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 好きだと自覚して、そうそうにふられた。――そんな事態に人間はどのような行動をとるのか。


 愛美は、まず、寮に戻ると食堂で食事をとった。

ちょうど今日は暇をもてあました女の子達がきゃきゃとごはんを食べているのに愛美だけ、その輪にもはいれず、隅っこで食べていた。

 今日は、不運なことにもお好み焼き定食――お好み焼きとごはんが一緒にあるのだ。みんなして、変なのと言いながらもすきっ腹になんのそのと食べていく。

「あ、そういえばさ」

 不意に頭から降ってきた声に愛美は、んっと顔をあげた。

「先、英田先輩といたけど、愛美って仲いいの?」

 その言葉は愛美にとっては核爆弾のスイッチにも等しい。

 そして、そのボタンは、ぽちっと軽く押されてしまった。

「う、うっううっ」

「え、愛美?」

 突然、愛美の肩が震えて嗚咽を漏らしだしたのに、さすがになにかただ事ではないことがあったのかと尋ねた女の子は慌てて、周りにいた女の子たちも食べる手をとめて愛美を見た。

 目から涙がぽろぽろと溢れていくのに愛美は、鼻水をすすりながらお好み焼き定食を食べた。

 味はこってりソース味。

「愛美? なに、まさか、なんかされたの?」

「私は、お好み焼き定食がおいしいから泣いてるの」

 大粒の涙をぼろぼろと流しながら、愛美は見事にお好み焼き定食を食べ終わり、食堂のおばちゃんに「そんなにおいしかった」と尋ねられて、大きく頷いて部屋に戻った。


 部屋に帰っても涙はまだ溢れて止まらなかった。しとしととではなくて、どばどばと流れた。

 このまま涙が溢れ続けたら、危険だと思い、財布を片手に愛美は部屋を出た。涙と鼻水が出るのにタオルも片手に持たなくてはならなかった。

 不運は続くらしい。

 神は愛美が嫌いなのか、それとも憎まれることをしてしまったのか。

 愛美はコンビニの三歩前で固まってしまった。

「英田さん」

 コンビニの前に、英田が立っているのだ。

「愛美」

 見つめ合ったままというのは、漫画だったらきっと恥らってしまいそうなほどに嬉しいとかヒロインは思うんだろうが、愛美は何も言えず涙と鼻水をだしてしまった。

「愛美」

「うーっ」

 泣くつもりなんて少しもなかったが、涙は止まらずに出ていく。

 先からずっと泣きぱなしだから、きっとひどい顔をしている。きっと目は真っ赤に腫れてるし、涙と鼻水で顔なんて見られたものじゃない。

「愛美、おい、泣くな。落ち着け」

「うわぁん」

 最悪なことに泣き出すと本人の意思とは関係なく止まらないのだ。

「み、みずかぉって、ないてばかりだから、すいぶんじょうは、して、しぬぅ」

「みず? まて、水!」

 英田は自分の袋の中から茶のペットボトルを取り出すと愛美に差し出した。

「飲め、いますぐに呑め」

「はぃ」

 受け取った冷たいペットボトルのお茶を口にくわえて、ごくごくと呑む。そうすると、また涙がぽろぽろと溢れ出していく。

「泣くな。折角呑んだ水分を涙で流してどうする。水分がなくなってミイラになるぞ」

「は、はぃ」

 しゃくりあげて返事をしながら、お茶を半分ほど飲んでようやく落ち着いてきた。涙は止まって、かわりに恥ずかしさに愛美は英田を見ることができずにうつむいてしまった。

沈黙の重さがじわじわと広がっていく

「ふ、ふふふ、この沈黙なんぞに耐えられるかぁ」

 英田の苦し紛れの高笑いに愛美は慌てた。

「す、すいません」

