復讐の味
魔女の家で食卓に並ぶ食品は、森で採れるものが多かったが、どうしても森の外でしか入手できないものがあった。特に乳製品は自前で確保することができず、森の近くの村で購入するようにしていた。
村での買い物はレンチの仕事だった。ボルトやナット、ラチェットといった亜人間は、王国では差別の対象であった。王国内で魔女の評判はあがってはいたが、人々の中にある古くからの偏見は、そう簡単に払拭できるものではなかった。
レンチはメモに書かれた品物を買いそろえると、HMMWVのハンドルを握った。車を走らせ、村はずれにある小屋へ向かう。
「おばあちゃん、いる?」
レンチはこの家に住む老婆と顔見知りであった。老婆は蜂を飼い、蜂蜜を作っている。
「ああ、レンチちゃんかね。戸は開いてるよ」
レンチは小屋の中に入ると、抱えていたバスケットをテーブルの上に置いた。背の曲がるほどの年齢の老婆は、杖をつきつつ部屋の奥から出てきて、レンチに向けて笑顔を見せる。レンチはバスケットからパンをはじめとした食料品を出して、テーブルに並べる。
「いつもすまないねぇ」
足を悪くして小屋からそう遠くへと行けない老婆に代わって、レンチは買い物を引き受けていた。買い物の代金は、壺に入った蜂蜜である。
「そういえば、息子から手紙が届いてねぇ」
老婆は棚から粗末な紙でできた封書を出してきた。識字率がそんなに高くはない世界だったが、老婆は昔、爵位を持つ主の館で働いていたことがあったという。そのため字の読み書きができた。元領主の娘であるレンチも読み書きはもちろんできた。手渡された手紙を開け、中身に眼を通す。
「……これは?」
「なんだか苦労しているようでね。お金が欲しいって言ってきてるんだよ」
老婆の一人息子は、街で仕事についていると話に聞いていた。
「今度、お金を送ってやろうと思ってね」
「わたしでよければ」
「いいよ。レンチちゃんに苦労はかけたくないからね。出入りの商人にまかせるよ」
老婆は蜂蜜の入った壺を部屋の奥から持ってきた。レンチはそれを受け取り、老婆に礼を言うと、小屋を後にした。
その一報を耳にしたのは、数日後の事であった。老婆が死んだ、というのである。一報を告げた商人は、老婆が首をくくったという。レンチは驚き、なぜなのかを商人に聞いた。
「どうやら、詐欺にあったらしいんだ。あの婆さんの息子は、数周期前に死んでいてね。その息子の名を騙った何者かが、偽手紙を送って、婆さんの有り金全部を奪った、という話で」
魔女はふむんとうなずくと、レンチの方を見た。レンチの表情が強張っている。噴出しそうな怒りを、抑えている顔だった。
「──レンチ。やろう」
魔女はレンチにそれだけを言った。
すぐさまレンチは老婆の小屋へと行った。小屋とその中のものは、数日後には誰かの手に渡る。その前に手がかりを集める必要があった。レンチはあの手紙を探し出し、それを懐に魔女の小屋へと戻った。
「誰が出したかわかるかい?」
手紙をテーブルの上に開き、魔女はラチェットに聞いた。
「そうだね……」
ラチェットは手紙の上に手をかざし、何やら呪文を唱えた。
「──これは……」
ラチェットは手紙の来歴を読んでいた。どこで紙が作られ、それが誰の手に渡ったかを追っていく。紙は商人から、ある男へと売られ、その男は代書屋に頼んで偽の手紙を作らせた。その手紙は旅商人によって、老婆の家へとたどり着いた。
「どこだかわかる?」
「楽勝よ。街はわかるし、代書屋の顔も見ればわかる」
「よしっ。出かけるとするかね」
「ボルトはベロー・ウッドに出かけてますよ」
