頑張れメリーさん!
私の名前はメリーさん。そう、夜にかける電話で人間達を恐怖のどん底に陥れる、あのメリーさんなの。
科学だとかが発達して色々な超常現象が解析されつつある現代においても、私の話は絶えることなく、いまだに健在。うふふ、一時期は噂だけで世の中を震え上がらせていたくらいだもの。その程度の評価をもらったって当然よね。
最近は休みがちだったけど、たまにはやることをやらないとね。さーてと、お仕事お仕事。早速この電話帳から無作為に選んだ番号に、お電話しちゃいましょう。うふふふふ。
――もしもし。私、メリーさん。
電話がつながるなり、ブランクを感じさせることなくスムーズに口から出るこの台詞。ふふっ。やっぱり私、まだまだいけるわね。
――はい?
この声は、男ね。ふふふ、じわじわ恐がらせてあげ……。
――メリー? メリーだと? こんな時間まで何やってるんだ!
――ひいっ!
……え? 何言ってるの、この人。私に対して、妙に馴れ馴れしくない? というか、何で見ず知らずの人間なんかに私、お説教なんてされちゃってるわけ?
――全く、塾をサボってこんな夜中にほっつき歩いて。母さんも悲しんでるぞ。どうしてお前はこんな悪い子になったんだ。昔は親の言いつけを守る、聞き分けのいい自慢の娘だったというのに。
も、もしかして、人違いされてる? この男の人には、メリーっていう娘さんでもいるのかしら。でもここ、日本よね。メリーって名前の子なんて普通……。
あ、ひょっとしてここの夫婦、国際結婚?
――今、母さんに変わるからな。お前のことをどれだけ心配していたか……。父さんが何を言っても無駄だろう。母さんの話を聞いて、少しは反省しろ。
――え、あ、あのー……。私、メリーはメリーでも。
――メリー! イマ、ドコニイルノ? カアサン、トテモ、シンパイシテタノヨ!
ああ、やっぱり。私、ここの家のメリーって子と間違われているのね。今までアホほど電話をかけまくってきたけれど、こんなパターンは初めてだわ。こういう場合、一体どう対処したらいいのかしら。人間達を恐がらせた挙句にたやすくぶち殺すことしかできないような、か弱いお人形にはさっぱりわからないわ。
――シカモ、ケイタイカラジャナクテ、ヘンナバンゴウカラデンワカケルナンテ。オマエ、マサカ、オトコノウチ二、イルノカ?
――いや、あの、そうじゃなくて……。
――ソンナトシデオトコツクル。サイテイネ。カエッテキタラ、シバイタルカラナ!
――ひいっ!
き、切っちゃった。この私が、絶妙な片言如きに震え上がって、電話を自ら切ってしまったわ。恐がらせる側が恐がっちゃうなんて、前代未聞のような気がするわ。
ところで何なの、あの外人さん。冗談抜きに恐かったんですけれども。あんな威圧的なお母さんが家にいたりなんかしたら、帰りたくない気持ちもわかるような……って、人様の家庭事情についてあれこれ考えてる場合じゃなかったわね。さっきのお仕事が不本意にも失敗しちゃった以上、また電話をかけないとね。では、ピッポッパッと。
――もしもし。私、メリーさん。
うふふ、やっぱりこの台詞のキレは最高ね。昔の人間はこれだけで肝が冷えたっていうんだから、威力は折り紙つきって言っても過言じゃないものね。
――はい、もしもし。
この声は……おばあちゃんかしらね。うーん、あまりターゲットにしたことのない年齢層だけど、まあいいわ。
――今、ゴミ捨て場にい……。
――は? 芽衣子かい? 元気にしてたかい。
……芽衣子? もしかして、また人違いされてる? さ、さっきみたいなパターンになったらたまったものじゃないわ。ここでしっかり訂正しておかないと。
――あのね。私の名前はメリーなの。芽衣子じゃなくて、メリーなの。
――はえ? わしゃあ耳が遠くてのお。ところで芽衣子、元気してたかい?
ぜ、全然話を聞いてない。結構大きい声で言ったつもりだったんだけど、一ミリたりとも耳に入らなかったみたいね。
それにしても、どうしてメリーが芽衣子になっちゃうのかしら。メリーと芽衣子の共通点なんて、頭文字が「メ」なのと、三文字ってことくらいの……あら、よく考えたら二つも共通点があったじゃない。これなら間違われてもしょうがないかもね。
――うん。もう、私、芽衣子でいいわ。私、とにかくね、ゴミ捨て場にいるの。
――はいはい、それは大変ねえ。で、今回はいくら必要なんだい? 芽衣子はいつも、ひどいめにばかり遭うからねえ。この間は自動車の修理代が必要になったって言ってたし、その前は自転車で人にぶつかって示談金が足りないって言ってたし、大変よねえ。
待って。何かおばあちゃん、変な話を始めてない? メリーさんには、お金をせびるような話はないはずよ。私は人の命は奪っても、お金は奪わない無垢な女の子のはず……って、いつも? このおばあちゃん、いつもお金をせびられてれるの?
