表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北の森の魔女 第2シーズン  作者: 鉄猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/34

約束の破り方

「ここだ」

 魔女の声に、ボルトはHMMWVを停める。北の森から東に向かった、凍てつく海に面した貧相な森の中である。

「おまえはここに残れ」

 一緒に行こうというボルトを魔女は止めた。喧嘩っ早いボルトを連れていくわけにはいかない理由があった。相手は小ズルく、感情を逆なでしてくる。しかして、護衛にボルトを指名したのは、その喧嘩っ早さが必要な瞬間が来ると読んでの事だった。

 魔女は車から降り、武装は.45だけで、獣道を進んだ。いくつかの大木を回り、ちょっとした開けた場所に出る。そこに目指す小屋があった。

 小屋はその辺に落ちていた丸太や、海岸に打ち上げられた板などで作られており、今にも崩れそうだった。魔女は扉を定められた回数とテンポで叩いた。しばらくして返事が返ってくる。扉を開け、中に入る。

 小屋の中はまるでゴミ捨て場のようだった。何に使うのかわからないものや、腐った喰い残し、ミイラ化した動物の死体、枯れた草の束などでいっぱいだった。その中に、一人の老婆が座っている。

 いや、老婆では無かった。それは緑色の皮膚の女だった。老婆に見えたのは、その皮膚に無数のあかぎれや潰瘍、皮膚病の痕跡、傷跡が刻まれていたからだった。

 それは、ハグ──人々が「妖婆」や「鬼婆」と呼ぶ、魔物の一つだった。人里離れた森の中や山に住み、様々な魔法や薬に詳しく、それを人に教えることがある──反面、非常に危険な存在でもあった。

「北の森の魔女が、何の用か?」

 ハグは乱杭歯が並ぶ口をもごもごさせて声を発した。彼女らは人としての美しさを嫌悪しており、醜さと言われるものを尊いとしていた。顔は吹き出物が覆い、痘瘡の跡が見られた。

「とある人物を探している。それを知りたい」

「そうかい……それは何者かね?」

「わたしを狙っている者だ」

 ハグは爬虫類のようにニタリと笑った。

「そんな者はいくらでもいるだろうに」

「いや、そいつは只者じゃない。高度な魔法を使う」

「そうかい、そうかい」

 ハグは魔女を指さす。

「教えを乞うなら、それなりの見返りが必要だ」

「何が欲しい?」

「そうさのぅ……」

 妖婆が金や装飾品などを要求することはない。そんなものは何の価値もないのだ。ハグは見返りに大事なものを差し出せと言ってくる。

「その顔にもう一つ傷をつけるかの」

 魔女はフフッと笑った。魔女の顔には左眼をまたぐように大きな傷がある。その傷は魔女に醜さより、精悍さを与えていた。そのバランスを崩そうというのだ。

「──しかたない。だが、後払いだ」

 その言葉にハグは笑みを浮かべる。長い爪の生えた細長い指を魔女に向ける。

「約束だぞ」

 魔女は後ろ手に隠した左手の人差し指と中指を交差させてから、ハグに承諾の返事をする。

 ハグはゴミの山から何やら草の塊を引っ張り出した。それを床に置き、火を点ける。白い煙があがり、部屋に満ちる。

 それは麻薬の一種だった。魔女は手で鼻と口を覆い、なるべく煙を吸わないようにした。ハグは大きく息をして煙を吸い、しばらくしてトランス状態に入った。

「……穴倉だ。深い……そやつはそこにいる」

「そこはどこだ?」

「西……深き山の奥底……こちらを見ている」

「どんなヤツだね?」

「そいつは……脳啜り(ブレイット)だね……」

 【脳啜り】の伝説は耳にしていた。捕らえた獲物の脳を好んで喰うという。魔法や秘術にも長けているとも聞く。

「なんでそんな奴が?」

「それは、あんたの頭の中にある」

 ハグの言葉に魔女はピンときた。脳啜りは、吸った脳から記憶を得ると言われている。その脳啜りは、自分の頭の中にある、地球やここでの数百周期にわたる経験や情報を欲しているのだろう。もちろん、名高い北の森の魔女を殺した、という暗い栄誉も手にすることができる。

