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「あんた、絶対に大切にされてないよ」

 昼休み早々に食堂に連れ出された愛美は三人の女友達に囲まれ、いきなりそんなことを言われて面食らった。

女友達の警告の意味がわからないのだ。

愛美の鈍感さを察知した髪が長く、どこにいても気遣いのきくゆりが口を開いた。

「英田さんのことよ」

「ああ!」

 愛美はようやく合点いった。

 愛美に生まれて初めて出来た彼氏は、宇宙人の、それも王子――自称であるが――英田という男だ。

見た目は文句つけようがない、薔薇なんか背負ったら様になる男であるが、その口は開ければ最後、わけのわからない宇宙について語りだす変人だ。さらに大学に長く在籍し数々の伝説を作り出したといういわくつきの男だ。

「そ、そんなことはないよ」

「愛美、あんた、大切にされないよ」

「前も食費をせびられたんでしょ」

 それは、前に愛美が材料を全て負担したお好み焼きのことだろう。あのときは飯田もいて三人でおなかいっぱいになるまで食べた。

「あんたに優しいの? 傍から見たらこきつかわれてんじゃん」

「そんなことは」

「そんなことはないぞ」

 ふって湧いたかのような声に愛美が視線を向けると、いつの間に湧き出たのか英田が立っていた。それも意味もなく優雅なポーズつき。

 悪口とまではいわないが話題の相手が気配もなく傍にいたというのは、でたーというお化けのような心境である。

「いつの間に」

「王子は、神出鬼没なのだ。それよりも、おい、姫よ、わざわざクラスに迎えに行けば、いなくなっているとはどういう了見だ」

 姫というのは、愛美のことだ。なにせ、英田は王子なのだから、その恋人は姫という呼び名がいいだろうということだが、愛美としてはやめてほしい。

「フツーに名前をよんでください」

「なら、ちゃんと教室にいないか。わざわざ探したぞ」

「はい、ありがとうございます」

「そこの三人の地球人の人間(メス科)よ、これでも愛美を大切にしてないとはよく言うものだ。こんなにも敬っているというのに、ほら、愛美、王子は昼は大盛りのとんかつ定食が食べたいぞ」

「あ、買ってきますね」

「全然、敬ってないじゃない」

 女友達の一人が叫ぶが英田は気にする様子はない。

 英田と付き合いだしたことは瞬く間に大学に知れ渡り、色々と聞かれるが、そういう話を愛美は得意ではない。

愛美がおたおたしていると、すかさず英田が出てきて、愛美をその席から立たせてくれるのだ。そういう英田のちょっと分かりづらい気遣いを愛美はだいぶわかるようになってきた。

この人は素直だけど、それをあらわすことが下手なんだ。

少しだけ自分と似ているようで愛美は嬉しかった。

そうやって愛美を庇うことで悪役になるが、英田は気にしないらしい。愛美としては感謝する反面、申し訳がない。

 とんかつ定食を大盛りと自分が作ったお弁当を持って愛美と英田は端のほうに腰掛けた。なんだか、視線を感じるが、あえてそこは無視するしかない。

 愛美としては胃に穴があいてしまいそうなストレスだ。よく英田は気にしないものだ。

「愛美は弁当なのだな」

「あ、はい。これは」

「言わなくていい。もしかしなくとも、前にやったお好み焼きのせいだろう」

 もしかしたら、先ほどの友達とのことを聞いていたのだろうか。

「いいえ。違うんです……最近、胃が」

「胃が? ストレスか……ならば」

 英田は自分の服の懐からごそごそと探って胃薬を出してきたのに愛美は目を瞬かせた。英田には、どうも不似合いなもののように思える。

薬のあとに芋づる式にはらまきや大学芋なんかまでできて愛美は面食らった。

 ――どらえもんのポケット?

