目には目を、品には品を。
その小太りの男は、流れる汗をハンカチで拭いた。テーブルをはさんで、魔女が座っている。
「"ハンディハバーサック"ですか……」
「何でも調達できる、とそう言ったじゃないかね?」
「それはそうですが……王国に二つあるかどうかの品物ですよ」
「わたしはそれが欲しい」
この小太りの男は商人──といっても、彼は珍しい魔法の品々を扱うやり手の商人として名が通っている。魔女たちが使う"ホールディングバッグ"も、この商人から買い取ったものだった。
今、魔女が欲しがっているのは、そのホールディングバッグの強化版とも言えるものだった。見た目はストラップが1本の肩掛けのバッグだが、ホールディングバッグと違い、その容量には限りが無いと言われている。限りを試した者がいないからだが。
脳啜りのいる深き山へのアプローチは、日数が長いものとなると予想され、6人が消費する水や食料、弾薬などを運ぶ必要があった。保有する3個のホールディングバッグだけだと、対戦車兵器などの大型兵装を携行できなくなると試算された。何がいるかわからない所への襲撃には、様々な敵に対処できる装備をそろえたいところである。
「準備できない事は無いですが……値段が。まさに天井知らずとはこのことで」
「そうかい。金貨を天井まで積み上げても届かないかい?」
商人は流れる汗をまた拭いた。お互いに、商談の席には一切の武器を携えない・用意しないという商習慣に従っているが、目の前の魔女は、視線だけでも自分を殺しそうだと思っていた。
「……そうですね。貴方様が持っている金貨すべてでは足りのうございます」
「ほほぅ? これは大きく出たね」
「ある場所はわかっています。問題はその相手で……」
「誰だい?」
「アチネッタ様が持っております」
魔女の片眉があがる。
「あの、魔法の品々が好きな婆ぁか?」
「そうです」
魔女は心の中で舌打ちした。アチネッタは、王国でも名の知れた大魔法使いで、その生涯をかけて、ありとあらゆる魔法の品を集めていると言われている。そのコレクションの中に目指すバッグがあるという。
「それは困ったね」
「ええ。アチネッタ様は金では動きません。ですから……」
「その気になる魔法の品を用意して、交換するということか」
商人はうなずいた。
「それなりの魔法の品か──そんじょそこらの迷宮では見つからないさね」
「そこでなのですが──」
商人は召使に言って、一巻きのスクロールを持ってこさせた。
「これはある迷宮への行き方と、その中の地図が書かれているものです」
「これをどうするんだい?」
「貴方様が承諾していただければ、お渡しします」
脂汗をたらすほどプレッシャーに襲われてはいるが、商人の眼が光ったことを魔女は見逃さなかった。こいつは一世一代の勝負に出たのだと。魔女もその賭けにベットすることにした。
「──わかった。その巻物をもらおう」
魔女はテーブルに手をかける。商人はスクロールをテーブルの上に置き、スッと魔女の方に滑らせた。
「それには、ドラゴンの巣への道のりが書いてあります」
思わず笑みがこぼれた。目の前の男は、魔女にドラゴン狩りをさせようと言うのだ。目的はドラゴンが貯め込んでいる膨大な財宝である。財宝の中には珍しい魔法の品もあるだろう。自分はそれを取り、商人は残りを取る。そういうからくりである。
魔女はスクロールを開き、中に眼を通した。書かれたのは経っていても十数周期ぐらい前だと思われた。北の森から西にある山地を示していた。続きには、迷宮内の竜の巣までの道のりが書かれている。
「5日後に出立する。そちらからは立会人を出してくれ。この村で落ち合おう」
「わかりました。それでは早速に」
商人は魔女に一礼して部屋を出て行った。魔女は歯車が回り始めた事を感じた。
HMMWVが村に到着する。すでに先に入っていた立会人と、その護衛と、財宝を守るための数パーティの傭兵がいた。傭兵たちは、はじめて間近に見る魔女たちに驚きの顔をした。ボルトやナットはもちろん、ラチェットはさることながら、リベットの姿には度肝を抜かれているようだった。
「驚いているようです」
リベットが電磁波を読む。
「気にしない、気にしない」
リベットの言葉にラチェットが返す。2人は分乗してきたHMMWVの見張りとして残った。魔女とボルトが立会人と打ち合わせをする。レンチとナットは村人から情報収集にあたっている。
