あがくようじょ
それからしばらく、俺達は入口の周辺に絞って、探索を始めた。
もし両親が静香を探しているようなら、たぶんはぐれた場所の近くだと考えられるからだ。
しかし、収穫は未だにゼロ。
むしろ、俺達が入口でおろおろとしているのを、怪しい目で見る人までいるくらいだ。
「気にしないで、私達を一目見た程度の人なんて、一分もしないうちに忘れられるから」
そんな感情を読み取られたのか、茜からフォローがかかった。
そういえば、茜は人目を引くような容姿をしているのに、ほとんどの人間は一目見てはそのまま通り過ぎていく。まるで、何を見ていたのか覚えていないみたいだ。
茜いわく、それはそれで便利らしい。人目を引く人間だったわけか。
「ご想像にお任せするわ」
「想像は自由だからな」
「な、何をご想像なさっているのです!」
茜になに考えてるんだかと言われて、軽く拳骨された。
そんな軽い会話も、段々と少なくなってくる。会話の得意な鳩さんがいなくなった時点で、静香はそこまで会話に参加したりはしなかったが。
さらに言うと静香は、時々通り過ぎる家族連れを目にするたびに、どこかボーっとするような癖がある。俺が声をかけると、びくっと反応してから平謝りされた。
それからしばらくの間探索を続けていると、茜が休憩を促すようにベンチを指差した。どうやら静香のほうが日差しにやられて疲れているみたいだ。
「ここで、休憩しましょ。私、飲み物持ってくるわ」
「いや、俺が持ってくる」
このままだと静香も名乗り出そうだったので、手を頭に当てて止めておく。
俺は急ぎ足で近くにあるファーストフードの裏口に断りもなく入る。カウンターから勝手にジュースを入れて出て行くが、お咎めはもちろんない。
そして裏口から――
「待て! 鳥乃啓二よ」
「ん! その声は」
裏口から外に出ると、見覚えのある声がした。俺は自然と上を向き。
「真夏の太陽は希望だが、浴びすぎればそれは毒にもなる」
「キャプテン・ホーク……」
麦藁帽子が、上を見上げる俺の顔を覆った。両手がジュースで塞がって、手では取れない。だけどホークは、外灯の上に立っているだろうと予想はついた。
「前が見えねぇ」
「あの少女、見た目以上に衰弱しているな」
どうして知っているのかは解らないが、少女とは静香のことだろう。
「そうなのか?」
「このうつけ者が!」
一括が飛び、その風圧で麦藁帽子は俺の顔から浮き上がり、頭にすっぽりと納まった。火かけた視界にはやはり、外灯の上に立っているホークの姿が映った。
「男の貴様が女性を気遣わなくてどうする! よもや、女性陣の気がいいことに甘え、貴様はのうのうと使い走りをしているとはな」
「おいまて、それのどこがいけない。それに気遣ってないわけじゃないぞ」
ふんと、ホークはそれがどうしたと鼻で嘲る。
「貴様は結局、気のいい逃げ道を見つけたにすぎん。今わしたちがこうしている間にも、茜は少女の悲しみを和らげようと会話をしているはずだ」
ホークが見る視線の先は、おそらく茜達がいる場所だ。
そういえば、あそこに二人っきりなのだろう。たしかに、俺が来るまでに静香に出来ることは、茜のほうが多いかもしれない。
「貴様の行動も必要といえば必要だ。だが気遣いが足りん」
一瞬、ホークが目の前を通り過ぎたような錯覚がして、両手で持った紙コップを見返して、
「なに……!」
いつの間にか、紙のお盆に摺り替わっていた。
「まず手で持つな! 二つならかまわんが、三つともなると両手が不安定になる。しかも強く持てば、飲み物はあったまってしまう。そして、氷くらい入れろ」
「まて、盆から手が離れないんだが」
「寒風流、指導転移。手放すことなく彼女たちに渡すことが出来るよう、手を固めた」
「いつ指がもとに戻るのか不安なんだが」
「常に困難へと挑むのが男! 困難でなくとも、あらゆる行動に全力を求めるのもだ!」
ホークはまた俺の痛いところを突いてくる。たしかに、俺はすこし楽をしたがる傾向がある。
「ああ、わかったよ。これから気遣ってみる」
「ならばよし! 貴様はまだ手遅れでないのだからな」
まだ、これから挽回していけってことか。
満足するように鼻を鳴らし、そしてまたホークは別の哀愁を漂わせて、遠い目をした。
「あの少女、わしが見るにどこか無理をしている」
「無理って、にしては冷静じゃないか?」
「もしや、気遣っているのは少女の方かも知れぬぞ」
仮面越しから、諭すような声で俺に言う。俺が何とかしろってことか。
「男が、人に涙を見せてはいけないのは、なぜだか解るか?」
「え、別に泣いてもいいんじゃないのか?」
「隣で同じように涙を流す伴侶を、慰めるためだ。男なら、ひとりで泣け」
どうしてか、ホークの言葉は重みと実感がこもっている。
静香のほうが俺達を気遣っている。なら、何を気遣っているんだ?