「まあ、人の噂もなんとやらだ。耐えろ。愛美……宇宙王子の第一夫人なるプライドを持て」

「は、はい」

 もしかしなくとも、これって、私のために用意してくれていたのかしら。

「あの、けど、英田さん」

「なんだ」

「いつもすいません。私のためになんか、いろいろと手をとらせて」

 もしかしたら手間がかかる女だと思われて嫌われたかもしれない。

 愛美は自分でも思うのだ。付き合うということがこんなにも大変だとは思わなかった――英田が相手としたら、当然あるリスクを考えていなかった自分が悪いのだ。

「なにを言っている。王子が姫を護るのは当然だろう?」

 英田の言葉に愛美は目を瞬かせた。

 まさか、そんな台詞を素面でいわれるとは思いもしなかった。見る見る顔が真っ赤になって愛美は俯いた。

「なんだ。愛美、どうかしたのか」

「いえ」

 この人は、気がついてないし……。

 愛美は、少しだけ英田の鈍感さを憎んで、感謝した。もし、英田が鋭かったら困る。きっと自分が今、どんな気持ちか知れてしまったらそれこそ恥ずかしい。今は食べることだけを考えよう。

 お弁当の蓋を開けた。自分でも胃に優しく見た目はきれいな自信作。

「愛美」

「は、はい」

「愛美の手作り弁当というものか」

 既に自分のかつどん定食ほとんどを食べつくしてしまっている英田がじっと愛美の弁当を見ている。まさか、まだ食べるつもりだろうか。

「一口もらうぞ」

「えっ」

 英田は愛美がまさに食べようとしていた砂糖をいれて甘くした卵焼きをぱくっと一口で食べてしまった。

「ん、美味」

 折角食べようと思っていた卵焼きを食べられて愛美はため息をついた。

「そうだ。愛美、お前がこれから二人分を作れば、食費が浮くぞ」

「へっ」

 なんで二人分?

「愛美と王子の分……よし、決まりだな。ビンボーだから、愛美が弁当を作ってくれると助かる」

 勝手に話しが進むのに愛美は唖然とした。

 弁当を作ることがいやなわけではない。一人も二人も作るとしたら同じだ。ただ問題は自分には作れる料理というものは少ない。

「あ、あの」

「なんだ」

 こんなときの笑顔はずるいと愛美は思う。こんなときに笑ってもらうと、自分はなんとしてもこの笑顔を護りたいと思うのだ。

 愛美は、今まで男性と正式なお付き合いをしたことはないが、もしかしたら女の子はこういう気持ちなのかもしれない。自分に向けられる笑顔を護りたいと思うのかもしれない。

「材料とか、その」

「そうだな。今日は午後から休講になっているんだ。愛美がいいならば、買い物にいくか」

「えっ、二人で」

「ああ。飯田の阿呆は、まだ阿呆のままだからな」

 英田は最近、飯田の話題をするときは心なしか不機嫌になるのに愛美は気がついていた。飯田が携帯で呼び出されて、どこかに行くのを英田はよしとしてないようだ。なにがあるのか、愛美は怖くて聞けない。

「二人きりで」

 今の愛美の問題は、そこだ。

 女の子って大変だ。なにせ、今の愛美はジーパンにラフなシャッでおしゃれ毛なんてまったくない。この状態では心の準備もままならない。だって、二人きり。二人きりって、つまりはデートじゃないのか。

「だ、だめです」

「なんでだ」

「えーと、あの」

 言い訳が思いつかないのに愛美は焦った。

「そうか。わかったぞ。愛美は、あの日なのだな」

「へっ」

 あの日、なんの日? などと面白いフレーズが愛美の頭をかすめた。

「宇宙でいうところの、いろいろと問題発生しているということか。では、仕方ない。後日、愛美がいい日にするか」

「いえ。忙しくはないですし、問題もないですけど」

 愛美は自分の失態に気がついた。このまま英田にペースをあわせておけば、今日の午後のお誘いをうやむやに出来たはずだ。

 後悔先立たず。

 英田はにやにやと笑いながら愛美を見ていた。

「では、今日の午後はよいのだな」

「は、はい」

「愛美は、嘘がヘタクソだな」

「すみません」

「馬鹿者、誰かを騙したりしないのはよいことだ」

 英田が行儀悪くもテーブルに肘をついて頬杖をつくのに愛美は、これは褒められているのか、貶されているのかと悩んでいると、英田が手を伸ばして弁当箱のたこさんウィナーをとってしまった。

「あっ」

「うむ、美味」


 一度部屋に帰った後、一時に大学の前で落ち合うという約束をとりつけた愛美は、急いで自分の部屋に戻ると部屋のクローゼットを全開にして中にある服をとにかくひっぱりだして眺めた。

 どれが一番可愛いだろう。せめて、スカートぐらいはくべきだろうか。そんなことを延々と悩んでいるのに時計は針を確実に動かしてしまう。どうして、こうも時間って短いのだろうと愛美は心の中で毒づきながら急いで白のワンピースに上には緑の編み柄を着て急いで部屋を飛び出した。

