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番外編・母星からの襲来

 携帯電話がけたたましく鳴った。

 ダースベーダーのテーマは、静かな図書館に不似合いだ。その場にいた誰もが迷惑げな視線をむけたが、当の本人は気にすることなく優雅にかつ、ポーズなんざ決めながら取り出して耳に当てた。

「はい」

『ああ』

 こんな電話の第一声をするのは、あいつしかいない。

「なんの用だ」

『ああ』

「ん?」

 顔をあげて前を見た瞬間、悲鳴をあげなかった自分はすごいと思った。それこそ、拍手して褒めてもいいだろう。

 なぜならば、電話の相手が目の前に立って、手をふっていたのだから!


「ち、父上」


 英田は、この世で最も苦手な人物の名を口にした。


<>


 愛美は、その日、大学の門の前で、それは美しい生き倒れを発見した。

 どうして生き倒れかというと、地面に頭からひれ伏すように倒れていたのに、愛美が慌てて近づくと、豪快な腹の音をさせて、一言いった。

「おなか、すいた」

 おかげで愛美は、この美しい生き倒れもとい、腹減りをほっておくこともできずに食事をご馳走しなくてはならなかった。

 倒れた人間をほっておくなんて、出来ないが助けたことを少しだけ後悔した。というのも美しくほそっとりした女性はその見た目とは裏腹に豪快にカツ丼定食を食べた挙句にケーキセット――大学ではサラダとケーキが二種類にコーヒーがつくという女の子に人気のセットを頼んで平然と平らげた。すべて愛美が勘定を払うこととなったのだ。

「本当にありがとう。おなかすいちゃってねぇ」

 けらけらと笑う女性は、見た目は三十代も超えていないように見えるほどに白く張りのある肌に薄化粧を施して、白のブラウスに黒のスカートとぴっしりと決めている。髪の毛も倒れていたせいで、多少セットは崩れているが、茶色に淡く染められているのを耳ほどの短さにくりん、くりんと巻いているのは、女性的で可愛らしい。

 どこからどう見ても仕事のできる女性というものを形にしたというかんじだ。

「ちょっと喧嘩をして財布なく出てきちゃって、それで助けを求めて、ここにきたら、おなかがすいて倒れてたのよ」

「はぁ」

 なんとも壮絶な話に愛美は眉を寄せた。

「ふふ、本当にありがとう。私、リッカっていうの、あなたは?」

 はきはきとしたものの言い方に愛美は慌てて口を開いた。

「愛美です」

「可愛い名前ね、そうだわ。よかったら、私とお友達になってくださらない? そうね、うん、お友達になりましょう。それで、私にケーキセットをプレゼントしなさいな」

「え、ええ」

 それは、つまりは、奢れと言っているのではないのか。

 愛美は釈然とはしなかったが、なんとなく、リッカの態度に思い出すものがあって素直に、ついケーキセットを奢ってしまった。

 なんか、この人、似てる。

「やだ、これ、甘くておいしい、太りそう、あらあら、愛美も遠慮なく食べてね」

「はぁ」

 だから、それは私のお金で買ったもので、遠慮するのはむしろ、そちらのほうではないのか。

 愛美はやっぱり釈然としなかったが、とりあえずチョコレートケーキを一ついただいて食べることにした。

「あの、リッカさんは、ここになにをしに」

「ああ、呼び捨てにして、友達でしょ! ん、ああ、喧嘩したのよ。それでね、おなかがすきすぎて、不時着しちゃったのよ」

「へ」

「私、宇宙人なの」

 愛美はそのとき悟った。

 間違いない。

 英田に似ている。


<>


「だからね、喧嘩して船にのって地球にきたのはいいんだけど、お金なくなっちゃったのよ。まぁここまで、たどり着けたのはめっけもんだけど」

 ケーキをもくもぐと食べながら言うリッカの言葉に愛美は混乱のきわみにいた。まさか、ここで英田のようなことをいうような女性と遭遇するとは思わなかった。

「あの、それで、ここにはなにをしに」

「息子に会いに」

「はぁ?」

 愛美は、本当に間抜けな声をあげた。

 今、この人はなんと言ったのだろうか。

 息子、息子? 息子!

