人生に幕を下ろす。


 ルビもシディアも地に膝を着け大声で泣き崩れる。


 ムーンはそんな彼女達に背を向け、肩を震わせている。


 ウレキは目を閉じ、只黙している。


 "龍の心臓"の町の前には、只慟哭が響き渡る。




 ・・・・・・・・・




 白く光輝く空間。


 其処に石英は立っていた。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 見渡してみても何もない。


 でも、何故だろう?此処に居ると、何もない筈の心が安らいだ。


 何処だろう、此処は・・・。


 そう思っていると、それに答える者が居た。


 「此処は生と死の境界―――彼岸(あのよ)此岸(このよ)の挟間の世界だよ」


 少年にも、青年にも、老人にも見える彼。


 そう、世界神ミカドである。


 「神様?」


 「久し振り、という程でも無いか。石英君、君はあの世界を楽しめたかい?」


 ミカドはにやにやと笑いながら、そう問い掛けて来た。


 「解んねえよ、そんな事」


 石英は投げやりに答える。


 解らないのだ。楽しいとか幸せとか愛だとか、そう言った人間として大切なモノを、石英は全く理解できないのだ。


 もう何も解らない―――もう、何も理解したくない。


 「ところで神様、少し聞きたい事があるんだけど」


 石英は別の話に切り替える。この話をあまり長々と続けたくなかったのだ。


 それを察したミカドは黙って話を聞く。


 「神様はどうして、あの世界に僕を送ったんだ?」


 ミカドは少し考えた後、真剣な顔でその問いに答えた。


 「まず一つ目の理由として、君の事を面白いと感じたからかな」


 「面白い?」


 石英は首を傾げて問い返す。


 ミカドはふっと笑みを浮かべた。


 「そう、君は全てに絶望し、全てを失っていた。しかし、君はそんな自分を受け入れ、向き合っていた。これは普通の人間には出来ない事だ。だからこそ面白い」


 「・・・・・・・・・」


 石英は黙り込む。ミカドは話を続けた。


 「そして二つ目、これは僕の娘、コランの為かな」


 「コランの?」


 コラン―――


 思わずその名を反復する。


 「そう、コランの為だ。昔、君の居た世界に行っていたコランを連れ戻した時、あの娘は酷く落ち込んでね。だから精神的に十分落ち着いた千年後に、サプライズとして君を送り込んだんだよ」


