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北の森の魔女 第2シーズン  作者: 鉄猫


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23/34

理想郷を夢見て

 小屋のテラスの手すりに、一羽の白い(カラス)が降り立ち、大きく一啼きした。

「お、噂をすればだ」

 魔女はドアを開けテラスに出た。烏は魔女を見てもう一度啼いた。そして羽ばたき、北に向かって飛び去って行った。

「さすがすべてを見通している方ですね」

「お招きいただいたようだね。すぐに出ようか」

 魔女はボルトに言い、皆に荷物をそろえるように言った。

 皆が荷物を用意していると、小屋の前の広場にナットが操縦するMV-22(オスプレイ)が着地した。めいめいが装備と荷物を貨物室に積み込み、動甲冑が歩いて入る。貨物室には、緊急パッケージと呼ばれる予備部品と燃料が積み込まれていた。荷物を運び終えるとリベットが最後に乗り込み、オスプレイは離陸する。

 速度と航続距離に優れるオスプレイ(ミサゴ)は、その名の通りの俊敏さで海上を飛んでいく。操縦席にはナットが座り、ボルトが副操縦手席に、魔女とレンチがその後ろについている。ラチェットとリベットは、荷物室後部の開いたランプ(後部扉兼傾斜路)のところで、流れ去る水面(みなも)を見ながら何やら話している。水面には鯨や、それをエサにする大型海洋生物の影が見られたりもした。

「この辺だね」

 海図を見ていた魔女がナットに指示する。オスプレイは上昇し、雲を抜ける。

 その先にそれはあった。雲の上にそびえる山とそこに築かれた要塞である。

「前に来た時はディメンションドア(空間移送扉)だったからね。ここから見るのははじめてだろう」

 あまりの光景に口をぽかんと開けているレンチに魔女が言う。レンチはその風景に圧倒されて、声も出せなかった。

 オスプレイは要塞の上まで飛び、要塞の上部にある開けた庭をめざした。庭には数頭のワイヴァーンやドラゴンの姿が見える。手を振って誘導する庭師の合図に合わせて高度を下げ、着地する。

