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ほしとたいよう


 あの後、鷹野さんは一言もしゃべらないでどこかへ行ってしまった。

 そして鳩さんの方も、俺がサンドウィッチを食べている内にテンションを戻したらしく、大きく手を振ってまたねと言いながら、どこかへ行ってしまった。

 それから俺はあの後も黙々と、ピエールランドの探索を続けていた。


「広い、広すぎる」


 しかし、日も暮れようとしているのに、とうとう何も成果がなかった。

 さらに残念なことに、一日で調べるどころか、全部を回りきれなかったのだ。アトラクションに乗ったりしたわけでもないのに、この園内すべてを回ったとは言い切れなかった。

 軽く調べて見つかるようなものではないだろう。幸先がとても不安になってきた。


「畜生……」


 どう取り繕っても、これは俺が食べられるのと、脱出するとのレースなのだ。

 こんなペースじゃ、絶対に見つからない。何もないという成果すら、作れない。

 だから作戦を変えて、俺はひとつの場所に絞ってみることにした。


「開発中の区域は、ここか」


 敷地面積百二十平方メートルの土地を、さらに増設させているのは、西にある海側の埋め立て地だ。空を見上げて、ふと目に付いた開発地域にある時計塔のアトラクションを見て、自然と足がここに向かっていた。

 もしかしたら、出来たばかりのこの地になら、何か穴のようなものがあるかもしれない。そんな勘めいたことしか、俺には頼るものがなかった。

 立ち入り禁止のテープをくぐり、中に入る。見渡す限りの準備中アトラクションが立ち並ぶこの場所も、例外なくピエロのものだという気配がした。

 この区域に人はいない。そしてなぜか、人形もいない。


「……工事とかはしないのか?」


 常識が通用しないのもわかってはいたが、もしかして遊具も魔法で作られているのだろうか。

 準備中と書かれたアトラクションは、そのどれもが、何故準備中なのかと首を傾げたくなるほど綺麗に作り込まれている。

 傍目に見えるのは来る前に見た大きな時計塔。とても広いゴーカートのようなレース場に、はたまた空でも飛ぶのか、小さな飛行機が並ぶ謎の滑走路。それらは他のアトラクション同様に、見ているだけでも何か美しさと、不安を覚える。


「……ん?」


 まだ奥に、何かあるな。

 日が暮れるまで時間がないのに、探索ついでに俺は奥にあるアトラクションに近づく。それはどこか、懐かしい感じがしたから。

 そのアトラクション前にまで行くと。俺は苦笑した。


「しょっぱいなあ……」


 興味を持ってきてみれば、そこにあったのは大きな風船の家だった。

 たしか正式名称ではなかったけど、ふわふわとか呼ばれる風船で作った家の中に入って、その中にも入っている風船に囲まれて遊ぶ、子供たちのアトラクションだ。

 思えばピエールランドは、テーマパークと銘打ちながら、まったく統一感がない。超大型絶叫マシーンの近くで都会顔負けのショッピングが出来れば、こんな安っぽいアトラクションまで様々だ。

 それでも、このピエールランドにある魅力みたいなものは、薄々感じてはいるけれど。

 風船の家に片手で触れると、やわらかい弾力が手のひらに帰ってくる。


「どっからか、入れないのか」


 と、そう口にしたところで首をぶんぶんと振る。俺は、遊びに来たんじゃない。


「さて、時間がないから……ん?」


 そこでまた、作業が中断された。


「鷹野さん?」


 開発地域の中に、鷹野さんを見つけた。

 鷹野さんは俺に気づいていないようで、一人どこかに向かって歩いている。ほんの少しの興味から、俺はその姿を目で追っていた。

 すると、鷹野さんは準備中と書いてあったアトラクションに、何の躊躇いもなく入っていく。

 そのアトラクションはあの、俺がここに来るきっかけとなった時計塔だった。



 時計塔は遠くで見る以上に高くそびえていて、それでいて細かった。

 ピザの斜塔とでも言えばいいのか、とにかく見た目が不安定で、今にも崩れそうなくせに、どこか絶対のバランスを見せ付けて、崩れないという意思を俺に示し続けている。

 俺は好奇心から、時計塔の中に入っていく。

 とはいえ、その塔にあるのは真ん中のエレベーターくらいで、あとは鉄筋で作られたスカスカの外観と、申し訳程度に外側に設置された階段しかなかった。

 俺は最初、エレベーターで昇ろうとして、やめた。鷹野さんが使っているのだろう。階層の表示がどんどんと上へ昇っている。


「だとすると、階段か」


 自分で言って、あまり気が乗らなかった。

 足を踏み外せば落ちそうなくらい、不安定な階段がそこにあった。塔の高さが、その階段を長くいびつに伸ばし続けて、まるで俺を拒絶しているような階段。

 ただそれでも、好奇心が勝った。探索も後回しにする。いや、ある意味アトラクションに入るのも探索じゃないか。言い訳じみてはいるけれど。

 俺は、階段の一段目に足をかけた。もちろん手すりは、両手でがっちり絶対に放さない。上がった分だけ景色が広くなっていき、また俺の股間を冷たくする。

 そこでふと、ある考えがよぎる。何故登るのか、俺はここに上って何がしたいのか。

 鷹野さんへの興味?