 愛美の中にたった一人の宇宙人の自称王子の顔が思い浮かぶ。

「まさか、それって」

「母上っ」

 声がして愛美は肩を震わせた。

 英田が息を荒くして、立っていたのだ。それもその目は鋭く愛美の前に腰掛けているリッカに向けられている。

「あら、わが息子、久しぶりね」

「久しぶりではないぞ。なんで、あんたたちがここにいるんだ」

 あんた、たち?

 複数形なのに、愛美は首を横に動かすと、そこには四十代ほどの落ち着いた雰囲気をもった男性が立っていた。ブランドもののスーツに優しげな眼差し。

「ダーリン」

 リッカが顔をゆがめて声をあげた。

 ダーリン。つまりは、これが英田の遺伝子の半分の責任者ということだ。

 愛美として衝撃的だったのは、この母親は英田並みにどこかはっちゃけていて、常識からずれているが、この父親の見た目はそれ相当に歳をとっているようだし、落ち着いている雰囲気を見れば英田の父というと、少し拍子抜けだ。

「ああ」

 太い声が英田母の声に応じる。

「もう、なんできたの」

「ああ」

「あなたが、私をいじわるするからでしょう」

「ああ」

「なに仕事までほっぽりだしてきたの、あなたってばかね!」

「ああ」


 なに、この会話。

 愛美は眉を寄せた。

 先ほどから、リッカがしゃべってまくしたてるのに、ずっと「ああ」としかいっていない。それでも二人の会話は二人だけで成立しているのだから、すごい。これが夫婦ということだろうか。やはり英田の遺伝子の元である。


「母上、父上から聞いたぞ。なんでも勝手に仕事をキャンセルして、こちらに来るとは、それでも社長なのか」

 社長?

 英田の言葉に愛美は目を瞬かせた。

「だって、どうしてもはずせないことがあったんだもん。だのに、この人ったら、怒るから、一人できたのよ」

 ふんっと頬を膨らませて怒るリッカは、とてもではないが英田の母と思えない。むしろ、愛美よりも年下の女の子のようだ。

 唖然としている愛美にリッカが両手を伸ばして抱きついてきた。

「わたし、帰らないからね。ねー愛美ちゃん」

「え、ええ?」

 気がついたら、自分もなんか巻き込まれている。

「友達だから、助けてくるわよね」

 リッカの言葉に愛美は困惑とした。

「母上、俺の愛美に魔の手を伸ばすのはやめてくれっ」

 英田の言葉に愛美はちょっと面食らった。こんなすったもんだなときにいうのもなんだが、今、俺のっていった。愛美は、真っ赤になって英田を睨んだ。

「いや。この子のこと気に入ったわ。私、この子をつれてかえる」

「なにを馬鹿な、そもそも、母上よ、そろそろ展覧会と前にメールしていいだろう。仕事はいいのか」

「あんたに会いに来たんでしょ!馬鹿息子!」

 ぴしゃりと怒鳴るリッカは、ふんっと鼻を鳴らして英田を睨んだ。

「とりあえず、私、愛美ちゃんと遊ぶから」

「え、ええ?」

「母上っ」

 噛み付く英田にリッカもまた譲らない。それに対して英田父はにこにこと笑ってみているだけだ。

「あの、とりあえず、騒ぐのやめてください」

 愛美は弱弱しく言った。

 食堂にいたみんなの視線を一身に浴びたままというのは、愛美としては勘弁願いたかった。


 注目を集めた食堂から英田一家をひっぱりだして、中庭に出た。幸いにも晴れている今日は太陽が燦々と輝き、木々が揺れると爽やかな風が流れる。

愛美の心はまったく、少しも爽やかではなかった。

「とりあえず、さっさとアメリカに帰れー」

 愛美をリッカよりひきはなした英田は母親にたいしても尊敬、敬愛というものは一切さく、威嚇する犬のように唸って睨みつけている。

「それが産みの母にいう台詞なの! いい、ママは、あんたのことを気にしてるのよ、久しぶりに仕事したいなんていいだして、あんた、何年ブランクあると思ってるのよ! 顔がいいだけで、仕事もらえる世界じゃないのよ」

「うるさい、そういうところはわかってる。しっかりとやってる」

「なによー、ママが心配して忠告して、あんたに仕事のことできたのにぃ」

「はっきりといえ。この年増がっ、かわいくないぞ」

「このくそがきぃ」


 言い合いの先がさっぱりと読めず、愛美は唖然とした。その横ではにこにこと父親が笑っている。彼はこういう親子喧嘩を何度も見てきたのか落ち着きはらい、愛美にベンチに座るように促すと、ジュースを買ってきてくれた。