山のドラゴンについては、いくつかの目撃情報を得られた。青色の鱗のドラゴンが、山へと続く谷間を飛んでいる姿が見られたというのだ。
「青色かー。相性が悪いな」
レンチから相手の色を聞いたラチェットが、渋い顔をする。
「色に違いがあるの?」
レンチの疑問にラチェットが応える。
「ドラゴンは大きく二つにわけられて、ひとつは金属色の鱗や羽毛の生えた種類。もうひとつはそれ以外の、つやの無い鱗を持つもの。青色は、そのつやの無い鱗を持つ方だね。ドラゴンは鱗の色で、持っている性質がわかる」
「青色は何?」
「雷」
ラチェットは動甲冑を見上げてため息をついた。
「こいつは『電気』で動いてる部分がある。その部分が電流──雷には弱いんだ」
「どうするの?」
レンチの言葉に、ラチェットはいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「もちろん、殴り倒す。相手が雷を撃つ前に」
「話は終わったかい?」
打ち合わせが終わった魔女とボルトが戻ってくる。立会人の傭兵たちが、魔女が迷宮を制覇したら、財宝の運びだしが始まるまでそこを確保することになった。
「相手はブルードラゴン。大きさはわからないけど、雷撃が主な攻撃方法だよ」
「そうかい。まあ、ガスや酸に比べたら対処がしやすいさ」
それもそうか、とラチェットは思った。ガスや酸、それにドラゴンと言えばの炎に比べたら対応が楽である。ようは「当たらなければいい」のだ。
「では、出発する」
その迷宮は大地の裂け目を、何者かがさらに切り開いたものだった。おそらくドワーフかコボルドが鉱脈を探すために掘り進めたのであろう。入口に比べて中は広い。と言っても、その入り口はドラゴンが充分に通れるだけの大きさがある。
「ドラゴンが出入りしているんだ。ほぼまっすぐだろう」
「横道とかの見分はどうします?」
暗視装置を目の前に下ろしながらボルトが魔女に聞く。
「ラチェットとリベットはここで待機。4人でだいたいの部分を偵察する。あとは地雷にまかせるさ」
ボルトが先頭に立ち、壁に掘られた横穴に入っていく。さすがにドラゴンの巣である。知的な種族がいる痕跡はなく、コウモリや虫のような地面や壁を這うような怪物がいるだけであった。それらは魔女たちの敵ではなかった。ある程度まで潜ると地雷を仕掛け、敵の殲滅と警報を兼ねさせる。
横道の偵察を終えると、暗がりの中でこれから始まる死闘の前の腹ごしらえをした。冷たいMREを口に運び、充分に水分を補給し、腹の中のいらないものを岩陰に落としておく。
「行きます」
ボルトが先頭に立ち、レンチが続く。リベットは天井に張り付き、上からのモンスターの攻撃に備える。今回はレンチの後ろにラチェットがついた。シールドを構え、いつでも前衛を守れるようにしている。最後尾にはナットがつき、後方を警戒する。
奥へ進むと、ドラゴンの食べ残しと思われる動物やモンスターの死骸がいくつも転がっていた。その悪臭の中から、ボルトの鼻が爬虫類の匂いを嗅ぎつけた。それはすぐそこにいる。ボルトはしゃがみ、左手をあげる。全員が立ち止まり姿勢を低くする。
「この岩陰の向こうです」
「リベット、見えるかい?」
天井に張り付いているリベットが奥の方を覗き込む。リベットは赤外線を発する巨大な物体を捉えた。
「我はドラゴンと言うものを見たことがありませんが、それらしきものがいるのが見えます」
「そいつは起きてるかい?」
「いえ、丸まって──寝る、という状態のようです」
魔女はナットに合図した。ナットがホールディングバッグからジャベリンを取り出す。それに合わせて、ボルトとレンチもAT-4を引き出す。
「ラチェットは、射撃と同時に飛び込め」
『i,copy』
ナットが横に移動し、ジャベリンを構える。
「撃てっ!」
ナットが立ち上がり、照準器の中にドラゴンを捉える。そしてミサイルを発射する。それに合わせて、ボルトとレンチも遮蔽物から身を乗り出し、AT-4を撃ち放つ。奥から連続した爆発音と、金属が飛び散り、落下して互いに当たる音がした。
ラチェットが大剣と盾を構えて突進する。すると、奥から短いが甲高い音が聞こえた。
「ピンガー!?」