俺が考えているとホークは背を向き、振り向きもしないで俺に言った。
「その麦藁帽子は、もっていくといい」
「俺に、くれるのか?」
「あの少女に決まっとるだろうが馬鹿者がぁああ!」
最後まで、気遣いの出来ないのが情けなし。
俺がベンチにつくころには、静香は緊張を解いたのか、さっきよりも柔らかい口調で何回か茜に話しかけている。一方の俺はそれを隣で見ているだけだった。ピエールランドの街頭パレード開催を告知する放送が耳に流れては去っていく。
静香がつけた麦藁帽子に視線を向ける。先ほど麦藁帽子を静香に渡したのだが、不思議そうに俺と帽子を見返つつも、恐る恐る装着してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「あ、うん。どういたしまして」
会話は、それだけだった。
お互いぎこちなくて、どうにも会話が続かなかった。茜は静香の体調を気遣ってはいるが、こっちのほうにはあまり関心がないようだ。
あと、どのくらい時間があるのか。
ピエールパークに孤独のまま居ると、誘拐されてしまう。曖昧すぎて、いつまで大丈夫なのか皆目見当がつかない。その曖昧さが、俺達の危機感を緩くしている。
「け、啓二さん!」
「あ、え?」
大声が耳に届き、意識が一瞬にして現実に戻ってくる。
見ると茜も静香もそろって心配そうな顔をして、俺を見ている。
「啓二、大丈夫? 夏の熱気は強いから、水分は多めにとっておいて」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「そ」
二人そろって心配してくるなんて、よほどの顔だったのだろう。
気を取り直して、自分の頬をつねる。うん、目が覚めた。
「で、どうしたんだ?」
「はい?」
「さっき、俺を呼んだだろ?」
「ええっと、なんでもないです。ごめんなさい」
静香は申し訳なさそうに、頭を下げてから黙り込んでしまった。
もしや俺一人が黙ったままいるのがすこし気まずかったから、話し掛けてくれたのだろうか。俺なんかぼーっとしてぜんぜん気を使えなかったみたいだ。
「あ、ああそういえば」
「は、はい!」
「……」
何か話そうと思って、なにも話題がなかった。
こういう小さい子って、どんな話題が好きなんだろう。情けないことに、女性と話す努力なんて一度もしなかった。俺は口から言葉が出掛かっては、その口を閉じる作業を続けていた。
「あれだ、何でピエールランドに来たんだ?」
それでも必死に、話題を探した。
「え……」
その質問を聞くと同時に、静香はますます頭を下げて黙り込む。もしかして、聞いちゃいけない話題だったのか。なら、訂正させねば。
「両親の、結婚記念日だったんです」
という考えも杞憂だった。だがそう言うと、静香は何かから逃げるように強く目を瞑る。
「……そうか、めでたい日だったんだな」
「……はい」
静香の表情は、おめでとうと言われるような顔じゃなかった。そんなめでたい日に、迷子になってしまったから心が滅入っているのかもしれない。
いや違う。
一層深く陰の落ちたその顔は、何かを隠しているみたいだ。
茜は視線を静香に向けているものの、話しかけようとはしない。深入りはしないのだろう。
俺は、逆に図々しいのかもしれない。何が静香に影を落としているのか、気になっていた。
このまま黙っていれば、静香は自分から別の話題を切り出すだろう。
それが、静香のためになるのだろうか。俺が今からしようと思っていることは、俺の好奇心を満たすだけの、エゴじゃないのか。
「話したくないのなら、話さなくてもいいわ」
そこで茜が、静香に助け舟を出していた。
「あ……」
静香は救われたような顔をして、茜を見つめている。やはり、話したくないことだったのか。なら、これでよかったのだろう。
「はぐれたことと、関係があるのか?」
「啓二!」
だが気づいたときには、もう言ってしまった。言葉のどこかに、引っ掛かりを感じたからだ。
でも、いいのか?