 愛美は、ジュースを飲みつつ、ベンチの上ですったもんだの親子喧嘩をしている二人を見ていた。それも口を開けば、なにか、仕事とか展覧会とかあっちに帰れ(母星?)とか言っている。


「とりあえず、ママは愛美ちゃんが気にいたの。この子と一緒にいる。お前はいらんっ」

 それが母親のいう台詞か。

「うるさい! こっちこそ、願い下げだ。母よ、愛美は俺のだと言っている。とりあえず、仕事に帰れっ」

 それが息子のいう台詞か。

 親子としての情の欠片もない言い合いは白熱しはじめた。

 ばちばちと火花が散ってもおかしくない。

「とりあえず、あんたの最近の仕事みたけど、まぁまぁじゃない。ふーん」

 リッカはむすっと英田を睨んだのに、ふんっと鼻で息をして腕組をして胸をはる英田。

「当たり前だ。俺は天才だぞ」

 そういえば、英田は忙しそうにしていたのは知っている。つまり、英田は自分には内緒で仕事をしていたということなのだろうか。

「昔、逃げたくせに」

「今回は逃げないのだ。ちゃんとやる……今度こそ、ちゃんと卒業するためにも、今の仕事はしているんだ」

 英田の口から出る言葉に愛美は顔面パンチを食らったかのような衝撃を覚えた。

 無論、卒業するというのは大切なことだ。英田は、ずっと学校にいるが、それでもいずれは出ていかなくてはいけない。だが、まさか、英田が自分から進んで卒業のことを考えているなどおもいもしなかった。

「だから、仕事のことできたのよ。あんた、私のところで使われる気ないって」

「母上の? また親の七光りになるのはごめんこうむるぞ」

「なに言ってんのよ。使えるものは、死んだ親の威厳だって使えっていうじゃない」

 いわないと思うが、リッカの迫力にはとうの英田も驚いたらしい。じりっと後ろに下がり、口をへの字にまげている。

「私、今度日本で仕事するわ。そのとき、あんた、使われないよ」

「……いやだ。母上の威厳なんぞ」

「将来のこと考えてるなら、使えるもんつかえちゅーってんだよ。この馬鹿息子」

 リッカが思いっきり英田の両頬を押さえつけた。

「あんた、顔とスタイルはいいのよ。私と四郎さんの子だから! モデルとしてやっていきたいなら、ぐちぐちいわずに、威厳でも七光りにでもなりやがらんかい! そのためにもまた仕事してるんでしょう?」

