ひとりとひとりいがい
時計はすでに午前二時を回っている。俺は最初の記憶を頼りに、人形が集まっているであろう入口へ向かっていた。
そこには予想通り大量の人形と、囲うようにホークがその中で仁王立ちしていた。
「パーティ会場はここか?」
俺は怖気づくこともせず、まっすぐと奴らに向かっていった。
「啓二よ、やはりきたのか」
「混ぜてもらうと思ってな」
俺はホークの目の前にまでたどり着くと、俺はそのまま、ホークは仮面の中で笑い合う。
突如、あたりの暗闇が濃くなっていく。まるで俺を待ち構えていたように、パーティの準備を整える最終段階が進む。
人形達はそわそわし始め、各々の構えで俺とホークから距離をとっている。
「なんだ、人形達も昼間よりは仲良くなれそうだ」
「だが前座だ。それよりも、体力のない貴様がしゃしゃり出るのには、理由があるのだな?」
「ピエロは俺が何とかしてみせる。弱点を見つけたんだ」
「ほぅ」
俺達が話をしていると、一つの人形が俺達に向かって歩いてくる。足取りはおぼつかなく、上半身がほとんど後ろに倒れて、足だけで動いている不気味な人形だ。
「カチカチ……ガチ!」
不気味な音を立てて、その人形が震えだす。人間そっくりに作られた人形は、まるで痙攣している半死人を見ているようだ。
「ガガガ……ガッ!」
人形が口を大きく開けて……開けて開けて、やがては口が裂けて、その口から笑いの仮面が見えてきて――
「ユウタイリダツゥウウウウウウッ!」
人形を食い破るように、ピエール・ピエロは姿を現した。
「アソブ? コワス? ノンノン、タベル! ヒトリノところヲ食ベルのもイイケレド、ヤッパ二人ダネ! モウ一人のカオがトテモ美味シソウ。勇敢ナ顔ガ台無しよ!」
「お前の顔は不味そうだな」
「コンカイサイショに食べられるのは、キミだねケイジクン♪」
人形達が、歓声でどっと沸く。飛び回り喝采をする人形はまるで、盛りのついた猿みたいだ。
「なら、追いかけっこだ」
俺が前へと進む。すると沢山の人形が立ちふさがるが、
「ダンスの相手なら、此方が出向こう」
ホークが、軽々と大量の人形達を吹き飛ばした。
「往け、啓二! 人形はわしが受け持つ!」
「勝てるのか?」
「勝つのではない。生き残れ!」
ホークが構えのポーズを取ると、人形達は威圧感にたちまち怯む。その一瞬を見計らって、俺は人形達の群れを駆け抜けた。そして俺に続くように、ピエロがふわりと隣にまで現れる。
「ヤホー! ボクだよ」
「あんたに見せたいものがあるんだ」
俺はピエロを目から離さないように、そして会話を途切れさせないように、全速力で走る。
「ボクがキミをタベレば、ボクのカチ!」
「なら追いかけっこが続けば、俺の勝ちだな」
ピエロには触れることができない。だが、かろうじて会話をすることができる。
茜がピエロを追い払ったときも、静香がピエロを止めたときも、二人がしたことは会話だ。こいつには、言葉だけは通用する。もちろん、これが決め手にはならないが、俺を食べようとするピエロを止めることくらいはできる。
うまく主導権を握り、そして俺が走りながら会話をしている限り。
「もし負けても! 記憶がホークのアトラクションにある。いつか、お前は絶対に負ける!」
ピエロは、俺が会話で食事を止めていることに気づいているはずだ。
「ケイジクンはオニゴッコ好き? トモダチとナニシテアソブ?」
「友達なんていなかったさ!」
それでも、こいつには遊び心と好奇心があった。俺が何をしようとしているのかなんて、気にしちゃいない。ただ、俺が必死になっている様を見て楽しんでいる。
だったら、俺だって道化を演じてやる。
「お前だって、友達いないだろうが」
「ダイジョウブ、オニンギョさんがいる、イル! タカノクンのアトラクションはあとで解体ダネ! ボクはね! アトラクションも食べれるんだヨ、一口で全部パァにできるのヨ!」
「そうかよ、なら――がっ!」
右肩に激痛が走る。ピエロがどこからか出してきた鉄の棒で、俺を思いっきり殴ったのだ。
「ナラ?」
「俺が……今勝てばいい!」
足を止めてはいけない。ピエロの愉悦が、俺の背中を引っ張っていようが、ここで負けたら後がない。ピエロの台詞を受け取って、焦りよりも根性を叩き込む。
「なあピエロ、お前今何歳だ?」
「イチジュウヒャクセンマンワカラナァアアアアアイッ!」
「つぅ……! まともに答える気はないのかよ」
