家に帰ろう
弾倉を受け取った魔女は、身を沈めてバロールの剣撃をかわすと、弾倉を振り落とし、リベットから受け取った弾倉を差し込み、ボルトハンドルを操作した。弾薬が機関部へと差し込まれる。バロールは振り返り、吠えながら突進してくる。
魔女はM200を構えると、慎重に照準した。口の端の煙草が明るくなる。人差し指がトリガーを引く。
剣が届くほどの間合いで、重さ19gの高殺傷弾頭が音速の3倍の速度で銃口を離れた。それはミリ秒でバロールに達し、先ほどわずかなダメージを与えていたその左眼を射貫いた。
バロールが二三歩後ずさる。自分が傷つけられたことに驚愕しているのか、デーモンは自分と魔女を交互に見た。
「いったい、何を……?」
ラチェットがリベットに聞く。
『魔法の薬です。塗ったものを一時的に強化できます。弾が効きづらい敵が現れた時に、と思いまして』
「やるじゃん」
『どういたしまして』
そう会話しながら、ラチェットとリベットは、1体のシールドガーディアンにとどめの一撃を放った。
魔女はボルトハンドル引き、薬莢を排出する。次は胸だった。2発の銃弾がめり込み、血が迸る。そして腹も2発。デーモンの内臓の配置はわからなかったが、人間で言うところの肝臓の辺りを狙った。バロールは命中弾の衝撃でじりじりと後ろへ下がっていく。
最後の1発は、威嚇の咆哮を上げる口だった。M200の銃口が勢いよく突っ込まれる。
「くたばれ」
魔女が引き金を引く。身長差で口腔内に差し込まれた銃口は、ちょうど後頭頂部の方向を指していた。発射された弾頭は、頭蓋骨の下、頸骨の付け根を砕き、脳を衝撃波と運動エネルギーで落としたプリンのようにしたあと、それでも残ったエネルギーを使って頭骨を貫通して、後頭部を爆発させた。
バロールが膝をついた。そして、床に転がり、びくりびくりと痙攣している。
「ば、バロールが? 信じられん」
ナイグラッドの顔に同様の色が走る。ドラゴンをも凌駕するという力を持つ、地獄からの使者が倒されたのだ。
魔女はふーっと煙を吐くと、M200をしまい、愛用のM14をまるで剣のように引き抜いた。その背後でナットがAT-4でシールドガーディアンを屠る。ラチェットとリベットが最後になったガーディアンを連携攻撃で打ちのめした。
「待たせたな」
魔女はM14の銃口をナイグラッドに向けた。ボルトとレンチも銃口を向ける。
「撃て」
連続した銃声が響いた。とっさにシールドを展開したナイグラッドだが、何発かを被弾し、ずるりと床に膝をつく。ボルトが階段を駆け上がり、脳啜りに銃口を向ける。
「俺の女に手を出したな。これがそのお礼だ」
ナイグラッドの右手を銃弾が破壊する。
「これは、死んだ子供らの分だ」
ボルトはナイグラッドの上に立ち、左手に照準すると引き金を引いた。
「制圧しました」
ボルトの報に、魔女とレンチが上がってくる。他の面々は万が一に備えて、下で待機することになった。ラチェットがバロールの死体を興味深げに見たあと、大剣で首を落とした。その途端バロールの体が爆発した。
『あー、びっくりした』
盾で爆発から動甲冑を守ったラチェットは大きく息を吐く。爆発の影響は下の階だけにとどまり、ターレットにいたナットと、強固な外皮を持つリベットらにはケガはなかった。
「さて。下の階の騒ぎも収まったようだし」
魔女はナイグラッドを見下ろしている。自らを「智慧の支配者」と呼んでいた者は、破壊された両手をあげて懇願するように震わせている。
「ま、まて。おまえから手を引く。だから」
明らかに命乞いだった。魔女は.45を抜くと、胴体に1発撃ち込むことで答えた。
「こっちはおまえたちの事を知っている。おまえがここで死んでも、また別の奴がわたしを狙うんだろ? 違うか?」
そう言われたナイグラッドは視線をそらした。
「まぁ、いい。おまえはここで死ぬ。その前に、時間をやろう」
魔女は煙草の箱を取り出し、煙草を抜き出そうとした。
「……空か」
ソフトパッケージを手でくしゃりと潰し、脳啜りに向き直る。
「時間、だと」
「そうさね。祖脳とつながる時間をやる」
その言葉にレンチとボルトが顔をあげる。
「祖脳に!」
「そうしたら、こいつの記憶がっ」
魔女は、服のポケットやチェストリグのポウチをぽんぽんしながら応えた。
「まぁ、わたしを狙う、祖脳とやらにも挨拶したいからね」
