そして、祭の中に
森で狩りとキノコを集めてきたボルトは、小屋のドアを開けた。
「あ、姉さん」
「お邪魔してるわ」
居間には魔女とウィルの2人がいた。
「話は聞いたわ。男っぷりがあがってる」
ウィルは口元をおさえて、意味ありげに笑った。
「冗談はよしてくれ。俺は今までの俺だ」
籠を裏手に持って行こうとすると、魔女がそれをとめる。
「どうだい、ボルト。舞台に上がってみる気はないかい?」
ボルトはまったく聞きなれない言葉を聞いて、片方の眉を上げた。
「舞台?」
「ああ、村の祭りで一幕演るので、その前座、というのを考えてね」
ウィルが魔女の方をちらりと見る。魔女は口元に楽しそうな笑みを浮かべている。
「なに、酔っ払いと子供が相手の舞台よ。こっちが準備立てはするから」
ボルトは妙な話になってると思った。
「で、俺らは何を?」
「役者になるのよ」
「へぇ?」
この『役者』と言う言葉もウィルが広めつつあるものだった。ウィルの芝居は人の口に上がるようになり、それを真似て、いくつかの田舎芝居の一座も旗揚げするようになっていた。『演劇』は、王国では新しい娯楽の一つとなったのだった。
「なに、セリフは私が大半を言うから、覚えることはそんなにないわ。演技も自然で構わない」
「どうするんです? メム」
「面白いじゃないか。どうせしばらくは暇だ。座を組むというのはいいじゃないか。たった一日のだがな」
「メムがそれでいいのなら。他のメンツは?」
「嫌がるのはボルトだけだろうて」
「俺だけですか……」
ボルトは大きなため息をつく。
「さて、それでは、衣装合わせをしようかね」
その日は良い天気だった。収穫祭でにぎわう村の中央の広場には舞台が設えられ、物売りの屋台がいくつか出ている。村人は長い周期の中でも羽目を外せるという日ということもあり、朝から酒を飲み、食事に舌鼓を打っていた。
舞台には森の書き割りが建てられていた。そこにウィルが立つと、見物人から歓声と口笛が飛ぶ。
「さて、今日のこの日は、一日限りの座を組んだ、北の森の魔女たちの一席をご覧いただきましょう!」
魔女と言う言葉に、村人たちの目の色が変わる。王国内では、北の森の魔女は、畏怖の対象でもあるが、先だっての活躍もあり、見る目を変えている者もいた。
舞台の中央にしずしずと魔女が進み出る。豪奢な衣装を身に着けている。
『とあるとある所。一人の魔女がおりました』
ウィルがセリフを歌うように言う。黒子が一枚の大きな鏡を魔女の側に立てる。
『魔女は魔法の鏡を持っており、国中の出来事を見ることができました』
「さぁ、鏡よ。この国で一番イカす女は誰かのぅ」
『それは──貴方様ではありません』
魔女はうん? とオーバーアクションで驚いて見せる。観客から笑い声があがる。
「鏡よ鏡。それはいったい誰なのか?」
『魔女様。それは白雪姫でございます』
舞台の上手から、小ぎれいな衣装を身にまとったレンチが出てくる。頭をさげてあいさつし、小さく手を振る。口笛が飛ぶ。魔女が下手に下がっていく。
『白雪姫は、森の中で妖精と一緒に、楽しい毎日を過ごしておりました』
派手な色の服を着た妖精役のラチェットが、フォークを肩に歌いながら現れる。ダークエルフということもあり、観客は一瞬戸惑ったが、ラチェットのやけくそ気味の調子っぱずれの歌にゲラゲラと笑いが上がった。
レンチとラチェットが手に手を取って踊り、皆が知っている収穫を祝う歌を歌う。客席も一緒に歌い、大いに盛り上がった。
そこにバスケットをさげ、農民風の衣装に変えた魔女が現れる。
「おや、かわいらしい娘さんだね? 名前は何と言うんだい?」
「白雪姫と申します」
「確かに雪のように白い肌、赤い頬、流れる金色の髪。たしかにイカす女だねぇ」
