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北の森の魔女 第2シーズン  作者: 鉄猫


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黒いナイフ

 その日小屋にやってきたのは出入りの小売り商人だった。魔女は居間に彼を通した。ボルトたちはそれぞれの仕事のために小屋にはナットしかいない。

 商人はいつもの品々を置き、魔女ととりとめのない世間話をしていた。交易で身を立てている旅商人は魔女にとっては重要な客であった。珍しい商品や貴重な情報を持ってくるからだ。

「王国の方では、魔女様が丸くなったという噂が」

「そうかい。丸くなった覚えはないんだがな」

「いえいえ。最近は王国の事にも首を突っ込まず、魔女様の長い指も影を潜めたと」

 商人はふひひっと笑いながら続けた。

「恐れられていた魔女様が、今ではお味方であるような話しぶりですぞ」

「…………」

 魔女は無言でマグを口に運んだ。

「村々では、マリンコ(海兵隊)の名を出して子供を脅す親も少なくなったようで……」

「……何が言いたい」

 魔女の眼が細くなる。商人はいやらしい笑みを浮かべた。

「このまま表舞台から去る、というのはいかがですかな?」

「ほう。それは面白い話だ」

「役に立たなくなった猟犬は、煮て喰われるとも言いますし」

「おまえ……正体を現せ」

 魔女の手がテーブルの上の.45に伸びる。その前に商人の手が速くあがった。その手には黒い刃のナイフが握られている。

「おっと、そこまでです。この刃には強い麻痺毒が塗られています。ちょっとの傷でも効果がありますよ」

「誰の差し金だ」

「わかっているはず」

「──脳啜り(ブレイット)か」

智慧の支配者(ナレッジャラー)、と言っていただきたい」

 商人の眼がぐるりと人間離れした動きをした。

「乗っ取りか」

「魔女様、あなた方の意思は強い。簡単には脳を乗っ取ることはできません。このような弱い個体なら容易い。利用させてもらうことにしました」

「わたしを脳啜りの下に運ぶというわけだね。しかし、わたしもそれなりに重い」

「なに、『魔法の鳥かご』があります。あなたをその中に収めれば、片手で持ち上げられます」

「用意周到だな」

「伊達に商人をやってはおりません」

 商人はにんまりと笑った。

「わたしをヤツのところまで運んだら、何かいい事があるのかい?」

「そうですね──私も祖脳につないでいただくことにしましょうか」

「タコ頭になるというのかい?」

「そんなとこです」

 魔女の額に脂汗が浮かぶ。顔では平静を装ってはいるが、抜いたナイフを前にしては分が悪かった。拳銃をつかみ、構える前に二三度は攻撃を受けることになる。横目でキッチンを見るが、ナットはいない。裏手にゴミを捨てにいっているようだった。

 商人は勝利の笑みを顔面に張り付けている。両目が左右バラバラにぐりぐりと動いている。その頭蓋骨の中の脳は、あの村で見た、脚の生えた脳になっているのだろう。

「そろそろ覚悟を決めていただきましょう」

「一つ疑問だったのだが」

「なんです?」

「その頭の中──おまえたちはどうやって潜り込むんだい?」

「簡単な事です。魔法的に脳に種を転移させます。その後は種が育ち、その個体の脳をいただくというわけです」

「ふむん」

「ああ、魔女様の脳の事は気になさらず。中身はすべてナイグロッド様に捧げられます」

 商人は魔女を執拗に追う脳啜りの名を口にする。

「他の皆さんはどうしましょうかね? 皆さんもいろいろと知識や経験をお持ちのようです。私らのようにはせず、皆さんも捧げものになっていただきましょうか」

「簡単に捧げものになるほど、弱くはないさね」

「それはどうでしょう? 魔女様を失えば瓦解するするのでは?」

「残念ながらそうはならない。甘く見ないでもらいたいね」

「そうですか」

「そっちが思っているほど、こちらは弱くはないさ。あんたらの弱点も知ってる」

「それは良い事です。しかし、それも実行できなくては」

 商人は愛想笑いをする。

「そろそろお話にも飽きました。こちらの案件を終わらせていただきます」

 商人は立ち上がり、テーブル越しに魔女に迫る。ナイフの刃が近づく。

「毎度ご利用ありがとうございます。残念ながら、次の機会はありませんが」

 その時、魔女は商人の背後に動くものを見た。その視線に気づいた商人の眼が動く。何かが飛んでくる。商人は反射的に振り返り、それを迎撃した。しかし、飛んできたのはひとすくいの熱湯の塊だった。液体を切り裂き、止めることができる者はいない。熱湯は商人の顔にふりかかった。

