表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

図書室にて。

作者: 鷹宮雷我

 いつもの放課後。

 静かな図書室にて、俺は今日も、読書をしている彼女に、安住千夏あずみちなつに声をかける。

「そういえば」

 という、話題提起にはまさしくもってこいのこの便利な言葉とともに、俺は彼女にこんな事を話し始めた。

「安住さんは勉強得意なんだっけ? 今度俺にも教えてよ」

 すると安住はロングの髪を掻き揚げ、俺の方を見る。その無表情には笑顔すら張り付かず、そしてその顔のまま、

「愚問です。勉強など、一人でなし得てこそ価値があり、且つその方が最も理解力を向上させるものです。一人で出来ないのは、その意志が弱いからですか? あるいは、問題を解く意欲が無いせいですか?」

 そう言ってまくし立て、その後すぐに、読書に集中した。いや、それじゃ話終わっちゃうよ……。

 仕方がないので、何か別の話題は無いかと模索していると、

「ところで、因幡いなばさんは勉強が苦手なのですか?」

 俺が始めに持ち出した勉強の話題を、今度は俺に振った。まあ、そうだよな。普通に考えれば、次は俺の番だ。

「いや、別に苦手って訳じゃないけど、得意というほどでもないかな」

「……なるほど。では質問を変えましょう。教科としては、何が得意ですか?」

 ふむ。教科ね。

 高校に上がってからは、教科数もそれなりに増え、難しくなってきている。だから、特別何が得意と、改めて言われると答えにくいものだ。

「そうだな……。英語、とかは、まあ好きかな。点数も案外採れるし」

「前回は何点でした?」

「いやそこ、かなりプライベートな質問だと思うんだけど……」

 別に、言ってしまっても良いけどさ。けれど、自慢出来るほどの点でもないし、きっと反応にも困るだろう。それを懸念し、俺は彼女に質問を投げ返した。

「そう言う安住さんは、前回のテスト、一番良かったのはどんな教科なの?」

 安住は、しばし沈黙を貫く。科目ごとに点数の比較でもしているのだろう、と思う。単なる暇つぶしだから、そんなに真剣でなくても良いのに。本まで置いてさ。

 やがて、安住は口を開いた。

「数学、でしょうか」

「へえ、数学かぁ。俺は全然出来なかったよ。で、何点?」

 すると、彼女は俺の方に手を向け、数字を表した。1、0、0、と。

 え、いや、ちょっと待て。嘘だろ?

「ええっと、俺の目に狂いが無ければ良いが、いや、出来れば狂っていてほしいが。……それは100点で合ってるのか?」

「それ以外に何が?」

 …………、うん、ですよね。三桁だもんね。当然ですよね。

 しかし、まさか100点とは。俺なんか76点ぐらいしか採れなかった。

「凄いな。正直驚いた。そういえば先生も、『この中間考査の最高点は100点だ。この中に、一人だけその人物が……いるかもしれんぞ?』とやけに疑問系だったけど、そんな事を言ってたな」

「それが私。と少し自慢げに言ってみたり」

 一瞬、某ライトノベルの有機生命体なんたらのようでいて、しかし妙に、別の某ライトノベルの幼女系電波娘のような言葉を述べた安住。……うん、自分で言っててアレだが、超分かり難い。特に後者。

 テストの点数に関しては、どうにも分が悪くなったので、俺は話題を転換する事にした。英語で言うならシフトチェンジって感じ。何かのルビで使えそうだなこれ。

「そうそう、話は変わるんだが、」

 今度は話を切り出すのではなく、転換するので、上手く軌道に乗せなければならなかったが、いかんせん俺はコミュニケーション能力が低かったようだ。不自然な形での切り替えになってしまった。

 しかし後悔しても始まらない。俺は頭をフル回転させ、何とか話題を作り出す事に成功した。

「テストが終わった後の休日は、何してる?」

「いやに限定的ですね。しかも、テストのその後の過程ですので、大して話を変えているとは思えませんが」

「良いから。そういう俺の心を抉るようなコメントはいらないから。言語力低くてごめんなさい」

 最後はついに謝ってしまった。メンタル弱いなぁ、俺。安住はと言うと、前に垂れ下がりかけた長髪を掻き揚げながら、

「休日は基本的に、読書をしていますが、テスト終了後となればそれなりに、気分も昂揚しますし、」

「うん」

「昼寝してますかね」

「気分昂揚してるのに!?」

 感情の持ち腐れ、とでも形容しようか、彼女はそんな突拍子もないことを言った。

「特に、昼を過ぎた夕方よりの時間がちょうど良いです。両手を広げて、窓から差し込む暖かな西日を浴び、うとうとと、あるいはうつらうつらと、微睡んでしまうあの一時は、非常に心地良く、また気持ちの良いものです。瞼を閉じ、まるで大自然の中にいるような光景を想像すれば、一層気持ちが安らいでいくのです……」

