オークたちの旅路
その戦争は、王国の北西部にある山岳地帯で始まった。
とある村がオークの集団に襲われ、住人は皆殺しにされ、家屋はすべて燃やされたのだ。それだけなら、そんなに珍しくない話であるが、その後に、近隣の村が襲撃され、同じような結末を迎えたのだ。命からがら逃げだしてきた村民たちの話を総合すると、オークたちはその数を増やしながら"進軍"していた。オークは群れを作るが、その群れ同士が接触すると、そこには争いが起こるのはしばしばだった。それが、合流し、数を増やすということは、何かが起こっている事を示していた。
憂慮した王は、騎士団と公爵の部隊を主力とし、諸侯から抽出された精鋭を集めた軍団を編成、オークの軍が進む山岳に向けて出陣を命じた。
同時に王は、魔女にその力を借りたいと申し出た。
「もはや戦争だね」
王からの書簡を読み終え、魔女はそう言った。
「オークが部族間の垣根を越えて集合するのは──戦闘酋長が出てきた時だね」
ラチェットが皆に言う。
「なんだい、その、戦闘…酋長ってのは?」
ボルトが聞きなれない言葉に疑問を呈する。
「戦闘酋長というのは、オークにしてはキレる頭と戦略眼を持った者で、こいつが出てくるとオークは他種族に対して戦を仕掛ける。酋長の言はオークたちにとっては絶対で、部族間の垣根はそれで取り除かれるわけ」
「では、今回もその、酋長というのが?」
「まぁ、間違いないね」
レンチの問いにラチェットは答え、魔女の方を向く。魔女はしばし考えていたが、手紙をテーブルの上に置き、立ち上がった。
「他でもない坊主からの願いだ。その戦闘酋長とかいうのを殺りに行く。準備しろ」
数刻後、魔女の小屋の前を2台のHMMWVが出発した。王からの手紙には、魔女たちに、オークたちの指揮ユニットを破壊して欲しい旨が書いてあった。魔女も諸侯と歩調を合わせての戦闘参加は願い下げだった。5人で自由に動く方が、目標達成が容易い。
山岳地帯の狭い道を進み、オークたちが通り過ぎた村へと到着する。魔女は車から降りるとボルトを呼んだ。
「話通りだね」
「ええ。まったく」
村の建物はすべて燃え尽き、路上には村人の死体が転がっていた。ある者は拷問され、ある者は犯されていた。死体の一部は欠損し、その部位はオークに喰われたと想像された。食料品のたぐいは略奪され、家畜はその肉と内臓を削がれていた。
「どうします?」
「奴らは側方や後方に兵を置くような味な真似はしないだろう。そこまで頭が回るわけもなし、残置された兵が言う事を聞くはずもなし」
「いても、ウチらの火力で突破できると思います」
ボルトは2台のHMMWVをちらりと見た。HMMWVは装甲を持たない小型車輌で、先だってのタラスクのような怪物には無力だが、オークのような人型生物相手なら十分にアドバンテージがある。
「行くよ」
魔女とボルトがHMMWVに乗り込み、発進する。1台目の銃座に魔女がつき、2台目の銃座にはレンチがつく。さらに2台目の荷台にはラチェットの動甲冑が、起動状態で待機している。
運転席のナットとボルトは暗視装置を使って周りを見ている。ライトを点けると、かなり遠くから自分たちの存在を示してしまうからだった。
オークの軍団は明らかな足跡を残していた。大群が茂みを押しつぶし、そこかしこに食い散らかした食料の残滓を落としている。それは家畜の足であったり、足長の手足だったりするが。
魔女のHMMWVはその後を追った。話を総合すると、オークたちはすでに山裾に降りている頃だった。このまま行けば、相手の背後を取ることができる。
魔女は暗視装置の中に動くものを見た。大きさからしてオークに違いなかった。魔女はミニガンの安全装置を解除し、電源を入れた。6つの砲身が回転し始める。
「前進!」
ミニガンが吠える。曳光弾の流れが暗闇を切り裂き、オークたちの姿を露わにする。小口径弾とはいえ、ライフルなどとは桁違いの発射速度による弾雨を受けたオークの身体が、水風船のように爆ぜる。オークたちは、聞いたことも無いミニガンの吠える声と、HMMWVのエンジン音に混乱した。
ボルトは.50のボルトハンドルを回して初弾を装填した。そして、すれ違いざまにオークたちに銃弾を浴びせる。至近距離からの.50の銃撃に耐えられる生物はほとんどいない。オークは混乱し、傷を負い、まとも反撃することもできなかった。
