"二人"の魔女
ボルトは闇の中を進んでいた。暗視装置の中にゴブリンが白い影として映る。引き金を引き、ライフル弾の一撃をくわえる。倒れたゴブリンをまたぎ越え、さらに奥へと進む。
魔女たちはある村の近くで見つかった地下迷宮を探索していた。本来なら駆け出しの冒険者がするような仕事であったが、村長が報酬をはずんだということもあり、それが今回の探索行の理由となった。
しかし、ボルトは村に着いてから、ずっと誰かに見つめられているという気がしていた。その相手がどういう者かはわからなかったが、足長ではないと思った。それの気配は遠くにある場合も、近くにある時もあった。が、姿を消しているのか、それとも村人の中に隠れているのか、相手を見つけることはできなかった。
迷宮に入るとその気配は消えた。そんな相手より、今は目の前に現れる脅威を取り除くことが先だった。迷宮は複雑にわかれ、入り組んでいた。向こうの道をたどると、さっきの部屋に出る、という感じである。魔女は不利は覚悟の上、全員別れてしらみつぶしにすることにした。もちろん5人とも無線でつながっており、いざとなれば集まることができる。
ボルトはマガジンを交換し、さらに奥へと進んだ。出てくる敵はゴブリンやホブゴブリンといったたぐいで、それらはM4の前には無力だった。問題は相手の数であったが、タラスクの一件以来、全員が複数のホールディングバッグを携帯し、様々な敵に対処できるようにしていたので、心配はなかった。
ドアを開け、手榴弾を放り込む。爆発の煙がおさまる前に中に滑り込み、傷をうけてもがく相手にとどめの一撃をくわえる。
ボルトは何か気に喰わないと思った。こんな簡単な仕事を、大金を払って魔女にやらせるのはなぜか、と。魔女もその辺りを気にしていたが、それなら懐に飛び込み、相手の出方を見よう。という腹積もりだった。罠なら罠で、それを喰いちぎり、充分に報復してやるのだと。
「北の森の魔女」の敵はいくつも存在していた。まずは王国に残る旧王派たちだった。彼らは今の王の政策に異を唱え、魔女の抹殺を考えていた。幾度も暗殺者を送り込んできたが、魔女はそれをことごとく返り討ちにした。
もう一つは宗教勢力であった。"悪魔"と称される魔女をのさばらせていることは、神に対する冒涜であるとしていた。王に圧力をかけ、魔女討伐の軍を挙げよと、事あるごとに進言していた。王は天秤にかけ、まだ魔女を操ることの方が利点が多いと考えているようだった。他に、それらの貴族や司祭の意を汲んだ、名を挙げたい冒険者たちがいた。彼らは無謀にも魔女に挑み、数発の銃弾を受けることになった。
そして、最も強力で脅威なのが、"魔族"と言われる知的生命体であった。彼らは世界に干渉し、あわよくばこの世界を支配し、混沌の渦に陥れたいと考えていた。様々な種族の者たちの肉体や魂を喰らい、阿鼻叫喚の中で悦楽に浸ろうと思っていたのだ。だが、そこに立ちふさがるのが魔女だった。魔女によって破滅させられた魔族は多い。そのため、魔族の間に、魔女を排除した者が他の魔族を従えることができる、という迷信めいた考えが生まれていた。
魔族はあらゆる手段で魔女を殺そうとした。が、今までその試みが成功したことは無い。魔女はまだ立っている。
ボルトはそんな魔族たちの策謀を、何となく肌で感じていた。今まで倒してきた魔獣や怪物には、明らかに何者かによって使役されている痕跡があったからだ。
今回もそうではないか? とボルトは思った。そうなると、この迷宮の奥にはどんな獣が待っているか。それとも──
「ボルト?」
不意に声がした。声の方を向くと、魔女が立っていた。ボルトは暗視装置を上げ、薄暗い部屋に眼を慣らした。
「そっちはどうでした?」
「特に何もなかったさね」
魔女はM14を肩にかつぎ、ボルトに向かって笑って見せた。
ふと、ボルトはその笑みに違和感を感じた。村からずっと感じていた何者かの気配。それが近くからするのだ。
