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死刑執行人派遣協会


 



 「ただいま~!」



 302号室――自宅のくすんだ扉を開けると、部屋の奥から聞こえた「おかえり!」の声が疲れた身体を迎えた。



 さあ、携帯料金の明細は入っているのか!?



 勢いよく確認した郵便受けにはパチンコ店からの葉書だけが1枚入っており、名織康弥はふう、とひとつ息を吐いた。今回は何かと使った気がするから恐いのだ。



 雨に濡れた手で葉書を取り、スニーカーの紐を緩める。



 ごつごつとした重たいスニーカーを脱いだところで、今日は母のお気に入りの、黒いハイヒールが無いことに気が付いた。



 そうか、今日は仕事の日だったっけ。



 ふと頭に浮かんでしまった澱んだ想像を振り払いながら、優しい相手だといいな、と心の端で願っておく。まあ、松さん経由で紹介されたお客さんだから、問題無いと思うけど。



 真っ先に脱衣室へと向かった康弥は、窮屈な制服を脱いで、Tシャツとスウェットのズボンに着替えた。家の中でも制服のままというのは、あまり好きじゃない。



 脱いだ制服は片手で抱えたまま、タオルを1枚去り際に引っ掴むと、康弥はそれで濡れた頭をがしがしと拭きながら、戸を開けてリビングに入った。



 「おかえり、朝言ってたけど遅かったね」



 宿題だろうか、食卓について、「算数〈6年生〉」と印刷されたプリントに向けた目はそのままに、弟の雄星が不機嫌そうな口を開く。



 時間はおおよそ10時。雄星にとって、布団にくるまっていてもおかしくはない時間だ。そんな時間に、普段ならやれと言ってもやらない算数プリントを今日はやっている。



 「……ごめんな、待っててくれたのか?」



 康弥は意地が悪いと分かっていながらも聞いてみた。



 「違うし! ……面白いテレビやってなかっただけだし」



 返ってきた予想通りの返答を背中に受けながら、康弥はリビングに置かれた、部屋に不釣り合いな高級感を持つソファーに倒れ込んだ。



 足が地面から離れているのがとても気持ち良い。そしてひんやりした革の表面がさらに気持ち良い。



 「……雄星、夕ご飯は何で食べた?」



 「うんと、昨日の残りのやつとなめ茸」



 「そうか……。明日は部活もないし何か作ってやるからな」



 「うん!」



 やっぱりそうだ。今日あいつらと時間を過ごして改めて解った。人は、孤独じゃ生きられない。



 もちろん経済的な面の問題もあるけど、もっと単純に、孤独じゃ生きている意味が無い。



 本当の孤独を知らない俺には推測するしかないけど、「自分は孤独だ」って思ってる人がいたとしたら、大方その人はそう思うことで自分を慰めているか、孤独と思い込んで大切な人を見落としているか、自分で孤独まがいの状況を生み出しているか、だと思う。



 もしも本当にこの世で孤独になったとしたら、あの世に逃げる他ないだろう。この世に残っていたら、普通ではいられない。きっと、人間じゃなくなってしまう。



 この貰い物のソファーだって、このマンションと言い張り続けているボロ物件だって、普通の人間であり続ける義務と責任を示す、母の愛の証だ。



 雄星が生まれてすぐに父親が蒸発して、借金だけが残って、それでも。水商売時代のつてを頼ってまたその世界に足を踏み入れて、文字通り体で稼いで、それでも。



 母は俺たち2人を孤独にさせない為に、孤独だと思い込んでしまわない為に、人間であることを諦めなかった。



 だから、こめかみを父親の灰皿にされても、周囲に母を「売春婦」呼ばわりされても、そういう親の子だから、と常にレッテルを貼られても、自分達も普通の人間であることを諦めちゃいけない。



 支えることで支えられ、支えられることで支える。



 雄星が自分なりの答えを見つけるまで、自分は先にこの世に生まれた兄として、近寄る弱さや穢れを倒し、必要のない傷から護る為の強さを持っていなくてはならない。



 いつか来るその時まで、雄星が現実を見失わないように。その時に、ちゃんと自分自身と向き合うことができるように。



 だから、小学生の頃、チビで泣き虫だった自分は似合わないボクシングを始めて、それで――。



 ――今、ここで寝転がっている。走馬灯のごとく記憶を頭の中でぐるぐると回し、現在の自分に帰って来た康弥は、瞼は閉じたままひとつ寝返りを打った。



 こんな風に哲学者気取りで考えをめぐらせてみるのも、たまにならいいだろう。似合わないけど。



 ふと、閉じた瞼の裏に新の顔が浮かんだ。



 新は、お前にだけ、お前だから、と言いながら何でも俺に打ち明けてくれる。



 そりゃあ、新からしたら打ち明けてないことも、もしかしたらたくさんあるかもしれない。でも、何でも打ち明けていると勘違いしてしまうほど、これまで新から聞いた言葉の中には、暗く重い、心の底を抉るようなものもあったのだ。



 ――じゃあ、自分は?



 自分はまだどこかで、新に対して不要な壁を残している気がする。



 少なくとも、こめかみに貼ったこの白い大きな絆創膏の下を、その傷の理由を、新は知らない。なぜなら、打ち明けていないから。



 なぜだろう。新はそれを知ったところで俺に対する何かを変えたりするか? 哀れみを含んだ笑顔を見せたりするか?



 そんなのは分かっている。なら、なんで俺は。


 霧がかかったような頭の奥で、自分の“弱さ”とでも呼ぶべき何かがぼんやりと暗い光を放ち、弛緩した康弥の体を包み込んでいった。





 ※




 「ただいま~」



 玄関の扉が開く重い音と共に、帰宅した父の疲れきった声が耳朶を打つ。



 ダイニングの椅子に腰かけ、母がかけた見たくもない夜のニュース番組を眺めていた灰島美希は、小顔ローラーを動かす手は止めずにおかえり、とだけ返した。



 同じくおかえりなさい、と返事をした母が椅子から立ち上がり、リビングの扉を開けて出て行く。



 「お疲れ様。まだ降ってた?」



 「雨、だいぶ強くなってるよ。車からここまで来るだけでも結構濡れた」


 40代も半ばの父は、母に箱のようなものの入った白いビニール袋を手渡すと、扉が開いたままの入り口から、リビング全体をきょろきょろと見回した。眼鏡の長方形のレンズには、まだ雨粒と思われる水滴がついたままだ。



 「新は、まだ帰って来てないのか?」



 「そうなの。遅くなるならなるで連絡入れろっていつも言ってるのに……」



 父の問いに、母が背後でジャケットをハンガーに掛けながら答える。



 いったいあのクソ兄はいつになったら帰って来るつもりなのだろうか。



 母の言葉通り、兄は、母に帰るとメールで予告していた時間を過ぎても帰って来なかった。いつもならば欠かさない筈の、遅くなる、という連絡すらも今日はなかった。



 そのおかげで、父と父の買ってきたケーキが帰宅しても皿を出せず、かといって待たない訳にもいかないという面倒な状況が生まれており、0時を目前にした美希の意識は、忍び寄る睡魔と静かな闘いを繰り広げていた。