聞かないのはやさしさがあるから、聞こうとするのは、なんのためだ。
「ピエールランドに、両親はいるのか?」
「……わかりません」
静香が、答えを出した。
それを聞いた茜は、俺を怒るよりも先に、静香のほうを見た。
「静香ちゃん?」
ピエールランドにいない。それは静香がここから出られないかもという可能性以前に、俺達の行動そのものを曖昧にする行為だ。
静香は泣きそうな顔をすると、震える口をゆっくりと動かした。
「わたしのお父さんとお母さんは、わたしが物心ついたときからよく喧嘩をしていました」
両親の話?
俺達は唐突に出た話題に疑問を抱きつつも、静香の言葉を黙って待った。
「ふたりは元々学生結婚で、親の反対を押し切って、中退までして結婚しました。でもそのとき未成年だったお父さんは、大した職につくこともできないまま、家族を養ったのです。そのせいもあって、帰ってくると怒ってばっかりでした」
笑っちゃいますよね、と静香が苦笑いをする。
「お母さんもお父さんと仲が悪くて、夜は帰ってこないときもあります。わたしが夜ご飯を作るんですけど、いつも一人で食べてます」
静香の台詞はまわりくどくて、まるで言うべきことをできるだけ遠まわしにしているように見えた。なにかに、精一杯の抵抗をしているようだった。
「でも、でもわたしが始めての小学校の夏休みだったときです、わたしがねだって、一度だけ遊園地に連れて行ってくれたんです。ピエールランドみたいなのじゃなくて、もっと小さい遊園地でしたけど、その時は本当に二人とも楽しそうで、また行こうねって、その日だけは本当に楽しかったんです」
「……」
茜は黙っているが、その表情にはとても隠し切れない感情が浮かんでいた。
「それから何年も経って、ここに来るちょっと前の話です。唐突に、ふたりとも離婚するって言い出したんです。わたしはそれが納得いかなくて、一生懸命考えたんです。それで、さっき言った遊園地のことを思い出しました」
話の内容が、読めてきた。俺は最低だ。静香にこんなことを言わせたんだ。
「またみんなで行けば、仲を取り持てるかもしれないと思って、結婚記念日を狙って、無理やりつれてきたんです。昔の、遊園地での楽しかった思い出がつないでくれると思ったんです」
静香は、遠目に見れば満面の笑みを浮かべているかもしれない。でも、近くにいる俺には、涙をこらえているようにしか見えなかった。
「……だめだったんです」
ピエールランドの時間が、そのときだけ止まったような気がした。
「ここにくる途中も喧嘩が耐えなくて、お父さんが車の中で大声をあげてました。わたしは必死に引き返さないように話しかけていたんです。でも結局、入場口の前で、あと少しのところで、二人とも別々の方向に歩いて行ってしまったんです。私は一人で、ここに入りました」
静香は、最初から探していたのだ。
「もしかしたら、ここに来てくれるかもって、ずっと待ってただけなんです」
でも、入口から見ることができなくて、見ることが怖くて、いつの間にか俺達のいたあの場所に辿り着いたのかもしれない。
「ごめんなさい」
話を聞き終えた茜が、静香に謝っていた。
「いやなことを、聞いちゃったね」
精一杯の笑顔で、茜は静香をなだめている。すると、静香は落ち着くどころかさらに泣きそうな顔になる。それを知ると、茜は俺のほうを見た。
茜は俺を、軽蔑しているようだった。
それはそうだ。どう取り繕っても、今のは俺のせいだ。言い訳の余地なんてない。
でも、それでも俺は納得がいかなかった。
「静香は……もう諦めたのか?」
びくんと、驚いたのか静香の肩がはねる。
「わたしは……」
「たしかに、見つからないかもしれない。でも、もしここで見つければ、家族みんなで楽しめるって、思ったんだよな?」
俺は言葉を選んで、静香に伝わるよう一つ一つ強く言い放つ。
静香は、俺の言葉に、頷いた。
「だったら、そんな顔するな。これから幸せになってやるって顔するんだよ。家族の仲を取り持てるのは、静香だけなんだからな」
