プロローグ
雲雀が鳴く。
正に“晴天”。雲ひとつない青空に国旗がはためき、吹奏楽団が国歌を奏でていた。
初春の心地良い風に靡かれながら、この日のために集まった民衆達は今か今かと、一人の人物の登場を心待ちにしていた。
「行って参ります!」
その声が聞こえた瞬間、周りはざわついていく。
ミモザのように晴れやかな金髪。片方が金色、もう片方が空色の瞳。自信に溢れた足取り。
誰もが彼女に目を奪われたであろう。
そう断言できるほど、彼女は人を魅了する才があるのである。
「勇者様ーー!」
「頑張れよ!」
「必ず魔王を倒して!」
「勇者様万歳!!」
「あなたなら、世界を平和にできるわー!」
「応援しておりますー!!」
国民達から贈られた言葉の数々を味わい、柔らかい笑みで、彼女は歩みを進めていく。
“勇者”
国の命運、国民全員の期待と信頼――そのすべてを名誉という飾りで包み込んで、たった一人の少女に託した。
国民達の言葉の中にも、否定的な言葉はあったであろう。しかし、彼女はそれを肯定も否定もせず、全てを受け入れて微笑む。
その姿はやはり、“勇者”と称する他ないのかもしれない。
「国一同、貴殿の帰りを待っている。必ず魔王を討ち倒し、世界を平和にしてくれ!」
「はい!」
王の手を取り、手の甲にキスを落とした。
周りはお祭り騒ぎといった様子で、紙吹雪を撒くだとか、この機会に乗じて飲食店を出したりなどして、場を賑わせている。
無理ないだろう、それほど国全体が“魔王”に苦しめられており、“勇者”の存在を心待ちにしていたのだから。
____「グレース!」
その一つの声を聞いた瞬間、彼女の顔に少しの幼さが戻った。視線の先にあるのは、修道服に身を包んだ紳士と淑女_____
「神父様にシャロさん!来てくれたんですね!」
「当たり前でしょ、グレースの晴れ舞台なんだからっ!」
王都の大教会を仕切る神父と、聖女シャーロット・アイリスだ。
聖女は勇者を引き寄せ、抱きしめた。勇者が苦しんでいる&神父がこらこらと止めているあたり、よほど強く抱きしめているのだろう。
薄花色のロングヘアがよく似合う、どこから見ても清楚な美少女。……そんな彼女がそれほど強く抱きしめるとは思えないが。
「晴れ舞台って……大袈裟だなあ。年取るとオーバーになるって言うしね。」
「あー!てめーグレースこの野郎!一歳しか変わらないでしょうがあっ!」
勇者がからかい、聖女が軽く怒る。
その様子だけを見ると、彼女たちはひどく普通の少女に見える。
「まあまあ。 ………グレース。」
「_____はい、神父様。」
彼女たちの争いを嗜め、神父は少し改まったように勇者の名前を呼ぶ。
それだけで二人はさっきまでのことがなかったかのような、真面目な表情に戻った。
「存分に楽しんできなさい。」
………
「「えっ、」」
二人は呆気に取られたように、神父の方を見やる。神父は穏やかに微笑むばかりで、全く感情が読み取れない。
「……神父さまあ、魔王倒すっていう重大任務預かってんですよ?楽しむ…って、なんか……」
「そんな遊びに行くみたいなテンションで?」
はっはっはっ、と笑いながら、神父は二人の頭を優しく撫でる。
「正直、私は魔王とかどうでもいいですから。」
「えぇ……」
「正直すぎる」
「世界平和より、愛娘が楽しくしてくれてる方がよっぽど嬉しいんですよ。」
「……そういうもん?」
「そういうもんです。」
至極穏やかに神父が話し終わると、何かを決心したかのような聖女が再度、勇者に抱きついた。勇者は思わずみじろぎ、動揺を隠せない様子である。
「うわっ!?な、何何?ちょ、シャロさん……?」
「絶対に絶対、帰ってきてね。」
顔は見えないけれど、声の掠れ具合から、どんな状況なのかは容易に想像できた。
「……義父さん、義姉さん。必ず帰ってきます。」
グレースはそう一言言って、しばらく義姉の胸に顔を埋めていた。義父はにこやかに微笑んで、二人を優しく撫でる。
いつ死ぬか分からない、魔王との戦いの最前線。 そんな過酷な環境に17になったばかりの少女を赴かせる。その残酷さを知っているのはいつの時代にも、身近な人間だけなのである。
愛おしい金色の髪が、遠ざかっていく。
その背中は凛々しくて。
でもどこか_____寂しげにも見えた。