「先に行ってる」

 魔女はそう告げるとオスプレイを下り、案内のエルフの後を追って要塞の中に入っていく。

 要塞を擁する山は、魔法の力で空中に浮かんでいた。その魔力の大元は、巨大な宝石だというが、魔女自身それをお目にかかったことはなかった。特に興味も無かったが。

 明るく装飾品に彩られた廊下と、いくつかの巨大なドアを抜け、謁見の間に通された。エルフは魔女に一礼し、中へと合図した。魔女はエルフに拳銃を渡し、ドアをくぐった。

「ひさしぶりだな」

 部屋の主は雷鳴とも思える声で言った。壁がびしりっと揺れる。

「おひさしぶりです。髭がだいぶ伸びたようで」

「ハハッ。ここでワシの髭を切れるものはないのでね」

「こんど、地球製のひげそりをお持ちしましょう」

「それはうれしいね」

 魔女は部屋の主──ベルゴというストームジャイアント(嵐の巨人)に一礼する。ここ数百周期の間、魔女とベルゴは互いに首を狙いながらも、友人関係を結んでいた。

「何か用事があると聞いたが」

 ベルゴが魔女を要塞に招待したのは、魔女がそう要請したからである。受け入れる証として、巨人は使いの烏を魔女の下へやったのだ。

「少々手ごわい相手と戦っておりまして……貴殿の力を借りたい、と」

「ほほぅ……北の森の魔女が手こずる相手とは。聞かせてもらってよいかな?」

「深き山に住む脳啜り(ブレイット)──奴らは自分のことを『智慧の支配者(ナッレジャラー)』と呼んでおりますが」

「脳啜りか。それは確かに一筋縄ではいかぬな。たとえ、奴らが思い上がりで、隙だらけといってもな」

 ベルゴは盃をあおり、魔女にもすすめる。御付きのハーフフットが魔女に小さな角盃を手渡す。小さいが、魔法の力により、いつまでも酒が無くならない盃である。

「しかし、ワシが手助けしたら、ヌシはワシに借りを作ることになるぞ。その借りは返すのは酷だ」

「ですので、一つ、仕事を引き受けようと」

「仕事……か」

 ベルゴはしばし考えていた。魔女はテーブルの生ガキを一つ口に運び、酒を飲む。

「……そうだな。一つ、悩み事がある」

「悩み事?」

「ああ。ワシの領地の中に、最近城を作った不届き者がいる。そいつの首を取ってもらいたい。ワシが行こうとするとそいつは逃げてしまい、いつまでたっても捕まえられないのだ」

「わかりました。そやつの首を」

 魔女はやってきたアーラコクラから魔法の地図を受け取る。それを開くと立体的な地図が空間に浮かび上がる。

「この要塞の下、最果ての岩山の中にそやつの城はある」

「では、さっそく。この続きは、その後で」

 盃をハーフフットに渡し、魔女は部屋を出て行った。



 オスプレイが風を切って雲を抜ける。

「見えた。あれだ!」

 副操縦席で地図と実際の地形を確認したボルトが言う。凍てつく海に面した人跡未踏の岩山の中腹にそれはあった。

「なんだい、あれは?」

 魔女はボルトが指差す方を見て驚きの色を見せた。そこには緑の森と、風に揺れる草原が見えたのだ。まるで箱庭を灰色の壁に突き刺したかのようだった。

「まぁ、いい。外面に惑わされるな。総員、攻撃用意」

「「i,copy」」

 ボルトとレンチが荷物室に向かい、壁から装具を取り上げ、互いにチェックしながら装備する。ラチェットが動甲冑に乗り込み、.50を抱える。リベットもプレキャリをつまみ上げ、器用に胴体に装着する。

『着地まで30』

「装填!」

 ボルトの号令で、それぞれが弾を薬室に送り込む。リベットはランプの先まで行って待機する。

 空気を切るメインローターが作り出す強烈な風圧が草原を押しつぶす。ランプが地面につくとリベットが跳び出し、それにラチェットが続く。

『敵影無し』

 ラチェットとリベットが降下地点で辺りを見回す。そこにボルトとレンチが降り立つ。

「なんだここは……?」

「まるでお話しの世界ね」

 レンチがそうつぶやくのもしかたがなかった。そこはまるで理想の庭が具現化したような所だったのだ。風に芝が揺れ、様々な果物がなる木々が並んでいる。その下には色とりどりの花が咲き、作り物のようなキノコが生えていた。そこにウサギやリスのような小動物が、ボルトたちを闖入者であるかのように見ている。

「降下点は確保しました。着陸して問題ありません」

 ボルトの後ろでオスプレイが着地する。ローターが停まり、魔女が降りてくる。ナットは操縦席について、万が一に備えることになっている。

「いけ好かない庭だね」

「やはりそう思います?」

「明らかに作りものだ。この木も、動物も」

 魔女はM14を構えると、庭の奥にある建物に向かった。

 建物は邸宅をそのまま大きくしたようだった。そのドアの大きさを見るからに、住人はジャイアント並みの身体を持っていると想定された。

 ドアにボルトが取り付き、罠を探す。特に見つからない。ボルトはリベットに持ち上げられて、ドアのカギを調べる。こちらも特に何もなかった。

「突入する」

 リベットがボルトを地に下ろし、ドアをつかんで勢いよく引きちぎった。そこにスタングレネードが投げ込まれ、爆発と閃光が奔る。その直後にラチェットが飛び込み、.50を撃ち放った。

