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邪教の城(第1期同名話を改変)

 それは、深い迷宮の奥にいた。

 玉座を思わせる文様が刻まれた石造りの座に腰掛け、退屈そうなため息をついた。

 それは、自らを「智慧の支配者(ナレッジャラー)」と呼んでいた。人型をしたシルエットの頭部は、まるでタコをそのまま乗せたようだった。口元の10本の触手をうごめかせ、なにやら声を発する。

 すると、辛うじて人型をしている生き物が、一人の男を引きずってきた。男は名のある冒険者であったが、この迷宮の半ばで怪物によって倒されたのである。

 智慧の支配者は、まだ微かに生きている男を受け取ると、自らの顔の前に掲げた。そして、触手をその頭に絡めつかせた。男の顔が恐怖と激痛に歪む。そして、眼球がぐるりと回った。

 智慧の支配者は男から脳を吸い上げると、力を失った身体を投げ捨てた。その肉は、召使たちの餌となる。

「…………」

 脳をゆっくり堪能する智慧の支配者は、脳の中から様々な情報を得ていた。彼の一生に関するもの。冒険者としての経験。そして世界の事──

「──魔女?」

 脳の奥底にあった、この世ならざる力を有する存在を、それは知った。異世界の情報はどんな味がするのだろうかと、智慧の支配者は、それが笑みであろう表情をした。



 その集団はまさに邪教──冒涜的教えに従い、行動する集団──と言ってよかった。

 巨大なタコ型の神を信じ、それに捧げるために人を殺し、不協和音といって差し支えない太鼓と笛の音に合わせて踊り狂う。殺し、祭壇に捧げる人を近隣の村や町から誘拐して集め、岩山の奥にある彼らの「礼拝所」に運ぶ。教主はまったく意味をなさないような「聖なる言葉」を唱え、一群がそれに応え、歓呼の声を上げる。

「何なんですか、こいつら」

 岩の陰に身をひそめ、儀式の様子を眺めているボルトが、吐き気をもよおしたような声を出す。

「さぁてね。わたしも理解できない」

 魔女は儀式を見て怯えているレンチの肩をポンッと叩いた。祭壇にはばらばらにされた足長の遺体が載せられている。教主はそれを手にすると、祭壇の奥にある泉に放り込む。泉の水面が割れ、数本の触手が伸び、肉片をつかむと水底へと消える。それを見た数百の教徒たちが声を上げ、踊りのステップがまた激しくなる。

 魔女とその一行は、とある町からこの邪教の殲滅を依頼されていた。その町では、夜になると、夜道を歩いている人が消え、数日後にその人の荷物や服が、町の近くの川辺で見つかるという事件が続いていた。町の顔役たちは、他の傭兵に捜査を依頼し、邪教徒たちの居場所を突き止めた。しかし、傭兵たちは数百人からなる邪教の集団の殲滅を請け負うことはなかった。あまりにも多勢に無勢だったからだ。王国も兵を出すのを拒んだ。兵を送り、邪教徒を殺すとなれば、それなりの準備と金が必要となる。町はそれを準備することはできず、王国は人的被害の方を受け入れるようにと暗に言っていた。ついに切羽詰まった町の顔役たちは、魔女にこの件の解決を依頼したのである。

「どこからか流れてきた連中のようだね。この礼拝所自体が比較的新しい」

 魔女は壁や床の汚れ具合を見てそう言った。その汚れの原因は、もちろん人や動物の血である。

 教主が一段高くなった石舞台に据えられた祭壇に置いてある石像を手にし、それを高々と掲げた。手のひらに収まるぐらいの大きさの緑色の石でできた像だった。タコと人を組み合わせたような姿をした「神」の像だった。石像が差し上げあげられると、教徒たちは一斉に意味をなさない祈りの声をあげた。

「はやくやっちまいましょう」

「よし。ボルトとナットは向こう側に回れ。レンチはわたしと。ラチェットは合図があったら、出口の前に飛び降りろ」

「了解」

 魔女はM14を手にすると、祭壇の方に向かう小さな通路を進んだ。その後ろを怯えた顔で、ちらりちらりと儀式を横見するレンチが進む。

「なに、ここにいるのは人じゃない。怪物だと思いな」

 その言葉を聞き、レンチは唾を飲み込んだ。これから始まる壮絶な戦いを予想し、緊張する。

 ボルトとナットのコンビが祭壇の向こう側に回り込んだという報告をしてきた。

「よし。はじめる」

 魔女はM14を構え、祭壇の前に立つ教主を狙う。教主は石像を掲げたまま、泉の方に向き直る。

「Go!」

 M14が吠え、教主の頭が吹き飛ぶ。同時にボルトとレンチが連射を、眼下の集団に向けて放つ。銃撃を受けた邪教徒たちは、それでも踊りをやめなかった。教主の死も気にしていないようだった。祭壇の奥に倒れている教主に信者の一人が駆け寄り、教主から石像を取り上げ、頭の上に掲げた。