 ふわふわふわー、と彼女の想像が目に浮かんだ。と言うよりか、彼女のそんな姿が。……うん、シュールだ。果てしなく。この上なく。

 ふと、彼女が喋らなくなった事に気付いた。見れば、彼女は目を閉じ、眠そうな様子でいた。……可愛いな。

 それにしても、寝顔ってどうしてこう可愛く見えるのだろう。普段見られない表情だから、余計その感が強いだけかもしれないが。

「おーい、目を覚まそうよー。今はまだ現実の中だぞー」

「……はっ!? ……すみません、つい」

 恥ずかしそうに頬を赤らめる安住。

「妄想で寝られるとは……、安住さんって、色んな意味で凄いな……」

 正直、この瞬間で安住を見る目が変わった気がする。

「ところで因幡さん」

「何?」

「因幡さんの英語のテストは何点ですか?」

「あ、そこに戻っちゃうんだ……」

 というか、覚えてたんだ。記憶力良いな。

「いや、言っても良いけど、面白くもなんともないよ?」

「私には構わず、さあ言ってしまって下さい」

 そう言って急かす安住さん。……無表情だから、全く感情が読み取れないけど、なんか楽しんでない? この子。Sなの?

「……えっと、ね…………。……………………84点」

 割と良い方の点だが、それまでだ、大して凄くもない。平たく言えば――

「まあまあですね」

「ムカつくなぁその言い方!」

 だけど正解。その程度でしかない。

「では、最低点は」

「勘弁して下さい」

 ついに謝った。本日二度目の謝罪である。嗚呼、心が折れそうだ、プラスチック並みの強度の。脆いなぁおい。

「それはそうと因幡さん」

「これだけ傷を抉っといて、何食わぬ顔で会話を進めるとか……」

 どんだけ大物だよ、という言葉は、胸の内だけに留めておく事にした。なんとなく。

 安住は一呼吸置いて、

「今回のテストの平均点を教えて下さい」

「どんだけテストネタ引きずるんですか安住さん!?」

「失礼。間違えました。因幡さんの休日の過ごし方を教えて下さい」

「まず俺は何をどう間違えたらそうなるのかを教えてもらいたいね!」

「因幡さん、静かに。しー」

「あんたがそうさせてんのに!」

 とはいえ、ここは図書室なので静かにしておかなければならない。一度冷静になり、落ち着きを取り戻そう。

「ふぅ…………それで、何だっけ?」

「因幡さんの休日の過ごし方はどのようなものですか? という質問でしたよ」

「そっか、そうだったな。俺はゲームしたり、漫画読んだり、遊びに行ったり…………基本的にダラダラしてるな」

 自分で言っててなんだが、少し改めないといけないな、この生活。

「なんだか楽しそうですね」

「そうかな? 姉貴からは『だらけすぎだーっ!』って怒られてばっかなんだけど」

「因幡さんには、お姉さんがいるのですか」

 安住さんはそこに食い付いてきた。そういえば、その事は言っていなかったっけ、クラスの誰にも。

 俺は少し渋りながら、安住にその事を告白する。

「……ああ。いるよ。義理の、って代名詞が付くけど」

従姉いとこですか?」

「それとは、また違うんだ。……でも、……うん。その認識でも間違いじゃない、というより……、」

 そうであって欲しかった。その方が、幾らかマシなように思えるから。……元々、家庭の事情でそうなったのであり、俺らが気負う事でも無いのだけれど。

「言えないのですか?」

「出来れば、言いたくはないかな」

「なら良いです」

 安住は空気を読んで、そこでその話題を終わらせてくれた。代わりに、今度は俺から彼女に質問した。

「安住さんは、兄弟とか姉妹とかはいるの?」

「生憎、私は一人っ子です。独り身なのです」

「いや、そのジョークはどうなんだろう……」

 いまいち上手いとは言い難い。それにしても、安住は一人っ子なのか。

「そこは因幡さん、それじゃ意味変わってくるだろーとツッコミを入れるぐらいの余裕を見せてほしかったです」

「なんか変なとこ指摘された!」

 まさかそこで話を繋げるとは。というか、話題を拾うのが上手い……のかな?