「……あいつは見ている。いつもあんたを」

 白い煙が消えつつあった。恍惚としていたハグの表情が、いつもの陰険な顔つきに戻ってくる。

「……これでよいかえ?」

「充分さ」

 魔女は深き山という地名を、脳内のデータベースを検索して探り出した。遥か西方にある、人跡未踏とも言える冷たい山岳地帯の事だ。

「さて、約束のものをいただこうかね」

 魔女は笑った。

「残念ながらそれはできない」

「なんだって? ──さては」

「ああ、あんたらは約束事には非常にうるさい。仲間内で諍い(いさかい)の原因にならないように、それを回避する方法がある。おまえも知らぬわけじゃあるまい」

 ハグの顔に怒気が浮かぶ。

「こちらも魔女だ。契約破りの方法は知っているさね」

 魔女は左手をあげ、人差し指と中指を交差させてみせた。

「理由は知らんが、こうやった時の約束は無効らしいな」

 ハグは絶叫した。苛立ちとままならないことに、怒りが詰まったようだった。ハグたちにとって、約束は絶対であり、そのルールを破ることはできない。魔女の行為は約束事の一つだったのだ。

「おのれ、小娘が──」

「おそらくだが、わたしはあんたより年上だ」

 ハグは立ち上がった。まとっているぼろ布から細い腕を差し出し、魔女を指さす。

「ただでは帰さん。その身体に刻み込んでやる」

「それはどうかな?」

 魔女は.45を抜き、ハグに向けて引き金を引いた。狭い小屋の中に発射音が響く。ハグは数発の銃弾を受けて、切り裂くような悲鳴をあげてゴミの山に倒れる。

 その姿を見て、少し罪悪感を感じた魔女だったが、これも駆け引きだと、自分を納得させた。ドアを蹴り開けるように開け、外に出る。

 外は薄暗くなっていた。灰色の雪雲が低くたれこめている。まるで鬼婆の呪いだと言わんばかりだった。

 魔女はHMMWVへと歩を進めた。しばらく歩くと雪が降り始めた。

 とある木の陰を曲がったところで、魔女はボルトに出くわした。

「あ、お帰りで」

「ああ。首尾よく情報は得られた」

「それはよかった」

 ボルトは振り返り、魔女の前を歩き始めた。

「……ところで、ボルト」

「はい」

「銃はどうした?」

「置いてきました。必要ないでしょ」

 魔女は立ち止まった。それに気づいたボルトが振り返る。

「何してるんですか? はやくずらかりましょうや」

 魔女は黙っている。ボルトは笑みを浮かべて魔女を見ている。

「──そうだな。運転は任せる」

「はい、わかりました」

 魔女は.45を抜き、ボルトに突きつける。

「残念だったな。ボルトはそういう返事はしない」

「な、なにかまずいことを言いましたか」

 ボルトは笑顔を見せて取り繕うとする。

「正体を見せろ」

 その時、銃声が響いた。魔女の前にいたボルトが殴られたかのように木に叩きつけられる。

「大丈夫ですか?!」

 倒木の上に立つボルトが、M4を油断なく構えている。

「ああ。問題は無い」

 ボルトは倒木から飛び降り、魔女の下へと走り寄った。

「まさか自分を撃つことになるとは思いませんでしたよ」

 ボルトは倒れているボルトを見ていた。

「おそらく、これはハグが化けた姿だろうて」

 魔女は.45を構えたまま倒れているボルトの腕をとった。

「ほらな。見た目はおまえだが、触ると、こいつがハグだとわかる。親しい人に化けて奇襲するつもりだったんだろう」

「死にかけの自分を見るなんて、縁起が悪い」

「もうじきこいつは死ぬさ」

 倒れているボルトはぜえぜえと息をしていたが、大きく息を吐くと、呼吸が止まった。そして、その姿がハグへと変わる。

「こいつが例の鬼婆ですか?」

「ああ。騙し討ちをしてしまったが、まぁ、騙し騙されがこいつらの(カルマ)さ」

「さっさと帰りましょう。気味が悪い」

「そうさね。帰るとしよう」

 2人は少し急ぎ足でHMMWVへと向かった。なにか、後味の悪さがそうさせたのかもしれなかった。

 獣道をHMMWVが進み、その姿が消えると、森にはそれまでの静けさが戻ってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