魔女が他の誰も知らない単語を口にする。その音は、まるで潜水艦が目標を探知するために使う、アクティブソナーの放つ音に似ていたのだ。
「ラチェット!」
ラチェットは動甲冑の中で魔女の声と、その甲高い音を聞いた。音は魔銀で作られた動甲冑の装甲を揺さぶった。ラチェットは反射的に盾を地面に立て、その陰に隠れた。
次の瞬間。猛烈な光と共に。一閃の稲光が奔った。稲妻は動甲冑の盾に当たり、じりっとその巨体を後退させる。ラチェットは盾をわずかに倒し、電気の奔流を受け流した。
魔女が照明弾を撃ち放つ。
「すげぇ……」
照明弾に照らされた洞窟の奥を見て、ボルトは唸った。そこにはおびただしい量の貨幣と、光を反射して輝く宝石、それらを埋め込んだ宝飾品などが小山を作っていた。その山の上に、青い鱗のドラゴンが鎮座している。
ドラゴンの眼は復讐に燃える光を放っていた。対戦車兵器の先制攻撃で、翼と胴をやられたらしかった。大きく口を開き、雷鳴にも似た咆哮を発する。
それに圧倒されたレンチが思わずしゃがみ込む。全身がガタガタと震えている。ドラゴンの咆哮には、敵を怯えさせる力があった。それを見たボルトが、M4を構えてドラゴンに向けて射弾を送り込んだ。味方の銃声を聞かせて、正気に戻せるのでは? と考えたからだ。
魔女がM14を撃ちながらレンチの元にやってくる。レンチは頭を抱え、震えていた。魔女はその肩を力強く叩き、顔を寄せた。
「落ち着きな、レンチ。大丈夫」
魔女はレンチを抱きしめる。胸の中で、レンチの震えが収まっていく。
「怖がってもいいさ。だけど、今は戦う時だ」
レンチが顔を上げる。震えは止まり、強張っていた表情が、羞恥心と怒りによって赤くなっていく。不甲斐ない姿をさらしてしまったことに、レンチは自分自身に怒りを感じていたのだ。
「できるな?」
「やれます!」
レンチは大きく息を吐いた。
「退却くそくらえ!」
「よし!」
レンチは立ち上がり、ボルトの横でHK416を構えて射撃を始める。ボルトがニヤリと笑って、レンチを見る。レンチはボルトの尻を蹴飛ばした。
リベットが天井を這い、ドラゴンの頭上に移動する。そして、飛び降りた。空中で回転すると、そのまま踵をドラゴンに叩き込んだ。ドラゴンの背中が裂け、血が飛び散る。
「いいとこは取らせないよ!」
ラチェットは雷撃で一瞬止まった管制装置を調整すると、動甲冑を前進させた。リベットがドラゴンの前に立ち、爪と肢で連続攻撃をくわえている。ラチェットはその後ろから勢いをつけて剣を振り下ろす。無言の連携でリベットが飛び退り、剣はドラゴンの頭を深くえぐった。
「こいつは……大人じゃない」
ラチェットは対峙しているドラゴンが小さい事に気づいた。
「後ろ!」
ラチェットは叫んだ。その声にナットが反応し、バッと後ろを向く。そして、入口から突風をまとった影が飛んでくるのを見た。
ナットは警報を発すると同時に、遮蔽物に身を投げた。同様に魔女たちも身を隠す。あのピンガー音が聞こえたと同時に、光が迸った。強烈な雷撃が洞窟内を奔る。
「まかせてください」
ラチェットに向かって伸びる雷撃の間にリベットが立ちはだかる。リベットはやってくる雷撃を前肢の手に当たる部分で受けると、爪をぐるりと回して雷撃を切り裂き、壁や天井に向けて反射させた。
「ありがと!」
ラチェットが剣を振るい、目の前で威嚇の声をあげるドラゴンにとどめの一撃を加える。いわゆる「逆鱗」という喉元の弱点を、大剣が切り裂いた。
だが、勝利の余韻に浸っている暇はなかった。後ろから怒りに逆上したドラゴンがやってくるのだ。死体から大剣を引き抜き、後ろを向く。
「なかなかやります」
雷撃を受けた前肢を振りながら、リベットがおそらく軽口を叩いたのだろう。なかなかやるのはおまえだ、とラチェットは思った。
ナットがバッグからAT-4を取り出し、ドラゴンの背面を突く。魔女たちは遮蔽物を取りながら後退し、同じようにAT-4をつるべ撃ちした。
前に仇、後ろに大打撃を与えてくる敵にドラゴンは混乱した。本能は目の前の敵を殺せと言っているが、わずかにある理性が、うっとうしい背後の敵を攻撃しろと告げる。ドラゴンの小さな脳は、悲鳴をあげた。
混乱を見て取った魔女は、M14を置き、バッグからM200を引き抜いた。ボルトハンドルを動かし、初弾を装填する。
「ボルト!」
