後編
「はあ……」
家に帰ってすぐ、部屋に戻ってベッドにダイブする。力の抜けた体を一気に落としたから、ぼふっと音がして部屋の空気に吸い込まれていった。まだ体の中に残ってるため息も吸い込んでくれたらいいのに。
山田君。私も相当舞い上がってたみたい。
好きだと気付いて意気込んだのはいいけれど。
そもそも要は、私には笑顔なんて滅多に見せなかった。
それでも一緒に居てくれて、寂しさから救い上げてくれていたから望みを持ったけど。好きなんて言ったら、すごく迷惑かもしれない。
ああ。いやだ。こんなにウジウジするなんて、お母さんが居なくなった時以来だ。あの時よりは、強くなれたと思ってたのに。
好きが、苦しい。
「澄」
「……!」
この、声。
ばっとすごい勢いを付けて起き上がると、声の主――要が部屋を入ってすぐの所に立っていた。
なんで、ここに。
全然、気配がなかった。思わず、忍者か! と突っ込みたくなった。
「い、つからそこに?」
「今」
「全然気配なかったんだけど」
「チャイム鳴らしたけど? 玄関空いてたから勝手に入った。ちゃんと鍵閉めるくらいできないの?」
「ご、ごめん」
「俺に謝って治るの? 不用心」
「これから気を付けるよ」
音に全然気づかないとか今日は色々動揺し過ぎて感覚が鈍くなってるのかも。
それでも要の声だけはすぐに届くなんて、現金な耳にも程がある。
「でも急に、どうしたの」
「……」
幸恵母さんに何か言われたのか機嫌は直ってるみたいだけど、突然来ておいて何も言わない要に焦れる。
こっちは、あんたに告白しようとしてできなくて意気消沈してた所に音もなく現われて、びっくりしたのとどこか嬉しいのと何故かこわいのが混ざって心臓がばくばくしてるっていうのに。
「ねえ。澄」
「ん、何?」
だから、きっと要は知らない。
「山田、って何」
ようやく発せられた要の言葉が、どれだけ私の心臓を鷲掴みしたかなんて。
「……っ」
いつの間にか帰ってきていた要を思い出す。
まさか、聞かれていた?
「何って、なんで、山田君のこと……」
「母さんと夕飯作ってる時、話してるの聞いた」
騒ぐ胸をぎゅっと抑えて、観察するようにじっと私を見ている要を見やる。
「やっぱり……聞かれてたなんて……」
「安心してよ。たぶん途中からだし声が小さくて詳しい内容までは聞こえなかったから」
良かった……。告白なんてした事ない私にとって、先に知られていたとなればどう話をしたらいいのかなんて分からない。山田君みたいにちゃんと伝えたいって思っていたのだから。
たぶんあからさまに安堵した私を見て要は目を眇めた。
「おそらく、澄香に誰か好きな奴がいて、告白でもしようとしてたのは分かったけど」
「……っ!!」
それ、会話の内容ほぼ全部!!
「……へえ。図星みたいだね。その、山田って奴が相手?」
さっきから何故かどんどん部屋の温度が下がってる気がするし、直ってたはずの要の機嫌も急下降してるみたいだ。戸惑う私に、さっき要の家に居た時以上の冷たい声で、要が威圧的に言い放つ。
「やめときなよ。澄なんて相手する物好き、居る訳ないでしょ」
がつん、と頭を殴られたような衝撃が走った。苦しそうに眉間に皺を寄せて、それでも笑ってくれた山田君の笑顔が浮かぶ。
「山田君を物好きなんて言い方しないで。そんな事言う為にわざわざ来たの?」
自分で思うより、冷たい声が出た。思えば、要の憎まれ口に反発するのなんて、初めてかもしれない。
要も驚いて目を丸くしていた。けれど、すぐに顏を顰めて低い声で言った。
「……っ。そんなに、その山田ってヤツが好きなの?」
「な……?」
何言ってるの、なんて、言えなくなってしまった。
要。なんで、そんなに苦しそうにしているの?