 安住はそんな俺の怪訝を見抜く事なく、自由奔放に話を進める。

「ツッコミ力というのは大事なんですよ」

「……どういう時に?」

「なんせコミュニケーション能力と深い関わりを持ちますから」

「確かにコミュ力無ければツッコミは出来ないけどもね」

「そして、コミュニケーション能力があったとしても、その力をツッコミ力に活かすのは困難なのです」

「意外だなぁツッコミにそんな深さがあったなんて!」

 そんな訳あるかい。

「ですが、ツッコミとはボケがあって初めて成立するものです。……そこで因幡さん、はいどうぞ!」

「前振りヘタクソか! そしてそんなんでボケに入れるほど上手くねえよ!」

「いえ、前振りボケです」

「ツッコミづらいな!」

 と、俺がツッコんだところで会話が一段落し、一つため息を吐く。

「……なんて言うか、安住さんと話してると、ホント楽しいなぁ」

「…………。……………………それはある種の、告白ですか?」

「うん、その自意識過剰ぶりには正直引くね。割とマジで」

 一気に楽しさが半減した気がする。何でわざわざツッコまれるような事言うかなぁこの子。M? な訳ないか。

「告白では無いならば、何なのですか?」

「え、いや、別に単にそう思っただけで、特に意味は込めたつもり無いけど……」

「そうですか」

 そう淡白に言い放つ安住。ふと俺は、咄嗟に思い付いた事を言ってみる。

「安住さんは彼氏とかいるの?」

 すると、何故だか少しムッと顔をしかめ、但し声は冷淡にこう言う。

「独り身なのです、と言いましたけれど」

「本当だったんだそれ……」

「嘘を吐く必要性がどこに? というか、別に彼氏がいないからといって不思議な事ではないでしょう」

「……、ああ、うん、そうだね」

 これ以上感情のメーターを上げると面倒そうだと判断し、俺は妥協し、引き下がった。しかし、そうなると根本的に話題が無くなってしまった。

 そろそろ帰ろうかな……、そう思い始めた辺りで「あっ」と安住が声を挙げる。

「どうしたの?」

 質問し、安住はこくりと頷き、こう返答する。


「ところで今回のテストの平均点は何点ですか?」


「またそこに戻るのかよ!」

 気付けば今日一の声を張り上げてしまっていた。周囲にいた生徒達は俺に視線を向け、迷惑そうな顔をする。うわあ、しまった。

「テストネタはもう尽きたと思っていましたか?」

「ああ、もう、うんざりだよ……」

「残念でしたね。ネタを遅延させてぶり返す、という技術はまだ発揮していませんでしたよ?」

「てゆーか安住さん、単なるお笑い好きじゃん!」

 俺の言葉に微笑し、人差し指を尽きだしてくる。

「甘いです。単なるお笑い好きではなく、超絶なるお笑い好きなのです」

「どうでもいいわそんな情報!」

 もう、なんか、疲れたよ…………。……現実にパトラッシュはいないか、残念。

 俺は近く置いていた鞄を掴んで肩に担ぐ。その様子を見た安住が、

「帰るのですか?」と問う。

「ああ、なんか、妙に疲弊したってゆーか、無性に帰りたくなったよ」

「そうですか」

 相変わらず、淡白で冷淡な声で安住は言い放つ。その間、安住は本を片手に持った。

「それじゃ、また明日な」

 俺は安住を横目に、図書室を後にする。

「因幡さん」

 不意に呼び止められる。立ち止まって顔だけ振り返ってみると、安住が立ち上がって、

「明日。よければ、またツッコミ談義をしましょうね」

 とそう言って、その後すぐに着席し、読書を再開していた。

 俺は、敢えて返事をせず静かに図書室を出る。彼女の読書の邪魔をしては悪いと感じたからだ。それにしても、ツッコミ談義だなんて、本当にお笑い好きなんだなぁ、安住さん。

 明日もきっと、彼女はあそこで本を読んでいるに違いない。俺が来るまで。 そう思い、俺は家に帰るまでの間、彼女との話題を想像するのだった。

 さて、明日はどんな話をしようか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