神話の向こうから
かくして敵の存在を知った魔女たちであったが、すぐに敵のアジトへ踏み込むというわけにはいかなかった。深き山まで遠く、途中でHMMWVを乗り捨て、そこからは徒歩となる公算であった。
まずは数度の偵察をくりかえし、相手がどこにいるかの推測することが必要であった。侵攻計画が立てられ、それに従って準備がはじまった。同時に『脳啜り』と深き山についての情報収集が行われた。
独自のネットワークによって集められ脳啜りに関する情報は、神話伝承の枠を越えないものばかりだった。しかし、大体の姿や能力を想像できるものであった。
今から数千から数万周期前。足長たちがまだ石器を使っていた頃、脳啜りと彼らが崇拝する古の神がこの世界にやってきたという。古き神は、ぶくぶくと太った人型の胴体にタコを思わせる頭が載っている姿で描かれている。神は他の生物の精神を乗っ取ることができ、それによって足長やその他の知的生物に自らを信奉させ、支配した。古の神の周囲に侍る脳啜りたちは、崇拝する神に近づくために、他の生物の脳を食べ、そこから様々な知識を得ていた。
古き神の支配は世界を覆いつくすかと思われた時、名も無き神が足長たちに力を与え、足長たちはその支配への抵抗を始めた。数で勝る足長たちは、古き神の軍隊を何度も撃ち破り、ついに古き神を星の世界へと追放するに至ったのである。
神を失い、多くの同胞も失った脳啜りたちは、地上を支配した足長やその他の種族の手の届かない地下の世界へと逃げ去った。そこで神の帰還を待ち、それまでの間に己が力を増すために、他の生物の脳を啜っているという。
脳啜りは高い魔力を持ち、今では失われた魔法を使うと言われている。神より与えられたという、他の生物の精神を乗っ取る術や、遠く離れた地の出来事を見ることができる術などを持っているとされている。脳啜りに出会って帰ってきた者はほぼ皆無であり、その姿は神話で描かれたものしか残っていなかった。脳啜りたちは、神の姿を真似て、人型の胴体にタコのような頭を持っていると描写されている。
「タコ?」
魔女は脳啜りの描写についての部分を読んで、ふと思った。どこかで見たことがあると。
「あの邪教徒の神殿ですよ」
レンチが魔女に助け船を出す。
「あそこにあった、気味の悪い緑色の像です。爆薬で破壊した」
「そうか……」
魔女は思い出した。神話に描かれている古の神を、あの像は示していたのだ。
ならば、と魔女は閃いた。
「その邪教を追おうかね。何かを知ってるやもしれない」
「どうやって?」
ボルトが疑問を呈する。
「そこは王国の連中の仕事だ。たまにはこっちの仕事をしてもらおう」
魔女は書簡をしたためると、町に行く用事のついでにと、レンチに託した。レンチは準備を整えると、小屋を出て行った。
「神話の生物とは、これはまた大きく出ましたね」
「ああ。まぁ、わたしもそんな神話の生き物さ。脳啜りも、案外別世界から来て、取り残された者かもしれない」
「それはありますね」
「それなら殺せる」
ソファの上でころんと転がったラチェットが言う。
「異世界から来たのなら、実体があるはず。実体があるなら、殺せる」
「おまえ、その自信はどっから出てくる?」
「だってそうでしょ? あたしたちはあのタラスクさえ倒した。たとえ銃弾が効かなくても、何とかできる」
ボルトはタラスクを実質一人で倒した弟を見た。
「そうさね。銃弾が届く距離まで行ければ、ラチェットの言う通り、なんとでもなる」
「そんなもんですか」
「そんなもんさ」
魔女は続いて報告書を取り上げ、音読した。
魔女からの依頼を王国は承諾した。各地にある古き神や、それに類するものを信奉する集団の情報がもたらされた。このような邪教の集団は、王国や緩衝地帯の小国には数多く存在していた。個々の集団はそんなに力を持たず、互いに連絡を取り合っていることもなく、実質的な被害がなければ無視してよい存在だったのだ。時折、興味を持った傭兵たちにより彼らの神殿が襲撃されることもあったが、そこから得られた情報は噂話程度しか無かった。
「さて」
魔女は地図上にピンを差し終えて、二三歩下がってその様子を俯瞰した。信奉する神の形状に合わせて色分けしたピンが、王国や小国の辺境地域に半円を描くように突き立っている。
「こんなに……」
レンチがため息をつく。
「もちろん全部を潰すわけじゃないさ。この赤いピンが、タコやそれに似た神を信じているらしい集団を表している。まずはそこに行って話を聞く」
「話を聞くって……?」
ボルトが唖然とする。
「まさか皆殺しにすると思ってた? 弾を使わないで済むなら、それに越したことはないさね」
「確かに」
魔女は地図に眼をやり、小屋から最も近い赤いピンを示した。
