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ドッペルゲンガー

作者: アズ

 いつからだろう。覚えている記憶の中には必ずあの子がいた。そんな長い付き合いの女の子。常にそばにいてくれた、大切な子。片割れ。半身。きっとこれからも付き合いは続く。あの子がこちらを求めている限り。でもそれじゃダメだとわかってる。だから、────



「日曜にドッペルゲンガーを見た」


 深刻そうな口調で話す彼女。長年の付き合いで彼女がオカルト好きなのは知っているが、実体験として話してくるのはこれが初めてかもしれない。しかしドッペルゲンガーとは不吉な。


「あたし、死んじゃうのかなあ。ドッペルゲンガーを見た人は、近いうちに死ぬっていうし」


 こんなに元気そうな人が簡単に死ぬか、と思った。ああ事故死はあるかな。注意力散漫だし。よく物にぶつかってるし。私と違って視力はいいと思うんだけど、見えてないんだよね。


「なんか、失礼なこと考えてない?」

「気のせい」

「……君はいつも人の顔見ないよねえ。だから友達ができないんだよ。まああたしが独り占めするからいいんだけど。笑い顔も泣き顔も」


 くすくす、と彼女は笑った。前半は失礼な内容だし後半はどこの彼氏だ。え、まさか、そういう……?


「冗談だよ。眉間にしわ寄せないで。話戻るけど、あたしはいつ死んでもいいんだよね。ただ、君のことが気がかり。早くあたしを安心させてくれー」

「親か」


 あなたがいなくなったら嫌だ。いなくならないで。ずっとそばにいて。あなたしか私を理解してくれる人はいないの。……フラれて縋る恋人みたい。

 実際、私の理解者は彼女だけだし、友達と呼べるのも彼女だけだし、用もなく話しかけてくるのも彼女だけだし、よく考えると暗黒の学校生活である。それでもいいんだ。そういう存在がいるだけで幸せでしょう?


「あっ、あたしそろそろ帰るね。本もほどほどにしないと視力落ちるよー! じゃあね!」


 ばたばたばた、と嵐のように去ってしまった。彼女はいつも言いたいことを言っていなくなってしまう。今日は相槌が打てたほう。私はまだ図書委員の仕事があるから帰れないけど、そういえば、一緒に帰ったのもずいぶん前だ。来週は久々に誘おうかな。



 彼女を真似た服を着た。彼女を真似て眼鏡を外した。彼女を真似て髪を下した。鏡を見る。そっくりだ。これなら間違われても仕方ない。ああ、私が私でなければ。彼女であったら。友達も、勉強も、部活も、思いのままのはずなのに。そんなないものねだりをしてみる。

 さて、今日も出かけよう。最近は彼女のフリも上手くなった。声をかけられても適当にあしらえるし、一人だってどこにでも入れるし、下を向かずに前を向いて歩くこともできる。いつもの私とは全然違う。でも、彼女の格好をしているときだけ。休みの日に出かけるときだけ。学校でもこんな風に振る舞えたら、きっと、充実したものになるだろう。そうしないのは彼女がいるから。本物がいるんだから、私みたいな、偽物がいる必要がない。こんなことをしているのは私だけの秘密。私だけの。


 街を歩いていると声をかけられた、気がした。知り合いに見つかったかもしれない。不安を抱いて呼ばれた気がする方向をじっと見つめる。


「「あ」」


 人混みの中に彼女の姿が見えた。口が同じ形に開いていた。目が合った。初めて、彼女と。

 眼鏡をしていないのに、くっきりはっきりと、見えた。


「×××××」


 彼女の姿が透けていく。走ってその場に行っても、彼女は既に人混みに溶けていて、何も残っていなかった。呟いた内容は、私には届かなかった。

 消える直前に笑ったように見えたけれど、気のせいかもしれない。


 私は彼女を愛していた。その正体を知りながらも。明るく快活な女の子。私の理想像。そんな形で彼女は現れた。なぜか私は怖いとか不気味とか負の感情ではなく、友達になりたいと、近づきたいと思った。その思いが通じたのか彼女は私の場所に頻繁に現れるようになった。たとえば図書館、たとえば公園、たとえば誰もいない教室。誰かといる時は出現しない不思議な存在。いつしか、彼女とお話ができるようにもなった。とても嬉しかった。

 ドッペルゲンガー。この名称を知ったとき、もしかしたら、彼女はこれなのかもしれないと思った。いや、今は現象の名前など些細なことだ。大切なのは彼女が消えた事実。彼女を直視したら靄のように消えてしまいそうで、彼女がいる時は本を読むふりをしていた。こんなにも私の中で大きな存在になってしまっていて、いなくなるなんて考えられなかったのに。私がドッペルゲンガーであるべきなのに。私が消えて、彼女が私になればよかったのに。

 あぁ、彼女は本物(わたし)を見てしまったから、消えてしまったのだろうか。

 自分が偽物と理解してしまったから、消えてしまったのだろうか。


 彼女のいない空虚な未来を思い描きながら私は涙を零した。


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