代わりといっては何だが、俺が笑顔を見せてみる。緊張して、鏡を見ると多分とてもぎこちない顔なんだろう。
静香はそんな俺を茶化すこともしないで、同じようにぎこちなく笑った。
「はい……わたしも、諦めてません!」
ぎこちなくても、出会ったときよりはずっと、元気そうな笑顔だった。
静香は大真面目にも、初めて出会った俺達に気を使っていたのだ。話せば事実が鮮明になる以上に、俺達が申し訳ない顔をするのが嫌だったのかもしれない。
俺は茜のほうに振り返る。するとさっきとは別の嫌な顔をして、俺のほうを見る。
「啓二には、かなわない」
「お互い様だ」
俺と茜は、同時に苦笑いをする。
静香がいやに冷静なのも、普段からおぼつかない雰囲気なのも、トラブルに巻き込まれ続けて生まれてしまった人格なのだろう。
「よし! そろそろ行こう」
「そ」
気を取り直して、探しに行くか。
俺の言葉にならって、茜も立ち上がる。これからいっそう、気合を入れて探す。絶対に、諦めるわけには――
「静香ちゃん?」
茜が、小さな声で静香に話しかけていた。静香を見ると、なにか一つのものを見つめて固まったまま、ベンチから動いてなかった。
「お父さん……」
「な!」
今、何て言った?
いや、聞き返すよりも、静香の視線を追う。パレードが近いせいか、入口の周辺には多くの人が集まっていて、どれがそうなのか解らない。
「静香ちゃん、どの人なの!」
茜が、せかすように静香に聞く。
静香は震える指をゆっくりと上げて、人ごみの中を指差した。
「青色の……Tシャツを着ている……」
「啓二! 静香ちゃんをお願い!」
探すよりも先に、茜は前へ走り出した。
俺は一足遅れてしまって、あわてて座ったままの静香の手を引っ張った。
「あれです……あれがお父さんです!」
近づくと、それが誰なのか特定できた。指差す方に向かえば青色のシャツを着た男は一人だ。
茜は人ごみの中をすり抜けるように走り去っていくが、俺は静香の手を引っ張っていることもあってか、押し込むようにして進んでいる。当然、青色シャツの人は遠ざかっていく。
それでも、それを追う茜を見逃さないように、ひたすら前へ押し通る。
「静香、大丈夫か!」
「は、はい!」
おぼつかない足取りでも、しっかりと俺の手を離さないのは、静香の執念だ。彼女は決して諦めてなどいない。
静香の父親はなんて素早いんだ。もし一人で走ったとしてもあんなの追いつけない。かろうじて、茜が手を上げてこちらに位置を知らせてくれるおかげで、見失うことはなかったが。
その手を頼りに追いかけていると、突然開けた場所に出た。いや、人混みから抜けたのだ。
そこには、丁度茜が青色のシャツを着た男は背中を向けて、じっと仁王立ちしている。どうやら引き止めることに成功したようだ。
「あなた……迷子を……静香という子を捜していませんか?」
さすがに大声と駆けっこで息が切れているのか、茜は肩を上下させながら、話しかける声はどこか掠れている。
やった、捕まえたんだ。
俺は二人に近づいてその様子を、息を整えながら見守った。一方その男は、振り返りもしないで下を向いていた。
「迷子……ですか。もしかしてその子は――」
ゆっくりと、こちらを向いて、
「ボクのモノデスカァーーー!」
「……え?」
道化師の仮面をかぶった、その顔を茜に見せ付けていた。
「きゃあ!」
茜は驚いて、その近づいてきた顔を両手で払いのけようとする。しかし、突き飛ばそうとしたその手は空を掴み、反動もないまま茜は尻餅をつく。
「マイゴのコドモハダレですか~♪ ボ~クが食べてアゲマショウゥ!」
ピエール・ピエロ。太陽の下で見るその姿は、暗闇で見るのとは別の恐ろしさがあった。青色のシャツを脱ぎ捨て、出てきた原色のスーツが、夜よりもはっきりと見える笑いの仮面が、俺達の視覚を狂わせている。
「マイゴとパーティならボクにお任セ! キッチリメイクであらフシギ、パパにヘンシン!」
ピエロがピエロ自身の顔を叩くたび、顔がガラスのように割れ、知らない別人の顔になる。
こいつは、俺達も知らない静香の父に成りすましていたのだ。