「さて、他の連中と合流するとしよう」
魔女はボルトについてくるように顎で示した。ボルトは汗が頬を伝うのを感じた。
──こいつは……
ボルトの右手がM4のグリップを強く握る。目の前にいる魔女は、魔女ではない。ボルトはそう思ったのだ。
魔女はそんなボルトに向かって不思議そうな顔をした。
「何をしてる? 行くぞ」
魔女は少しうんざりしたような表情を浮かべる。
そこに──
「何やってるんだ? ボルト」
部屋のもう一つの入口から魔女が現れた。M14を片手に持ち、咥え煙草をくゆらせている。
「「ん?」」
魔女は部屋の中にいる魔女に気づいた。魔女も入ってきた魔女の方に顔を向ける。
──ドッペルゲンガーだ。
ボルトは以前聞いたことのある、"写し身"をする魔族の事を思い出した。その魔族は、特定の人物に化けるのだ。しかも、言葉や記憶といったものも写し取り、親しい人物ですらそれを見破ることができないという。そして、ドッペルゲンガーは写し身をした相手を殺し、その人物と入れ替わり、日常の中で、周りに死を拡げていくというのだ。
二人の魔女は互いに距離を取った。双方とも驚いた風はない。どちらかといえば、この状況を楽しんでいる気配すらある。片方は本物の思考を読み、表面上でその真似をしているのに過ぎないのだが。
どうやって見破るんだ? とボルトは思った。ドッペルゲンガーは思考や記憶を読む。質問などではその偽りの仮面を取り払う事は出来ない。それに、ボルトは魔女に対してクリティカルな情報を持っていなかった。
──自分は本当のメムを知らない。
ボルトはそれがドッペルゲンガーの作戦だと気づきながらも、魔女に対して疑問を持ってしまった。そのため、様々な思考が頭を巡った。間違えたらどうする? 間違えたとしても、自分はそれに気づかないのでは? 本物を見分ける方法は? メムの本当の名前は──
二人の魔女がボルトの方を向く。ボルトはどうしていいのかわからなかった。
──そうだ。
数瞬の逡巡の後、ボルトは殺気を迸らせてM4の銃口を上げた。
「な、なにを!」
先に部屋にいた魔女がボルトに向かって手を向ける。後から入ってきた魔女は反射的に身をかわした。
「──偽物は、おまえだ」
ボルトは先に会った魔女に向かって引き金を引いた。銃口から飛び出した5.56㎜弾が魔女の左胸に突き刺さる。
「な、なぜ……?」
被弾した魔女は膝を落とした。ボルトはそれに近づき、銃口を頭に押し付ける。
「たとえ味方であっても、銃口を向けられたら、まずはその射線から逃れる。それがマリンコの身体に刻み込まれている反応だ。思考では無くてな」
ボルトの目の前の魔女の表皮がドロっとした青灰色に変わる。身をかわしていた魔女は態勢を戻し、M14を構える。
「くそっ……」
「村長もおまえか、おまえの仲間だろう? 村におびき寄せて、思考を探り、姿を写して、それぞれを奇襲する算段だったというわけか」
ボルトは青灰色の泥人形のような姿のドッペルゲンガーに向かって、怒りを含んだ笑みを向けた。
「よりにもよってメムの姿を写すとは! その次は誰だ? 俺の弟か? それともレンチか? そうやって、俺を惑わすつもりだったのか? そうはさせん」
ボルトは引き金を引いた。弾倉が空になるまで引き続けた。連射を受けたドッペルゲンガーの身体は崩れ、床に染みのように広がった。
「よくやった。ボルト」
魔女は新しい煙草に火を点け、ボルトに笑みを向けた。
「わたしでも、どっちが本物かはわからなかったよ。自分を証明する方法が思いつかなかった」
「たまたまです」
「さて、ナットとレンチの偽物が出てこなければいいが」
「ナットは匂いでわかります──しかし、レンチは……」
「大丈夫さ。おまえならわかる」
魔女の言葉にボルトは不思議そうな顔をする。魔女はいたずらっ子のような表情を返した。
「そんなこんななら、皆を集めるとしよう。余分な人数が出てこないことを願って、な」
魔女は無線のスイッチを入れた。