陽だまり
北の森に穏やかな陽の光が差す季節がやってきた。魔女たちは、脳啜りの城への再戦を企図して、その準備を行っていた。
小屋のテラスにボルトとラチェットが並んで座り、それぞれの銃の手入れをしていた。バラしたパーツを点検し、銃身に洗浄棒を差し込んで、汚れを取っている。
ボルトが辺りを少し見てからラチェットに小声で話しかける。
「ところで……」
「なに?」
「嫌なら答えなくてもいいんだが……おまえは、どうして……その、片方の眼が?」
「ああ、これ」
ラチェットは右眼を覆う黒い眼帯を指さして見せた。
「誰にも言わないなら」
「ああ。俺だけの秘密にしておく」
ラチェットは洗浄棒を傍らに置き、ボルトに顔を寄せた。
「父と母が流行り病で死んだあと、あたしは村の連中に吊るされたんだ。そりゃそうだよね。小娘とはいえ、ダークエルフだ。怖かったんだろうね。村の外れの木に、頸に縄をかけられて、こう」
ダークエルフの娘は、首をぐっと絞められるポーズをとる。
「それにくわえて、槍で横腹を一突き。痛いなんてもんじゃない」
「は? それと眼にどんな関係が?」
「話には続きがあるんだ。首を絞められ、出血とで意識が朦朧として来た時、一羽の烏が飛んできたんだ。あたしはまだ生きてる、気が早い奴だなと思ったんだけど、枝にとまったそいつが言うんだ。『その眼を食わしてくれたら力をくれてやろう』と」
「それで?」
ボルトは作業の手を休めて、食い入るようにラチェットの話を聞く。
「まだ死にたくなかったあたしは、迷うことなくうなずいたわけよ。気がつくと、木の下にいた。もちろん死んではいないし、槍の傷もふさがっていた。だけど、右の眼はね……そして知ったわけ。この世の様々な事を。あたしが魔法や怪物の事に詳しいのは、右眼と引き換えにしたからよ」
ボルトは真剣な眼差しでラチェットを見、関心したような顔をしている。ラチェットはしばしその顔を見つめていたが、急に破顔して言った。
「あ、嘘」
「へ?」
「そんな話があるわけないじゃない。流行り病で腐れ落ちただけ」
「やっぱりな」
ボルトは、少しでも信じた自分がバカでしたという笑みを浮かべ、作業を再開した。ラチェットはふふんと意味ありげに笑った。
「珍しいじゃない。二人が並んで座っているなんて」
レンチが見慣れない銃を抱えてやってくる。
「ああ。ちょいと内緒話をしていてな」
「妬いてくれてもいいんだよ」
「ええ。仲がいいことで」
レンチの言葉にボルトがえーっという顔をする。
「今度からこれを持って行こうと思ってね」
「そりゃ、Mk48じゃないか」
レンチが持っていたのは、ボルトたちも良く知っているM249軽機関銃の発展型の機関銃であった。M249が口径5.56㎜であるのに対し、Mk48は、魔女が使うM14と同じ7.62㎜弾を使用する。M249と比べ、射程や打撃力が向上しているが、その分重量もあり、射撃時の反動も大きかった。
「どこから持ってきたんだ?」
「倉庫にあったのよ。少しでも相手に与えられるダメージを増やそうと思ってね」
「レンチ、それは失敗作だぞ」
「知ってる」
レンチが持っていたMk48は、ダンジョン内部での運用を考えて、短い銃身と伸縮できるストックをつけた改造モデルであった。
「銃身を短くしすぎて、反動がでかくてコントロールができない。俺たちより屈強な人間のマリンコでも手を焼いて、使わなかった奴だ」
「それが、そうでもないんだよね」
レンチはちろっと舌を出すと、チャージングハンドルを引き装填し、広場の彼方にある標的に向かって発砲してみせた。安定した弾道が見え、まとまった散布界が標的にしている丸太の表面を爆ぜさせた。
ボルトはあっけに取られて見ていた。レンチの細い身体のどこにこんな力があるのか、と思った。その顔を見たレンチは笑い、銃を地面に置く。そして、いきなり上着の裾をまくり上げた。
「これがその秘密」
レンチのへその下、腰にごつい革のベルトが巻かれていた。
「それは……もしかして?」
「嵐の巨人の宝物庫からもってきたものよ」
「あ、『力の帯』だ!」
ラチェットがベルトを指さして、驚きの声を上げる。
「つけている者に、ジャイアント並みのパワーを与えるっていうアイテムだよ。しかもその刻印は……ストームジャイアント!」
「何かすごいのか?」
「そう! これは、数あるベルトの中でも最強のもので、ストームジャイアントと同じぐらいのパワーを持っているという、逸品中の逸品!」
「それで、か」
「そう。いつまでも、ボルトに守られてばかりじゃいられないから」
レンチは自分の非力さを気に病んでいた。たとえ鍛え上げたとしても、肉体には限界があった。その限界を超えた力が手に入るのであるなら、と彼女はこの品を選んだのだった。
「これで投射火力が格段に上がる。なんなら、左右の手で2挺持ってもいい」
「1挺で充分だ」
ボルトは急に自分が持っているM4が小さく見えた。少し情けなく思い、耳が垂れる。それを見たレンチが声をかける。
「しょげないで。ボルトの動きには、M4じゃないとついていけないわ。力があっても、銃のかさばりを小さくすることはできない。床を見たり、ドアを調べるには、この銃は大きすぎる」
「──それも、そうだな」
ボルトは改めて自分の銃を見た。今までずっと一緒に戦ってきた、自分の右腕と言ってもいいものだった。癖も良く知っている。
「レンチは『力の帯』かー」
「ラチェットは何を持ってきたの?」
ラチェットはレンチの問いに、にひひっと笑って見せた。
「秘密」
「ずるい」
「俺はこのキューブだ」
ボルトがポケットから掌に収まる小さなキューブを取り出す。6面体で、それぞれの面に刻印がなされている。
「それぞれの面の刻印を押すと、それぞれ違った性質を持った見えない壁が出る、というものらしい」
「変なの」
「ここぞという時に盾替わりにできるかな、と思ってな」
「ボルトの事だから、空飛ぶ剣とか選ぶと思ったのに」
「そんなおもちゃは俺に似合わないだろ?」
「おもちゃ言うな」
3人は笑った。
「お三方そろって、日向ぼっこかい?」
散歩から帰ってきた魔女が声をかける。
「いや、巨人のとこから持ってきた魔法の品の話をしてたんです」
「そうかい」
「メムは何をもらってきたんですか?」
「ああ。わたしはこれだ」
魔女はポケットに入れていた小さな黒い布を見せた。
「ハンカチ、ですか?」
「いや。魔法の落とし穴を作るだけのものさ」
ボルトたちは意外な顔をした。
「えっ? もっと、こんな、すごいものがあったじゃないですか?」
「そう。魔法を防ぐ鎧とか、火の玉が出る指輪とか」
魔女はくくっと笑った。
「わたしはあんまり魔法の力を信じてなくてな。ちょうど灰皿が欲しいと思っていたのでね」
「灰皿……」
「これで吸殻をその辺に捨てずにすむ」
「はぁ……」
がっかりする3人に、魔女は笑って見せた。