「ここなら2日ぐらいの距離だ。まずはここを訪問することにしようか」
翌日、魔女の一行は小屋を後にした。念のため動甲冑とリベットを荷台に乗せている。HMMWVは山道を走り、いくつかの寒村を抜けて、その場所へとたどり着いた。
「すげぇ昔の砦みたいです」
斥候から戻ったボルトが報告する。
「見張りが2人ほどいましたが、身なりからすると山賊くずれのようです。中からは20人ほどの匂いがしました」
魔女は警戒していたレンチを呼ぶ。
「まずはわたしとレンチで行く。ボルトは中間地点で待機。他はここで待て」
「i,copy」
魔女はレンチを連れて斜面を下りた。ライフルは腰のホールディングバッグに潜ませてある。
まるで散歩をしているかのように歩き、砦に近づいていく。それに気づいた見張りが、槍を構える。
「止まれ! 何者だ?」
魔女は両手を軽く上げ、見張りに言った。
「あんたらが信じる神について聞きたいことがある。わたしは北の森の魔女だ」
いきなりの名乗りに見張り達は驚いた。一人が慌てて中に入っていく。
「大丈夫でしょうか?」
レンチが不安そうな顔をする。
「なに、いつも通りにすればいい」
しばらくすると、見張りが中から出てくる。
「本当に話だけなんだな?」
「殺すつもりで来ていたら、あんたらはちょっと前に死んでたよ」
魔女の笑みに見張り達は顔を見合わせてから、砦の入口を示した。
「お邪魔するよ」
魔女とレンチが砦の中に入る。砦と言っても、石積みの地上部分は風化して崩れ、兵を集めるための中庭に、木組みの建物が建っていた。
建物の前に、一人の男が立っていた。男は魔女を見ると軽く一礼した。王国で名が知られているとはいえ、魔女とその眷族は法の外側にいる存在である。他の者から見たら、邪神を信じる者とカテゴリーは一緒である。
「あんたがここの頭か?」
「そうです。ここを取り仕切っております」
司祭は魔女を建物の中に案内しようとするが、魔女はそれを断った。
「前置きは抜きにして、あんたらの神について知りたい」
「御用はそれだけですか?」
「ああ。それだけさね。殺す気なら、真っ先に砲弾を撃ち込んでる」
「それはご冗談を……」
魔女の横にレンチが立ち、腰の拳銃に手をかける。それを見た司祭は、あわてて両手を胸のところまで挙げる。
「古の神と脳啜りの関係は知っているか?」
「もちろんです。我々は、偉大なる神がいつか戻ってくる事を願っています。神は信じる者を救い、永遠の国へと導いてくれます。脳啜りとあなた方が汚い言葉で呼ぶ神の召使いを、我々は『智慧の支配者』と呼びます」
新しい情報に、魔女は方眉を上げる。
「智慧の支配者は、その名の通り、智慧を我々にもたらします。世界のどこまでも見える眼ですべてを知っています」
「その、智慧の支配者は今でもいると信じるか?」
「もちろんですとも。智慧の支配者は──」
司祭が言葉を打ち切った。その顔半分が力を失ってたれる。そして、眼から光が失われた。レンチが反射的に拳銃を抜くが、魔女はそれを抑えた。
「……もしや?」
司祭が身体を震わせながら声を発する。
「北の森の魔女。会うのは三度目だ」
「そんなに会ってるかね」
「おまえが気づいていなかっただけだ」
魔女は、オークやハイーナン、神殿のスワンプオクトパスの事などを思い出した。
「あんたは精神を乗っ取るらしいな」
「おまえのような、強固な意思を持っている者は難しいが、このような小者なら容易い」
「ちょうどいい。あんたはどこにいる?」
「知っているだろう」
「そうだな」
「使いをやろう」
魔女は口の端を曲げた。
「いや、訪問はこちらの流儀で行わせてもらうさ」
「時間がかかるぞ」
「幸い、時間ならいっぱいある」
レンチは、魔女と、何者かが乗り移っている司祭の会話をハラハラしながら聞いていた。同時に周囲への警戒を強めた。
「あんたの目当ては、わたしの脳みそかな?」
「そうだ。おまえが持つ【地球】に関する知識を渡せ」
「それはごめん被るさね。欲しかったら取りに来い」
司祭はがくがくと身体を揺らした。笑っているようだった。
「おまえは来る。必ず」
「そうさね。枕を高くして眠るためにも、あんたの首をもらうさ」
司祭の眼球がぐるりと回り、白目を見せて倒れる。
「さて、騒ぎにならないうちにずらかるよ」
「わかりました」
魔女とレンチは急ぎ、砦を抜け出した。
「どうでした?」
斜面の藪に潜んでいたボルトが駆け寄る。
「奴と話しをした」
「それで?」
「宣戦布告してきたさ」
魔女は笑った。レンチは肩をすくめ、ボルトは小さくため息をついた。
「あいつらが追ってくる前に帰るよ。表向きはあいつらの司祭を殺しちまったようだしね」
砦から騒ぎの声が聞こえてくる。魔女は二人に急ぐように言った。