走り抜けるHMMWVの後ろから、なんとか混乱から立ち直ったオークたちが、追撃しようと走り、手斧を投げつけてくる。それにラチェットが応えた。背中の兵装ステーションから伸ばしたミニガンを左右の手で保持すると、オークに向かって銃撃をくわえた。曳光弾がオークと交差すると、オークが爆ぜる。ラチェットは生理的にオークを嫌っていた。それが神話の時代から続く、エルフとオークとの確執が為せることだとは知らなかった。
HMMWVはオークの、陣ともいえない群れの中に踊り込んだ。ミニガンと.50による破壊の波が群れに伝わっていく。
「停車!」
ナットがブレーキを踏み、HMMWVはドリフトしながら停車する。魔女はM14を手にすると、車外に降りたった。同じようにボルトたちもそれぞれの武器を手に車から降りる。
ラチェットは兵装ステーションを投棄すると、.50を抱えて荷台から降りた。
「いつもながら酷ぇもんだ」
辺りには数百ものオークの死体が転がっている。中には生きているものもいるだろうが、反撃してくるような者はいなかった。
魔女たちはオークの死体でできた道を進む。そして、そこにたどり着いた。
目の前にあるのはオークの軍団の本陣だった。何百というオークが、後衛をいとも簡単に撃ち破った魔女たちに向かって威嚇の咆哮を上げる。魔女は焚火やかがり火の明かりで照らされた本陣を、暗視装置を上げて、肉眼で見た。その中に数本の旗竿が立っている場所を見つけた。おそらく、戦闘酋長のいる場所だろう。
魔女の意図を無言で受け取ったボルトがラチェットに指示を出す。ラチェットは.50を構え、走った。
「喰らえっ!」
ラチェットはオークの群れに突入すると同時に、動甲冑の肩に装備した数個のクレイモア地雷を爆発させた。踊りかかってきたオークたちは無数の鉄球を受けて、肉片と化す。ラチェットは.50を構え、銃撃しながら突破口を拓く。
進む魔女の横にボルトとレンチがつき、オークを銃撃する。最後尾にはグレネーダーを構えたナットが、背後からの敵に対応する。
ラチェットの攻撃で、オークの陣は大きく乱れた。そこに手榴弾が投げ込まれ、混乱が陣内を駆け巡った。オークの中にはそれが味方の叛乱だと思い込み、自分たちとは違う部族へ攻撃をかける者もいた。
魔女にとって混乱はこの上も無いチャンスだった。あちこちで血迷ったオークたちが互いに殺し合っている。そこにつけ込むのだ。
ラチェットが弾切れになった.50を捨て、大剣を抜き放ち、前に進む。
「ソコマデダ!」
頭上から声がした。魔女は眼を上げると、目の前に身長3mほどある3つ首の巨躯が立ちふさがっていた。魔女はボルトたちに目配せすると、エティンと呼ばれる巨人に向き直った。
「先ニ進ムトナレバ、我ト戦エ」
魔女の背後からボルトたちが消える。ボルトたちはオークの戦闘酋長を探すのだ。
M14を肩にかつぎ、魔女は煙草に火をつけた。そして紫煙を吐く。
「右ノ首ガ問ウ。オ前ハ何者ダ?」
「我はおまえを殺す者だ」
「左ノ首ガ問ウ。オ前ノ持ッテイル物ハナンダ?」
「これはおまえを殺す武器だ」
「真中ノ首ガ問ウ。オ前ノ目的ハナンダ?」
「おまえらの頭の命だ」
その問いに三つ首のエティンが、大きく笑う。そして、手にした棘付きの棍棒を構える。
「不味ソウナ婆ァダガ、オ前ヲ喰ラッテヤル」
「それはどうかな?」
魔女はM14を構えて照準すると、引き金を引いた。ぱちゅっという音とともに、左側の頭の左眼から血の糸が飛び散る。
「ヌゥ?」
左頭からの応答が無くなった事に、エティンは驚いた。その驚きが覚める間もなく、魔女は右の頭の右の目玉を撃ちぬいた。弾頭は眼球を貫通し、頭蓋骨の中を滅茶苦茶に跳ね回った。
左に続いて右の頭からの応答が無くなった事を知ったエティンは、両の頭が死んだことを悟った。怒りの炎が残ったただ一つ残った頭の中に立ち上った。口から咆哮が吐き出され、棍棒が振り上げられる。
魔女は慎重に照準し、2発の弾丸を放った。銃弾は真ん中の頭の左右の眼に命中し、内部へとめり込んだ。
エティンの身体が力を失い、棍棒の重みで後ろへと倒れる。魔女は紫煙を吐き出すと、エティンの身体を越えて前へと進んだ。
そこにレンチからの報告が入った。明らかに他のオークとは違う者を見つけたというのだ。報を受けたボルトとナットがレンチの援護に走る。
