港町サルビアにて
「はーっ、おなかいっぱい……」
伸びをするグレースの頭上で、カモメの声が響く。波止場のほうからは、出航準備中の船の汽笛が鳴っている。
右手には焼きホタテ串、左手には海鮮コロッケ。
グレースは早速港町を漫喫していた。
魚介の香ばしい匂いが潮風に乗ってあちらこちらから漂ってくる。
「さすが港町……最っ高だなあ……」
海鮮コロッケをかじると、衣がさくりと音を立てた。中からは熱々の具がとろり。魚介の旨みがじゅわっと口の中に広がる。
あー、疲れた身体に染み渡るー!ありがとう国王!勇者のための資金いっぱいくれて!
寝床や船の件もばっちり!宿のチェックインと船の予約は完了済み。ボク、有能すぎるな。ちなみに船は客船ヒマワリという大きな船に乗れるらしい。やったね。
そんなことを考えながら優雅に食べ歩きを漫喫していると、やけに目立つ大きな背中が目に入った。
長身でガタイも良い身体と、黒い軽鎧。戦士だろうか。
それだけを見ると普通の旅人なのだが、彼が特別目を引くのには、ある理由があった。
「(………めちゃくちゃ食うな………)」
彼のテーブルには、山盛りの海鮮おにぎり。
次々とおにぎりを運んでくる店員さんや通り過ぎる人たちもそう思っているようで、彼の周りは少しざわめいていた。
しかし肝心の彼は真顔でおにぎりを食べるばかりで、特に気にしていない様子。
「(……気になる!)」
グレースはそう思ったら止められないタチなのだ。海鮮コロッケを口に詰め込んでから、彼の背中側から近づいた。
「やあ。いい食べっぷりだね!」
彼の肩に手を置き、そう声を掛ける。
すると彼はこちらに振り向き____
………
振り向いた、のだが。
「(え…… ええ……?)」
もぐもぐ、と言わんばかりに真顔で咀嚼を進めるだけで、何か言葉を発そうとはしなかった。
………
気まずすぎる。
真顔で食べている戦士と、両手に食べ物を抱えた勇者が見つめあっている。
こんな状況、前代未聞が過ぎない?
そんな沈黙を破ったのは、咀嚼を終えた彼の方。
「……そんなことはない。お前だってよく食べてるじゃないか。」
「あ、え〜、そっかなあ〜?」
そうして彼は、もう一つおにぎりを手に取り、再度咀嚼を始めた。
………
「(え、えーっ!?気まずすぎる!)」
グレースの頭には、これまでの人生の中で一番の衝撃が生まれていた。
「(…こんなに会話が進まないとは思わなかったぞ……?)」
ボクから話しかけたから、「あっ、じゃあこれで……」ってするのもなんか…ちょっと……アレだし。謎のプライドが許さない。何か話題を探そう。
グレースはそっと、真顔でおにぎりを食べ進めている彼の顔に視線を戻す。
彼の瞳の色は、ひどく澄んだ橙。
なにより気になるのは、彼の右目の近くにある、大きな傷。その傷のせいで、右目は開けづらいみたいだ。左目と比べると、少し閉じ気味のように感じる。
「……ねえ、君のその目____
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「お前はもう少し警戒した方が良いな。」
「え?」
彼の視線の先は、ボクのズボンのポケット。
何だろう?この中には財布しかないのに。
「……ん? 財布………財布………?」
まさか。
まさか…そ、そんなバカな……!?
「さ、財布がなーいっ!?」