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おふろとようじょ


「やっぱり、後悔したのね」

「ああ、かなわないな」


 夕方、俺は茜よりも先に、時計塔の展望台に来ていた。

 ここに始めて来たときから、夕方になるとたまに寄るような癖がついていた。主に茜と話したいときと、考え事をしたいときにだ。

 あの後、俺は静香のことを鳩さんに任せたまま、ふらりとこの時計塔の階段を登っていた。


「ここの夕焼けはいつも、真っ赤だ」

「なにいってるのよ。当たり前じゃない」


 茜は軽口で、笑ってみせる。俺の声そんなに大きくなかったのに、しっかりと聞いてくれた。そんなに心配しないでほしい。


「心配しないでほしい?」


 俺の心を先読みしたかのように、心配そうな目でこちらを見ていた。そのまま何も言わずに、茜は俺の隣に座る。展望台は広いのに、わざわざ俺の隣に座ることもないじゃないか。


「ねぇ、啓二」

「悪かったよ」

「そうじゃないの。すこし、お話をさせて」

「……」


 俺が黙っていることを肯定と見たのか、茜は言葉を選びながら、話し始めた。


「私が、なんでここにいるのか」

「ピエールランドに?」

「そ。前にも言ったけど、私の父さんがあそこで死んでる。私はここに父さんを探しに来た」


 茜が指差す先に、いつも一緒に昼食を食べているジェットコースターのアトラクションが見えた。一度だけ話題に出てから、二度と話さなかった父の話。

「でも、一人でずっと探し回ってたらピエロに捕まって、ピエロから、お父さんが死んだって聞いた。そのときの私は、悲しかったというよりも、やっぱりって気持ちのほうが強かった」

「やっぱりって、信じてなかったのか?」

「母さんの葬式にも来なかった。私も、実際に顔と名前くらいしか覚えてなかった」


 まるで、最初から諦めていたみたいだ。なら何故、父親を探そうとしたのか。わからない。

 わからないけど、何故こんな話をしたのかは、解った。


「茜は、ここに来て後悔したのか?」

「そ」


 経験者の言葉は、重い。

 ちっぽけな意地しかないような俺に対して、過去とそれに伴う人格を持っている茜とでは、本当に月とスッポンだ。あの時の判断だって、実際には茜が正しかったのかもしれない。