 「……大丈夫よね?」



 ビニール袋から取り出した、人数分のケーキの入った白い箱を冷蔵庫にしまいながら、小さな声で母が呟く。



 その声の大きさとは反対に、美希にはその一言がひどく際立って聞こえた。



 「心配いらないよ、だって新なんだから。おおかた遊びに夢中になってるんだろう」



 「そうよね……。今日くらいは許してあげよっか」



 「調子乗って責任取れないようなことをしないかだけが心配だよ」



 まだ少し心配そうな母に笑ってそう返した父は、それを最後にリビングを出ると、2階への階段をとんとんと上がっていった。



 一番上の兄の事があるから、うちの家族は普通よりいくらかこういう状況に過敏だ。今自分の中にある微かな苛立ちも、そういうことを妹の私よりよく知っている筈の、兄の無神経な今日の行動から来るものだと思う。



 「……きっと、どっかで彼女とロマンチックな時間を過ごしてるんでしょ」



 再びダイニングの椅子に座ってテレビを眺めていた母に美希がそう言葉をかけると、母はそうね、と笑顔を見せた。



 自分で言ったことだが、そう考えると余計に苛々してくる。なんで兄のラブラブタイムが終わるのを、家族みんなして待たなくちゃいけないんだろう。



 生まれた兄への苛立ちが、睡魔を押し退けていくのを感じながら、美希は面白くも何ともないニュース番組に目をやった。



 最近のニュース番組では、同じようなネタやキーワードが繰り返し報道されている気がする。



 朝と夜、親のかけるニュース番組を毎日見せられていれば、それはたとえ興味が全く無くとも、刷り込みのように覚えてしまうことだった。



 テレビ画面の中では、例によって端正な顔立ちの女性キャスターが、面白味に欠けるニュースを読み上げている。



 (――それでは続いてのニュースです。檜山総理の推し進めていた殺人罪等の厳罰化に関し、日本改新党の党内での反発や勢力争いが長く続いていますが、16日夜、推進派の蜂川総二[ハチノカワソウジ]法務相と反対派の蜂川晃[ハチノカワアキラ]防衛相が会談を――)


 まさにこれだ。



 近ごろ、これもまたよく耳にする「無差別殺人」やカルト教団「アゾラ」などによる不安からか、檜山総理大臣は、殺人罪をはじめとした罪に対する、刑罰の厳罰化を推し進めていたらしい。



 しかしその厳罰化をめぐって、与党である日本改新党は推進派と反対派に分裂、さらには元から知名度の高かった与党の蜂川兄弟が双方に割れて仲違いしたとあって、朝と夜、ニュースがついていて彼らの名前を聞かない日はなかった。



 母は厳罰化に賛成らしいのだが、どうやらこの話題にも、母の意見を実現する形でそろそろ決着が着きそうだ。やはり年齢も経験も上で地力に勝る兄、総二が味方についた推進派が、反対派の勢力を圧倒しつつあるのである。



 実際ルックスだけで見た場合、どちらも同じ黒髪のオールバックなら、ウエストが太くて加齢臭のしそうな総二よりも細身の長身でインテリ風の晃を俄然支持したいが、高校入試の時事問題にそう答える訳にもいかないから、美希は見慣れないニュースもしっかりと見るほか無かった。



 そんなことをぼんやりと考えているうちに、寝巻きにしているグレーのスウェットに着替えた父が2階から戻り、ニュースは次の話題へと移ろうとしていた。



 (――速報です)



 女性キャスターの背後に表示された、CGの見出しとは異なった内容のニュースが読み上げられ始める。



 その内容に、美希は耳を疑った。



 「なんだ……? これ、うちのけっこう近くじゃないか?」



 「新はこれを見に行ったのかしら……」



 キャスターの読み上げた地名と、テレビに映し出された住宅地の映像に、父と母も同じく驚いた様子で声を上げる。



 緊迫した状況を伝える声は、現場にいるのだろう男性リポーターに変わり、雨の降る中、既に多くのパトカーや救急車、警察官、十数人の報道陣がひしめく住宅地の映像と共にニュースは続く。



 (――市の佐々木です! ……この周辺の住宅3軒にわたる無差別殺傷事件が発生した模様です。現在詳しい状況は分かっていませんが、犯人と思われる1人の人物は……見えますでしょうか、あちらの黄色い外壁の住宅に未だ残っているとの情報が入っています。その住宅の玄関付近には、ここからでは見ることはできないんですが、防護服に身を包んだ数人の警官が待機しておりまして、突入の時を――)



 嫌な予感、とはまさにこのことだろう。



 開いたままになった部屋の入り口から忍び込んだ冷たい外気が、着々と美希の体温を奪っていた。





 ※




 「ただいま……」



 玄関の厚い扉を開け、雨に濡れてしまった髪を撫でつけながら、そろりそろりと家に入った科麻柚は、少しの間をおいて返ってきた母の声を聞いた。父の声は聞こえて来ない。



 やっぱり機嫌を損ねてしまっただろうか。



 今、時間は夜の11時半過ぎ。帰宅する予定だった時間――駅で2人と別れた時間から、既に約2時間が経っていた。



 2人と別れたあと、何の気なしに携帯を開いたのが運の尽き。届いていた近所の友達からのお誘い、「語ろう」メールに気付いてしまった。



 気付かなかった振りをしてやり過ごすことも、出来ないことは無かっただろうけど、現に外にいるのだから行くしかない。



 結局、すぐに帰ろうとしていたのも束の間、喋れば喋るほど時間を忘れて楽しくなってしまい、帰りもこんな時間になってしまったのだけれど。



 友達の家からここまで、短い間ではあるが雨に降られたのは、私へのちょっとした罰かもしれないな。



 ただいま、ともう一度小さく口にしながら、おそるおそるリビングに足を踏み入れた柚は、部屋の様子を見た自分の頭上にクエスチョンマークが浮かんだのを確かに感じた。



 テレビでは、何やら生中継らしきごちゃごちゃとしたニュースの映像が流れ、母は急いだ様子で、父のジャケットを粘着テープのローラーで綺麗にしている。父もネクタイを整えながらしきりに電話をかけたり、かかって来る電話に応対したりしているようだった。



 父から、珍しく今日は早く帰れそうだ、と聞いていたから余計に恐かったのだが、どうやら返事を“しなかった”のではなく、“できなかった”みたいだ。



 少しほっとしつつも、柚は徐々に何が起きているのかが気になってきていた。街の方で事件でもあったのだろうか?



