私は誰だろう
私は誰だろう
私は自分の名前が分からない
自分の体を調べてみる
私には手がある。足がある。顔がある
目がある。口がある。鼻がある。耳がある
私は、私が「人間」である事を知っている
では、私は誰だろう
私は私が女性であると認識した
自分の顔の造形は分からない
私には人間として当たり前に持つ価値観があるが、ここには何も無い
あるのは壁と床と扉と天井、そして「蛍光灯」
隙間はほとんど無い
天井の一角に目を凝らすと「換気扇」があった
私は自分が思う以上に色々なことを知っているようだ
そこで私は自分の事を思い出そうと努める――
私は、自分が「記憶喪失」であると認識した
私が「日本人」である事は思い出した
しかし、私はどこに住んでいたか思い出せない
私には恐らく家族がいたが、家族の事は一切分からない
右手をよく見ると、親指に切り傷がある
私は自分が包丁でその傷を付けたことを思い出す
自分が料理を嗜む人間であることを思い出す
試しにレシピを思い出そうとすると、簡単に脳内に浮かび上がってきた
そして、私は今更自分が左利きである事を理解する
私はだんだん、自分について思考を深める
名前:無し
性別:女性
年齢:20才
所属:不明
特技:料理、裁縫
趣味:読書、料理、〇〇(犬だろうか)の世話
家族:不明(存在する)
容姿:鏡が無いため確認困難。髪は長髪で腰までは届かない位で、黒い。前髪は眉より少し上か
その他:私はここがどこか知らない。最後の記憶は背中に衝撃を受けた事
私は誰だろう
私は更に自分を推理する
「推理」という概念が分かるのは、そういったジャンルの本を読んでいたのだろうが内容は思い出せない
私は自分の服を調べる
白い下着を上下に着ていて、その上に薄い緑色の入院着のような物を着ている。この着心地には覚えがある。私はどうやら入院した経験があるようだ。
右足には手術した痕がある。私は自分が骨折した経験がある事を思い出す。骨折の理由は、歩道橋から転げ落ちた事
そして、私は衝撃的な事実を思い出す。
「そうだ、私は――」
全てを、思い、出す
私は今、監禁されているんだ!!
私には婚約者が居て、その人と幸せな家庭を築いていたんだ。私はとても幸せだった。あの日までは
そう、ストーカーが現れたのだ
茶色のボブカットを振り乱した狂気に染まった目をした女だ。婚約者の元恋人で、私を心から恨んでいた
私の右足の骨折も、歩道橋を渡っている途中に背中からそいつに突き落とされたからだ。私はその時あいつの顔を見た。警察に相談しても、ちゃんと取り合ってくれなかった
私は毎日あいつに怯えていたんだ!!私はそして、とうとうあいつに背中から襲われて、そして今監禁されているんだ!!
「出して」
「ここから、ここから出してよ!!」
目を覚ましてから私は初めて声を出した
一つだけあるシンプルな扉が開く
「あらあら、お目覚めみたいねストーカーさん」
私は自分の事をかなり思い出していた
自分の名前は思い出せていないが、私の客観的な容姿は思い出していた
そして、目の前にいる女性は、憎悪を漲らせた顔を隠さずに見せつけてきたその女は
記憶にある私と、私の顔と瓜二つだった
私は混乱する
「あ、あなたは誰よ。私と同じ顔だなんて、一体どういうことよ」
「あーあ。あなたの記憶を飛ばしたの実質私だけど、実際見ると実に哀れね」
そいつは蔑むような、憐れむような視線を向けてきた
「いい?あなたの名前は――よ」
おかしい、それは私の名前じゃない
「それは、それはあなたの名前であって私の名前じゃない」
「いいえ、これはあなたの名前よ」
そいつは顔を近づけて、綺麗に素敵に微笑んだ
「いい事?あなたはストーカーなの。私と彼を何年も付け狙ってきたストーカー」
何を言っているのか分からない
「違うわ。私が彼と一緒に、あいつに付け狙われていたのよ。あなたは、一体誰よ‼」
「あなたが覚えていないのなら、私が答えてあげる」
その女は唐突に語りだした
あなたは私を付け狙ってきたストーカーよ
正確には、彼と私を付け狙ってきたストーカー
あなたは彼に執着していたし、私に嫉妬していた
初めは私を排除しようとして、歩道橋から突き落としてきたこともあったかしら?
あの時もゾッとしたけど、そのあとのあなたの行動が本当に怖かった
あなたは私になり替わろうとしたの
あなたは整形手術を重ねた。あなたの親は相当のお金持ちだったみたいね?どんどんお金をかけて顔を変えて、髪を伸ばして黒く染めて、右足にわざと傷を付けて骨折したかのように見せかけた。鼻を高くして、眉の位置をずらして、唇を薄くして――その変化の様子を毎日写真に撮って送りつけてくるの。私と彼はあなたが怖くて怖くて仕方がなかった。赤の他人が自分になり替わろうとするなんて、狂気の沙汰だわ
警察に相談しても、ただの法の裁きしか受けさせることしか出来ない。あなたは直接私に危害を加えていないし、死刑になんてできない
だから、私と彼は考えたの。思いつく限り最悪の罰を!
あなたが彼に呼び出されて上機嫌に一人で歩いている所を、私が襲ったの。これでも私は合気道極めているから、素人のあなたじゃ抵抗できない
そのあと、あなたが私に成りすまそうとしていたのを逆に利用してあなたの口座のお金を使ったの
私と彼は、闇医者を雇ったの。裏社会でも有名な「記憶を消す」脳専門の闇医者
闇医者に詳細に記憶を消して貰ったのよ。具体的には、あなたが私自身と勘違いしてしまう様に!
「あなたは今、私と彼にとって最悪の罰を受けているの。あなたはストーカーである――かしら?それとも私が――であなたが私なのかしら?一生思い悩むがいいわ。この精神病棟で!」
けらけら笑いながら、そいつは去っていった
もう一度、問おう
私は誰だろう