 片手で顔をおさえる商人の右腕を魔女はつかむと、関節を逆にするようにひねった。商人の手からナイフが飛ぶ。

「ナット!」

 キッチンでレードル(おたま)を構えるナットに魔女は叫ぶ。ナットが跳び、床に落ちたナイフを蹴り飛ばす。

 腕を取られ関節を極められた商人は、それから逃れるために強引に身体を回した。ごりっという音がして、右腕の関節が外れた。脳が身体に限界を越えさせたのだ。

 魔女は手を離し、テーブルの上の.45を取った。そして、狙いすました一撃を放った。商人は胸と腹に銃弾を受ける。その反動を利用したのか、商人は小屋の外に転がり出る。

「わたしは無事だ!」

 ナットがうなずき、小屋のドアの前に立つ。何かあったら盾になるつもりだった。

 小屋から転がり出た商人は、そのまま逃げようとしていた。そこに黒い影が舞い降りる。

 小屋の上の大木の枝の上で過ごしていたリベットだった。リベットは商人の背に一撃をくわえ、地面に引き倒す。

「そいつに近寄るな! リベット!」

 ドアの外に出た魔女が叫ぶ。リベットはそちらを一瞥し、倒れた商人の方に向き直る。

 商人の頭が動いた。頭蓋骨が横にスライスされ、中から4本の脚を動かして脳が這い出してくる。脳はリベットの方に向かって跳び、その何も無い顔にはりついた。脳を乗っ取ろうとしていたのだった。

 しかし、脳はもぞもぞと動くと、驚いたようにびくりとした。次の瞬間、リベットの両手の爪が脳をバラバラにした。

「リベット!」

 魔女は.45を構えた。リベットは何事も無い、という素振りで片方の前肢をあげた。

「あんたは──リベットかい?」

『そのようです』

 リベットはいつものように、自分を客観視するような口ぶりで応えた。

「それは、脳啜りに乗っ取られた脳さね」

『問題ないと思います』

 リベットは立ち上がり、魔女の方を向いた。魔女はドキリとした。リベットの外皮は非常に堅牢である。M14でも損傷を与えられるかどうか疑問だった。もし、脳を乗っ取られているようなことがあれば勝ち目が無い。

 そんな魔女の心配に気づいたのか、リベットは自分の頭を爪で叩いてみせた。

『ご心配にはおよびません。彼らは我の頭を乗っ取ることはできません』

「しかし、いくら外皮が硬くても、相手は魔法的に、と言っていたさね」

 リベットは最近覚えた「肩をすくめる」というジェスチャーをしてみせた。

『無駄な事です』

「無駄な事?」

『残念ながら、我の頭の中に脳はありません。脳と言う器官を持たないのです』

「脳が無い、だって?」

『ハイ。このような脊椎動物が持つような形式の神経回路を、我は持っていません。我の身体の脳に類するものは、はしご状神経系というものです。乗っ取ろうにも、類似の器官が無いのでは、無駄な事、というわけです』

「はしご状神経系、か──まるで虫か蟹だね」

 魔女はほっと息を吐き、銃を下ろした。おっとり刀でグレネーダーを持って駆けつけてきたナットに、事は終わったと告げる。

「しかし、ここまで来られるとは」

『いかがされるのですか?』

「そうさね。また来られる前に、さっさと片付けに行くとするかい」

 魔女はバラバラになった脳と、地面に倒れている商人を見て思った。攻撃こそ、最大の防御策だと。


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