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人魚の埋葬

 ともだちがしんだの、と人魚は言った。

「なんとかならない?」 

 水面に引き上げられた人魚の唇に触れる。頬を緩慢にさすって、首筋を確かめる。勿論、脈はない。

 残念だけれど、と答えると、そう、と彼女は仲間の亡骸を水中に戻した。水面は静かなままだった。この湖は、いつもひどく静かだ。潮がないから、と昔彼女は言っていた。

「埋葬をしましょう」

 手伝って、と彼女はねだった。それで漸く『なんとかする』が蘇生ではなかったことに気付く。


 そもそも、人魚は埋葬というものをしないらしい。

「全くうつくしくなくなるまではあっという間で、それからなんにもなくなるまではとても長い時間がかかるの」

「魚たちが食べてしまうのかな」

「水のいきものは人魚なんて食べないわ」

 とても小さなものを除いて、と彼女は付け加えた。微生物たちは人魚も問題なく分解するらしい。

「人間は」彼女はこちらを見つめたまま、言う。「埋葬をするんでしょう。わたし知ってるわ。人間は死体に色んなことをするって」

「そうだね」と、私は苦笑しながら答える。「埋葬といえば土に埋めるものだけれど、他にも火で燃やしたり、鳥に食べさせたり、川に流したり……」

「川に流すの?」彼女は目を見開く。「小さな魚たちだったらずっと食べていけるわ。それとも、魚たちって人間も食べないのかしら」

「ここら辺では」私は少し慌てた。「ずっと火葬しかしていないよ。他の方法は、誰も詳しく知らないんだ」

 そう、と呟いた時、彼女は少し残念そうだった。そういえば『水が汚れる』等それらしいことを全く言わなかったな、と思う。

「土に埋めてあげたいわ」彼女は緩やかに、腕の亡骸を揺らした。「花を供えたいの、いいでしょう?」水面が長く揺れる。

 分かった、と私は頷いて、立ち上がる。道具を持ってくるよ、と声をかけると、

「道具?」 

 と、彼女は首を傾げた。そんな訳の分からないことをどうして言うの、と言わんばかりに目を丸くして。 

「どうして道具が必要なの?」

 彼女は水際までやってきて、私の方へと腕を伸ばす。手招きというには緩慢な手の動きで、私に座れと命じる。反抗する理由もないのでしゃがむと、彼女の手が私の手を取った。

「手があるのに」

 彼女の手はひやりと冷たい。それは水の温度に違いなく、では人魚の体温自体はそう低くないのだろう。その熱を感じ取るのは難しかったが。

 彼女はそれからも私の手を無遠慮に触る。ほら、思い出して、と言わんばかりに。思い出して、あなたには手はあるのよ、と。人魚の手には水かきがあって、指を絡めると少し引っ掛かる。指が細いのは単に彼女が細身なだけだろう。

 勿論私は手の存在を忘れていないので、彼女に説明しなければならなかった。死体を埋める為に土を掘ることが、手ではとても困難であることを。道具というものが如何に便利なのかを。

 人魚は大して興味もなさそうだったが、一応納得はしたようだった。

「死体を埋めるのにちょうどいい道具があるのね」

 私は頷くことにした。


 彼女の『ともだち』を埋め、手を合わせた後、私は水際まで歩み寄る。

「ありがとう」

 と、彼女は私を労った。それで報われる労力ではなかったが、仮にも埋葬をしてそのようなことを言うのは憚られるので、私はただ「今度、花を供えるよ」と言った。

「白以外の花も供えてね」

 それから暫く、彼女は私に花の注文をつけた。

「またお願いするわ」

 だから今は忘れても大丈夫、と彼女は言った。ありがとう、と私は気遣われたことにした。

 ところで、ずっと気になっていたことを漸く尋ねる。

「人魚が不死身というのは、嘘かな」

 彼女は少し思い返し、考えてから答える。

「少なくとも、全ての人魚が不死身、なら嘘だわ」

「じゃあ、きみもいつかは死ぬのかな」

「たぶんね」

 死んだことはないけれど、と彼女は付け加えた。私は手を湖に浸す。

「人魚の肉を食べた人間は不老不死になる、って伝説があるんだ」

「知ってるわ」 

 彼女はひょいと自分の腕を掲げる。ほっそりした二の腕を見せびらかすようだった。

「食べてみる?」

 遠慮するよ、と私は答えた。彼女は朗らかに笑った。きれいな白い歯を見せて。

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