 ならこれは、詮索に当たる行為だ。

 ただついてきただけ?

 ならそれは、ただの尾行だ。

 どう見たって、屋上には鷹野さんがいる。そして理由を聞かれれば、俺は鷹野さんにいい顔をされるような答えをもっていないだろう。

 それでも、俺は行くのか?

 どれくらい考えたのか、進んだのかわからなくなって、ようやくゴールが見えた。

 そして――


「わぁ」


 俺は、逆に何も考えられなくなって、そこで足を止めた。

 時計塔の上に臨む無限の景色に、俺は感動した。

 夕焼けが俺を見上げるように下から照らし、上空には既に一番星が見え始めている。星空と夕焼け、夜と夕方の境界線がはっきりと分かれている。そしてこの場所は、まさにその境界線の中にいるような錯覚を覚えた。共存しない二つの景色を一望できた。神秘的な夕日と、手が届きそうな星空。そのどちらもが、美しくこの場所を包み込んでいる。

 ピエールランドとは別の、人の心をゆさぶる場所だった。俺はそこが吹き抜けの屋上であることを忘れて、両手を上げていっぱいにその空を感じ取る。


「こんな場所が、あるのか」

「……」


 そして、その景色に紛れるように、鷹野さんは屋上の中でも西側の隅っこにいた。その脇に俺が来たのとは別の階段が見える。おそらく、下にはエレベーターの入口があるのだろう。

 鷹野さんは俺のことに気づいているのだろうか。じっと夕日を見つめたまま、一度も俺の方を見ていない。


「……」


 俺は鷹野さんを見ていた。横から覗く表情は、どこか遠い目をしていた。

 そこにいる鷹野さんは、まるで最初に出会ったときと同じだ。遠い目をしていて、俺には届かない美しさがあった。しかもこの夕焼けは、そのことをいっそう濃く感じさせる。

 鷹野さんは、もしかしたら俺に気づいているどころか、俺の存在すら認めていないのかもしれない。だってそうじゃないか、あんな目をしているのに、俺のことを気にかけるはずがない。

 それなら、俺はこのまま去ったほうがいいだろう。俺がここにいても、ただの邪魔者だ。そう、だから――


「……あの、鷹野さん」

「……」


 考えるよりも先に、口が開いた。

 何をしているのだ、俺は気にかけられない人間なんだ。気にかけてもらうんじゃない。他人に、不用意に踏み込むな。

 何でここにいるのか聞かれて、困るのは俺なんだ。

 俺はただ、その表情に納得がいかなかっただけだ。何をしているんだ。踏み込めば、キズツケルかもしれないんだぞ。

 ただ感じたことを、正直に行動するべきではない。俺なんかが、彼女の本質を疑うなんて、

 ――『裏切り者!』


「どうして、そんなに残念そうなんですか?」


 言ってしまった。俺は感情を優先して、思ったままのことを、彼女に言ってしまった。


「……残念そう?」


 鷹野さんは俺の言葉に驚いたようだ。話しかけられるとは思っていなかったのだろう。どこか感情のこもった声を、初めて俺に向けていた。


「鷹野さんはなにか、諦めてるみたいだ」


 俺はその表情にずけずけと入り込んでいる。でももう、止まらない。

 鷹野さんの顔はとても寂しそうで、そこから手を伸ばせばいいのに、手を広げる前から何かを諦めているように見えたのだ。だから、どうしてと聞きたくなった。

 俺の言葉に何を思っているのか、鷹野さんが俯いて顔を上げようとしない。

 ほら、傷つけた。


「あの、ごめ……」


 謝ろうとして、俺自身でやめた。だったら、最初から踏み込むんじゃない。


「……夕日が、沈むわよね」


 その時だった。いつの間に顔を上げて俺のほうを見ていた鷹野さんが、俺に話し始めたのだ。


「太陽だって、星空のひとつなのに、星空という一組の家族なのに、太陽は消える一瞬にしか、夕焼けの中でしか、数少ない夜の星に出会えない。夜空に星はあっても、太陽はないわ。なら夕焼けから手を伸ばしても、決して家族たちの元には届かないと、思わない?」

