再会
宝物庫から魔法のアイテムを一つずつ選び出し終わると、その後は宴となった。皆、大いに呑み、喰い、そして何の心配することなく、巨大なベッドで眠った。
翌朝。魔女たちは帰宅の途につくことになった。
MV-22の各部をチェックし、燃料を補充する。庭師の誘導でオスプレイは、木々の梢を揺らしながら舞い上がった。
雲を抜け、遠く海面が見える高度で巡航に入る。
「で、何を選んだんです?」
ボルトが皆に聞く。
「それは秘密でいいだろう。魔法の品ありきの戦術を考えるのは良くないさ。あくまで、おまけみたいなものと考えるのが妥当さ」
「確かにそうです、ね」
ボルトは掌に収まったキューブ型のアイテムを放り投げてはキャッチしていた。魔法のアイテムにはパワーチャージが必要なものがある。多くが夜明けと共に回復するのだが、中には使い切りや、周囲の状況によって変動するものもある。使っている途中でパワーが尽きる可能性もある。そんな物に頼っての戦術構築は間違っているのだ。
オスプレイが飛ぶ。いつもは荒れている凍てつく海だったが、今日は天候が良かった。それはストームジャイアントが為せる技の一つだった。
「ん?」
魔女が何かに気づいた。上空に小さな点を見つけたのだ。座席から立ち上がり、窓の外を見つめる。
「──敵だ」
点はみるみるうちに大きくなり、次第に四つ足の翼を持つ生物へと変わった。赤い皮膚が見える。
「レッドドラゴン!」
レンチが叫ぶ。
ドラゴンの口が開かれ、そこは真っ赤に燃える溶鉱炉の中のようだった。炎が丸くなり、勢いよく吐き出される。ナットがそれに合わせて操縦桿をひねる。オスプレイは急旋回して火弾を回避する。
ヘリだったら死んでいた、と魔女は思った。ドラゴンは上空に占位し、火弾を吐き出してくる。
「これも脳啜りの差し金ですか?」
「さあね。そうかもしれないが」
急旋回をくりかえすオスプレイの中では、座席につかまっているしかなかった。悪い事に、反撃する武装はなかった。
異変に気づいたラチェットが動甲冑に飛び乗る。起動シークエンスを無視して動甲冑を動かし、.50を手に取る。
「ランプを開けて! 後方に向けて射撃する!」
ゆっくりとランプが開く。ラチェットはつま先を床にひっかけて立つ。
『視界に入ったらいつでも撃て』
「わかってる」
ボルトの声にラチェットは苛立ちを隠さずに答えた。本来なら、輸送用であるオスプレイには、護衛の戦闘ヘリか航空機がつくのだ。しかし、この人数とスキルはそれを可能とはしなかった。
機体が揺れ、斜めに降下する。リベットが動甲冑の腰をつかんで振り落とされないようにする。
ドラゴンは急降下し、後ろ足で攻撃しようとしていた。一瞬姿が見える。ラチェットはすかさず.50を撃ち放った。命中弾がドラゴンの頭部に集中し、いくつかの鱗が飛ぶ。いきなりの攻撃にドラゴンは吠え、攻撃を諦めて上昇する。
「降下して尻を向けて!」
『行くぞ』
オスプレイが尻を持ち上げた状態で降下する。ラチェットは上空のドラゴンに向かって.50を発射した。弾倉から次々と弾薬が機関銃に吸い込まれ、ベルトリンクと薬莢が貨物室に散らばる。
「弾切れ!」
ラチェットの言葉にリベットが応える。弾薬箱をラチェットに向けて差し出す。
しかし、それが大きな隙となった。火弾が機体後部に向かって飛び、それを察知したナットが急旋回したのだ。
「あっ……」
踏ん張ろうとしたラチェットは、足の摩擦が無くなったことを感じた。動甲冑が、一種の無重力状態で浮き上がったのだ。リベットがそれに反応して前肢を伸ばすが、わずかなところで爪先は空を切った。
ラチェットは機外へと放り出された。
落下の感覚がラチェットを包む。どんどん自分が落ちていることはわかった。だが、何もできなかった。パラシュートや翼などの落下速度を落としたり、空を舞う装備などは動甲冑には備わっていない。ぐるぐると思考だけが脳内を巡った。
【人は落下して死ぬのではない。地面にぶつかって死ぬのだ】
誰かが言った言葉を思い出した。ここは海の上で、地面にぶつかることはない。しかし、海に落ちたら沈み、二度と浮き上がることはできない。焦りと絶望がラチェットを襲う。
くそっ、なぜ自分はこんなところで、こんな無様な死に方をするのか。ラチェットは毒づいた。どうせ死ぬなら、強敵と組み合ったまま死にたいと思った。しかし、そんな願いは叶いそうにない。
