表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

ひとりとひとりいがい


 時計はすでに午前二時を回っている。俺は最初の記憶を頼りに、人形が集まっているであろう入口へ向かっていた。

 そこには予想通り大量の人形と、囲うようにホークがその中で仁王立ちしていた。


「パーティ会場はここか?」


 俺は怖気づくこともせず、まっすぐと奴らに向かっていった。


「啓二よ、やはりきたのか」

「混ぜてもらうと思ってな」


 俺はホークの目の前にまでたどり着くと、俺はそのまま、ホークは仮面の中で笑い合う。

 突如、あたりの暗闇が濃くなっていく。まるで俺を待ち構えていたように、パーティの準備を整える最終段階が進む。

 人形達はそわそわし始め、各々の構えで俺とホークから距離をとっている。


「なんだ、人形達も昼間よりは仲良くなれそうだ」

「だが前座だ。それよりも、体力のない貴様がしゃしゃり出るのには、理由があるのだな?」

「ピエロは俺が何とかしてみせる。弱点を見つけたんだ」

「ほぅ」


 俺達が話をしていると、一つの人形が俺達に向かって歩いてくる。足取りはおぼつかなく、上半身がほとんど後ろに倒れて、足だけで動いている不気味な人形だ。


「カチカチ……ガチ!」


 不気味な音を立てて、その人形が震えだす。人間そっくりに作られた人形は、まるで痙攣している半死人を見ているようだ。


「ガガガ……ガッ!」


 人形が口を大きく開けて……開けて開けて、やがては口が裂けて、その口から笑いの仮面が見えてきて――


「ユウタイリダツゥウウウウウウッ!」


 人形を食い破るように、ピエール・ピエロは姿を現した。


「アソブ? コワス? ノンノン、タベル! ヒトリノところヲ食ベルのもイイケレド、ヤッパ二人ダネ! モウ一人のカオがトテモ美味シソウ。勇敢ナ顔ガ台無しよ!」

「お前の顔は不味そうだな」

「コンカイサイショに食べられるのは、キミだねケイジクン♪」


 人形達が、歓声でどっと沸く。飛び回り喝采をする人形はまるで、盛りのついた猿みたいだ。


「なら、追いかけっこだ」


 俺が前へと進む。すると沢山の人形が立ちふさがるが、


「ダンスの相手なら、此方が出向こう」


 ホークが、軽々と大量の人形達を吹き飛ばした。


「往け、啓二! 人形はわしが受け持つ!」

「勝てるのか?」

「勝つのではない。生き残れ!」


 ホークが構えのポーズを取ると、人形達は威圧感にたちまち怯む。その一瞬を見計らって、俺は人形達の群れを駆け抜けた。そして俺に続くように、ピエロがふわりと隣にまで現れる。


「ヤホー! ボクだよ」

「あんたに見せたいものがあるんだ」


 俺はピエロを目から離さないように、そして会話を途切れさせないように、全速力で走る。


「ボクがキミをタベレば、ボクのカチ!」

「なら追いかけっこが続けば、俺の勝ちだな」


 ピエロには触れることができない。だが、かろうじて会話をすることができる。

 茜がピエロを追い払ったときも、静香がピエロを止めたときも、二人がしたことは会話だ。こいつには、言葉だけは通用する。もちろん、これが決め手にはならないが、俺を食べようとするピエロを止めることくらいはできる。

 うまく主導権を握り、そして俺が走りながら会話をしている限り。


「もし負けても! 記憶がホークのアトラクションにある。いつか、お前は絶対に負ける!」


 ピエロは、俺が会話で食事を止めていることに気づいているはずだ。


「ケイジクンはオニゴッコ好き? トモダチとナニシテアソブ?」

「友達なんていなかったさ!」


 それでも、こいつには遊び心と好奇心があった。俺が何をしようとしているのかなんて、気にしちゃいない。ただ、俺が必死になっている様を見て楽しんでいる。

 だったら、俺だって道化を演じてやる。


「お前だって、友達いないだろうが」

「ダイジョウブ、オニンギョさんがいる、イル! タカノクンのアトラクションはあとで解体ダネ! ボクはね! アトラクションも食べれるんだヨ、一口で全部パァにできるのヨ!」