 「お母さん、……何かあったの?」



 埃の取れたジャケットを父に手渡した所だった母に聞いてみる。とても父には話しかけられる空気ではない。



 「そう、この近所で事件があったみたいなんだって……! あんた帰り道にサイレンとか聞こえなかった?」



 そう言われてみるとそんな気もする。何より、街のほうではなく近所ということに驚いた柚は、ニュース映像に映る住宅地に目を凝らしてみた。



 「近所って言っても、康弥君たちの家のもっと向こうらしいんだけど……。ほら、あのサッカースタジアムがある辺り」



 母の言葉通りだとすると、事件があったのはここから2人の家がある方向に一駅半――新たちの最寄り駅と、その次の駅とのちょうど中ほどということになる。



 いくら父親が現役の警察官、それも地方警務官たる警視監とは言え、こうも自分の身近で、速報として報道されるほどの事が起きるとは思っていなかった。



 微かに鼓動が早まっているのを感じながら、柚は再び父の広い背中に目をやった。



 国家公務員採用試験I種に合格し警察庁に採用された警察官、つまりキャリアである父は、警察官として順当に昇任し、今では40代半ばにして警視監、また中規模警察本部の本部長という役職に就いている。平たく言ってしまえば、一つの自治体における警察のトップだ。



 その裏では父の弛まぬ努力と苦労があったのだろうが、順調過ぎる昇任に周囲から疎まれることもあったらしい。



 新や康弥、そのほかの友人、身の回りの大人達からも時々、凄いだとか羨ましいだとか言われるけれど、不思議な物で身近過ぎるとそんな感覚は麻痺してしまう。私にとっては唯一の父親でしかないのだから。



 父はあまり自分のことを話したがらないから、そういう話はいつも母から聞いている。だけど、母も母だなあ、と最近は思うようになった。



 父と母が出会ったのは、まだ父が東京で暮らしていた頃。同じく東京で働いていた母は、昇任後に、わざわざ地方警務官として東京を離れることを選んだ父と共に、自分もついてきてしまったのだ。



 すごい、と単純に思う。



 籍を入れたのはその後らしいけど、なんと言うか、アクティブでドラマチックだ。実は自分の理想も、そんな両親のような恋愛なのかも知れない。



 「おかえり」



 電話が一段落したのか、後ろ姿のまま突然発せられた父の声に、柚は心臓が小さく跳ねるのを感じた。



 「ずいぶん遅かったんじゃないか……?」



 そう言って振り返った父の顔は、笑っていた。



 「ちょっと帰りの途中で友達の家に寄っちゃって……」



 内心父の機嫌が悪くなかったことにひと安心しながら、顔に出さないよう気をつけつつ返す。全く心臓に悪いことこの上ない。



 頑丈そうな、黒い革のケースに入った書類の束を確認しながら、さらに父が続ける。



 「今ちょっと安心しただろう。でも今日のところはまあ、いいよ」



 見事に見抜かれた柚は、苦笑するしかなかった。職業のせいなのか元々なのか、他人の心理に鋭いから困る。何でも見透かされているような気分になる。


 「でもな、最近はここらへんもだし、日本中どこでも危ないようなもんなんだから自分でも気を付けるんだぞ、今回のニュースで良く分かるだろう。じゃあ、行ってくる」



 最後の一言は母に向かって放ち、書類の入ったケースにしっかりと鍵を掛けた父は、こちらに軽く右手をあげてリビングを後にした。今思えば、あの書類ケースが家族の前で開いたのを久方ぶりに見た気がする。それだけ慌てていたのだろう。



 母と共に後からついていった柚は、父が靴を履いて雨の降り続く外へと出て行くまで、その後ろ姿を見送った。



 いつもこうだ。覚えているのは父の後ろ姿ばかり。



 授業参観の日も、誕生日も、クリスマスも、入学式も、卒業式も、そのうちのほとんどが、“出勤する父を見送った思い出”でしかない。



 そのぶん母との思い出はたくさんあるし、たまに顔を出してくれる記念日は本当に嬉しかったし、そうやって他人の為に尽くせる父だからこそ誇らしくもあるのだけれど。



 「夕飯は食べて来た?」



 雨音に混じった父の車のエンジン音が遠ざかり、ほっと一息ついた様子の母の問いに答えた柚は、何やら騒がしくなり始めたニュースの音声に気が付いた。



 (――こちらからでは小さくしか確認できませんが、先ほど武装した警官数人が現場となった住宅に突入した模様です……! 今のところ銃声などはありませんが……あっ、出てきました! 犯人と思われている人物が確保されたのでしょうか……?)



 リビングに戻ってテレビの画面を見てみると、男性のリポーターが雨に濡れながらも、必死の形相で現場の様子を伝えていた。人や車などの隙間から小さくではあるが、重たそうな服に身を包んだ見慣れない姿の警官も見える。突入したという警官たちだろうか。



 (――ああっ、確保されたようです! おそらく男性と思われます! 上半身は隠さており年齢などははっきりと確認できませんが……抵抗しているようにも見えます。……いえ、何か叫んでいるようです! いったい――)



 僅かに、カメラの方向を向いて何かを喚いた犯人の顔が画面に映る。




 世界が、止まった。




 

 



 ※




 「――兄ちゃん、起きて、兄ちゃん!」



 雄星の声が聞こえる。



 なんだ、ソファーで寝ちゃってたのか俺。



 「……雄星、どうした」



 少し面倒に感じながらも、ソファーに寄りかかり、興奮した様子で騒ぐ雄星に尋ねる。


 「ニュース見て! すぐそこの所やってる!」



 ニュース? すぐそこ?



 興奮気味の言葉では何が何やら解らなかった康弥は、目を輝かせて雄星が指差すテレビの画面に目を向けた。



 小さな画面の中で、何台もの車輛や何人もの人々がひしめき合っている。何だ、只のニュースの生中継……じゃない。



 画面の端に映った地名を見た康弥は、雄星と同じく、興奮と驚きが入り交じったような感情になった。「すぐそこ」――そういうことか。



 「ね! すぐそこだよね!? だってこの映ってる黄色い家、翔太の家だもん」



 名字は忘れてしまったけど、「翔太くん」なら良く知っている。家にも遊びに来たことがあるし、雄星の話にも良く登場するから覚えてしまった。



 でもそうすると、その雄星の仲良しの家の近くで、何が――。



 画面右上に映し出された「無差別殺傷事件」の文字は見ないようにしながら、康弥は男性リポーターの声と騒々しい映像に集中した。もはや眠気など何処かへ行ってしまったみたいだ。



 何か動きがあったのか、ただでさえごった返していた現場の様子が、それまでに増して騒々しくなる。



 リポーターによると、犯人と思われる人物が突入した警官たちに確保されたらしい。



 小さな画面に、これまた小さく映ったその人物は、大勢の警官達に囲まれ、押さえつけられながら、抵抗――というより必死で何かを訴えているように見えた。



 叫び散らす姿がちょっと怖いけど、あの男の格好、どこか見覚えがある気がする。



 ふと視線を落とした康弥の目に、すぐに答えは飛び込んできた。



 まさか、うちの生徒か?



 ソファーから滑り落ちてくしゃくしゃになった自分の制服を拾い上げながら、さらに食い入るように画面に映された映像を見つめる。



 見れば見るほど知りたくない現実が入り込んで来るのに、釘付けになった目を背けられない。



 網膜から伝達された、映像中のあらゆる情報を脳髄が整理・理解するより早く、もう見るな、と自身の本能が警告していた。



 まさか、でも、そんな、ありえない。



 だけどあの細身な体格は、ベルトから腰にさげたサスペンダーは、まるで――。



 そんなはずはない。あんな場所にいるはずがない。だって、いつも通り別れたじゃないか。傘が無くて家に急いでたじゃないか。



 今日は、誕生日じゃないか。



 その男が画面に映ったほんの少しの時間の、最後の一瞬。何年もの間見続けてきたその顔を、見間違える筈は無かった。



 「新」



 康弥が我知らず口にしたのと同時に、時計の秒針は4月16日最後の1秒を刻み、全ての終わりと新しい始まりを音も無く告げた。





 ※




 最近になって、たまに考えることがある。



 自分ひとりの命には、何の意味も、力も無いのかも知れない、と。



 経済を動かすほどの大金も、世の中に刺激を与えるほどの才能も、物語の主人公のような超能力も、自分には無い。



 在るのは、たまたま運良く恵まれた友人くらいのものだ。



 そんな人間が、短い人生を生きて死んだところで、何になる?