な、なんて嘆かわしいお話なの。きっとこの人、芽衣子とかいうお孫さんに、騙されていいように利用されているのね。ひどい、ひどいわ。こんなの、どんな都市伝説をも凌駕する、凶悪犯罪って奴じゃないの。
――で、今回はいくら必要なんだい? おばあちゃんはいつでも、芽衣子の味方だからね。
――あ、あのね。私、もうお金はいらないの。
――え?
――ごめんね。とにかく、もうお金はいらないから。じゃあね、おばあちゃん。
――ちょ、ちょっと芽衣子……。
また自分から電話を切ってしまったわ。でも、まあ、これはまだいいわよね。おばあちゃんなんて恐がらせてもいまいちやりがいも感じられないし。たまには、ね?
……でも肝心のお仕事がまたできなかったわ。不可抗力と極端な不運による悲劇とはいえ、二回も連続で失敗しちゃうだなんて。顔に表情がないせいで、端からだと平然としているように見えるかもしれないけど、心とプライドは何気にズタズタなんだから。
全く、私がしばらくお休みしている間に、世の中がこんなに変わってるなんて思いもしなかったわ。昔と同じような要領でやってるはずなのに、ここまでうまくいかないだなんて……。
こうなったらもう、次は何が何でも成功させるんだから。メリーさんの本気、今度こそ見せつけてやるんだから。
……さあ、電話帳よ。今度こそちゃんとした人の元に私を導いて。いざ!
――もしもし。私、メリーさん。
お願い、恐がって。これだけ完璧な台詞回しを披露してるんだから、いい加減恐がって!
――へ? メリーさん?
これは、若い男ね。しかも、若干上ずってる。これってもしかして、なかなかの好感触なんじゃないの?
――え? ほ、本当にメリーさん? あ、あ、あの、都市伝説のメリーさん?
うふふ、すっごく恐がってる。そう、これでこそメリーさん。私は、こういう声を聞きたかったの。
いままでのはあくまでも茶番。さあ、今から私の本当の力を……!
――今、ゴミ捨て場にい……。
――そ、そんな。このままだと俺、メリーさんに殺される! うわあああっ!
え?
――嫌だ! この後立て続けに電話がかかってきて、いつの間にか後ろにいるメリーさんに殺されるなんて。嫌だ、嫌だ、嫌だ! た、た、助けてくれえ!
ちょ、ちょっと。いくら何でも恐がり過ぎなんですけど。私のことをよく知ってるのは嬉しいけど、これじゃあ次の段階に進めない……。
――うわあああっ! ひいいいいーっ!
――す、少し落ち着いて。お願いだから。
な、何かガシャンとかドカンとか、すっごい音が聞こえてくるんですけど。まさか、パニック起こして暴れてる? ここまで恐がられるのは生まれて初めてだから、どうしたらいいのか。
――私は確かにメリーさんだけど、すぐにどうこうなるってわけじゃないから。いい? これから何度か電話をかけるから、少なくともそれまでは……。
――ひーっ。ひっ……ん? う、うぎゃあああ……。
――え? ええ? えええ?
凄まじい物音と、ぐしゃっというどこか生々しい音と同時に、若い男の悲鳴が。そして、電話からは雑音以外全く聞こえなくなってしまった。
――あ、あのー。もしもし? もしもし?
一応声をかけてはみたけど、やっぱり返事はなし。
何があったかはわからないけど、どんなことが起きたかくらいは何となく察しがついたわ。確かに最終的に彼が不幸なことになるのはほぼ間違いなしだったけれど、これって私のせいってことになるのかしら? 私、まだ名前を言っただけだったんだけど。
……でも、これじゃあ働いた気がしない。気力を振り絞って、もう一回だけ頑張ってみることにするわ。今度こそ。今度こそまともなお家につながりますように、と。
――もしもし。私、メリーさん。
――はい?
ふふっ。これは女性ね。私の都市伝説は、本来は少女が犠牲になるのが王道。少し老けた感じの声だけど、おばあちゃんよりは若そうだから妥協するわ。
今度こそここに、現代社会に刻まれる新しいメリーさん伝説を……!
――はあ? メリー・サン? 何それ、新しい宗教か何かですか? うち、そういうの間に合ってますんで。じゃ。
ぷっつん。
……。
…………。
………………。
私、もうしばらくお仕事をお休みしようかな。