今度はでかい梯子のような物をピエロが取り出す。それに当たった俺の背骨は、きりきりと嫌な音を軋み始める。かまわない。
外灯を横切り、道をけって、思いつく限りの罵詈荘厳を並べ、舌を噛んでも俺は叫んだ。
「いま、おまえは楽しいのか? 楽しいんだろうな。俺は便所に顔をつけるような気分だが、後のことを考えれば、悪くはない」
「トイレトイレ! ア! キミはゲロマンでしたー! ゲロマンはとってもカナシクテ、ボクはヒトリデ過ごすことのオモシロさを学んだノデスゾォ!」
「ああ、一人だって十分楽しいさ。煩わしいこと考えなくてもいいし、何より自由だ」
釘のようなものが、俺の足に突き刺さった気がした。全速力で走っていた俺の足は、すごい勢いで膝を地面にぶつける。膝の骨がコンクリートと衝突して、嫌な音が鳴る。
「でも、一人じゃないときだって面白いことはあるさ」
震える膝が立ち上がることを嫌がっていた。俺はその膝を拳で叩き潰して、活を入れなおす。
「どうせ一度の人生だ。どっちも楽しそうなら、両方あったほうが得だ」
まだ、俺の足は前へ進む。諦めてはいない。
そして、とうとう目的の場所が目の前に現れた。
「到着だよ、お前と、誰の墓場だろうな」
「タカノチャンのオトウさんダネ! 正解!」
陽気な声を上げて、ピエロは俺に答える。
ここは俺達が普通のお客さんから、逃げるようにして集まっていた場所。準備中の看板が立った、ジェットコースターの跡地だ。
言葉がこいつに効くのなら、こいつの弱点はなんなのか。
「お前、鳩さんの話を知っているか?」
「ダレソレ?」
「鳩さんは兄と二人できたんだけど、途中ではぐれたと言っていた。そのせいでアトラクションに乗ることができなかったそうだ。だけど、おかしくないか?」
言葉は時に、人を傷つける。それは人に踏み入る詮索でもあり、攻撃でもある。こいつの正体を暴くことが、攻撃だ。
「妹がここで誘拐されたのに、どうして兄は誘拐されなかったんだ?」
「……ンンン?」
「自分勝手に一人で乗るような兄となら、一緒に遊園地なんか行かない。もしかしたら、俺達の知らないところに、兄はいたんじゃないのか?」
ピエロのふざけたような挙動が……止まった。暗闇に照らされた懐中電灯のように、ピエロの存在が、俺の近くに浮かび上がった。
「もしかして、ピエロの正体は――」
俺はその一瞬を見逃さず、ピエロの仮面に手を伸ばした。
――が、
「トウゥウウ! アマイアマーイ! ノロマなキミにはザンネンショウ」
俺の手は一歩遅く、右手はピエロの服を掠めるだけ。俺の足は、すでに限界だったのだ。
だが手を避けたということは、確実にいまのピエロには触ることができる。なのに、そのチャンスを逃してしまった。
「がぁっ!」
倒れたところに、ピエロの足が俺の肩に突き刺さる。ピエロから、俺に触れてきたのだ。俺が手を上げようとしたら、その手をもう片方の足で踏み潰された。
「ザンネンショウのキミには――オクターブ♪」
踏みつけた体勢のまま、ピエロは器用に踏まれた手の小指を一つ、つまんだ。俺の指をだんだんとありえない方向へと向けて、ゆっくりと動かしていく。
そして限界まで来ても、俺の指を無理矢理に向けて――
「ヤワラカ~イ! ケイジョウキオク♪」
「ああああ!」
ボキリと、無理矢理指の骨を折られた。
「アーンド、ネイルアート!」
ピエロの手はそこで止まらず、俺の爪にピエロの爪が引っかかって、ぺりぺりと、嫌な音を立てて俺の爪がはがれた。
「――っ!」
今度は、悲鳴も出ない。
骨折の痛みが、指に残った爪の破片が、俺の体全体を包むように痛み始めた。あまりの気持ち悪さに、吐き気も出てきた。俺はその嘔吐を必死に押さえて、ピエロを睨みつける。
そのときだ。俺は本当に驚きを隠せなかった。
「コンドは、オヤユビニしようね」
「ああ……」
「……ンン? マゾった!」
「やっぱり、来ちゃったんだな」
「ぁああああ!」
ピエロの背後に飛び込んだ、一つの小さな影。
静香が、ピエロに突撃していた。
半分泣き顔、いや全部泣き顔だ。それでも、逃げずにここに来てしまった。
事情を話したから、ピエロの正体は知っているだろう。
だからって、小さい体で頑張りすぎた。
「は、鳩さぁあああああん!」
静香の悲鳴じみた叫びに、ピエロは立ち止まってしまった。
ピエロの仮面が、がむしゃらに動く静香の手に触れて、外れた。
仮面の中にあるその顔、一日ぶりに見る鳩さんの顔は、正体を知られたピエロと同じく、固まっていた。