 「他人と繋がっているから生きられるし、生きなきゃいけない」


 「自分の生きた意味は他人にしか分からない」



 一番身近な2人の大人はそう答えた。



 けれど、まだ自分には、その言葉が理解できない。いつか解る時が来るのだろうか?



 どうせ最後は消える命の、いま生きる意味――。実際、そんなものを本気で考えてたら、きりがない。



 それでも、この先の自分の人生をここから眺めてみたら、“死”というゴールしか見えないなんて、哀しすぎるじゃないか。



 自分が今、こうして高校生として生きている。そしていずれ大学に進学して、就職して、結婚して、家庭を持って、歳をとって、死んで。



 ――それで?



 その答えが見つけられず、いつもそこで振り出しに戻るのが、なぜかたまらなく嫌だった。自分の命が、風に舞う塵より小さく無意味に感じられて、悔しかったのだ。



 もしかしたら、兄貴も同じことを考えたのかも知れない。だから何もかもから逃げたくなって、いなくなってしまったんじゃないだろうか。



 そう、何も変わらない毎日が、楽しくも虚しい日常が、どこまでも続くと思っていた。



 何の確証も無いのに、そう信じて疑わなかった――。







 遠くで何かが鳴っている。







 ――痛い。



 全身を覆う重苦しい痛みに、灰島新はその目を醒ました。



 ――寒い。



 重い瞼を上げ、べったりと雨に濡れたままの身体を知覚して初めて、寒さに震える自分に気付く。



 灯りひとつない周囲の暗闇に、まだ慣れきらない目をしばたたいた新は、ゆっくりと、何かにもたれていた体を起こした。



 今、自分は何処か住宅の中にいるようだ。そして、目の前にぼんやりと見えるのは玄関の扉だろうか。



 自分の体が、玄関と向かい合うようにして造られた階段の、一番下の段に座るようにして置かれていたことをようやく理解する。



 そうだ。自分は誰か知らない人間に、ここに“置かれた”んだ。



 新は、頭蓋の内側で噛み合い始めた歯車の音を聞いた。



 どれくらい前のことなのかも分からない断片的な記憶が、次々と瞼の裏に現れては消えていく。



 ハレーションを起こす記憶の端、恐怖よりも深く植え付けられた最後の“声”に反応するように、新の右腕がぴくりと動いた。



 感覚を取り戻した右腕が最初に伝えたのは、固い、プラスチックのような感触だった。



 「……あ゛ぁっ」



 閉じきった声帯から発した掠れた声と共に、感触の正体を本能的に理解した右手が“それ”を投げ捨てる。



 玄関から入り込んだ、微かな赤と白の光に照らされた“それ”は、あまりに見慣れたナイフそのものだった。



 いや、そこに転がるのは、見慣れた綺麗なナイフではない。黒光りするその汚れが何なのかを、新の意識は既に理解していた。



 ――血だ。



 その生温かい存在を肯定した刹那、それまで暗闇に塞がれていた世界は途端に開け、新の五感に真実の姿を晒し始めた。



 手のひらが暗い色をしているのは、影に塗り込められているからじゃない。



 身体中をべったりと濡らしているのは、雨なんかじゃない。



 体の下にあるカーペットが黒く湿っているのも、雨のせいじゃない。



 そして、すぐそこに転がる小さな塊も、生きた男の子じゃない――。



 上がった声にならない悲鳴が、自身の鼓膜をびりびりと震わせる。



 新は、足許に散乱していたピストルを蹴り飛ばし、もつれる脚に躓きながら、仰向けに横たわる少年の真っ暗な瞳から逃げるように暗い階段を駆け上がった。



 なんだ? 何が起きてる? 誰が死んでる? 誰が殺した?



 早鐘を打つ鼓動と、不可解な間隔で続く呼吸を感じながら、這いつくばるようにして階段の最上段に手を掛ける。



 しかし、そこにあるはずの手触りは無く、右手はぐにゃりとした何かを掴んだだけだった。



 男性か女性かは分からない。ただ、動かない肉塊となった、髪の長い、喉を裂かれた死体のまだ柔らかな二の腕の感触は、新の思考を埋め尽くすには十分だった。



 異常をきたした消化器系がぶるりとうねり、沸き上がった吐瀉物が制服を汚す。つんとした臭いと味が口中に拡がり、それでもなお、何かを吐き出そうとする身体が、繰り返し我が身を身悶えさせる。



 駄目だ。動いちゃいけない。何も見ちゃいけない。



 ついに階段の中ほどでうずくまった新は、鳴り響くサイレンの中、目を閉じてひたすらに祈った。首にさげた、星形のネックレスを握り締めながら。



 ――こんなのは嘘だ。本当のはずがない。



 下の男の子は、現実では今も元気に生きていて、2階の髪の長い人も死んでなんかいない。その奥に見えた塊も死体なんかじゃないし、リビングのほうにあるベビーベッドも空っぽに違いない。



 冷静に考えて、そんなのは当然だ。現実でこんな場所に自分がいる訳が無い。



 ――全部嘘だ。悪い夢か何かの中にいるだけなんだ。



 器に入りきらず、溢れだした感情が、涙となって流れてゆく。



 それは開いた両の手のひらに落ちて、赤黒い水玉模様を作った。



 だから、この悪い夢が醒めるまで、嘘が暴かれるまで、ずっと此処にこうしていよう――。



 「――――!」



 新がさらにその体を小さく縮こめた、その数秒後、玄関の外で、何か大きな音が発した。



 人の声、と理解した次の瞬間には、強く開け放たれた玄関の扉から、大勢の人間と眩しい光が視界に入り込み、新は思わず両腕で顔を覆った。



 そうか、生きている人間だ。助けに来てくれたんだ。



 助けて、と口にしかけた新を遮るように、逆光で顔の見えない1人の男が無線機に呟く。



 「……容疑者を発見。凶器は所持していない模様」



 言っている意味が理解できなかった。容疑者? 凶器? なんだよそれ。



 「……了解。確保します」



 その男が叫んだ合図と共に、一斉に進み出た何人もの警官たちが、新の脚を掴み、腕を掴み、階段から抵抗するその身体を引き摺り降ろした。



 どうなってるんだよ。何なんだよこれ。違う。俺は違う。こんなの嘘だ。俺はただ助けて欲しくて……。



 階段の角という角に打ち据えられた骨と肉が、ごりごりと鈍い音を立てる。



 血で湿った床に組み伏せられてもなお、身体中のいたるところがひどく痛んだが、そんなことに構っている時ではなかった。



 体は抑えつけられたまま、鷲掴みにされた両手首に、見知った金属製の輪っかが掛けられる。次いで伸びた何本もの太い腕に掴み上げられた新の体は、上から厚い布のようなものを被せられると、様々な色のライトが明滅する住宅の外へと引き出されていった。