 まあ、送る時にちょっとした手違いで場所を間違えたんだけどね、とミカドは付け足した。


 その為に、森の中で不定形の怪物と戦い、その後洞窟でルビと出合う事になったのだ。


 ―――しかし、これが実は大いなる運命と意思によって既に決まっていた事とは、流石のミカドも気付いてはいないのだが―――


 話し終わった後、ミカドは石英に問い掛ける。


 「ところで石英君、君はこれからどうするんだい?君が望むならいっそ転生体(てんせいたい)として生まれ変わらせる事も出来るけど」


 その言葉には、転生してもう一度サファイヤの側に居て欲しいという思いもあった。


 しかし、石英は首を横に振る。


 「いや、良いよ。別に思い残した事とか無いしね」


 その言葉に、ミカドは少し残念そうにする。が、何かに気が付いたのか、目を丸くした。


 そして、にやりと不敵に笑い、言った。


 「そうか、残念だ。しかし、彼女の方は何と言うかな?」


 背後を指差され、そちらを向く。すると、突然一人の少女が石英に抱き付いてきた。


 ルビだ。


 「っ、ルビ!?何で此処に!!」


 「私が連れて来たんだよ」


 その声に石英ははっとする。其処には涙目のサファイヤが居た。


 「コッ、コラン!?」


 何故、二人とも此処に居るのか。それを問う前に、サファイヤも石英の胸元に飛び付く。


 その勢いで石英は後ろに倒れるが、ルビとサファイヤは石英の胸で泣き続ける。


 石英はやれやれと一つ溜息を吐き、二人を抱き締めた。


 一時間後―――


 「で、何故二人して此処に居るんだ?」


 ようやく泣き止んだ二人に、石英は疑問を投げ掛ける。その問いにサファイヤが答えた。


 「それは、私が生と死の門を開いたからだよ」


 「は?」


 石英は思わず、間の抜けた声を出してしまう。だが、それも当然だろう。


 生と死の境界を開けると言う事は、死者の国への扉を自由に開閉出来るに等しい。


 それはつまり、生と死の理を間接的に操作出来るという事だ。


 石英が唖然としていると、ミカドが話し掛けて来た。


 「やあコラン、久し振りだね」


 「お父さん?」


 「お父さん!?」


 いきなり父親が現れて目を見開くサファイヤと、お父さん発言に驚愕するルビ。


 しかし、サファイヤはすぐに顔を引き締め、ミカドに問う。


 「どうしてお父さんが此処に居るの?」


 「何も驚く事は無い。僕が石英君を"神の方舟"に連れて来たんだから、死後もその魂を管理するのが筋だろう?」


 「!?」


 その言葉に、今度こそ愕然とするサファイヤ。


 そんな(コラン)の姿に苦笑しつつ、ミカドは本題に入る。


 「で・・・その石英君の事だが。いっそ転生体として蘇らせようと思うのだが、良いかな?」


 「「っ!?」」


 石英を蘇らせる。その言葉にルビとサファイヤは衝撃を受ける。


 「石英を蘇らせてくれるのですか?」


 ルビがミカドに問う。


 ミカドはそんなルビに微笑みながら言った。


 「ああ、別に構わないよ」


 ルビはぱあっと笑顔になった。


 しかし、石英はそれでも納得しない。納得出来ない。


 「僕は嫌だぞ、転生なんて」


 転生を拒む石英に、ルビとサファイヤは悲しげな顔をする。


 ミカドは困った様に苦笑した。


 ルビは泣きそうな顔で問う。


 「石英は転生したくないの?」


 「本来、死んだ奴は蘇ったりしないんだよ。僕は死んだんだ。だったらもう安らかにさせてくれ」


 そう言って、冷たく突っ撥ねる。ルビはショックを受け、そのまま俯いてしまう。


 石英はどう声を掛けたものか解らずに苦笑する。


 すると、ルビは唐突に顔を上げ、石英を真っ直ぐに見ると―――


 「石英っ!!」


 石英に抱き付き、そのままの勢いで唇を奪った。


 「!?」


 石英は目を見開き、驚愕する。


 サファイヤとミカドは口に手を当て、目を丸くしている。


 いきなりの事に頭が混乱し、そのまま数秒間が過ぎた。


 ルビはゆっくりと石英から離れる。


 「ル・・・ビ・・・?」


 混乱した瞳で石英はルビを見詰める。それを、ルビは真っ赤な顔で見返し言った。


 「石英、私やっぱり貴方の事が大好き。だからお願い、転生して私と一緒に居て!」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 黙り込み、見詰め合う二人。片や困惑した瞳で、片や力強い瞳で、互いを見る。


 そして、先に口を開いたのは石英だ。


 「僕は、幸せや愛情といった人として大切な物が一切欠けているぞ?」


 「それでも構わない」


 「僕よりも良い奴なんか、それこそ一杯いる筈だ」


 「それでも、私は貴方を愛してる」


 「・・・・・・・・・」


 例え、石英が幸福感や愛情の解らない、欠陥を抱えた人間でも―――


 それでも、自分には石英しか居ないのだと、ルビは言う。もう、石英しかないのだと。


 それほどまでに、石英の事を愛してしまったのだと。


 そうルビは力強い瞳で訴える。結果、折れたのは石英だった。


 「解ったよ、転生すれば良いんだろう?」


 「石英っ!」


 ルビは石英に勢い良く抱き付いた。


 石英はやれやれと言って、ルビの頭を撫でる。


 数分後―――


 「じゃあ、転生を始めようか」


 そう言って、ミカドは石英の額を指で突き、何事か呟いた。すると、石英の身体を光の粒子が包んでいく。


 光に包まれながら、石英は最後にミカドに言った。


 「すまないな、迷惑を掛けて」


 「別に良いよ」


 そして、石英は生まれ変わる。


 ・・・・・・・・・


 魔王城の一室―――


 其処で石英は目覚めた。


 側にはルビとサファイヤにシディア、そしてウレキとムーンが居た。


 ルビ、サファイヤ、シディアの三人は泣いている。ウレキとムーンは安心した顔をしていた。


 自分の身体を見ると、何事も無かったかの様に傷一つも無い。


 どうやら、無事転生した様だ。


 石英の新たな人生が、此処から始まった。

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