「この三人で行こう。たまにはいいだろう」
魔女はキッチンにいるナットに留守番を言いつけると、HMMWVを用意した。レンチとラチェットが乗り込み、魔女は車を発進させた。
北壁を抜け、その街へと向かう。魔女たちが使う馬車無し車の姿は、街道沿いでは物珍しいものではなくなっていた。エイコン男爵領へ物資を運ぶトラックが行き来しているからである。二日ほどで目的の街に到着した。
「さて」
魔女は街の中央にある広場に車を停めた。
「どこにいる?」
銃座から顔を出したラチェットが辺りを見回す。広場には様々な商人が店をひろげている。その間に、行政文書や手紙の代筆を行う代書屋がテーブルを置いている。ラチェットはその中の一人に眼をとめた。
「あいつ」
「じゃぁ、行くかい」
魔女と二人はHMMWVを降りると、代書屋の方へと向かった。突然の魔女たちの登場に、付近の人々は驚き、道を開ける。
「こいつ」
小さなダークエルフは、代書屋の目の前に立つと、びっと指差した。
「な、な、なんの用ですか?!」
「この手紙を誰に頼まれて、書いたんだい?」
魔女はテーブルの上に例の手紙を置いた。逃げ出そうとする代書屋の肩を、後ろに回ったレンチが押さえる。
「素直に吐けば、無傷で仕事を続けられる。わたしもあんまり痛い目に合わせたくはないんだ」
代書屋は魔女と、ラチェットを見、そして後ろに立つレンチを見る。そして諦めのため息をついた。
「──ヤクザもんだ。街の裏通りに住んでる。目の下に傷がある」
「ヤサの目印は?」
代書屋は紙にささっと地図を書き、とある酒場の看板の絵を描いた。
「俺が言ったというのは秘密にしてくれ」
「それは大丈夫さ。おそらく、その相手はこの街からいなくなる」
魔女は手紙と、そのメモを引っさらうと、二人に目配せした。ラチェットとレンチが代書屋を、虫でも見るような目で一瞥してから、魔女に続く。
裏通りを歩く。昼間から飲んだくれている者が路上に転がり、盗品を売り買いする泥棒市が並ぶ。窓には通りを歩く人たちを見つめる娼婦たちの姿がある。
「ここだ」
魔女はメモに書かれたものと同じ絵柄の看板を見つけた。開け放たれた戸の前には、浮浪者が酒瓶を片手に眠っている。
「いくよ」
魔女を先頭に酒場の中に入る。店内にいた客と、店の主が息を呑む。長身の老女と、見慣れない武器を抱えた女、そして小さなダークエルフが現れたからだ。
「ラチェット」
「あいつだ」
ラチェットが店の奥を指さす。そこにいた右眼の下に傷のある、痩せぎすの男が驚きの顔をする。
「動くな!」
反射的にレンチがHK416を構える。マリンコの武器の噂を聞いている者たちは身を引いて、魔女に進路を開ける。魔女は.45を抜き、観念したかのように椅子に腰を下ろした男に近寄る。
「おまえか? この手紙を書かせたのは?」
魔女の問いに、男はぶんぶんとうなずいた。
「誰の差し金だ? おまえが考えたわけじゃないだろう?」
「……それを言ったら殺される」
「話さなければ、わたしに殺される」
魔女は銃口を男の顎下に突き付け、頬から耳、こめかみから額へと輪郭を描くように滑らせる。
「口を割らせますか?」
ラチェットが手をかざして、呪文を唱え始める。邪悪な存在と言われているダークエルフの姿に、男はがくがくと身を震わせる。
「わかった、言う、言うよ!」
「どこのどいつだい?」
「──この街の顔役の息子だ。そいつが、街に出稼ぎに来てる連中の家族を騙して、金を巻き上げているんだ」
「どこに行けば会える?」
「それは……」
「ラチェット!」
