ユニコーンの森
魔女の一行は知らない森の中にいた。
とあるモンスターを討伐した帰り道、一瞬ラチェットが魔力を感じて声を上げた直後、この森の中にいたのだ。
森の中は木漏れ日にあふれ、気温もちょうどよく、空気も澄んでいた。
「なんだい、ここは?」
地図を閉じた魔女が辺りを見回す。HMMWVの後部座席にいるラチェットが答える。
「おそらく、ディメンションドアのようなもので飛ばされたんだと思う。もしかすると、あたしらの世界じゃないかもしれない」
「帰れるのかい?」
「どうかな」
「まぁ、いい。進んでみよう」
魔女はHMMWVで行けるとこまで行ってみようとナットに指示した。ナットはぬかるみや低木を避けて、低速で車を走らせる。
しばらく走ると、小さな広場があり、そこに泉が湧いているのが見えた。魔女はすぐ近くで車を停めるように言った。
「見てくる」
後方の車からボルトが降りる。レンチが銃座につき、ミニガンのスイッチに指を置く。
ボルトはM4を構え、ゆっくりと広場に向かっていく。時折、近くの茂みで何かが動く音がする。ボルトの耳と鼻は、それらが小動物であることを見抜いていた。広場に入り、360度、木々の梢から、茂みの下までを見渡す。元々大木が立っていたのだろう。その木が枯れて、ぽっかりと空間ができたのだと思った。木の根が泉の中に見えた。ボルトは泉の中を慎重に覗き込む。何かモンスターが潜んでいないとも限らない。
しばし周囲を警戒したあと、ボルトは問題無し。の合図を送った。魔女はHMMWVをその場に停め、皆で泉のある広場へと向かった。
「きれいなもんです。魚と蛙が泳いでる」
「それなら飲めそうだ」
魔女は泉に手を差し入れる。透明な水が底から湧き出ているようだった。
「よし、大休憩をとろう」
魔女はそう言い、皆に装具を下ろし、食事を摂るように言った。銃を置き、重いプレキャリとチェストリグを外す。ブーツを脱ぎ素足になると、草がやさしく足を包んだ。
「いいところだな」
「ほんと」
「でも、帰らなきゃならん。小屋に倉庫のこともある」
「わかってますよ、メム。魔法的に飛ばされたのなら、誰かが元に戻してくれるかもしれません」
「それが誰か、だね。ただの空間の歪みだったら、あたしらの手にはおえない」
ラチェットがMREのクラッカーを頬張りながら言う。
「まぁ、先は長いさ。ちょっと横になるよ」
魔女は手足を伸ばし、草の上に横になった。暑くも無く寒くもないよい感じの風が吹く。虫が鳴き、茂みの中を動物が走る音がする。魔女は眼を閉じ、いつしか寝息をたてはじめた。
しばらくして、魔女ははたと眼を開けた。飛び起き、辺りを見回す。周囲に皆が眠っている。あのリベットも膝をついた態勢で動かない。魔女は近くに置いた.45のホルスターに手を伸ばした。
その時。近くの茂みが割れ、一頭の白馬が姿を現した。いや、馬では無い。その額には一本の螺旋状の角が生えているのだ。
「ユニコーン!?」
魔女は驚きの声をあげた。おとぎ話では聞いたことはあるが、本物を見るのはもちろんはじめてであった。
ユニコーンはゆっくりと広場に進み、魔女と対峙した。少し潤んだ黒い瞳が魔女を見ている。魔女は拳銃を置き、両の掌をユニコーンに見せた。
「こっちは迷い人だ。あんたらに迷惑はかけない。元の道に戻りたいだけさ」
魔女の言葉が通じたのか、ユニコーンは首を下ろし、魔女に近づいた。角の先がすぐそこにある。
【あなたがたを呼んだのは私です】
魔女の頭の中に声が響いた。言語による会話ではない。脳への語り掛けであった。
【この森の危機を救ってもらいたいのです】
「危機、だって?」
ユニコーンはまた一歩近づいた。角が肩に触れる。
【そうです。この森に、とある騎士がやってきました。その騎士は邪悪な心に支配されています。本来なら、私の力で追い払うことができるのですが、その騎士の力は強く、私だけではどうにもできません。そこで、あなたがたを呼んだのです】
「そりゃ、光栄なことで」
魔女は片膝を立て、ホルスターを引き寄せた。
「そいつはどこにいる。さっさと始末しようじゃないか」
魔女の言葉にユニコーンは驚いたようだった。魔女が何の条件も、疑問も呈さなかったからだ。
「仕事を引き受けよう。ボルト!」
その声に、プレキャリを枕に眠っていたボルトが飛び起きる。寝ぼけ眼で辺りを見回している。
「皆を起こせ。仕事だ」
「仕事って……うわっ、なんだこの馬……角がある……」
「驚くのは後にしな。さっさと行くよ」
ボルトが皆を起こし、それぞれはユニコーンの姿を見て目を丸くする。そして、魔女の言葉を聞いて、さらに驚きの顔をする。
「ユニコーン……実在したんだ」
「別世界のようだね。あたしらの世界にはいないのかも。ユニコーンは清浄な世界を作る聖獣だ。悪はその領域に入れない」
「だが、悪い奴がこの森に来てるわけか」
ボルトがM4を取り上げ、初弾を装填する。それに合わせてレンチも銃のチャージングハンドルを引く。動甲冑が起動し、一行はいつものフォーメーションを組む。
「さて、案内していただこうか」
【ついてきてください】
森の道をユニコーンに従って進む。