魔女は周りを見回した。ラチェットが大剣でオークたちを撫で斬りにしている。血の匂いで逆上したオークたちは、当りかまわず武器を振るっていた。
魔女は混乱のるつぼを見てニヤリと笑った。そして、レンチの方に向かった。
「あれです」
レンチの指差す先に、数人のオークに守られた者がいた。他のオークとは違い、身体をいろいろな装飾品で飾っており、床几に腰を下ろしている。
「護衛は任せた」
「了解」
ボルトたちは銃を構え、魔女の前を進む。戦闘酋長を囲んでいたオークたちがそれに反応して、長槍を構えて突っ込んでくる。銃声が響く。
魔女は戦闘酋長と対峙した。酋長は立ち上がり、反身の長剣を手にした。
「おまえが、北の森の魔女か?」
「よく知ってるわね。それに──言葉が通じてよかった」
魔女は戦闘酋長の顔を見た。確かに普通のオークとは違い、理性のようなものが感じられた。
「我は、この眼を捧げることで、知恵を得たのだ」
オークの伝説では、神々に騙されて住まうべき地を失った始祖が、その片目を悪神に捧げることによって、強靭な肉体と破壊的な力を得たとされている。そのため、オークは他種族が持つ土地や財産を奪って生きることになったと。
目の前のオークは、その伝説に従ったのだ。
「それで? 群れを率いて、略奪旅行かね?」
「これは聖戦である。我らオークが、約束の地を手にするための」
「約束の地……誰もが戦の口実にする、アレか」
「我を愚弄する気か?」
「──そうかもしれん。知恵を得ても、所詮はオークだな、と思ってな」
「なんだ、と……」
「見て見るがいい。周りを……互いに殺し合っているお前の仲間たちを」
魔女は口元を曲げると、プっと煙草を飛ばした。それが戦闘酋長の足元に落ちる。
「おまえに理性があっても、兵にそれがなければこのザマだ。さぁ、来い。おまえの戦を終わらせてやるさ」
魔女の言葉に酋長は長剣をきらめかせ、斬りかかってきた。魔女はその力に任せた一撃をかわし、左手でその右腕をとった。そしてM14から手を離すと、右手でさらにオークの右手首をつかみジャンプした。宙に浮いた両脚をオークの右腕から肩にかけて絡める。そして、体重をかけてオークを地面にたたきつけた。
「ぐ、むぅ……」
右肩の関節を極められた酋長は、その痛みで長剣から手を離した。魔女は左手で手首を極め、空いた右手で.45を抜く。
「あんまり動かない方がいいさね。関節が折れるか、肩が抜ける」
「くそっ……」
魔女は酋長の顔に.45を向けると、口の端を曲げてみせた。
「わたしは今回の襲撃を、あんたの考えだと思っていないんだよ」
「な、なに……?」
「何か引っかかるとこがあるんだよね……あまりにも、手際がよすぎる」
「何を言いたい!?」
「誰の差し金かな?」
酋長は顔をそむけ、地面を見た。
「──まぁ、いい。その顔に書いてある。黒幕が居るとね」
魔女は関節を極めた手に力を入れた。酋長が呻く。
「とりあえず、おまえの旅を終わりにしよう」
魔女はオークが見開く右眼に銃口を押しつけると、引き金を引いた。銃声とともに薬莢が飛ぶ。オークの身体が力を失い、空気が抜けたかのように地面に崩れ落ちた。
「殺りましたかっ?」
護衛を倒したボルトが魔女に聞く。魔女は左手を上げてそれに応えた。
戦闘酋長という束ねを失ったオークの軍団は総崩れとなった。本能的とも言える、他部族への不協和音が広がり、オークたちは王国軍との戦いを捨て、元の山へと逃げ帰った。王国軍はそれを追い、散々に討ち負かした。
魔女はその経緯を、従軍していたエイコンからの手紙で聞かされた。エイコンの銃兵は、山岳地帯でその射程を生かして一方的な勝利を得たという。その後のオークのねぐらへの攻撃でも、銃兵は手榴弾を効果的に使って活躍したと、伝えてきた。
魔女はマグを置くと、満足げな顔をした。
「この後はどうなるんですかね?」
レンチが空いた皿を集めながら聞く。
「まぁ、また村が再建されて人が入り、またいつかオークが攻めてくるんだろうね。そのくりかえしさね」
「どうにかならないんでしょうか?」
「こればっかりは、どちらかが絶滅しないと無理だろうね」
「絶滅……」
レンチは言葉を飲み込んだ。
「しかたない。時が経ち、すべてのオークが理性的になったら話は別だろうが」
魔女はふっと息を吐き、レンチにマグを渡した。