.45を構えなおし、ナイグラッドに言う。
「さっさと祖脳を呼べ。時間が無くなるぞ」
魔女はもう1発で触手の1本を撃ち飛ばした。
「早くしろ」
「わ、わかった……それで、いいんだな」
ナイグラッドは観念したように目を伏せた。そして、何やら唱え始めた。
ぐらりと部屋全体が揺れた。そして、今まで本棚があった壁が崩れ、その向こうに巨大な縦穴が姿を現した。そこにじわりと影が浮かぶ。
「余が祖脳とつながったら……余の記憶と執念は、他の者の者が引き継ぐ」
「ああ。そうだね」
影は色を濃くし、像が結ばれてきた。
「なんだこれは」
ボルトが口をあんぐりと開ける。そこに現れたのは、巨大な水槽に入った、見上げるほどの大きさの脳だった。薄黄色の液体の中に浮かぶ脳の表面には血管が走り、無数のシワと膨らみがうねるように動いている。
「あの図面にあった……」
「そうさね。これが祖脳だね」
視線をレンチの方にやった魔女に、ナイグラッドが勝ち誇った声をあげる。
「おまえたちの武器でも、祖脳は破壊できんぞ。余の肉体はここで死ぬが、余の勝ちだ」
「そうでもないさ」
魔女はポケットから黒い布を取り出した。それを広げると、1本の消した煙草が落ちる。
「ふむん。ここにあったか」
落ちた煙草を拾い、口に咥える。
「余は祖脳とつながる。みすみす機会を失うなぞ、所詮は下等生物」
魔女は脳啜りの声を半分聞きながら、布を縦穴のわき、祖脳のすぐ近くの床に置いた。そこに魔法の穴が穿たれる。
「わたしらの武器では殺せない。でも、これならどうだい?」
「ま、まさかっ!」
ボルトはレンチの手を引いた。そして、階段を転がるように駆け下りる。
魔女は腰のホールディングバッグを外すと、その魔法の穴に放り込んだ。そして、数歩さがった。
ぐにゃりと空間が歪んだ。ホールディングバッグを飲み込んだ魔法の穴がぐるりと回り、どこまでも落ちていく小さな穴に変わった。
「やめろー!」
ナイグラッドが叫ぶ。魔女は咥えたシケモクに火をつけた。
「魔法により空間を操る道具はね、重ねると矛盾を引き起こすんだよ。知ってたかい? そして、どこともしれない別次元につながる穴を作り出す」
祖脳が穴に引き寄せられていく。歪んだ空間に飲み込まれ、祖脳の水槽は割れることなく変形する。そして、糸のように引き延ばされ、小さな黒い点に引き込まれて行き、姿を消した。
「さて、どこの世界に行ったんだろうねぇ? 少なくとも、ここじゃあ無い。別のどこかだよ」
ナイグラッドが血を吐いた。祖脳につながっていた精神回路が切断され、その反動が脳の一部を破壊したのだ。
「あんたがそんなになるなら、他の連中も、今頃大変な目に遭ってるだろうね」
床に転がる脳啜りにはその言葉は届いていないようだった。がくがくと身体を震わし、口から血を吐き続けている。
「では、あんたのために死んだ連中への餞別だ。受け取れ」
魔女は.45を脳啜りの頭部に向けると、残った全弾を撃ち込んだ。
「お、終わった……?」
階段の下から恐る恐るボルトが顔を出す。魔女はニヤリと笑った。
「家に帰ろうかね。こんなとこに長居するもんじゃないさね」
ナイグラッドの部屋を爆破した後、一行はディメンションドアで小屋に帰還した。
「まさか、あんな方法で」
夕食の席で、ボルトは魔女に言った。
「いやね、宝物庫の番人が『絶対にホールディングバッグに入れないように』って、念を入れてたからね。なんで? って聞いたのさ」
「いや、あの話は聞いてましたが、まさか敵を倒すために使うとは……」
「ここについてるものは、スケベな事を考えるためだけのものじゃない」
魔女はこめかみを人差し指でとんとんと叩いた。
「まぁ、ボルトのはそうだけどね」
ラチェットが茶化す。レンチは少し頬を赤らめ、そっぽを向く。
『我の脳にあたる器官は、はしご状に神経が組み合わさった……』
「そういうご飯が不味くなる話は別の機会に」
「しばらく脳の話は勘弁してくれ」
わっと笑いが起こる。
「何はともあれ、一仕事終わったさ。しばらくは、あんな厄介なヤツと戦うのは御免蒙りたいさね」
魔女はコーヒーをすすり、椅子に背中をあずけた。食卓を囲む頼もしい面々。ここにいるのは、性別や種族、次元すら越えた魂の絆で結ばれているのだ。と魔女は感じた。
──さて、次はどんなことが起こるんだろうか。
魔女はそう思いながら、煙草に火をつけた。