目の前ではさっき私がしてたみたいに要が自分の胸をぎゅっと掴んで俯いていた。
俯く寸前、何かを悔やむように唇を血が滲むんじゃないかってくらい強く噛んでいるのが見えた。
そんな姿を見たら、さっきまでの怒りは急速に静まっていった。
何も言わなくても、要が何かを嫌がり、痛がってるのが伝わってくる。
唐突に、今しかない、と思った。
「……私が好きなのは、要だよ」
「…………は?」
どうか伝わりますように、とまっすぐに要を見て想いを口にした。
要はどこか呆然と聞いている。
「……気付いたのは今日なんだけど。山田君が気づかせてくれた。私、きっとずっと昔から、要の事が好きだよ」
「……」
たどたどしくなってしまうけれど、ありったけの好きを込めて一生懸命言葉を探す。私の中にある山田君の想いや、幸恵母さんの言葉が背中を押してくれているのが分かった。そういえば、要には話を聞かれてたんだっけ。
「……話聞かれてたなんて思わなかったから、どうしていいか分からなくなって心臓がおかしな事になったよ。でも良く考えたら、誰に告白するか幸恵母さんにも話してなかったから、焦る事なかったんだよね」
山田君の事聞かれただけで気持ちがばれたなんて、なんて早とちり。今日はずっと私のキャパシティー超える出来事が続いて、余程動揺してたみたいだ。
「要は、いつも仏頂面だし、憎まれ口ばっかりだったけど。味の文句言ってても私が作ったご飯、残さず綺麗に食べてくれるし、浴衣着て夏祭り行った時なんて、似合わないとか言っておいて、浴衣に合わせた簪くれたよね。すごく、嬉しかった」
過去を思い出して、自然に笑みが零れた。あの簪は、今でも大切な宝物のひとつ。
「高校離れてから、今頃何してるのかなっていつも考えてたよ。彼女ができた時は嫉妬した。幼馴染でさえいられなくなったらって無意識に気持ち閉じ込めちゃったけど。あの頃にはきっともうそれだけ、要の事好きになってた」
要は、やっぱり迷惑かな。また眉間に皺を寄せて、今までになく顏を顰めてる。でも、ここまで来たら後には引けない。当たって、砕けろだ。
「要は、私が寂しい時、いつも傍に居てくれた。本当にありがとう。これからも、これからは、彼女として傍に居てもいい?」
一度も目を逸らさずにまっすぐ要を見つめていたけれど、もう限界だった。迷惑そうに顰められた顏を見たくなくて、怖くなってぎゅっと目を瞑った。
ゆっくり、要が近づいてくる気配がする。
そして私の耳に届いた要の声は、私の心を抉るものだった。
「馬鹿じゃないの?」
そう、だよね。ずっと、家族みたいにやってきてたのにこんな気持ち。要にとっては、馬鹿に見えるんだね。
「ご、ごめ、ん。そ、だよね……。ごめ、違、は、なし……聞いて、くれてありが、」
「ああもう!」
言葉をうまくつなげられない私に、要は苛立ったように一気に距離を詰めて、私をぎゅっと力いっぱい抱きしめた。
え。なんで? どうして私、要に抱きしめられてるの?
「かなめ……?」
「……っ」
要が、深く息を吸い込んで、吐いた。心を落ち着かせるみたいに。
至近距離で私をじっと見つめる要から、目が離せない。
「……決まってるでしょ」
「え?」
「澄香は俺だけ見ててよ」
少し頬を染めながら、ぶっきらぼうに私に告げる。
見ててもいい、って。
「……! それって、ん」
要は言葉の代わりにそっと、私にキスをした。
伝わってくる、たくさんの好きだよって想い。
要も、私を想ってくれていた……?
信じられない気持ちもあったけれど、山田君と幸恵母さんの良かったね、って笑顔が浮かんでくる。要が伝えてくれる想いが本物だって教えてくれる。
嬉しい。
幸せ。
気持ちが溢れるそのままに、私は要にもう一度伝えた。
「要」
「……何」
「好きだよ」
読んで下さりありがとうございました。