気まずい朝
三題噺もどき―ろっぴゃくななじゅうはち。
気が付けば陽が沈み、外は真っ暗になっていた。
空の端にか細い月が浮かんでいる。
明日には新月を迎えるそれは、今にも消えそうなほどに頼りない。
しかし、そこにあることは分かるのだから、月というのは美しく強い。
「……」
リビングのカーテンを開けていると、外の景色がよく見える。
ソファに座っている分、視界は狭いかもしれないが、十分だ。
昨日あたりは、雨こそ降っていなかったが、天気が悪く雲が覆っていたので星も月も見えなかったのだ。今日は久しぶりにその姿が見えてよかった。まぁ、明日には消えるが。
「……」
視線を外から室内へと戻し、壁に掛けられている時計を見る。
まだ仕事を始めるには早い時間だったから、朝食を終え、テレビを見ていた。
今見ているのは、ローカル番組というやつなのだが……地元ではそれなりに有名な水族館で新しい展示が始まったらしい。
「……」
クラゲか……あれだろう、今流行りの映えというやつだろうか。もう終わったのか?
分からないが、まぁ、綺麗なものだ。この目で見ることができるのなら見てみたいと思う程度には。
「……へぇ、こんなに綺麗になったんですね」
「……」
そういいながら、ソファの隣に座ったのは私の従者である。
小柄な少年の姿をしているが、本来は大きめの蝙蝠だ。
今朝も私より早く起きて、朝食の支度をして、今しがた片づけを終え、マグカップを片手にこちらへとやってきた。
―実は昨日、ちょっとした喧嘩をしたのだけど、何も考えずにここに来たのか。可愛い奴だな。朝食は納豆があったけれど。
「行ったことあるのか?」
「……聞かなかったことにしてください」
行った事あるのか。
コイツもコイツでそういう所がある。私もまぁ、若い頃は図書館に侵入したりしていたけれど、子は親に似ると言うやつか。
親同然であった、コイツに、私が似たということか。
「……」
「…………少し、覗いたことがあるだけです」
珍しい。コイツが生き物に興味を持つなんて。
まぁ、でも、水族館みたいに静かで暗い空間は不思議と惹かれるからな。分からなくもない。ぜひとも私も行ってみたいものではあるが、あそこは閉館時間というモノがあるからな。そう簡単にはいけないのだ。
「……別に怒ってはいないよ」
「……分かってますよ」
どこかバツの悪そうな顔をするものだから、思わず慰めるようなことを言ってしまった。
単に興味があって聞いただけだったので、ホントに何とも思ってはいのだが。
まぁ、聞き方が悪かったかな。その上、昨日から引きずっているものもある。
「……」
「……」
昨日の喧嘩を思い出したように、部屋の中が静まり返る。
テレビの中では、アナウンサーが意気揚々と次のトピックの導入を話している。
ソファの前に置かれたローテーブルの上には、マグカップがふたつ。小さくなった湯気が申し訳なさそうに昇っている。
「……」
「……」
その間に、個包装されたチョコレートが置かれていた。
先程は気づかなかったというか無かったから、コイツが今持ってきたのだろう。
私が好きなチョコレート菓子だ。甘いものが食べたいときにはこれに限る。
「……まぁ、なんだ」
「……」
もっと昔は、もっと素直に口に出せていたはずなのだけど。
歳を重ねると言うのは、こういうことにさえ弊害をもたらすのかと嫌になる。そこまで年齢なんて気にするようなモノではないにしても。今何歳なのか正確には把握していない。
「……昨日はすまなかった」
「……いえ、こちらも言いすぎました」
こういうことが、目を合わせて言えるともっといいのだろうけど。
まぁ、とりあえず昨日の喧嘩を引きずるのはやめて、今日もいつも通りに、穏やかに終わることができそうだし。
そろそろいい時間だし、仕事をするとしようかな。
「納豆大丈夫でしたか」
「あぁまぁ、苦手なだけで、食べられないわけではないからな」
「……昼食は何にしますか」
「任せるよ、お前の料理は何でも美味い」
「……ありがとうございます。」
お題:雨・チョコレート・水族館