身体、重ねて
その晩の夕食には全員が並んだ。いつもは外で一人でいるリベットも座っている。
食卓に暗さはなかった。皆がいつもより声を出し、料理を取り分けたり、空いたマグに酒やコーヒーを注ぐ。
誰もが苦い敗戦の雰囲気を払拭したいと思っていたのだ。負けは負けとして認め、次なる戦いでは必ず勝利を得る方策を考えている。士気を上げ、迷いを捨て去るのだ。
宴は夜遅くまで続いた。ナットも食器洗いは明日にしようと思ったほどだった。
深夜。
ボルトはベッドに横になり天井を見ていた。頭の中では、今日の戦いの様子が延々と展開していた。自分はどう動けばよかったのか。敵を甘く見ていたのではないか。今までの勝利で、思い上がっていたのではないのか。
眼を閉じてもビジョンは消えなかった。頭が冴え、感情がぐるぐると回った。小屋の中でなかったのなら、大声で吠えていたかもしれなかった。
その時部屋のドアが小さく開き、一人の人影が入ってきた。人影は後ろ手で静かにドアを閉じ、ナットのベッドの脇を抜け、ボルトのベッドの横に立った。
「……ボルト、起きてる?」
人影はレンチだった。
「ああ……レンチ、どうした?」
「今日のお礼が言いたくて……」
レンチはベッドの脇に座り込んだ。
「気にするな。俺たちは仲間だ。互いに助け合うのが、当然の事だ」
「でも、ね」
レンチがボルトの方を向く。その顔は泣いているのか笑っているのか、そのないまぜなのか、ボルトにはわからなかった。
ボルトがしどろもどろしていると、レンチはボルトの頬を両手で包み、唇を重ねた。柔らかい感触にボルトは眼を白黒させる。
不意にある香りを感じた。甘い、そして深い匂いだった。ケイナインの本能が雌の匂いだと告げた。
「ボルト……」
レンチがベッドに乗る。そして、毛布をはいだ。
「レンチ……」
「お願い……今日の事を忘れさせて欲しいの」
「──俺でいいのか?」
「あなただからいいの」
「おや、ナット。つまみ食いかい?」
居間でノートパソコンをながめていた魔女が、部屋から忍び足で出てきたナットに声をかける。ナットは部屋にレンチが来て、兄と話している事を告げた。
魔女はしばし考えていたが、ははぁんとうなずいた。
「ナット。久しぶりにゲームでもしようか。コーヒーを入れてくれ」
魔女はノートパソコンをのけると、バックギャモンのセットをテーブルに置いた。
「そう……キスして。深く」
レンチはボルトに覆いかぶさって懇願していた。ボルトもそれに応えようとした。
「私から、あのケダモノの感触を……あなたの感触で上書きしてほしいの」
「おい……俺とおまえは種族が違う」
「でも、あなたの身体はそう言ってないわ」
レンチは手を伸ばして、ボルトを触った。硬い感触が伝わってくる。
「本当にいいのか? おまえは……」
「そう、はじめて。でもボルトならいい。それに」
「それに?」
「メムから聞いたよ。『俺の女』だって言ってたって」
ボルトは苦笑いした。咄嗟に口に出てしまった言葉だったが、本心には間違いなかった。
「しかしな……」
「しかし?」
「俺もはじめてなんだ」
「そうなんだ……おかしい」
レンチが笑った。
「それに、俺のは大きいぞ。大丈夫か?」
「いいよ。あなたのなら」
サイコロが盤面を転がる。
魔女とナットは静かに駒を動かしている。が、その耳は壁を隔てて行われている行為に傾注していた。
何も起こらなければいい。心配だったのは、レンチがPTSDを発症することだった。錯乱したりした場合は急行しなければならない。
ナットがサイコロを振る。重なった駒がのけられ、スタート地点へ戻る。魔女はコーヒーをすする。
二人はゆっくりと身体を重ねていた。声を抑え、互いを求めあった。
この世界において、種族を越えた愛情が芽生えることは非常に稀な事だった。足長とエルフと言った、外見が似通っている者たちの間に子ができることはあった。しかし、足長と狗頭人が身体を重ねる、などということはよほどの事が無ければ起こらないことだった。
やがてボルトが果てた。レンチはボルトを抱きしめ、余韻に浸った。
「……もう一回できる?」
「ああ。もちろん」
夜が明けた。
レンチは音を立てずに部屋を出て行った。ボルトは汚れたシーツを眺め、洗濯番がレンチで良かったと胸をなでおろした。
朝の食卓にも全員が集まった。魔女はレンチが「女」になったことを見抜いていた。どことなく落ち着いた雰囲気も出ているし、体形も少し変わった感があった。それに、ボルトと目を合わせようとしていなかった。ボルトもどこか他人行儀にしている。これは二人の仲が大きく前進したことを示していた。
「なんだよう、なんか変だよ」
ラチェットがレンチに問う。
「あれ? そうかな」
「なんか秘密を隠してる感じがする」
「そんなことはないけど……」
「絶対何か隠してる」
魔女はレンチに助け船を出し、ラチェットにオレンジジュースを取りに行かせた。
「レンチ、身体の方は何も無いかい?」
「はいっ!? はい、何も、ないです」
レンチが恥ずかしそうに目を逸らした。魔女はにんまりと笑い、ボルトの方を見る。ボルトは何事もなかったかのような顔をして、パンを頬張っている。
「いいかい。今度は来客用の部屋を使うんだよ。ナットとラチェットの身にもなってみろ」
魔女は真っ赤になるレンチと、パンを飲み込んでむせるボルトを見て、笑いながらコーヒーをすすった。