ピエロは、尻餅をついたまま無気力の茜に、玩具のクラッカーを浴びせていた。俺は、その人をからかうようなピエロに、言いようのない怒りを覚えた。
「ふざけるな、パーティはお前抜きで十分だ」
「パーティは嫌いかい? ならオママゴトヲしましょう! ボクコック! キミはシチメンチョウ! ピエールマン、新しい顔ヨ♪」
ピエロは自分で頭を叩きすぎた反動で、千鳥足のまま狂ったように叫んでいた。
俺はピエロを無視して、茜の元へ駆け寄る。茜は、先ほどからピエロに反論すらしない。
「大丈夫か、茜」
俺は両手で、へたり込んでいた茜を抱き上げる。俺が手を離すと、すこしバランスを崩すものの茜は自分の足で立ってくれた。怪我はしていないようだ。
「最悪だわ……」
俺に聞こえる程度の小声で、茜は独り言のようにそういった。
「どうしたんだ茜、なにが最悪なんだ?」
「茜さん。あのあの、大丈夫ですか?」
そういえば静香とは手をつないだままだった。隣で俺と同じく茜を心配そうに見守っていた。
「ごめんなさい、わたしが人違いなんてしなければ……」
「静香が悪いわけじゃない、あのピエロが……」
まてよ、どうすれば人違いができる?
ピエロが変装をして、それを静香が見れば――
「静香、あいつが……見えるのか?」
「え、えっと、あのピエロさんのことですか?」
今日見た、夢の出来事を思い出す。
ピエロが見えるのは、ピエールランドに誘拐された人だけ。このルールが意味する答えが、
「……最悪だ」
俺は、さっきの茜と同じ言葉を、口から漏らした。
「ピエエエエルゥ・ピエロオオゥ! ザンネンムネンゴチソウサマァ!」
両手をばあばあと振り回しながら、ピエロは俺達をからかっている。笑ったまま、足でぴょんぴょんと跳ねて、俺達を嘲笑っている。俺はもう、反論する気力すら失ってしまった。
ああ、最悪だ。だってそうじゃないか。
静香は誘拐されてしまった。そして、静香は両親には出会えな――
「……静香?」
「あの、あなたが誰かは知らないしもしかしたらこんなこと言うのは迷惑かもしれないけど、だから先に謝ります。ごめんなさい」
ピエロの前に、静香が立ちふさがっていた。初めて会ったピエロに物怖じせず、しっかりと、しかも律儀にお辞儀をしていた。
「ノンノン……お嬢チャン、アワテチャダーメ、キミはあ・と・で!」
「関係……ありませーーーーーーん!」
ピエロの大声に、さらに巨大な声が重なった。
一瞬耳を疑ったが、紛れもなく静香の声だった。お辞儀から仁王立ちに変わったその姿は、足を震わせながらもしっかりと、静香を奮い立たせていた。
「わ、わたしは、あなたの事情なんて知りません! でも、ピエロさんが茜さんと啓二さんをいじめていることくらい。わたしなんかにもわかります」
静香の後姿はたよりなくて、小さいけれど、俺よりもずっと大きかった。
ピエロにだけ向けていた視界が、少し広がる。そこには、静香の大声に反応した野次馬たちが、振り向いては通り過ぎている。
「かかか、帰ってください! わたしはまだ、諦めてません!」
静香は、何も知らないだろう。
このピエールランドに誘拐されたことも、もし両親に出会えたとしても、両親が静香のことを覚えているかどうかすらわからないことも。全部、知らない。
でも静香は、まだ諦めていなかった。
俺自身の考えが、少しだけ広がった気がした。
静香が諦めていないのなら、
俺も、諦めたくなかった。
「静香」
「け、啓二さん。なんですか」
怒られるとでも思ったのか、俺が手を伸ばすと、静香は縮こまって、力いっぱい目を瞑った。
俺はその手を静香の頭に当てて、くしゃくしゃになるまで撫でてやった。
「助かった」
静香は、何がなんだかわからないような顔をしている。
仕方ない。救われたのも、そう思っているのも、俺だからだ。
「探そう」
ピエロなんて、無視すればいい。
「はい!」
諦めない。それだけで、こんなにも体に熱がこもる。
『ピーピーピー!』
その時だった。
両親を見つけたら、鳩さんが俺達に連絡するために渡しておいた。あの玩具の鐘が鳴る。