 おかしい。何かを間違えている。この大人たちは、大事なことを間違っている。



 「……違う」



 殺人鬼の口をついて出た言葉に、体を抑える警官たちの視線が、一身に集まる。



 「……違う!」



 先を行く、無線機を持った男も、ちらとこちらを振り返る。



 「違う……! 俺じゃない!」



 全身を声にして叫んだ。二度と声を出せなくなったとしても、今、死ぬほど叫ばなくちゃいけない。伝えなくちゃいけない。



 「待って! 違うんだ! 違う! 間違ってる! 俺は何も知らないって! 俺じゃないんだよ! 俺じゃなくて……」



 門の外に待ち受ける、罪人を乗せる車へと運ぶ警官たちの、ごつごつとした腕を振りほどくべくもがき、足掻き、叫ぶ。



 自分の意思とは無関係に着々と近付くその扉の奥には、圧倒的な恐怖が渦巻いていた。



 あそこに入ったらおしまいだ。全てが終わってしまう。



 そう告げた直感に弾かれるように一層の力を込めてもがき、頭を振り上げたその一瞬、押し寄せる人垣の向こうに見えたのは、確かに、あの男だった。



 ――眼。にやりと歪んだ、紅い眼。



 新の脳髄の中心で、何かが砕け、繋がった。



 「あいつだ……! あいつだ! あいつがやったんだ! 俺じゃない! あいつが!」



 狂ったように喚き散らす。



 あと数歩という所まで近付いた車の扉は、新たに得た獲物を喰らうべく、大口を開けて待っている。



 「見ろよ! あそこにいるだろ! 白い髪の男が! あいつだ! あいつがやったんだ!」



 もう誰も、自分を見てなどいなかった。



 門を過ぎ、どうすることもできない力に鷲掴みにされたまま、暗い車内に押し込まれる。



 ゆっくりと扉は閉ざされ、新には、何も見えなくなった。



 右手薬指のリングと、首にかかったネックレスだけが、血と胃液に汚れてもなお、淡い光を放っている。



 ――白い男は、嗤っていた。







 ※




 「――まったく、嫌になってしまうよ。先々代の議長も、よくもまあこんな都心から離れた山奥に本部を造ったものだ。お陰で出勤に時間ばかりかかって敵わん」


 「確か……『我が日本国の中枢たる東京、及び拠点として機能し得る都市が、いかなる災害や攻撃に見舞われようとも、理性的かつ明敏な判断を常に下す為』?」



 「……先々代の屁理屈だよ。もしそう考えたとしても、こんな中途半端に掘った辺境の地面の下でなくてもいい。この〈箱庭〉もここまで都心から隔離されては、むしろ動き難い。元々はこの組織も異端の集まりだったからね、人嫌いなんだよ」



 暗く長い地下通路を、2人の男が歩いていた。



 窓ひとつ無い、のっぺりとしたグレーのコンクリートに囲まれた通路がどこまでも続き、数メートルおきに配置された白い照明が、天井と床から広い空間をぼんやりと照らしている。



 通路の幅は10~20メートルほど。人間2人には広すぎるスペースだ。



 「今の皆さんも、異端と人嫌いには違いないでしょう」



 広い通路に並んだ2つの影の片方、左側を歩く背の高いくすんだ金髪の男が笑い声を上げた。



 「それに」



 金髪の男が笑顔で続ける。



 「ここまで来る為にかかる時間なら、僕のほうがずっと多い。“日輪[ニチリン]”の皆さんがあんな場所に僕たちの本部を造ったせいでね」



 「君らは生活する場所が勤務地なのだから、さして問題ないだろう。確かにあそこは些か気の毒だが、ああするほか無かったんだ。何せ、君らの存在は一般人には知られてはならない極秘事項なのだから」



 右側を歩く、恰幅の良い黒髪の男が返す言葉は、常時軽い口調で話す金髪の男とは対照的だった。



 前方へと向けた目は一寸たりとも動かさず、今度はその黒髪の男が続ける。



 「……そういえば今日はよくここまで来たな? いつもは来いと言っても通信で済ませたがるのに、どういう風の吹き回しだ」



 「そりゃあもちろん、新しい日本のリーダーの就任祝いに決まってるでしょう? 任命に伴って事実上脱退した檜山さん……いや、檜山総理大臣に代わる、日本政府最高管理組織“日輪”蜂川総二議長の就任祝いにね」



 金髪の男の言葉に、黒髪の男――蜂川総二は、はは、と笑い声を上げた。



 「なら私はお礼を言わなければならないな、ありがとう。そうすると私は、死刑執行人派遣協会、妹尾勤堂[セノオゴンドウ]会長の就任祝いには行かなかったことになる訳だ。すまなかった」



 くすんだ金髪の男、妹尾勤堂が、いえいえ、とへりくだるような相槌を打つ。



 「お構いなく。今日僕のために、この長い通路を歩いて下さるだけで十分だ。それに僕の場合、会長に就任したことはあまりめでたくない。檜山さんと白[マシロ]に押し付けられたような物なので」



 「はは、そうか。しかしそれもすまなかったな。君にこんなに長い散歩をさせてしまった。これほどまでに広大な空間を〈箱庭〉とは、よく言ったものだよ」



 ようやく近付きつつある目的地を前方に見ながら、総二が笑う。



 「“日輪”のメンバーであれば、パスその他諸々を使って議会室の真上から入れるのだがね。そこは部外者に見せてはならないし、ここの立地上、車も使えないから、こうするしかない。私だって歩きたくは無いんだ、許してくれ」



 「さすが、人嫌いの設計した秘密基地だ。他人を入れることを考えてない。……やっと着きましたか」



 通路の終わりで歩みを止めた2人の前には、突き当たった壁と比べるとあまりに小さく見える、観音開きの扉があった。



 周囲のコンクリートと同系色の扉は、突き当たりの壁よりも少し奥まった所に嵌まっており、門兵のごとき黒服の男が2人、その両脇に立っている。



 総二は彼らに軽く右手を挙げると、背後の勤堂に向き直って口を開いた。



 「君がここにこうして来るのは初めてだったな。我が日本改新党が野党時代から続くグループ……この“日輪”のメンバーのほとんどが、2年前の政権交代以後、内閣の各国務大臣にスライドした。もちろん野党内にもメンバーはいるが、メンバーの大半が与党議員だ」