「新教主の誕生ってわけね」

 魔女はラチェットに合図を送った。岩陰から動甲冑が飛びだし、礼拝所の入口に着地する。大剣を振るい、周辺の信者を薙ぎ払う。

「あの石像がカギだ。あれをどうにかしないと、この件は終わらないようだね」

 M14のFMJ(フルメタルジャケット)弾が新しい教主の胸を撃ち抜く。

「レンチ、ここは任せた。わたしは祭壇に降りる」

「り、了解」

「なに心配するな。何かあったら知らせろ」

 魔女はラペリング(懸垂下降)の準備をすると、礼拝所の血と硝煙のるつぼの中に降りて行った。

「祭壇に向かう。こっちを撃つな」

『了解です』

 ボルトは魔女の姿を追いながら、こんな状況でも踊り狂っている信徒たちに恐怖した。銃撃は次々と人を倒していく。が、それで振り撒かれる血が、信徒たちをさらなる興奮状態に導いているようだった。太鼓と笛の音も一層激しくなり、ボルトの耳を打つ。

『くそっ、きりがない』

 ラチェットも、斬っても斬っても恐慌状態にならない教徒たちに驚きの色を隠せなかった。中には全身を血で真っ赤に染めて、わざとラチェットに斬られるために突っ込んでくる者もいた。ラチェットは恐怖で胃が締めあげられる感覚を覚えた。

 踊り狂う信徒たちの間を抜け、魔女が石舞台へと向かう。石舞台には幾人もの信徒たちが上がり、石像を手にしようともみあっている。魔女はM14でそれらを撃ち倒し、床に転がる石像を見た。

 それは緑色のぬるっとした表面の石で、邪神の姿が緻密に刻まれている。それは頭がタコで、胴体が人という姿をしていた。魔女は一瞬石像を拾い上げようと思ったが、手を引っ込めた。

「……っ」

 振り返ると、全身を血に染めた信者たちが石舞台にあがろうとしていた。一部では将棋倒しも起こっていた。それでも信徒たちは、意味のわからない祈りを声を上げ続けている。魔女はM14を振り向けて頭部に一発ずつ撃ち込んで黙らせる。死体を乗り越えようとする者にも一撃をくわえる。

 ボルトたちも銃撃を加え続けていた。何度かマガジンを交換し、射撃を続けているが、教徒たちの狂乱は続いていた。

『弾の方が先に無くなりそうです』

「ラチェット! グレネードが飛ぶから気をつけな!」

『了解』

 魔女は3人に、グレネードランチャーと手榴弾の使用を指示した。礼拝所のあちこちで爆煙が上がる。太鼓と笛の音が止まり、さすがの教徒たちも状況を把握したようだった。祈りの声が悲鳴に変わり、雪崩を打って入口やわき道に向かって走り出している。しかし、入口にはラチェットが立ち、脇道へ走る者は、ボルトたちが狙い撃ちする。

 石舞台へ登ろうとしている者も数を減らしていた。それでも信徒たちは前進をやめなかった。あの石像を手にする事こそ、至高の事と考えているのだろう。ついにM14の弾が切れ、魔女は.45(拳銃)を抜き、信徒たちを撃った。

 しばらくして礼拝所が静かになった。撃つ目標がなくなったため、それぞれが引き金から指を離したからだった。魔女は拳銃を油断なく構え、どこからか何者かが来ないか、全身を使って探った。

「全員、報告」

『こちらはクリアです。残弾、マガジン1。グレネードは、ナットのと合わせて8です』

『こちらも目標無しです。残弾、こっちもマガジン1個です。拳銃は使っていません』

『今、とどめを刺して回ってます。ほぼ動く者はいません』

 5人は殺戮の巷を見回した。数百の死体が転がり、床は血で染まっている。時おり動く者があるが、それもしばらくすると動きを止めた。

 魔女は誰もいないことを確認すると、石像に目をやった。正直なところ、触りたくはなかった。

「皆、祭壇に集合」

 数分後、5人が祭壇の前に集まった。ラチェットは万が一に備えて石舞台を背に警戒を続ける。

「それが、ナニですか?」

「まぁ、よく言う『邪神像』ってやつさ」

「見たことない怪物が刻まれてますね」

 レンチがボルトを盾にするように立って、肩越しに見ている。

「ラチェット! タコと人が合成されたような怪物に心当たりは?」

 しばらくして答えが帰ってきた。

『……そんな姿をしている存在は聞いたことがある。【脳啜り(ブレイット)】って呼ばれる奴らで、何でも人の脳が大好物とか。伝承では、喰った脳から知識を得て、この世の真理にたどり着こうとしているとかなんとか』