 大学まではたいした距離はないが、愛美は時計を見ながら走った。一分でも遅刻したくなかった。よく読む漫画では、男のほうが遅れてくるのを女の子が待って、なんだか痴話喧嘩なんかをしていたが、自分がその男役をやっては笑えない。

 愛美としては読んでいる少女漫画はいつも憧れだった。高校生のときは、男の子の漕ぐ自転車に二人乗りしたかったし、文化祭でダンスとか(いまどき、流行らないけどやってみたかった)そういうものに憧れたが、一度として男の人とお付き合いをしたことがない愛美にとっては、今日の英田とのデートは、ある意味では人生初の憧れの日だ。

 ただ、お弁当の具財を買うにしても、十分にデートのはずだ。

「はぁはぁ……英田さんは」

 愛美は息をついて門の周りをみた。

「遅いぞ。愛美、王子は待ちくたびれたぞ」

「あ、英田さん」

 ふりかえった直後、愛美は叫びたかった。だが、叫ぶことは出来ずに硬直した。

 なんといっても目の前に王子がいたからだ。

 黒でまとめた服は、裾が少しばかり長く地面につかない、すれすれだ。歩くたびに裾が軽くめくれ、下にはいている黒のズボンが見える。黒はしなやかな体を見事に包み込んでいる。それは気品と美を人間というものにもとめたとしたら、きっと、こんなふうだろうという姿で愛美の目の前に立っていた。

 愛美は、叫びたかった。

 どこの少女系漫画のヒーローだ!

 だが、叫べなかった。

 あまりの麗しき王子の姿にただ呆然と見つめているしかできなかった。

「あ、英田さん、そ、その服装は」

「愛美がコスチュームチェーンジをするというのならば、王子もしなくてはいけないだろう」

「はぁ」

「変か?」

 愛美は首を横にふった。大変よく似合っている。

「よし、いくか」

「あ、いや」

 愛美は俯いて首を横にふった。自分としてはなかなかに可愛いつもりだったが、こんな英田の傍に自分が横を歩いたら、本当につりあいがとれない。

「どうした、愛美」

「いえ。その、歩くのだったら、離れて」

 出来れば横を歩くのは遠慮願いたい。

 だが、そういう愛美の手を英田は強引にとって歩き出した。ひきずられながら愛美は地面を睨んで自分の日ごろの地味さを呪った。少女漫画のヒロインは、みんなすごく綺麗で――恋をしてますます綺麗になっていくのに私は、このままだ。

「英田さん、私、地味だから、その手を」

「愛美、服を買いにいくか。なに、この王子の寛大さに心から感謝するんだぞ。なんといっても最近バイト代がはいったからな」

「あの、英田さん」

「なんだ」

「その、あの」

「愛美は、何をいちいち悩んでいるのかはわからないが、王子の服装が気に食わないのであれば、仕方ない。新しく服を買いなおそうじゃないか」

「あ、その、そんなことは」

「王子は言ったことはするのだ。……言っただろう? 愛美を制圧すると……だから、愛美は俺にめちゃくちゃのメロメロになる日まで、この手を離すつもりなんてないぞ」

 振り向き際に笑みを浮かべる英田に愛美は眩暈がした。なんだか、すごいことを自分は言われてしまったように思う。

「ということで、愛美の服を買いにいくぞ」

「え、私の」

 まさか自分の服を変われるなんて愛美は思いもしなくて、顔をあげて英田を見た。

「そうだ。愛美に似合う、もっと派手で、可愛い服を買う。愛美を俺好みにするのが制圧の第一歩だ」

「英田さん好みって」

「それは、もちろん、まずはちゃんと横を歩いてくれることだな」

 英田の言葉に愛美は口ごもった。

 すごく気遣わせてしまったかもしれない。自分のことでいっぱい、いっぱいで英田が自分のことを気にしてくれているなんて思いもしなかった。愛美は握られている手に力をこめて英田の手を握り締めた。

「服、買うのだったら、近くのお店行っていいですか」

「愛美のよく行く店か?」

「はい。そこでいつも服買ってるんです」

 安くて中々に可愛いものがあるという服屋は愛美のお気に入りだ。平均が千五百円でたいした高さではないというので、英田がもし買ってくれるというのであれば高いものを買わせたくない。

「じゃあ、愛美のよく行く店にするか」

「はい」

 愛美はちゃんと顔をあげて笑うことか出来た。


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