 でも、謝ろうとは思わなかった。


「俺は、あの時やったことのほうが、正しいと思った。今だって、それは同じだ」

「なら、元気出しなさい。これあげるから」


 そう言うと、ここに持ってきていたのか、バスケットからサンドウィッチを一つ渡された。食べ物で釣る、というよりは茜なりの励ましなのだろうか。


「……ありがとう」


 茜は俺に手渡すそうとするものの、なぜか顔はそっぽを向いている。そのせいで何回か受け取る手が空を切った。もしかして茜も、照れくさいのだろうか。

 サンドウィッチを食べる。お腹はすいていなかったけど、不思議とのどを通った。


「あのさ」

「なに?」

「茜は、少し諦めが早すぎる。だから代わりに、俺は諦めの悪い奴になろうと思う」


 素直に感謝がいえなくて、すこしの対抗心を茜にぶつけてしまう。ただ茜は、その俺の言葉がおかしかったのか、小さく笑った後で、


「そ……啓二は、嫌な奴ね」

「初めて言われたよ」


 一人の笑いが、二人の苦笑いに変わった。

 嫌な奴。

 不思議と、俺はその台詞を気に入ってしまったようだ。

 夕日は沈み、茜色の空は海へ帰っていく。俺達は、ただ一緒にそれを眺めるだけだった。



 夜になっても、ピエールランドはまだ終わらない。

 お客さんはランドのセンチメンタルな空気に浸りつつ、孤独を感じる中で誰かと一緒にいることをかみ締めるようなデート。これは確かに、絆が深まること請け合いだろう。

 ただ俺は鳩さんと二人でいるものの、絆を深めるようなデートをしているわけではなかった。


「ふふっ、なんだか神秘的だね」

「いまの鳩さんに言われると、なんだがゾクゾクする」


 鳩さんはいつもつけている髪飾りを指で弄んでいる。癖なのか何なのか知らないが、鳩さんが真剣なときはいつも髪飾りを外す。

 医務室の裏側、外灯は遠く人気もない。そんな中で、医務室の壁に寄りかかり俺を見つめる鳩さんの目は、妖艶に光っていた。


「で、静香はどうなんです?」

「安心して、今は疲れてお休み中。さっきまで起きてたけど、静香ちゃんには聞かれたくないから、ここに呼んだの」


 医務室の窓に目を向ける。物音もしないことから、鳩さんの言うとおり寝ているのだろう。


「静香ちゃんの両親はね、最初見つけたときにはもう、二人そろっていたの」

「喧嘩して、それでいなくなったんじゃないのか?」

「それがね、どうやら喧嘩してたことは覚えてるみたいだったけど、私がその理由を聞いたら『何でだろう』って言ったのよ。まるで、喧嘩の理由を忘れてしまったみたいに」

「……」


 もしかしたら、静香を忘れたから喧嘩をしなくなったのか。

 鳩さんの表所は掴み所がなく、どんなことを思っているのかは解らなかった。


「これは一般論。若いうちに子供を持つと、まだ自由がほしい若者には、後先考えずに生んだ子供は邪魔なのよ。特に、駆け落ちなんてものに自由があるなんて思う人はね」

「若者って、鳩さんは俺より年下でしょうが」

「そうだね、啓兄さんって呼んでもいい? あ、顔が赤くなるなんて、うぶな兄さんだなぁ」


 話を和らげようと冗談を言うが、鳩さんのその笑いにはどうにもかなわない。


「もしかしたら、もしかしたらよ。静香ちゃんが、両親に対して重荷になっていたのなら、二人一緒にいたのも、納得いかない?」

「いかない」

「うーんかわいいなぁ、その顔は意地を張っているね。でもダメ、静香ちゃんと関わるなら、覚悟しないと。あの子はそういう人たちと、関わってきたんだって」


 認めたくはなかった。

 それでは、ここから脱出できても、静香に救いがなくなってしまうじゃないか。


「俺が、なんとかする」

「義理の家族にでもなるの?」

「それもある」


 鳩さんは一度も目を逸らさずに、俺のことをじっと見つめていた。鳩さんの目は、俺のすべてを見定めているようで、少し恐かった。


「甘いね。うん、あまあま。感情的で現実味がないけど、敬君らしい。ならあたしも、そのあまあまに少しだけ応援してあげる」


 鳩さんの指が、俺の唇に触れた、ドキッとして体がこわばるけど、別に何をするわけでもなく、すぐにその指は離れた。その後で、鳩さんはまた髪飾りを自分の髪につけ直す。


「まさかの義妹宣言には鳩もびっくりだよー」

「そこは突っ込まないで」


 それきり、もうその話はしなかった。


「じゃあ鳩は、ちょっとした夜遊びに向かいますよー」

「門限には帰ってこいよ」

「いつからお父さんに!」

「鳩は軟弱者になど渡さん」


 鳩さんは元気な敬礼をしたあとで、そそくさと夜のピエールランドに繰り出そうとする。

 ふと思うことがあって、俺はその姿を呼び止めた。


「鳩さん」

「なんだね啓二君」

「鳩さんは、なんでピエールランドに誘拐されたんですか?」


 どうして一人になって、アトラクションに乗ることがなかったのか。

 鳩さんは一度答えに迷ったのか、うーんと少しだけうなって、俺に笑顔で振り駆る。


「それはね、お兄さんと二人で来たのに、はぐれて迷子になっちゃったんだよ」


 それだけ言って、今度こそ走り去っていった。

 兄とはぐれた。意外な人物が出てきた。確かに、はぐれれば一人になるだろう。

 俺は鳩さんを見送ってから、静香のいるであろう医務室の扉を開ける。突然開いた扉にびっくりしたのか、静香はシーツを抱きかかえて俺のほうを見ていた。


「あれ……啓二さん」

「よう」


 先ほど聞いた話を引きずっていたせいか、俺の挨拶はどこかぎこちない。


「おはようです」

「夜だけどな」

「そうでしたね。ごめんなさい」


 俺が来て安心したのか、静香は裸足のままベッドから飛び降りてこちらに駆け寄った。


「事情は、聞いたか?」

「あ、はい。鳩さんがピエールランドのことをいろいろ教えてくれました。不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いしますです」

「ああ、よろしく」


 静香は思っていたよりも、あの時のことを引きずってはいないようだ。隠しているのかもしれないが、今はこの状況に習おう。


「あの」

「どうした?」

「ここで寝泊りするのは吝かではないのですが。でも、寝る前にお風呂に入りたくて……体を洗う場所は、どこにあるのでしょうか?」

「ああ、それならすぐそこだ。医務室の隣にあるからな」


 医務室の隣には、係員の汗を拭うためのシャワー室がある。もちろん、人形が使っているところは見たことがないので、実質俺達が占拠している。風呂はさすがにない。

 ちゃんと靴を履くように言ってから、静香を医務室の隣に連れて行く。


「あ、ありがとうございます」

「いいよ、そんなに遠くじゃないし」

「そ、それじゃないです!」


 あれ、違ったのか。

 静香は自分の言ったことを思い出し『これも感謝しています!』と訂正してから、そわそわしつつも口を開く。


「今日は、一緒に探してくれただけじゃなくて、わ、わたしを運んでいただだ……だいで、ありがとうございます!」

「……ああ」


 静香は顔を真っ赤にして、目を力いっぱいに瞑ったまま、俺の言葉を待つ。その姿は一回り小さくなったように見えた。小恥ずかしいのだろう。

 どうやら静香は、喋りだすタイミングをずっと見計らっていたようだ。なんとも不器用な。

 それに一番頑張ったのは、静香じゃないか。俺なんか、何もできなかった。


「どういたしまして」


 でも、感謝してくれたという、その行為を無碍にしたくはなかった。


「さあ! ここがシャワールームさ!」


 俺はそんな陰鬱な考えを拭うように、更衣室へと派手に乗り込んだ。そのままシャワー室まで一気に進み、わざとらしくお披露目をしてみせる。

 どうだーという馬鹿らしくも得意げな顔をして見せて、受けを狙ってみたものの、


「あ、あのあのあの」


 どうやら静香には、受けなかったようだ。


「ん、どうした?」


 気を取り直して聞き返してみると、静香はゆっくりと腕を上げて、シャワールームを指差す。

 そこには、


「な!」


 そこには、そこには、茜がいた。

 綺麗な髪を水に滴らせて、整った顔は若干驚き気味、いつもはよく見ない太股も、水の艶も相まって魅力的に見える。茜はあまり露出度の高い服を着ないので、始めてみる肌色の多さも、そして胸の双璧からも目が離せない。なんだあの芸術品は、そして、始めてみる臍の下腹部のその下のそれは――


「あかあかかか」

「けい……じ?」

「くされドスケベがぁあああああああ!」


 その瞬間。どこからか現れたキャプテン・ホークを目に捉えると、視界が反転した。



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