「……家族?」


 鷹野さんはまるで太陽を、一人の人間にたとえているように言った。

 そして光の集団である星空を、家族のように見ていた。


「太陽は、星空の中に入れないのかな」


 太陽は恒星という星であっても、夜に見える星空のひとつとして見られることはない。鷹野さんが言う星空とは、家族であって、その一部である太陽は、星空という家族の中にはいない。

 それはそうだ。太陽が星空のように夜輝くことはない。

 太陽がいないから、家族が輝く夜空があるのだ。


「……ごめんなさい。変なこと、いったわよね」

「いや、そ……」


 そんなことないよで、終わらせていいのだろうか。

 俺は少し考える。違う、もっと素直に、自分の思ったことを言ってみるんだ。


「えっと、それは鷹野さんが、地球からしか星空を見ていないからじゃないかな?」

「……どういうこと?」

「あんなに近くに並んでいる星だって、実際に見てみれば何光年も離れてたりするって言うじゃないか。たとえば、あの一番星から太陽を見れば、太陽だって星空の一部みたいにちっぽけな光しか見えないはずだ」

「……」

「太陽は大きくなんてないよ。地球から見ると大きいんだ。もっと遠くから見れば、太陽だって十分星空の中に混ざってるよ」

「……ぷっ」


 大真面目に話していると、鷹野さんが俺を見て笑った。


「え、え!」

「あはは! そうだよね。私、なに馬鹿なこと言ってるんだろう」


 また俺を見て、笑う。


「失礼だ」

「ごめんなさい。でも、おかしくって」


 鷹野さんが笑いをこらえているけど、逆効果になっている。

 俺が嫌そうな顔をしているのに気づいて、鷹野さんはお腹を抑えるようにしながら少しずつ笑いを抑えていった。


「失礼だ」

「二度も言わないで、悪かったけれど」


 十分笑って満足したのか、鷹野さんは夕焼けを背にしたまま、手すりに腰掛けて俺を見つめていた。


「そうよ、太陽が大きいなんて、自惚れてる。ほんとに、駄目ね」


 今度は危ないのに屋上の手すりに乗っかって、去り往く夕陽を横目に、俺を見る。その姿は俺が見とれるほど、可愛かった。

 鷹野さんが、ここまで無邪気に振舞うところを見たのは初めてだ。そうだよな、彼女だって俺と同い年なら、まだ未成年だ。


「ねぇ」


 風に揺れる髪を片手で掻き分けながら、鷹野さんが俺へ囁くように聞いてきた。


「なに?」

「きみの名前、おしえて」


 そういえば、最初に会ったとき自己紹介はしたけど、鷹野さんは一度も俺の名前を読んでない気がする。覚えてなかったのかよ。


「えっと、ちょうの……鳥乃啓二だ」

「私の名前はたかの、鷹野茜。言ってなかったわよね」

「鷹野さんって苗字は知ってたし、そこまで気にはしなかったよ」

「茜でいい。ちゃんづけも、あんまり好きじゃないから、呼び捨てでいい。鳩さんは治してくれないけど」


 呼び捨てですと……女性にそんなこと言われたの初めてだ。


「えっと、茜でいいのか?」

「よろしい。もしよかったら、あなたのことも、呼び捨てでいい?」

「恐れ多い」

「いいのね、じゃあ啓二」


 押しの強い子だ。しかも俺の経験上、下の呼び捨ては両親にしか言われたことがない。


「もし、またサンドウィッチ食べたかったら、言って」

「え?」

「何個増やしても、あんまり変わらないから」


 茜は至極あっさりと、俺に提案してきた。

 無条件で、くれるというのか。


「食べたいです」

「そ。なら、また明日あの場所に来て、今日とは違うの作るから」


 目の前で風が吹き、それにつられて流れる長い髪は、波のように穏やかだった。

 夕焼けに大地を染める太陽が沈む。茜色の太陽が、地平線の中に帰っていくのだ。

 でも、消えたわけじゃない。

 星空の一つとして、還って行くだけだ。茜色の空は、またやってくる。


「なあ」


 二人で眺めているのもよかったが、少しだけ話がしたかった。


「なに?」

「絶対。助かろう。みんなで、頑張ろうな」

「そ」


 うまいこともいえなくて、今日話した言葉の繰り返しだ。情けない。

 でも、茜から返事があって、申し訳程度の笑顔も見える。そっけなくても、俺に情けない気持ちはそこまでわかなかった。

 明日も頑張ろう。そう思えるんだから、それでいい。


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