「なんで謝る」

「だって、私のせいで」

 そう思うと、また泣きそうになったが、英田の両手が両頬をぎゅっと抑えるのに愛美は目をぱちぱちさせた。

英田が今にも怒鳴りそうな怖い形相で睨んできた。

「泣くな。お前のせいじゃないから、泣くな」

「は、はぃ」

「……はぁ、まったく。ガリガリくんを食べさせてやろう」

 自分の買った袋からガリガリくんを取り出して差し出されて、愛美は素直に受け取って、ガリガリくんを頬張った。

 ガリガリと、口の中に広がる、甘くて、冷たいアイスは、愛美を落ち着かせてくれた。ちらりと英田を見ると彼もガリガリくんを食べていた。

「あの、私のせいで、せっかく買ったの」

「別にいい。王子は気にしないのだ」

「あっ、あの、英田さん、わたしっ」

「なんだ」

「英田さんが好きです」

 英田が思いっきりガリガリくんを噛んで、がりっという音をさせた。そして、ぼとっと半分以上残っている塊が落ちた。

「あ、英田さん」

「いけませんと言っただろう。この馬鹿娘っ!」

 思いっきり頭をしばかれて愛美は英田を睨んだ。

「なんで、そういう言い方なんですか」

 普通は、嫌いとか、無理とか言うだろうに。それがなんで「いけません」なのだろう。親にこの人が好きだと言って叱られるような言い方だ。

「英田さん」

「いけないものは、いけませんと言っているだろう」

「告白してるのに、どうして、そういう言い返しなんですか」

 愛美の指摘に英田は一瞬、たじろいだ。

 後ろに一歩、ひいたのに愛美は前に出る。そうすると、また英田が後ろにさがった。

「英田さん?」

 目が赤く腫れて痛いのも。今の、なんだかむしゃくしゃした気持ちも全ては英田のせいだ。だから自分は英田を責めてもいい筈だと愛美には思えた。

 コンビニの光が僅かに英田と愛美を照らしていた。

 ほんの少しだけ、英田の顔は赤い。ように思えた。

「英田さん、もしかして、私のこと、好きなの?」

「う、宇宙に帰ってくる」

 走り去られて、愛美はなんだかよくわからなかったが、自分がまたふられてしまったということだけは理解した。

 宇宙人なんて、きっと馬鹿ばっかりだ。

 愛美は、心の中で宇宙人なんか好きになるんじゃなかったと思った。

「宇宙人なんて嫌いっ!」


 恋に破れた乙女がすることは、なにか。

 愛美は、少女マンガをひもといて調べた。

愛美がはじめて付き合ったかもしれないという彼は、電話をくれなくなっても気にもしなかった。とすると、あんまり彼のこと、好きじゃなかったんだと今頃になって気がついた。

 ようやく失恋する女の子は、暴食するというのを漫画で発見した。愛美は早速試そうとしたが、お金は英田に全て使われてしまった。これではやけ食いなどできるはずもない。

 友達を頼って合コンに参加させてもらった。

 目的は食べることだから、人と関わることを避けてしまえばその場を白けさせるなんてことはないだろうと愛美は踏んでいた。

 ――あ、けど

 合コンは、英田さんもいるかもしれない。

 会いたいような、会いたくないような、なんだかすごく困った。それでいて、胸がどきどきする感覚に愛美は、合コンのために一番のお気に入りの服を出して、口紅もしてみた。

 ――目的は英田さんじゃなくて、暴食。暴食、やけ食い

 目的を持っていれば、周りのことなんて気にしない、気にしちゃいけない。たとえ、英田がいたとしても嬉しいと思うはずがない。だって、ふられたわけだし、だからこのお洒落も決して英田のためとかじゃない。