動甲冑は落ち続けた。
──助けて
ラチェットの本能が助けを求めた。左の眼から涙がこぼれる。
その時。
ガクンっと機体が揺れた。まだ水面のはずはない、とラチェットは訝しんだ。落下速度が落ちている。いや、浮いている感覚があった。
あわててモニターに眼をやる。頭部の光学センサーは海面を映していた。それが近づいたり、遠ざかっている。何かが自分を持ち上げ、運んでいるのだ。
やがて小さな島が見えてきた。自分をぶらさげている主は、そこに向かっているようだった。もしかすると先ほどのレッドドラゴンかもしれない。そうなったら一騎討ちだ、とラチェットはいつもの好戦的な自分を取り戻していた。
動甲冑の足が地面をつかむ。機体を立てると同時に、運んでいた者が離れる感触があった。ラチェットは機体の頭部を回し、大剣の柄に手を伸ばす。
モニターに白い巨体が見えた。ふかふかの羽毛と、その中に埋まっている鳥のような顔が見える。ラチェットはまさか、と思った。
それは一頭のストームドラゴンだった。
「あ、ああ……」
ラチェットの左眼から再び涙がこぼれた。それは先ほどの絶望の涙ではなかった。嬉しさの涙だった。すぐに動甲冑の前面ハッチを開き、外に飛び出す。
「バール!」
ストームドラゴンの若者の左の翼は少し曲がっていた。それは、まだちいさな時に負った骨折の跡だった。
ラチェットは両腕を大きく広げ、バールのふかふかの羽毛に覆われた胸に飛び込んだ。バールも前足を持ち上げて、ラチェットを抱きしめる。
「ほんとに、ありがとう……覚えていてくれて……」
ラチェットの言葉にバールは小さく鳴いて答える。もう、前のようなぴよぴよとした声ではない。ドラゴンの風格を備えた声だった。
魔法の力を使えば、バールが習得している竜の言葉を使えば、話すこともできたであろう。しかし、両者はそうしなかった。言葉を越えたところで、ラチェットとバールはわかりあっていたのだ。
上空を影がよぎる。すわ、敵か。とラチェットが身構えるが、それはバールの数倍はあるかという巨大なストームドラゴンだった。
ストームドラゴンは地上を一瞥すると、翼をはばたかせ急上昇していった。そしてしばらくすると、上空の雲の中から、ズタズタに引き裂かれたレッドドラゴンが落下してきた。レッドドラゴンは水柱を上げて海面に激突する。レッドドラゴンは海面に浮きあがり、翼を振って飛び上がろうとしたが、次の瞬間、海面下から現れた巨大な顎に呑み込まれた。
雲からオスプレイと、さきほどのストームドラゴンが降りてきた。オスプレイは島に向かって降下してくる。
「大丈夫。あれはあたしの家族よ」
ラチェットの言葉にバールはうなずく。オスプレイが着地し、魔女が降りてくる。
「けがは無いかい?」
「ええ。バールのおかげで」
ラチェットは、大きく成長したバールの頭を撫でた。バールは小さな猫のように、ラチェットに頬ずりする。
「何はともあれよかった。魚の餌になったかと思った」
「どうやら、地上からおさらばするのはまだ先みたい」
オスプレイからはナットとボルトが降り、周囲を回って各部をチェックしている。貨物室から緊急パッケージをリベットが降ろし、レンチとともに開封している。
「負うた子に助けられるとは、まさにこのことさね。こっちはしばらくかかりそうだ。ひさしぶりの再会を楽しむんだな」
「ありがとう。メム」
オスプレイが離陸する。それに従ってバールと、母竜も飛び上がる。
バールはラチェットたちの横を飛び、くるっと回ったり、位置を巧みに変えたりする。
「いやぁ、あのちびが、あんなにデカくなってるとは」
「ほんと、なにがあるかわからないものね」
ボルトとレンチが窓の外を優雅に舞い飛ぶバールを、関心げな声を上げて見ている。
「さて、そろそろだね」
ラチェットがバールに合図する。編隊を組んでいたバールは一鳴きすると、翼を伸ばして滑空し、腹を見せるブレイクマニューバを決めてすーっと離れていく。
「かっこいい……」
「そりゃ、あたしが教えたからね」
バールが翼を振り、くるりと回転してみせる。自分がどれだけ育ったかを誇り、ラチェットに見せているようだった。
「またね……」
ラチェットは母竜とともに雲間に消えていくバールを、手を振って見送った。