「なにこれ……」

 邸宅の中は、破壊したドア以外は、まるで昨日作ったかのようにきれいであった。巨大な食器を納めた棚や、調度品を置いたサイドテーブルが並んでいる。

「ノックした方がよかったかな?」

 ボルトが中に入り、耳と鼻を使って辺りを探る。

「奥に何か居ます」

「警戒」

 ボルトが先頭につき、その後をリベットが続く。動甲冑が魔女の前を進み、レンチが後尾を守る隊形である。

 ボルトは鼻が導く道をたどり、奥の部屋の前に立った。この向こうにこの館の主がいると感じた。リベットに指示し、またドアを開けさせる。ドアが飛び、その開けた向こうにスタングレネードを放り込む。

 部屋の主が歪んだ悲鳴を上げた。ボルトがそこに飛び込み、相手を見た。

「こいつは……」

 部屋の主は、それまで見てきた者とは正反対の姿をしていた。四肢が醜く歪み、頭部も瘤やできもので変形している。しかし、その背丈はジャイアントほどもあった。

「ラチェット!」

 ラチェットは.50を構えながら、脳内を検索する。

『こいつはフォモールだ!』

 巨人は吠えた。傍らに置いてあった棍棒を振り上げ、ボルトに迫る。

「ああ、フォモールか。昔はたいそう美しかったそうだが、それを鼻にかけ、その心の醜さゆえに呪いを受けたっていう魔族だよ」

 魔女がラチェットとの勉強会で得た知識を披露する。

「それで、こいつはこんな姿なのかっ」

 棍棒の一撃を避け、ボルトは部屋から転がり出る。相手を狭い廊下に引き出すのだ。小さい自分たちにとっては、十分な広さがある。

「以前の美しさを取り戻そうと辺りを飾るが、自分の心の美しさは戻ってこない……いや、戻るべき場所は最初から無いんだよ!」

 魔女はM14を構えて撃つ。肘を撃たれたフォモールの手から棍棒が転がり落ちる。

「戻る場所が無いって?」

 レンチが魔女に聞く。魔女はくくっと笑った。

「最初から心が歪んでいたのさ。この巨人は。神に作れられた時からの呪いさね」

 棍棒が落ちたのを見たボルトがフォモールの顔に照準する。

──少しやりにくいな……

 ボルトは少しの同情心を持った。フォモールの瘤の間に見える目は、少し悲しそうに見えた。

『ボルト!』

 ラチェットが叫ぶ。同時にフォモールの目が光った。

「う、うわっ!」

 とたんにボルトの左腕がぼこぼこっと蠢き、無数の吹き出物に覆われた。それは徐々に大きくなる。

「くそっ」

 ボルトは前衛をリベットに譲り、後ろに下がる。

「なんだこれは!」

『フォモールの邪眼。見た者を醜くする』

 ラチェットが盾を構えて前進する。

「治るのか?」

 ボルトが吠える。レンチがどうしたらいいかわからず、おろおろする。

『心をしっかり持って。元の自分を強く思うんだ』

 ラチェットが.50でフォモールを撃つ。フォモールの体から血が飛び散る。

 ボルトは横目でレンチを見た。

「レンチはあいつを見るなよ。きれいな顔が台無しになったら大事だ」

「しっかりして」

 レンチはボルトの瘤だらけになった手を握った。手に吹き出物から出た膿がつく。

「大丈夫」

 ボルトは眼を閉じ、心を落ち着けた。すぐそばにレンチがいて、自分を想っている。それでよかった。

「さて、ごちそうさま。と言っておくかね」

 元に戻ったボルトの腕を見て、魔女は笑いながら立ち上がった。そしてフォモールに向かう。フォモールは光学系センサで守られているラチェットと、そもそも眼を持たないリベットへは邪眼の効果を発揮できず、身体のあちこちを切り刻まれていた。