その声にボルトとレンチが反応し、ライフルの射撃をドラゴンに見舞う。ダメージを与えられないとしても、こちらの殺意を知らしめ、相手の判断力を奪うのだ。
ラチェットとリベットがドラゴンに向かう。近づくと、動甲冑を踏み台にしてリベットが跳躍する。空中で一回転しながら、踵を振り上げる。その一撃が、後ろを向いていたドラゴンの首を切り裂く。
ラチェットは大剣を振った。前足に深々と剣が沈み込む。分厚い皮膚と脂肪層が裂け、肉から血が迸った。
悲鳴を上げるドラゴンに向かって、魔女は立ったままM200を構え、引き金を引いた。大砲を思わせる射撃音が響き、銃口から飛び出した19グラムの弾頭は、秒速1100mの速度でドラゴンの片目を貫いた。眼球を貫通した弾丸は頭蓋骨を割り、そこで止まった。
「浅いか……」
ボルトハンドルを引き、第二弾を装填する。そして、その1発を同じところに撃ち込んだ。
ドラゴンの断末魔の声が響く。首を振り、身体を捻りながらもがいた。ラチェットとリベットが露わになった喉元に攻撃を加える。大量の血が噴き出し、ドラゴンは身をよじり、半立ちになると、ゆっくりと横に倒れた。
「やったか……?」
ボルトは油断なくライフルを構えたまま、レンチに声をかけた。
「どうかな?」
レンチもライフルを構え、動かない。その向こうで魔女が三発目を装填し、銃口を下げるも、いつでも撃てるように身構えている。
ラチェットが倒れたドラゴンに近づく。
「死んでる……かな?」
ドラゴンの顔を覗き込んだラチェットは、その口の中に光が満ちるのを見た。最期の一撃で、仇を葬ろうというのだ。
「させるかっ!」
ラチェットは剣を振り上げ、ドラゴンの脳天に振り下ろした。剣は皮膚と肉を爆ぜさせ、頭蓋骨を打ち砕き、脳を破壊した。
「ラチェット!」
『任務完了』
ラチェットは剣を引き抜き、勝利を告げた。『竜殺し』 剣を振るう者にとって、これに勝る名誉はそうそう無かった。
数日後。立会人が洞窟へと入り、ドラゴンが集めていた財宝と2体のドラゴンの死骸を、魔女たちから受け取る書類にサインした。立会人の文が商人の手に届くと、戦利品を回収する荷駄隊が送り出された。
そこからはお祭り状態となった。古い金貨や銀貨がスコップで袋に入れられ、荷駄に山と積まれた。幾人もの鑑定士たちが宝石や宝飾品を鑑定し、魔法使いがその見習いとともに魔法の品を探した。
ドラゴンの死体も洞窟から引き出され、白日の下で解体された。ドラゴンには捨てる箇所が無いと言われ、皮は鎧や服に、肉は食糧に、内臓や骨は魔法使いにとっては喉から手が出るほどの素材となる。
魔女たちはそれをHMMWVにもたれたり、座ったりして眺めていた。帰ってもよかったのだが、もしかすると二度と見られない光景だと思い、見物することにしたのだ。
「それにしては、あんたはすごいね」
ラチェットは荷台でかがみこみ、ドラゴンの肉をかじっているリベットに言った。
「我の表皮はあれぐらいの熱量では損傷を与えられません」
「マジで!?」
「はい。それだからこそ、前に立ちました」
「感謝してる」
「どういたしまして」
ラチェットは笑みを送った。リベットの顔に表情はないが、笑っているのかもしれないと感じた。
魔女は立会人が手招きしていることに気づいた。
「何かね?」
「ええ。いくつかめぼしい品が見つかりました。ドラゴンの素材も交渉材料に使えると思います。あとはお任せください」
「そうかい。それはよかった。じゃぁ、待ってる」
立会人とあいさつを交わし、魔女は見物に戻った。
魔女たちが小屋に戻ってから、20日ほどが過ぎた頃、商人から連絡が入った。例のバッグが手に入ったというのである。何がアチネッタ婆を納得させたのはわからなかったが、目的のものを手に入れさえできれば、どうでもよかった。
「これがその例の」
「そうさね。文字通りの底なしの袋だ」
それは、みすぼらしい大きめの肩掛けカバンだった。どこかの露店に転がっているような姿をしており、見た目では、それがそんなたいそうなモノであるかはわからなかった。試しにAT-4をあるだけ差し込んでみたが、そのすべてが収まり、まだ余裕が十分にあるようだった。魔女はそれを見て満足し、ナットにその管理を委ねることにした。
こうして深き山への準備は、おおきく前進することになった。