「う、うるさいのだ母上は」

 ますます話しが見えないが、英田がうろたえているのはわかる。どうしてそこまで英田が困り果てているのか。

 そもそも、仕事にモデルという単語が出てきた。

「あの」

 遠慮がちに愛美が手をあげて発言を認めてもらえるように声を出すと親子二人の視線が向いた。

「英田さん、お仕事モデルさんなんですか」

 愛美の間の抜けた問いが、親子喧嘩に終止符をうった。


「愛美にはしっかりと仕事となるまでは黙っておくつもりだったのだ」

 英田は不満いっぱいに顔をゆがめながら、販売機でココアとパイナップルジュースを適当にミックスした恐ろしい飲み物を口にしている。

「モデルの仕事が母上と父上にばれるとはなぁ」

「だってママもでるだもん」

 リッカはオレンジ・あんこジュースを飲んでいる。

「パパは、デザイナーなのよねぇ」

「ああ」

「これもパパがデザインしたものだし」

「ああ」

 また、妙な会話が成立している。

 愛美は不満げに顔をゆがめる英田を見ていた。

 英田はいつも謎が多い。けど、こんな大切なことまで教えてくれないことはひどいと思う。そう思って不満と怒りの視線を向けるのに英田はバツ悪げに顔を背けるだけだ。

「仕事でもないのに、愛美には自慢できんだろう」

「英田さん」

「ふん、いっちょまえにかっこつけないで、この馬鹿息子」

 リッカは飲み終えたジュースの紙コップをゴミ箱に捨てて立ち上がった。

「いっちょ前のこというのは、あんたがしっかりした大人になったときにいいな!とりあえず、愛美ちゃんはさらわせてもらうわ」

 そういってリッカは愛美の承諾などもとより――攫うのだから、許可なんて必要ないだろう。片手をとって走り出した。

「愛美っ、またぬか、この犯罪者がっ、父上っ、母上をとめてくれぇ」

「ああ」


 走ると息が切れる。

 リッカは一体、何者なのだろう。愛美が日ごろの運動不足がたたって息をきらし、汗を流しているのに額の汗を爽やかにぬぐうリッカは実に若々しい。

 それも大学の門を抜け、なんと近くの公園まできてしまっている。リッカはそのまま誰もいない公園のブランコに子供のようにはしゃいで飛び乗った。

「私、ちょっとだけあの子の息子を変えた人に会いたかったの」

 ようやく息が整いだした愛美は驚いてリッカを見た。

「私も、四郎さんも、褒められた親ではないわ。……仕事といっても、寂しい思いをさせたことぐらいわかってるの。あの子いつも鍵をもって家の中で待っていていたわ。だからね、ちょっとひねくれて、いやな子に育っちゃったのよ。昔は、もうそらぁいやな子だったわ、親の私が言うのもなんだけど、すげーいやな子でね、親の顔がみたいって思ったら、私が親じゃんてくらい」

 リッカの言葉に愛美は目を瞬かせた。

「すごく寂しがり屋なのよ。あの子……けど、そういうのをうまくあらわすことができなくて、甘ったれのはねっかえり」

「リッカさん」

 ブランコが音をたててゆれる。

 リッカの纏う甘い香りが鼻につく。

「ずっと宇宙にいたから、いろんな大切なことを忘れてしまったのよ。だって、この遠い地球までの間、ずっと一人ぼっちだったから」

 広い宇宙で一人ぼっちの孤独。

愛美の頭の中で小さなタコの宇宙人――これは火星人――が、しくしく寂しいと泣きながら円盤の宇宙船をふらふらさせながら地球を目指している想像をした。

 私だったら、お友達になってあげるのに。

 広い宇宙にいる火星のタコ宇宙人。もしかしたら月のウサギ。もしかしたら、ぷるっとしたアールグレイ。もしかしたら、もっと怖いエイリアン。けど、一人ぼっちで寂しいといっていたら、迷わずに手を伸ばしてあげたい。

「あの子のこと、お願いしていいかしら」

「……はい」

 愛美はにっこりと笑った。

「愛美っ! 母上、なんてことをするのだ」

 英田が後ろから声をあげるのに愛美はふりかえって笑顔を向けて、両手を伸ばした。

 その笑顔に英田が驚いたように目を瞬かせ、愛美の伸ばされた両手に手を重ねて握り締める。

「愛美、奪還成功」

「英田さん」

「なんだ」

「英田さんは寂しくないように、ちゃんと傍にいますからね。だから、ちゃんといろんな大切なこととか教えてくださいね」

「……愛美……仕事は、ちゃんと決まってないのに教えてぬか喜びたせたくなかったのだ。それに」

 英田が俯くのに愛美は眉を寄せた。

「愛美が卒業する前に、ちゃんと安心して結婚できるようにしたいだろう」

 英田の言葉に愛美は真っ赤になって、今度はうつむく番だった。

「英田さん、気が早いですよ」

「ちっとも早くないぞ。王子は、妃を求めて何十年も独り者だったのだ。こういうのは早ければ早いほうがいい。よし、愛美……先ほど、傍にいるといった。それはプロポーズだな」

「は、はい?」

 話が突拍子もなく飛んでいるのに愛美は唖然とした。もし、プロポーズならば、自分は受ける側になりたい。

「王子は受けるぞ」

「え、ええ」

「王子のプロポーズも受けるがいい」

 差し出された小さな箱を愛美はまじまじと見て中を開けた。

「両者の気は熟し、これをもって華燭の典とする! 母上と父上が証言者だ! 逃げても宇宙の果てまで追うからなっ! よし、お祝いだ。母上、父上、今宵は伯母上のところで飲むぞ」

 一気にしゃべり終えて英田は愛美の手をとって歩き出した。

 真っ赤な茹蛸になった愛美は手の中にある小さな黒い箱に大切にしまわれた小さな銀の指輪を見つめていた。


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