 そう語る総二の背後で、2人の黒服の男が扉に手をかける。



 「……蔓延した、役立たずの議員連中に代わってこの国を動かしているのは、ここにいるエリートたちなのだよ」



 言葉と同時に、扉が左右にゆっくりと開け放たれ、総二と勤堂の前にその先へと続く空間が露になった。



 「さあ、来たまえ。既に今日集まれるだけの人数は集まっている」



 勤堂に背を向けた総二が再び歩を進め、勤堂がその後に続く。



 扉とその先の空間を繋ぐ、細く短い通路を抜けると、2人の足は突如として開けたスペース、“議会室”の硬い床を踏んだ。



 余分な程に広くとられた空間に、高い天井。



 ほぼ全面がコンクリートのグレー一色ということと、窓が無いことを除けば、空調も完備されたその部屋は何ら地上の屋内と変わらない。



 特徴的なのは部屋の造りではなく、そこに置かれた物体やそこで待っていた人間たちであった。



 広いスペースの大半を占めるのは、中央に置かれた巨大なドーナツ状の黒いテーブルで、その周りには12人分の黒い革の椅子が並べられている。



 ちょうど時計の文字盤のように並んだ椅子は、今は2つを残して全てが埋まっており、その1つ1つにもれなく議員たちのスーツを着込んだ姿があった。



 「知らなかった訳ではなくともやはり壮観だ、こうも名の知れた議員が与野党関係なく大集合というのは。まるでテレビの中にでも入ったような気分になる」



 議会室に足を踏み入れた瞬間から続く視線など気にも留めない様子で、勤堂が口を開く。



 「この国は問題を溜め込み過ぎた。山積したそれらを解決することと、勢力争いに明け暮れること、国の脳味噌としてどちらが先決かを考えたまでだよ」



 座った議員各々の手元には、テーブルの裏から電話線を引いた白い電話機と、厚く重なった資料・書類の数々があった。



 「では今日の本題に入るとしよう。あの空いた席に座ってくれ」



 議会室の入り口から見て最も左に見える席――総二の議長席と正面から向かい合うように空けられた席に、勤堂が促される。



 勤堂が席につくと、それまでは聞こえていた会話も無くなり、議会室は途端に静まり返った。



 「……初めて顔を合わせる者もいるだろうから、改めて紹介しておこう。死刑執行人派遣協会EDA、妹尾勤堂会長だ」



 議長席に深く腰を下ろした総二の一声に、ぱらぱらとまばらな拍手が起こる。



 背後の壁に掲げられた日章旗を背にした総二の姿は、端から見ると首相や天皇一族であるかのようだった。



 「今回は、私の議長就任を祝うためにおいで下さったそうだ。……そういえば、今日はあれを持っていないようだが?」



 「『あれ』……? ああ、マスクの事か。あれは、僕にとっては銃やナイフと同義の存在だ。普段は持ち歩いたりしない」



 「そうか、少し残念だな。よく考えてみれば、つけている所はまだ見たことが無い」



 「――待て」



 突然に、それまで押し黙っていた1人の議員が声を上げた。歳は4、50代、禿頭の男だ。



 「……何故我々が、この男に平伏するような真似をしなくてはならない? この男と、そのふざけた得体の知れない組織が持ってくるのは、面倒事に厄介事……そんなものばかりじゃないか。我々はいつもその尻拭いをさせられているんだぞ?」



 沈黙が走る。しかし同様の思いを抱く者が多数派であるのか、次いで声を上げる議員は現れなかった。



 「……だそうだ。我々の中には、君らを『檜山元議長が連れてきたウイルス』と考える者も多い。君は……どう思うね」



 なおも笑顔で座り続ける勤堂に、総二が問う。



 「……確かにそうだ。僕らを例えるなら『檜山元会長の連れてきたウイルス』これがぴったりだろう。だけど、抗体を得るにはウイルスを取り込むことも必要、そういうことさ」



 その笑顔は一貫して崩さず、勤堂は淡々と語ってゆく。



 「皆さんの考える通り、きっかけは偶然……というか、僕らにとっての檜山元会長が、こっちの組織との間にも関係を持っていたに過ぎなかった。実際、檜山さんはEDAの基礎が完成した時点で、こっちの活動の為に脱退していたしね。今となっては僕らと顔を会わせることすら避けようとするだろう」



 「ならばどうしてその『檜山さん』の脱退後も、その尻を追うような真似をした? どこかでカルト教団でも興せば――」



 禿頭の男の言葉を、勤堂が静かに遮る。



 「それは勿論、始めからそういう目的の組織だったからに過ぎない。僕らだって人間だ、信仰や理念だけでは腹も膨れないことくらい知っている。政府という安定した大樹に絡み付くチャンスがあるのなら、精一杯つたを伸ばしもするさ」



 「……だが貴様らの存在が、我々にどれほどの利益をもたらす? 貴様らが生むのは悪影響ばかりで、我々の権限をもってすればいとも容易い事――」



 「本当にそう思うかい?」



 またも言葉を遮った勤堂が、さらに口角を上げて気味の悪い笑顔を見せる。



 「もしそうだとしたら、あなたは自分に出来る物事と出来ない物事の判別もできない只の馬鹿ということになる」



 勤堂を睨み付け、眉根に深い皺を寄せる禿頭の男の横で、若い議員がくすりと笑った。



 「いわゆる『汚れ仕事』……どんなにご立派な平和主義を掲げた所で、そういう物は自ずと必要になってくる。殺人、捏造、脅迫、偽装……その種類は様々だ。皆さんに、通常の業務と平行してそれらをやれるでしょうか? もしくは誰かに依頼するとして、その人物に全幅の信頼をおけるでしょうか? その相手に裏切られてしまえば、消すべき人間が1人増えてしまうし、下手をすれば皆さんが先に死ぬ。その点で僕らは安全なんだ。完全な共同体で共生関係にあるから、確実で、かつ心変わりが無い。馬鹿にも分かるように例えれば、僕らはもはやスムーズな国家運営実現のための、ひとつの省庁といった所かな」



 まるでロボットが喋っているかのように、淡々と、感情の起伏に欠ける文章が勤堂の口から流れ出る。



 ついに一切の音声を発しなくなった禿頭の男に向けて、さらに言葉の濁流は続いた。


 「無論、この場面における『汚れ仕事』の遂行は、僕らにとって見返りを受ける為の必要悪に過ぎないから、余計な心配は無用さ。こなした業務に対して相応の見返りを受けられている人間が、仕事を辞める訳が無いだろう?」



 続く反論は上がらなかった。



 少しの間をおいて、勤堂の言葉を終始黙して聞いていた総二が口を開く。



 「……つまり、我々にとっても妹尾君たちにとっても、互いを尊重する利点があるということだ。ここにいる諸君は分かったことだろう。そこで私は今日、敢えてEDAの“本来の活動”についての現状をこの機会に訊きたいと思う。我々が必要として依頼する『汚れ仕事』についてではなくてね」



 「ああ、それならつつがなく活動させていただいているよ。勿論、先ほど話した“見返り”としての、超法規的な活動の黙認あっての話だけどね。……今日も日本のどこかで、罪人が相応の罰を受けている筈だ」



 「そうか……それなら良いのだが」



 総二は椅子に座り直すと、一層険しい顔で言葉を続けた。



 「実は、“善くない噂”を聞いてね。君らが罪人たちの元に送り込んでいる『執行人』についてだ」



 勤堂の眉がぴくりと動く。



 「ここ最近……とはいっても、死刑が確定するまでの期間があるからここ数年の話か。君らの手による殺人事件の偽装があると聞いた。それも前途ある10代の若者ばかりと言うじゃないか。いくら必要性があっても気持ちの良い物ではないと思うのだが、それについては、君はどう捉えているのかね? まさか『その噂すら知りませんでした』ということはあるまい」