皆、北の森の魔女の演技を見て笑った。今まで恐怖の対象だった存在を笑っている。彼らにとっては、今までに無いことだった。
「そうだ、お嬢さん。そんなあなたにはこれをあげよう」
『おばあさんが差し出したのは、リンゴです。でもただのリンゴではありません』
「まぁ、美味しそうなりんごだこと」
レンチは魔女からリンゴを受け取り、お礼を言う。魔女は手を振って奥に下がり、レンチが何をするかをほくそ笑みように見ている。
『魔女が渡したのは、なんと、毒のリンゴだったのです!』
リンゴを口にしたレンチは、手からリンゴを落とし、あなやと舞台に倒れ伏した。あわてて駆け寄るラチェット。魔女は大笑いしながら舞台の袖に消えて行った。
『ああ、なんということでしょう。白雪姫は毒のリンゴを食べて、深く眠る呪いにかかってしまったのです』
ラチェットは泣きまねをしながら下手に下がり、花で飾った棺桶を引いてくる。そして、黒子とともにレンチを棺桶に横たえさせる。
『妖精は三日三晩泣きました。でも、白雪姫は目覚めません』
『そこに、とある旅の騎士がやってきました』
上手から、騎士の装束を着たボルトが、従者のナットを引き連れて登場する。客席から歓声が上がる。
「おおう。ぬ、ぬしはなんで泣いているのだ?」
ボルトはぎこちなく、覚えたセリフを棒のように口にする。
「これは旅の騎士様。姫が、白雪姫が毒のリンゴを食べてしまったのです」
「ああ、なんということだ。姫を目覚めさせる方法はないのか」
ボルトは頭を抱える。
「一つ方法があります。旅の騎士様」
「そ、それは何だというのだ?」
ウィルはくすくすと笑いながらセリフを言う。
『それは愛のあるキスでございます』
客席からいいぞー、という声があがる。酔いもあり、観客はのりのりであった。
「キスだと?」
この展開を聞いてなかったボルトがあたふたとする。ラチェットは笑みを浮かべ、ナットは知らぬ存ぜぬの顔をしている。
「キスだと」
ボルトの声に、棺桶の中で眠るレンチが片目を開ける。
「さ、遠慮はいらないわよ」
「しかしなぁ、こんな人がいるところで」
「キスしないと芝居は終わらないよ?」
「しかし」
「しょうがないなぁ」
レンチは両手を上げてボルトの頬を包むと、引き寄せキスをした。歓声が上がる。
「あー、やっぱりそうだ! おまえらいちゃこらしたんだな!」
声を上げるラチェットをナットが抑える。
ボルトはレンチを抱き上げ、観客に応えた。客席からは花やおひねりが飛んだ。
「面白い体験だったな」
魔女は横に座るウィルに言った。
「どうですか。殺し殺されの毎日からの逃避は」
「逃げてるわけじゃない。すべてがわたしの日常だ」
夜になり、祭りは大いに盛り上がっていた。村人たちは魔女の一幕の後に、ウィルの舞台を見、そしてそのまま宴となった。酒を酌み交わす者。楽器をかき鳴らし、歌を歌い、踊る者。いい感じになって暗闇に消える二人など、村人たちはいつもの苦しい生活からの一時の解放感を味わっていた。
「娯楽は大事さ。人が人でいるために」
「そう言ってくれるとありがたいです。私は、世界を変えてみたいと思っています」
「世界を変えるか……おまえならできるさ」
魔女はジョッキを上げる。気づいた村人の何人かが大声で応える。
「わたしらはどうなるんだろうね。歴史の中に消えるのか、それとも……」
「それは、私らの後の時代の人々が決める事ですよ。それまで走り続けるだけです」
「そうだな」
踊りの輪の中に、満面の笑みで複雑なステップを踏むラチェットと、足をからませて辟易しているナットの姿があった。ボルトとレンチがそれを見て笑っている。
「人生は舞台だ。いつまで踊れるかね」
「ひとつ踊ってみますか」
「そうさね。では」
魔女とウィルは立ち上がり、踊りの輪の中に向かって歩いて行った。




