怪盗団ヒグルマ
「きゃあーーーっ!」
一気に船内に響き渡る甲高い女性の叫び声と、何か皿のようなものが割れる声。
一斉に振り返った先には、女性を人質にし笑いを浮かべる男たち。
「………勇者」
「分かってるよ」
男たちはぱっと見たところ、二十人くらいだろうか。全員シャツまで真っ黒のスーツにサングラスやマスクで顔を隠している。
女性の首元に一人がナイフを当て、残りのメンバーもバットやナイフなどそれぞれの武器を手にし、よく警戒している様子だ。
「オレらは“怪盗団ヒグルマ”!この女が無様に死ぬところを見たくなきゃ、さっさと金目のモン出しな!」
貴族を狙って金品を奪う……という計画自体は確かに悪くないけど。
「(詰めが甘い)」
騒ぎを大きくしたのは失策だろう。
この船には貴族の護衛や冒険者が大勢乗っているのだから。グレースは周囲に流れる殺気を感じて、小さくため息を吐く。
視界の端に映るのは、動き出したブライアン。
「おら、さっさと金____ぐふッ……!?」
姿がぶれ、気配が消える。
次の瞬間、スーツ姿の男が床に叩きつけられていた。
「(腰にある剣、使わないんだ……)」
ゴンッ、ドガッ、と鈍い音が立て続けに鳴る。
拳と膝が正確無比に怪盗団たちの急所を打ち抜いていく。
まるで鉄塊が跳ねるような動きだ。受けた側が心配になる。絶対受けたくないよ、怖いよ。
グレースはブーツの音をわざと響かせ、ゆっくりと歩く。
男たちは完全にブライアンに気を取られており、見向きもしなかった。何も持っていないように見えるせいもあるのだろう。
その隙を逃すほど、グレースは甘くない。
「____ダメじゃないか、女の子に乱暴しちゃあ」
女性の首元にナイフを当てていた男の背後に立ち、そっと囁く。
驚いた男が振り返るより早く、グレースはナイフを取り上げ、足を引っかけて転倒させた。
「い……っ!」
「やだなあ。人間相手は苦手なんだけど」
そっと呟くのは眠りの詠唱。
男は小さく呻き、そのまま静かに崩れ落ちた。
「大丈夫かい、お嬢さん」
震える女性にそう言い、そっと手の甲に口づける。
先ほどまでの恐怖で声が出ないのだろう。かすれた声で「ありがとうございます」と返された。
それと同時に、ドンッと鈍い音が響く。
どうやら最後の一人が倒れたようだ。
「終わった?」
グレースが音のした方へと視線を向けると、ブライアンが何事もなかったかのように手をハンカチで拭いているのが見えた。
「ふーん。やっぱりその剣は飾りなんだ」
「……人間には使わないんだよ」