 女の子って、大変だ。

 愛美は、ようやく女の子って、意地っ張りで、いつでも可愛いといわれたくて、ふられた男に地団駄をふませたいのだというものだと理解した。

 だって、今、私、英田さんに後悔してほしいんだもん。だが、悲しいことに集められたメンバーのなかに英田はいなかった。

 暴食も普段食の細い愛美が食べる量なんて、たいしたことはない。少しばかり食べて腹は膨れたのに、仕方なくビールを飲んだ。

「愛美ちゃんって、かわいいね」

 横にいた男が声をかけてきたが愛美は、この男が何者か知らない。顔合わせのときなんか挨拶したなぁくらいの記憶だ。

「こういう、ちょっと垢抜けしてないの、好きなんだ。よかったら携帯の番号教えてよ」

「えっ」

 そんなこと言われたこともない。

 愛美は、そのとき酔っていた。普段の飲み慣れないビールに、男から言い寄られて、なんだか視界がぐるぐるする。とたんに目からどはっと涙があふれ出していった。

「え、あの、愛美ちゃん」

「なんで、あんたなんかが声なんかかけるのよ。なんで、ここに英田さんはいないのよ」

 理不尽という言葉がある。

 それは、道理にあっていない怒りのこと。ようははた迷惑ということである。そして、愛美はまさに理不尽な怒りに燃えていた。

 どうして、英田はいなくて、きれいだとか、電話を聞いてくれるのは、英田じゃないのだろう。

どうして、私はあんな人を好きになったんだろう!

「あたしぃは」

「酔っ払いのだめ子め」

 思いっきり首をしめられて、愛美は、ぐぇっと小さく悲鳴をあげた。

「帰るぞ。だめ、下僕め」

 顔をあげると、霞んだ視界に英田がいた。それもなぜかチャイナ服を着て化粧もばっちりしている――女? 間違えてしまいそうだが、英田だ。だが、なんで、女装をしているのか。

 この場にいる全員が英田に見惚れてしまっている。男であれば、彼女にしたいと思い、女であれば同じ女として好きになってしまいそうになるタイプ。あまりのことに愛美は眩暈を覚えた。