「おい、おまえ」

 魔女はフォモールに声をかけた。巨人はようやく邪眼が使える相手を見つけて歪んだ笑みを浮かべた。そして邪眼を放った。

「残念だったな」

 フォモールは当惑した。魔女は平然と立っている。

 魔女は顔の一部に吹き出物が出たのを感じた。ニキビなど、えらく久しぶりだなと思ったが、それもすぐに消えた。

「心を強く持て。それが人の強さだ」

 魔女はM14の銃口を持ち上げ、フォモールを目を狙ってトリガーを引いた。弾頭はフォモールの目を貫通し、頭蓋骨の中を駆け巡った。

 力を失ったフォモールが倒れる。断末魔の痙攣が身体を揺らしている。

「見ろ」

 フォモールの体がみるみるうちに変わっていく。瘤は消え、膿を吐き出すできものも無くなっていく。そこには美しい姿の男性の姿があった。

「これが正体だというの……?」

 レンチが言う。

「いや、これも心の歪みさ。美しさなど、一皮むけば皆一緒さね」

 魔女がそう言うと、フォモールの姿が変わった。皮膚が急激に渇き、髪が抜け落ちる。白い脂肪が流れ出し、肉がそげていく。やがて骨と皮だけになり、それも砂のように崩れ去った。

「さてと。これから先はお約束な展開だね」

 魔女がうんざりしたような声で肩をすくめると、邸宅が大きく揺れ始めた。

「こいつの魔力で建っていたのかっ」

「走れ!」

 ガラガラと音をたてて邸宅が潰れていく。ラチェットはレンチを抱え、リベットは魔女とボルトをつまみ上げてダッシュする。

 玄関のドアを抜けると、庭も大きく揺れていた。木々が根からすっぽ抜け、草が枯れ、小動物も灰色の何かに変わっている。オスプレイがわずかに浮き、尻を玄関の方に向けている。ラチェットとリベットは同時にジャンプし、ランプに着地すると荷物を奥へと放り込んだ。3人が宙を飛び、緊急パッケージの防水布にキャッチされる。

「もう少しましな方法はないのかっ!」

『間に合ったんだから文句は言わない!』

「見て、庭が……」

 レンチが指差す先で、庭が灰色に変わり、崩壊を始めていた。オスプレイはその上空を上がっていく。

「夢でも見てたようだ」

「まぁ、そんなもんだ。夢見ても、かなわぬことがあるがね」

 魔女は座り込んだまま煙草に火をつけた。紫煙が流れ、空に消えていく。



「よくやった、北の森の魔女」

「さて、約束通りに」

「もちろんだとも」

 ベルゴは召使に合図した。銀の盆を捧げ持つエルフがやってくる。盆には大きめの鍵が乗っていた。

「1日だ。好きなものを一つずつだ」

「わかりました。一人、一つずつ」

 魔女が受け取ったのは、ストームジャイアントの宝物庫の鍵だった。魔女とその一行は宝物庫のドアを開ける。

 世界のすべての魔法使いや冒険者たちが夢想する光景がそこにあった。巨人が数千周期にわたって集めた、様々な魔法の道具が燦然と並んでいるのだ。

「さて、次の鶏が啼くまでの間だ。一人1つずつ選んで持ち出せる。2個持って出ると首が飛ぶ」

「よしっ! 俺はこっちだ」

「私はこっち。ラチェット、手伝って」

「ほいほーい」

『我もよろしいので?』

 リベットが魔女に聞く。

「もちろんだとも。好きなのを持って行くがいいさ。たとえ、おまえさんの役に立たなくてもな」

『わかりました。このような体験ははじめてですので』

「おい、リベット。俺が見つくろってやるぞ。ナット、手伝え」 

 魔女は皆が宝物庫の中に散っていくのを見て、その場に座り込み、煙草に火をつけた。疲れが出たのだ。

──灰皿が欲しいな。

 宝物庫を前にして思うことではないな、と魔女は思った。しかし、自分の考えがツボにハマったのか、しばらく肩を揺らしていたが、やがって我慢できなくなり、大声で笑った。



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