 わずかな沈黙を挟んで、勤堂は再びにやりと口角を引き上げた。



 「……ええ、確かに最近はそういう事件の話をよく耳にする。記憶に新しいものだと、灰島新君……かな? 彼の死刑が先月確定したばかりだ。しかしながら、それらが証拠もないまま僕らの偽装と疑われているとしたら少々心外だ。いくら、まだ社会的地位が確立されていない学生が被害の中心だったとしてもね」



 「そうすると、あくまで君らは偽装などしていないと捉えていい、ということかね?」



 総二をまっすぐに見据えたまま、勤堂がはい、と頷く。



 「……正確に言えば、“僕は”していない、かな。そんなことをして、罪を犯してもいない人間に罰を与えるなんて、僕、もといEDAの理念に反する。けれど構成員も増え、元から極端な人間の多い僕らの組織は、末端まではしっかりと統率されていないのが現状だ。誰かが独自に偽装をしている、ということも有り得ない話じゃあない」



 「全く無責任な話だな。さっきも出た話だが、その行為で生まれた“歪み”を修正するのは我々なんだ。そこの所は肝に命じておいて欲しいものだがね。……そもそも何故偽装などしなければならないのか、それも今一つ理解できんし、元を辿れば檜山総理の厳罰化案だって、実は君らに死刑囚を提供する為の策略なのではとさえ思えてくる」



 上がった勤堂の笑い声が、広い議会室に響いた。



 「檜山さんに限ってそういうことは有り得ない。厳罰化案はまさしく、檜山さんが大昔から抱いていた信念に基づくものだよ。そして、もし僕らが偽装に至るとしたら、その理由は……まあ色々あるだろうけど、一つは単純にバランスの問題だろうね」



 勤堂が、座る議員たちを舐めるように見回す。



 「日輪の皆さんなら簡単に解る筈だ。拘置所に沢山余っている死刑囚への死刑執行が突然増えたら……もしくは自殺や事故死が立て続けに発生したら、国民からどんな声が上がるかを。死刑反対や拘置所の管理を問う声が支持され始めた時、胃を痛めるのは皆さんでしょう? ただでさえ、稀に死刑を執行する時にも、囮の話題作りだったりゴシップネタの拡大に躍起になっているというのに」



 「……そのお陰で、毎年行われている執行のことすら知らない国民もいるがな」



 長く沈黙していた禿頭の男が小さく呟いた。



 「また、最近の凶悪事件に感化されて、ただでさえ厳罰化寄りだった国民感情は大きく傾いている。たとえその事件が、罪の無い人間を殺す虚偽だったとしても、ね。厳罰化推進派の議員さんたちは、嘘に助けられている可能性も無くは無いってことさ」



 「つまり、即席の緩衝材を得る為ということか。……君の言うことも解らないではない。だからといって、偽装を正当化できる理由にはなり得んがね」



 椅子にゆっくりと体を沈めながら、総二が嘆息をつく。



 「今後も疑わしい事件が続くようなら、我々も何か考えなくてはならない。……君だってもう三十路も過ぎただろうから解る筈だ。現代日本にとって若者は宝、我々とは違う。それに、お互い敵に回すことなど避けたいだろう?」



 「そうだね、今まで散々若い議員を蹴落としてきた男の提案とは思えないけど、賛成するよ。皆さんを敵に回すことはつまり、日本を敵に回すことだ。でも、事態は常に最悪の場合を想定して考えるもの……。今日はとても良い議論ができたけど、さらに実りあるものにする為に、今度は僕から話題を提供させてもらうよ」



 言い切った勤堂がおもむろに席を立つ。議員たちの怪訝な表情と視線を一身に受けながら、唇の両端を吊り上げたその男は再び口を開いた。



 「杞憂ということもあるかもしれないけど、そちらがいつでも簡単に僕らを潰せるというのは、少し不公平だ。フェアじゃない」



 並んだ顔という顔全ての眉間に刻まれた皺が、みな一様に深くなってゆく。



 「ええと……扉は入り口ともうひとつしかないから、あの扉の向こうにあるのかな?」



 議会室を形作るコンクリートの壁をぐるりと見回した勤堂は、入り口とは正反対の壁面に嵌まった小さな扉を指差した。



 「……珍しく出向に同意したと思えば、やはり――」



 「もちろん今日僕が来たのはこの為だ。今度こそ、《エクリプスの鍵》は預からせてもらうよ」



 総二を遮って言葉を放った男の唇が、またも不快な弧を描いた。





 ※




 ある肌寒い朝、死刑の執行が告げられた。


 特殊な制服に身を包んだ男たちが、逃げ惑う灰島新の体を独房から引き摺り出し、刑場へと連行して行く。荷物を畳む時間すら、与えられることはなかった。



 なんで。俺じゃないのに。誰か助けて。



 なされるがままに、自分の命を奪う小さな家屋に辿り着く。



 最初の部屋では、祭壇を前に宗教的な儀式が行われ、次の部屋では、何人もの大人たちに囲まれた中で刑の執行が宣言された。最期を見届けて欲しい人物など、その内に1人も居はしない。



 最後の飲食? 喉を通るとでも思っているのか?



 遺書? やっと中身を考えるようになったばかりだ。



 視界の端に見えるのは青いカーテン。風も無いのにゆらゆら揺れている。



 この布一枚隔てた先で、俺は死ぬ?



 どこで、何を、どう間違ったんだろう?



 目隠しをされ、両腕が拘束され、両脚も縛られた。



 初めて出会ったかもしれない“絶対に変えられない結末”。最後まで抵抗していた本能すら、諦めることにしたみたいだ。



 ここでどうにかして自殺したほうが、苦しくないってことはないか? どんな死に方でも、縄よりは幾らかましな気がする。



 首に何かの感触があった。



 でも、できるものならとうの昔にやっている。だって、自殺なんかしたら、生き残る可能性は無くなってしまうじゃないか。



 ほら、もしかしたら今この瞬間にも冤罪が証明されて、織田弁護人が飛び込んで来てくれるかもしれないし。



 あれ、どのみちそんな可能性はゼロなんだっけ?



 かけられた縄が、首の太さに合わせて調節される。前後左右、首の皮膚は全て縄にぴたりと触れた。



 気が付くと鼓動がなんだか早い。息も苦しい感じがする。



 ああ、もうすぐ死ぬんだ、俺。



 ようやく顔を覗かせた実感は頭蓋の内で瞬く間に肥大して、眼球を裏側から圧迫し始めていた。



 どこからかわき起こった膨大な量の思考が、身体中の穴という穴から溢れ出してくる。



 ――どうなるのかな。真っ暗? 苦しい? 天国?



 今何人の大人が見ているんだろう。どう思って見ているんだろう。



 喜び? 怒り? 悲しみ? 恨み? 同情?



 できれば同情とかだったら嬉しいんだけど。



 自分が死んだらその後はどうなるのだろう?



 家族は引き取ってくれるのかな。無縁仏っていうのは切ないな。



 俺のことよく知ってる人たちくらいは悲しんでくれる?