「そうかよ、なら――がっ!」


 右肩に激痛が走る。ピエロがどこからか出してきた鉄の棒で、俺を思いっきり殴ったのだ。


「ナラ?」

「俺が……今勝てばいい!」


 足を止めてはいけない。ピエロの愉悦が、俺の背中を引っ張っていようが、ここで負けたら後がない。ピエロの台詞を受け取って、焦りよりも根性を叩き込む。


「なあピエロ、お前今何歳だ?」

「イチジュウヒャクセンマンワカラナァアアアアアイッ!」

「つぅ……! まともに答える気はないのかよ」


 今度はでかい梯子のような物をピエロが取り出す。それに当たった俺の背骨は、きりきりと嫌な音を軋み始める。かまわない。

 外灯を横切り、道をけって、思いつく限りの罵詈荘厳を並べ、舌を噛んでも俺は叫んだ。


「いま、おまえは楽しいのか? 楽しいんだろうな。俺は便所に顔をつけるような気分だが、後のことを考えれば、悪くはない」

「トイレトイレ! ア! キミはゲロマンでしたー! ゲロマンはとってもカナシクテ、ボクはヒトリデ過ごすことのオモシロさを学んだノデスゾォ!」

「ああ、一人だって十分楽しいさ。煩わしいこと考えなくてもいいし、何より自由だ」


 釘のようなものが、俺の足に突き刺さった気がした。全速力で走っていた俺の足は、すごい勢いで膝を地面にぶつける。膝の骨がコンクリートと衝突して、嫌な音が鳴る。


「でも、一人じゃないときだって面白いことはあるさ」


 震える膝が立ち上がることを嫌がっていた。俺はその膝を拳で叩き潰して、活を入れなおす。


「どうせ一度の人生だ。どっちも楽しそうなら、両方あったほうが得だ」


 まだ、俺の足は前へ進む。諦めてはいない。

 そして、とうとう目的の場所が目の前に現れた。


「到着だよ、お前と、誰の墓場だろうな」

「タカノチャンのオトウさんダネ! 正解!」


 陽気な声を上げて、ピエロは俺に答える。

 ここは俺達が普通のお客さんから、逃げるようにして集まっていた場所。準備中の看板が立った、ジェットコースターの跡地だ。

 言葉がこいつに効くのなら、こいつの弱点はなんなのか。


「お前、鳩さんの話を知っているか?」

「ダレソレ?」

「鳩さんは兄と二人できたんだけど、途中ではぐれたと言っていた。そのせいでアトラクションに乗ることができなかったそうだ。だけど、おかしくないか?」


 言葉は時に、人を傷つける。それは人に踏み入る詮索でもあり、攻撃でもある。こいつの正体を暴くことが、攻撃だ。


「妹がここで誘拐されたのに、どうして兄は誘拐されなかったんだ?」

「……ンンン?」

「自分勝手に一人で乗るような兄となら、一緒に遊園地なんか行かない。もしかしたら、俺達の知らないところに、兄はいたんじゃないのか?」


 ピエロのふざけたような挙動が……止まった。暗闇に照らされた懐中電灯のように、ピエロの存在が、俺の近くに浮かび上がった。


「もしかして、ピエロの正体は――」


 俺はその一瞬を見逃さず、ピエロの仮面に手を伸ばした。

 ――が、


「トウゥウウ! アマイアマーイ! ノロマなキミにはザンネンショウ」


 俺の手は一歩遅く、右手はピエロの服を掠めるだけ。俺の足は、すでに限界だったのだ。

 だが手を避けたということは、確実にいまのピエロには触ることができる。なのに、そのチャンスを逃してしまった。


「がぁっ!」


 倒れたところに、ピエロの足が俺の肩に突き刺さる。ピエロから、俺に触れてきたのだ。俺が手を上げようとしたら、その手をもう片方の足で踏み潰された。


「ザンネンショウのキミには――オクターブ♪」


 踏みつけた体勢のまま、ピエロは器用に踏まれた手の小指を一つ、つまんだ。俺の指をだんだんとありえない方向へと向けて、ゆっくりと動かしていく。

 そして限界まで来ても、俺の指を無理矢理に向けて――


「ヤワラカ~イ! ケイジョウキオク♪」

「ああああ!」


 ボキリと、無理矢理指の骨を折られた。


「アーンド、ネイルアート!」


 ピエロの手はそこで止まらず、俺の爪にピエロの爪が引っかかって、ぺりぺりと、嫌な音を立てて俺の爪がはがれた。


「――っ!」


 今度は、悲鳴も出ない。

 骨折の痛みが、指に残った爪の破片が、俺の体全体を包むように痛み始めた。あまりの気持ち悪さに、吐き気も出てきた。俺はその嘔吐を必死に押さえて、ピエロを睨みつける。

 そのときだ。俺は本当に驚きを隠せなかった。


「コンドは、オヤユビニしようね」

「ああ……」

「……ンン? マゾった!」

「やっぱり、来ちゃったんだな」

「ぁああああ!」


 ピエロの背後に飛び込んだ、一つの小さな影。

 静香が、ピエロに突撃していた。

 半分泣き顔、いや全部泣き顔だ。それでも、逃げずにここに来てしまった。

 事情を話したから、ピエロの正体は知っているだろう。

 だからって、小さい体で頑張りすぎた。


「は、鳩さぁあああああん!」 


 静香の悲鳴じみた叫びに、ピエロは立ち止まってしまった。

 ピエロの仮面が、がむしゃらに動く静香の手に触れて、外れた。

 仮面の中にあるその顔、一日ぶりに見る鳩さんの顔は、正体を知られたピエロと同じく、固まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