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夏の蝉

 湖の周辺は木々に恵まれており、幾つもの蝉の鳴き声がする。どの鳴き声がどの蝉のものなのかはよく分からない。子供の頃は何種類も覚えていたけれど。

 あついねぇ、と人魚が幼い声で言った。そうだね、と返す。湖のほとりは日光にも恵まれていて、特に涼しくはない。

「人魚にも汗腺はあるのかな」

 そう尋ねると、ええ、きっと、と彼女は答えた。

「なんで人魚も汗をかくのか、じゃなくて、汗腺があるのかきいたの?」

 非難めいた声音だった。なんとなく、と答えて、そう、と返ってきた声は既に凪いでいた。そもそも、別に不快だった訳でもないのだろう。

 蝉が鳴いている。穏やかな騒音だ。もう少し木が鬱蒼としている辺りに近付けば、恐ろしいくらいの音に襲われるのだろう。会話をするのに声を張り上げる必要がない程度の音が、殆ど途切れることがなく続いている。

「もう少し暑くなると、蝉も鳴かなくなるらしいね」

「どうして?」

「暑くて死んでしまうんじゃないかな」

 私は適当に答えた。ふぅん、と彼女は真偽を気にしていない様子だった。

「そんな暑さだったら、蝉が死ぬより先に、人間が死ぬでしょうね」

 そうかな、と人間らしく疑問を呈した後、そうかも、と私は頷いた。彼女の目は確信している様子だったので。

 人魚はどうなのか尋ねる代わりに、他のことを訊いた。

「水の中は涼しいかい」

「いいえ、そんなに」

 少しの間、私達は無言で湖の水を手のひらで弄んだ。ぱちゃぱちゃと児戯めいた音がする。

 お互いに暑くてかなわないので、人魚はしずしずと――水の音はなかった――水中へと戻った。私は注意深く日陰に潜り込みながら自宅へ帰る。

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