ラチェットが声を大きくする。
「三軒隣の娼館だ! いつもそこに入り浸っている! 名前は……」
「だってさ」
ラチェットは魔女の方を見る。
「でたらめな呪文だったのにね」
「まぁ、いいさね」
魔女はレンチの肩を叩き、二人を引き連れて店を出た。
「準備はいいかい?」
レンチはHK416を示し、ラチェットは細身の剣を抜く。魔女は満足げにうなずくと、言われた娼館へと向かった。
娼館の表には、いわゆる遣りて婆が座っている。魔女はその前に立ち、男から聞いた名前を口にする。婆は最初は聞こえないふりをしていたが、魔女がポケットから取り出した金貨を目にすると、部屋の場所を告げた。
「邪魔するよ」
魔女を先頭に娼館に踏み込む。一階は待合室を兼ねた酒場になっており、相手が無く暇を持て余している女たちが虚ろな目で魔女たちを見送る。階段の上はいくつかの部屋に分かれており、そこが女たちの仕事場になっている。
「この部屋だね」
魔女は婆が告げた部屋の前に立つと、.45を引き抜いた。
「レンチ。任せる」
レンチはうなずき、ドアを蹴り開けた。
部屋の中には、男と数人の女が居た。酒をあおっていた男が、突然の闖入者に目を丸くする。銃を構えたレンチは、女たちに部屋を出るように目で告げた。女たちは服を集めると、男に手を振って部屋を出ていった。
「なに者だ? おまえら? 俺が誰だか知ってるのか?」
「知らない。でも、おまえが何をやったかは知ってる」
レンチは男に近づく。男は銃の事はわからないようだったが、下手に動いたら死ぬことを、レンチの気迫から感じたようだった。
「おまえは、多くの家族に偽手紙を送り、金を送らせた」
「それがどうした? 騙される方がいけねぇんだ」
「騙されて、死んだ人もいる──私に良くしてくれた人がね」
レンチは男を蹴りつけた。
「おまえにとっては、ただの騙された人かもしれないが……私にとっては大事な人だったんだ!」
銃を振り上げ、ストックで男の顔面を殴りつける。折れた歯が飛び、鼻血が噴き出る。
「だけど、おまえは殺さない。惨めに生きていけるだけの分は残してやる」
レンチは銃を構えなおし、銃口を肩に突き付けた。銃声が響き、銃弾が肩の骨を砕く。左右の肩を砕いた後、銃口を膝に向け、両膝を撃ち壊す。男は絶叫を上げ、ベッドの中で悶え転がった。
「とどめはあたしがやったげる」
ラチェットが肩で息をしているレンチの脇に立ち、剣をちょいと動かした。男の股間から大事なものが飛ぶ。
「犬の餌にもなりゃしない」
切っ先に飛ばした部分を刺し、ぴっと窓の外に弾き出す。パーツが無くなれば、治癒魔法でも元には戻せない。
「もういいだろう」
魔女はレンチに銃を下げさせ、男を見下ろした。男は血と涙でぐしゃぐしゃになった顔で、いっそ殺してくれと言っている。
「残念ながらその申し出は受けられない。この娘が言ったとおり、惨めに生きていくことだね」
魔女たちは部屋を出た。騒ぎを聞きつけて見に来た女たちの脇を抜け、あがってきた遣りて婆に言う。
「医者を呼んでやれ。いいかい? 殺すなよ」
遣りて婆は、手の中に転がり込んできた金貨を見て、なんども頭をさげた。
村の外れの墓地に小さな墓が作られていた。老婆の家族は誰も居らず、村人が数日前に手向けた花が枯れていた。
レンチは膝を下ろし、手にしていた花束と、蜂蜜の壺を墓の前に置いた。
「何、話してるんだろう?」
ラチェットがレンチの姿を見て言う。
「さぁ、あの子にしかわからないさ」
「そっか」
魔女は煙草の灰を落とすと、レンチが話し終わるのをずっと待っていた。