 その言葉を聞いたレンチが嫌な顔をする。

「この世の真理ね……いけ好かない奴だ」

「その存在の話が曲がりに曲がったのか、それとも伝説的な存在なのかはわかりませんが、こんな邪教徒がまだどこかにいる可能性があるわけですね」

 ボルトがレンチの方を見て、わわっと脅かしてみる。レンチはボルトの腹にパンチを返す。

「この像もただの像ではない可能性がある。どうも嫌な予感がする」

「そういえば、メム……泉をまだ見てないですよ」

「──そうさね」

 魔女は振り返り、祭壇の奥にある泉を見た。確かにここには何かが居た。それを見ている。

「援護」

 ボルトとレンチが銃を構える。ナットは石像に近づく者がいないか警戒する。

 魔女は拳銃を手にゆっくりと泉に近づいた。石の凹みに地下水がたまったようで、水の透明度は高かった。ライトを左手に持ち、水面に向ける。すると、照らされた水の中で、眼のようなものがあり、その瞳孔が動くのを見た。

「ボルト。手榴弾」

 ボルトが手榴弾の安全ピンを抜き、そろそろと泉に近づく。そしてレバーを飛ばして泉に放り込んだ。しばらくして水煙が上がり、黄土色の何かが浮上してきた。

 それは巨大なタコだった。1mはあろう頭部から、数mになろうという8本の触手が生えている。しかし、人のような胴体は見当たらない。

 魔女はとどめをさそうとタコに近づいた。その時、触手の一本が弱弱しく伸ばされ、魔女の右手に触れた。

「……なんだって?」

 頭の中に声とも映像ともつかないものが流れた。彼は、教徒たちによってこの泉に運ばれてきた、ただのスワンプオクトパス(沼蛸)だと言った。

「人の肉を喰っていたんだろ?」

 その問いに対しては、それ以外の食べ物がなく、仕方なかったと、いう答えが帰ってきた。

「……どうしてもらいたい?」

 返事はしばらくなかった。そして、思い悩んだ末に答えを告げた。

「……わかった」

 魔女の手から触手が離れていく。魔女は.45を構えると、スワンプオクトパスの眼と眼の間に銃弾を2発撃ち込んだ。黄土色だった表皮が一瞬で白茶けた色に変わり、眼が精気を失う。

「ま、種を明かすとそんなもんだった、というわけさ」

 魔女は拳銃をぶら下げたまま、あの石像を見下ろした。学者や古い記録の探求をしている者にとって、この像は千金の値があるものだろう。だが、この世に存在していない方が良いのではないかと、魔女は思った。この秘密を、自分たちだけの胸に納めておけば、誰もこの石像を探さず、またこのような事件が起こらず、無駄な殺戮をしないで済むのだろうと。

「ナット!」

 ナットが魔女の横に立つ。

「この場で爆破しな。いいかい、像自体には絶対に触るな」

 ナットはうなずき、ザックから爆薬を取り出して準備する。準備が終わり、全員が石舞台から降りると、ナットは起爆スイッチを押した。石像はバラバラに砕け、ただの緑色の石の破片となった。魔女は破片を踏みつけると、元に戻せないようにするかのように、入念に払いのけた。

 数百の人と、1頭のスワンプオクトパスの死体を残し、一行は岩山の外に出た。入口を爆破し、誰も入れないようにすることを忘れなかった。

「時おり、人というものがわからなくなるさね」

 魔女は誰に言うでなくつぶやいた。

「どういうことです?」

「自分が信じるに値するもののために、残忍になれたり、命を捨てたりできるってことさ」

「俺たちもそうです」

 ボルトは魔女の眼をまっすぐ見つめて言った。

「俺たちは──」

「それはわかってるさ」

 魔女はボルトの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「さぁ、こんな辛気臭いところからはさっさと帰るよ。全員乗車」

 2台のHMMWVが去ると、岩山は沈黙を守るかのように、静けさに包まれた。



 それは、魔女とその眷族たちの姿を、像を通して知った。

 いつかは自分の下に来るだろうという、何か予感のようなものを感じた。

 それは眼を閉じて、その時が速まるような策謀を考え始めた。


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