【あれです】
少し先、森がすっぱりと切れていた。木々が炭のようになり、下草が灰になっている。その向こうは、一面の焼け野原であった。
【騎士はあの奥にいます】
「わかった。行くよ」
「yes,メム」
ボルトは焼け野原に踏み込んだ。ブーツの下で灰がミシリっと音をたてる。熱くはない。おそらく、象徴的なものなのだろう、と思った。善と悪の領域を示すものなんだと。
ボルトの眼が敵の姿を見つけた。灰の平原の向こうに、一騎の騎士がいる。馬鎧をつけた骸骨の馬に乗り、分厚い鎧に身を固め、長い槍を携えている。騎士の双眸は熾火のように紅く燃えていた。
「照準!」
ボルトが叫ぶ。レンチとナットがそれぞれの銃の銃口をあげる。ラチェットは盾を構え、リベットは両手を開く。
騎士が槍を差し上げた。そこから火の塊が飛び散り、地面に転がると、そのまま猟犬の姿に変わった。ヘルハウンドである。
「発砲!」
銃声が響く。ラチェットとリベットが騎士に向かって奔る。ヘルハウンドの群れはそれを阻止しようと、群がってくる。
銃弾を受けたヘルハウンドは転がり、燃える石炭へと姿を変える。騎士はヘルハウンドが倒れると槍を差し上げ、新しい猟犬を呼ぶ。ラチェットとリベットが群がるヘルハウンドを切り刻み、ボルトたちが銃撃を浴びせる。しかし、数は減るどころか増えていた。
魔女はユニコーンの方を向いた。
「一騎討ちと行こうじゃないか」
最初ユニコーンは不思議そうな顔をしていたが、魔女の脳内イメージを読み取り、姿勢を低くした。魔女はユニコーンの背にまたがると、M14を装填した。
「いくよ!」
掛け声とともに魔女とユニコーンが奔る。灰を巻き上げ、焼け野原を進む。
「メムを援護しろ!」
ボルトがレンチとナットに指示する。連続した射撃で、進路を塞ごうとするヘルハウンドを撃ち倒す。
ユニコーンの蹄が、先ほどまで猟犬だった燃える石炭を跳ね飛ばす。ユニコーンが大地を蹴った。ヘルハウンドの群れを飛び越し、騎士に向かう。
騎士はそれに応え、槍を水平に構えると、骸骨馬の腹を蹴った。馬が灰を蹴立てて突進してくる。
魔女は上半身を起こし、M14を構えた。そして引き金を引く。薬莢が煙を吹いて吐き出される。
魔女の一撃は騎士の右の親指に命中した。金属音が響き、騎士の手から槍が転げ落ちる。
骸骨馬とユニコーンがすれ違う。そして頭を回し、再び対峙する。騎士は右の親指をしばし見たあと、左手の盾を捨て、剣を抜いた。
「もう一度だ」
魔女の口から海兵隊の鬨の声が吐き出される。拍車をかけた騎士が迫る。魔女はM14を照準し、狙いすました一撃を放った。
騎士のヘルムのバイザーに弾がめり込む。左の眸が光を失う。それでも剣を振るう。魔女は銃でそれを弾きそらした。
「どういう理由かは知らんが、ここから去ってもらおうか」
魔女は騎士に言う。
「これは贖罪の旅だ」
騎士が答える。
「贖罪?」
「我は愛する者の死を看取る事が出来なかった。愛する者は病にかかり、死の床にあった。だが、我は戦うことを第一とした。愛する者は病に苦しみ、そして死んだ。我は愛する者を救うためにここにきた」
「ははぁ? もう死んだ者をどうするというんだい?」
「そのユニコーンの角だ。それがあれば、愛する者を救うことができる」
「それで森を焼いたというわけかい!」
魔女は背筋を伸ばし、大音声で言った。
「それは妄執さ! 死した者を救うことはできない! 仮に救えたとしても、過去を取り戻すことはできないのさ! 刻は進み、戻る事は無い! 仮に戻ったとしても、それはまた違う道だ! 同じ刻、同じ道は無い! 救った者は、本当に救えた者ではないのさ!」
騎士の残された右眼が赤々と燃え盛った。魔女はぺっと唾を吐き、M14を構えた。
騎士が吠える。骸骨馬がいななき、前脚を大きくはね上げた。
銃声が響いた。放たれた弾頭が骸骨馬の眉間を撃ち抜く。魔女はわずかに銃口を動かし、引き金を引いた。銃弾は騎士の右眼を撃ち抜き、もう一発が胸を射貫いた。
騎士が口を開く。声にならない絶叫が吐き出される。馬は転がり、騎士が振り落とされる。
「終わったのか……」
ボルトは照準器から視線を動かし、辺りを見る。先ほどまで焼け野原だったところに、草が生え始めたのだ。木が芽吹き、葉が広がる。灰色だった空間に緑が満ちていく。
騎士の絶叫がやんだ。騎士と馬は崩れ、ただの石ころにかわり、それも砂となり、風に吹かれていった。
魔女はそれをみてよしとし、ユニコーンから降り立った。
「さて、仕事は終わったさね」
魔女は煙草に火をつけ、大きく息を吸い込んだ。
HMMWVがゆっくりと森の道を進む。森は不意に風景を変え、寒々しい針葉樹の道に変わった。
「やれやれ、とんだ帰り道さ」
「でも、ユニコーンが見れた」
ラチェットが嬉しそうに言う。
「元の場所に帰れたんだからいいじゃん」
「そうさね。わたしらは、あの森よりこっちの森の方が似合ってる」
魔女は窓の外を流れていく、見慣れた風景に眼をやった。
耳に騎士の声が残っている。
──もし、死んだ者たちを救えるとしたら?
魔女はすぐに思いを捨てた。過去は過去だ。戻りたいとは思わなかった。