 ほとんどの日本人が俺が死んだら喜ぶよな。だって無差別殺人鬼だもんな。近所の人たちなんかは喜びそうだ。



 親戚関係はどうだろう? 学校の先輩や後輩は? 先生たちは?



 全国模試の話くらいでしか俺を知らないなら喜ぶかな。そしたらその人たちの中で俺のイメージって凄いかも。



 めちゃくちゃガリ勉で人殺し、とかさ。



 色々報道されるんだろうなあ。決まって学校の友人とか近所の住民とか出てきたりして。



 「あんなことするようには見えなかった」とかって。



 でも逆もあるかな。



 「普段から挨拶しなかった」



 「ちょっと短気な所があった」



 「虫を虐待していた」



 「ゲーム好き」



 「ガリ勉」



 「ワンマンプレーが多かった」



 「パソコンをよくやってた」



 「ラーメン好き」



 「友達少なかった」みたいな。



 そういう部分がひとつも無い人なんかいないだろうに。



 それがあたかも危険性の兆候みたいに報道されるんだ。



 残りの知り合いなら悲しんでくれそうかな?



 せめて家族くらいは、表ではどう言ってもいいから悲しんで欲しいな。



 でもやっぱり親父も母さんも美希も、色々酷い目に遭ってるんだろう。



 ごめんなさい。



 柚と康弥も悲しんでくれるよな? 頼む、そうじゃないと成仏できそうに無い。



 でも肉親ほどではないにしろ、すぐ元通りの生活という訳にはいかないか。



 ごめんなさい。



 ああ、そういえば康弥と小さい頃行った恐竜展、楽しかったなあ。



 キャンプも。公園も。遊園地も。動物園も。水族館も。



 みんな覚えている。



 まだあの頃は兄貴もいたっけ――。



 自問自答の果てに、“まだ生きている自分”、“これから死にゆく自分”を確かめるかのごとく、新の脳髄はばらばらに散らばっていた記憶をかき集め始めた。



 幼少期。幼稚園。小学校。中学校。高校。



 帯のように連なった幾多のビジョンが、次々と瞼の裏を駆け抜けて行く。



 死刑。死刑。死刑。死刑。



 辿り着いた記憶の終わりで生まれ出でた一つの存在が、それまで繋がっていた記憶の帯を絶って霧散させて行く。



 母さん。親父。美希。兄貴。柚。康弥。



 どれくらいの時間が経っただろう。



 その存在の実行を目の前にして、最後に新の意識がすがるべく選びとったのは、愛する人々の姿だった。



 今気付いた。俺は確かに、「愛して」いたんだ。



 愛する人々の姿を裂いて、その像の裂け目から紅い眼が覗く。



 鼓動がおかしい。何も聞こえない。呼吸ができない。



 死にたくない。死にたく――。



 突如として足の下にあった床が抜け落ち、一瞬、新の身体は空中を漂った。



 落ちた、という実感も薄いまま、次の一瞬にはぴんと張った縄のかかった頸部に、全体重と落下のエネルギーが集約する。



 瞬間的に強烈な衝撃を受けた新の頸椎は、あえなくその形状を崩壊させた。



 真っ暗で何も映らない瞼の裏で閃光が迸り、全身の筋肉が弾かれたように一斉に伸張する。



 新は最期に、自分の頸椎が分離してゆく音と、汚く響いた呻き声を聞いた。



 いや、それが声や音と呼べる物だったのかも分からない。その時自分がどんなことを思ったのかも、脳は伝えてくれない。



 だって、俺は今、死んだのだから。





 ――衝動的に、死の瞬間を疑似体験した体が空気を大きく吸い込む。



 突如として流れ込んだ冷たいそれにむせ返った新は、自らの咳き込む音で目を覚ました。



 また、同じ夢だ。



 首筋に滲んだ汗を拭いながら、固い布団に横たわった体を起こしてみる。



 繰り返し見る夢――死刑執行の瞬間を模したイメージが、今は兄の消えた日の記憶に代わって新を苛めていた。



 いや、夢なんかじゃなくて現実か。いつかはこの身に必ず起きることなんだから。



 寝具に座るようにして、狭く薄暗い自分の独房をぼんやりと眺める。午前7時の起床まではまだ何時間かありそうだ。



 第二種独房と呼ばれるらしい3畳ほどの居室には、寝具、机、流し台、便器など必要最低限の物のみが窮屈に配置され、くたびれた雑巾のようになった新を取り囲んでいる。



 また、独房の窓と鉄格子の間は、穴の空いた金属の遮蔽板で閉ざされているため外の景色は殆ど見えず、閉塞感を増す一つの要因になっていた。



 まるで、ヘドロの溜まりきった小川のような――表の社会の老廃物が流れ着いた掃き溜めのような場所に思える。



 澱んだ、粘性を持つ空気の中、新は自身を24時間見下ろす監視カメラに目を向けた。



 自殺や自傷、逃走防止用のカメラは、もちろん夜間も継続して監視を続けている。そのために、明かりを暗くする減灯処置のみがなされ、就寝時刻の午後9時を過ぎても完全な消灯は行われない。



 今の自分には、真っ暗な場所で眠ることも、冷暖房装置の恩恵にあずかることも、安心して用を足すことさえ、許されてはいないのだ。



 新は、再び寝具に体を預けた。



 このどうしようもない現実から逃れるには、眠ってしまうのが一番だと知った。眠っていてもあの夢は付き纏うのだが。



 目を閉じる。約1ヶ月間、この虫籠の中で過ごした時間の記憶が、自分を殺すべく襲い、また生かしているのが解る。



 自分個人に限った記憶の内には、一つの幸福もありはしなかった。



 運動と入浴は週に3回限りで、どちらも僅かな時間しか与えられない。入浴に至っては着替えも含めて15分ほど。運動も、支給されるのはたった1本の縄跳びのみだった。



 もちろん食事も、美味しい物が支給される筈もなく――というより、美味しくなど感じられる筈もなく、生野菜が無い為、申請して購入するか差し入れに頼るかして、ビタミン不足を防がなければならない。弁当も購入できるらしいが、とてもそんな気分にはなれなかった。



 法を破り、人の尊い命を奪った殺人鬼への当然の報い、命があるだけでもありがたく思え、ということなのだろう。



 けれど、どうせ近々死ぬ運命なら、生かしておかずにさっさと殺してくれたほうがよほどありがたい気がする。



 本当の犯人じゃない自分には、“真実を語る義務”というものが始めから無いのだから。



 そんな中で、唯一この命を繋ぎとめているのは、自分個人以外の存在だった。



 家族に康弥、そして柚。1日1通の信書、1日1回の面会があるから、今もまだ生きることを辞めずにいられる。



 どちらの手段にしろ第三者に内容を検査されるが、そんなことはどうでもいい。面会も十数分で打ち切られてばかりだけど、そんなことはどうでもいい。



 こんな状況になってもなお、自分を信じ、愛してくれる人たちがいる。



 その実感だけで、希望など微塵もない現実も、こうして生きて行けるんだ。



 「――明日は、柚と康弥が来てくれる」



 他人と繋がっているから生きられるし、生きなきゃいけない。



 自分の生きた意味は他人にしか分からない。



 今ならほんの少しだけ、その言葉の意味が解る気がした。



 


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