「あ、君、美人」

 英田の見事な美脚の蹴りが男の顔にきまった。

「俺は男だ。阿呆! ……ふん、この王子の美貌にうつつをぬかすような者に愛美はくれてやらんわ! ……迷惑をかけたな。ゆくぞ、愛美」

 颯爽と英田は愛美をひきずって店の外まで出た。そこで首を絞めていた手が一度離れて、手を握って歩き出したのに愛美は手をひかれるまま歩いた。

 夜の賑やかな明るい通りをみながら、愛美は悔しくなった。

「英田さん」

「なんだ」

「お金払ってない」

「ただ食いもときにはいいさ」

「王子なのに、ケチ」

「愛美のせいだろう」

 英田の言葉に愛美はうつむいて下唇を噛んだ。

「お前が、男なんかに声をかけられて、泣き喚いたりするから、王子である者が直々に仲裁をしたのだぞ」

「……すいません」

 うつむきがちに、そっと顔をあげると、英田の顔が周りの店々のきらきらと輝く明かり越しに見えた。

 きれい。

 昔読んだ、絵本で、シンデレラが王子様と踊るきらきらとしたきれいな舞踏会と同じくらい、ここはきれいなんじゃないのだろうか。

 愛美は握った手をぎゅっと強く締め付けた。

「けど、英田さんには関係ないでしょう。宇宙に帰ったくせに」

「あんまり、愛美がびーびー泣くから、母星からかえってきたのだ」

「私、そんなに泣いてないもん……それにどうして、女装してるんですか」

「叔母の店の手伝いだ。一応、戸籍上では、男だが……今日の合コンのことは既に聞き及んでいてな。店の手伝いを少し抜けて見に来たのだ。ふん」

 なんだか、とんでもないことを今、口にされたような気がする。

「うそをつけ。愛美は、俺が好きじゃなかったのか? それとも、女装する男は嫌いか?」

「好きです。じょ、女装していても」

「そうか。まだ好きか?」

「はい」

「なら、地球人なんぞにいちいち気に留めるな」

 愛美は眉を顰めた。

 結局のところ、英田はなにがしたいのだろう。

「愛美はあぶなっかしいからな」

「そうですか」

「酒に酔っ払ってふらふらと」

「う、英田さん気持ち悪い……吐く」

「そうそう、気持ち……愛美! まて、吐くな。せめて、端っこで吐け」

 英田が叫んだのに頭が痛くなって、胃がむかむかして、結局その日食べたものを愛美は路上の端っこで吐いた。

 その間、ずっと英田が背を摩っていてくれた。

 ――最悪

 だが、ネオンは変わらずキラキラしていて、英田は自分を見ている。

「きれい」

「……地球の外は明るすぎるんだ」

「けど、きれいですよ」

「俺は好きじゃない……ほら、帰るぞ」

 伸ばされた手に愛美は、じっと見つめていた。

「英田さん」

「なんだ」

「私、英田さんのこと好きなんですよ」

「それが、どうした」

 突き放された言い方が、胸を刺した。

「なんで、やさしいんですか? 故郷に帰るっていってたし」

「愛美が、ぴーぴーと泣いて、うるさくて母星に帰れなかったからさ」

手をつないで二人できらきらとした街の中を歩いた。

 もうすぐ寮についてしまうというのがもったいなくて、遠回りとかしてでも時間を稼いで、歩いていたい。

「英田さんは、私が泣いたら、帰ってきてくれるんですか」

「もう泣くな。目が腫れて、化け物みたいだ」

「……化け物」

 そんなに自分はひどい顔をしているのだろうか。

 慌てて立ち止まって、自分の顔を見ようと手鏡をかばんからさぐる。

「もう、泣くな。俺は、愛美の、ちょっとお澄ましているような顔が好きなんだからな」

「英田さん?」

 英田の背を見て愛美は呟いた。

「好きなんて言ったら、逃げるのだと思った」

「英田さん」

「みんな俺の見た目がいいからと寄ってきて、勝手な理想や空想を押し付けてくる。

 だから、一人でいいと思っていたんだ。利用されるのも、誰かを利用するのも飽き飽きしていたんだ……こんな俺が、今更誰かを好きだと言っても逃げてしまうじゃないかと思っていた」

 戦慄いている英田の手を見つめて、愛美はなんだか笑いたくなった。

 ついつい噴出して笑う愛美に英田は振り返ってむっとしたように睨んできた。

「なぜ笑う」

「だって、なんだか、可笑しくて……私、英田さんのこと好きですよ。今も、先も」

「未来はわからないだろう」

「英田さんは心配性なんですね」

「ああ、心配性だ。だから、愛美が変な男にからまれんかと思って、ここまでだな」

「私は、英田さんが好きです。我侭で、唯我独尊で、けど、この地球が青いから来てしまったロマンスに溢れた英田さんが」

 愛美は泣きながら笑った。どうして涙が出てきてしまうのかはわからなかったが、あとからあとから涙は溢れて来て止まらなかった。

「……愛美は泣いても、すぐに笑うのだな」

 英田が笑いながら愛美の髪をくしゃりと、撫でた。その手付きが優しくて、愛美は両手で涙を拭ってメイクがとれてしまった。きっと、英田のいう化け物みたいな顔になってしまっただろうが気にしなかった。

「愛美は、笑うと地球みたいだ。よし、その笑顔を制圧してやる」

「制圧?」

 ぷっと愛美は吹いてしまった。

「そうだ。この地球を制圧するのに、まずは愛美を制圧してやろう」

「はい」


 宇宙人が高々に地球制圧のロマンを語るのに愛美は俯いてくすくすと笑い、ちらりと顔を覗き見た。

英田の手に、そっと手を伸ばして自分の中にある勇気をすべて振り絞って握り締めた。とたんに宇宙人が多弁であった口を閉ざして、かわりにぎゅっと握り締めた。

 覗き見た耳先が、少しだけ赤くなっていたように思えた。


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