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北の森の魔女 第2シーズン  作者: 鉄猫


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 ラチェットが森で《それ》に出会った時、最初に感じたのは仄か(ほのか)な根源的な恐怖だった。

 《それ》は太い木の枝の上にしゃがみ込み、じっとラチェットを見ていた。いや、正確には《それ》には眼球に当たる器官が見当たらなかった。頭部の上半分は黒い半透明の丸いドームのようになっており、その黒い頭骨の向こうには眼のようなものは見えなかった。後頭部からは、長い(たてがみ)を思わせる、硬そうな髪の毛に似たものの束が背中まで伸びている。

 その頭骨の下には、同じ黒色のギザギザの歯が並ぶ口のようなものがあった。それも見たことがある生物とは違い、まるで機械的に造られたかのような生物にはそぐわない歯だった。

 《それ》は人型をしており、左右対称の凸凹がある細長い胴体に、同じような表皮を持つ腕にあたる細長い前肢と、脚にあたる肢がついている。前肢の先には長い爪がついていたが、逆に後肢の先は踵の高い靴のような形をしていた。

 ラチェットと《それ》は、長い時間見つめ合い、互いに間合いを測っていた。ラチェットは腰の長剣の柄に手を伸ばした。

 《それ》がカチカチと歯を鳴らす。そして、突然跳躍した。反射的にラチェットは剣を抜き放ち、《それ》の第一撃を受け止めた。《それ》の爪が顔のすぐ前にまでに迫った。ラチェットは剣を押し込むと、力を横に逃がし、相手の爪を地面へと受け流す。

 ラチェットは後ろに飛び退り、剣を構える。《それ》は爪を差し上げると、カチカチと歯を鳴らした。

「こっちの番だ!」

 一歩踏み込み、ラチェットは剣を振るう。騎士団の頂点にまで昇りつめたその腕から繰り出される剣は、常人には見えない軌跡を描く。剣は《それ》の頭部を狙って放たれていた。

 《それ》はその一撃を後方宙返りをしてかわした。後方宙返りをする獣や魔物など聞いたことがない。ラチェットは訝しんだ。もしかすると、未だ知られていなかった魔族かもしれない。と思った。

 《それ》は着地と同時に低い姿勢から前に向かって飛び跳ね、ラチェットに向けて突進してくる。ラチェットは剣を地面に突き立て、その柄を起点に、身体をひねった宙返りで攻撃を回避する。

 《それ》は互いの間合いの外に着地すると、両前肢を身体の前に持ち上げた。

──構えた?

 ラチェットはその動作を一種の武術であると感じた。相手は見た目は怪物だが、かなりの知力を持っているのだと。

 《それ》が一歩踏み出し、右のショートパンチを放った。ラチェットは身体をひねり、それをかわす。その動作を狙っていたかのように左のパンチが飛ぶ。ラチェットは寸でのところで剣を当てて、それを横に流す。バランスを崩した《それ》に、ラチェットは突きを打ち込む。

「硬っ!」

 切っ先は《それ》の表皮に当たると、横にずずっと滑った。表面が滑らかな岩に突きを打ち込んだかのようだった。

 《それ》がバク転しながら蹴り(サマーソルトキック)を放つ。ラチェットは本能的に、その一撃を受けたら死ぬと理解した。ラチェットはブリッジするように上半身を反らせて蹴りを回避した。

 再び間合いの外に出た《それ》が、カチカチと歯を打ち鳴らす。

 ラチェットはあることに気づいた。カチカチ鳴る歯の音に規則性があるのだ。

 ラチェットは慎重に数歩下がると、両手を前に差し出し、相手がわかるかどうかはしれないが、敵意が無い事を示そうとした。同時に言語(コンプリヘンド)読解(ランゲージズ)のスペルを唱えた。

 《それ》はラチェットに対して同じように前肢を前に差し出した。そして、カチカチと歯を鳴らした。

「──斥候?」

 ラチェットは相手が知的生命体であると知った。言語そのものは理解できないが、魔法の力によって、その意味は理解できた。《それ》は歯をカチカチを打ち鳴らす。

「この世界を調査しに来た? なぜ?」

 《それ》は黙っている。

「ちょっと待ってて」

 ラチェットは剣を地面に突き立て、無線で魔女を呼んだ。そして、動物や植物との会話が可能となる魔法のスペルを唱えてみるが、それは功を奏さなかった。

「さすがに精神接続(テレパシー)は、あたしには荷が重すぎる……」

 《それ》は両腕を下ろし、直立した。身長はかなり高い。全身が黒い硬化した皮膜に覆われており、甲虫のようだ、とラチェットは思った。

 《それ》は辺りを見回している。近くを飛ぶ羽虫に合わせて、頭部を動かしている。

「なんだこいつは?」

 倒木を越えてボルトが顔を出し、開口一番そう言った。その後ろに魔女が続く。

「よくわからない」

 ラチェットはボルトに敵意を見せないようにと耳打ちした。ボルトは構えていたM4の銃口を下ろし、一歩下がったところに立った。その横に魔女が立つ。

「で、あんたは誰だい?」

 その言葉に応えるように、《それ》が歯を鳴らす。

「……斥候だって。群れの」

「斥候?」

「群れが……次なる場所に移るために……その場所を探している、って」

 魔女は《それ》と向かい合った。昔々に観た映画にこんなのが出てきたな、と思った。

「その場所を探すために、*+#%$"$'(解読不能)は送り出された、と言ってる」

「で、その群れっていうのはどこに?」

「すぐ近くに来ている──」

「なんだって!?」

 何かを感じた魔女は、顔を上げる。空がある。その一部にヒビが入り、あるものの姿が見えた。

 そこには巨大なハチの巣を思わせる物体が浮かんでいた。その表面に、《それ》と同じ姿をしたなにかが、無数に張り付いている。その群れの真ん中に《それ》の数倍はある巨大な生き物の姿もあった。

 ボルトは根源的な恐怖を感じて、思わず銃口を上げた。それを魔女が抑える。

「異世界の存在とは……」

「$#*+#$"@+(解読不能)は、次元間を移動して、繁殖に適した場所を探している、ってさ……繁殖!?」

 《それ》は『そうである』と答えるかのように、カチカチと歯を鳴らした。

「繁殖とは嫌な言葉だね」

 魔女は《それ》の方を向いた。《それ》は魔女の顔をしばし見たあと、空に現れた同胞の方を見上げ、物凄い勢いで歯を打ち鳴らした。

「──調査の結果、この世界の大気組成は合わず、そのため、この世界は巣を移動させるには適さない……」

 ラチェットは《それ》の「言葉」を何とか翻訳してみた。

 その言葉が届いたのかのように、空の隙間に見えていた「巣」が遠ざかっていく。そして、扉が閉まるように空の一部が閉じた。

「行っちまったようだね」

「あれは……何だったんですか?」

 ボルトが夢でも見てたのかのような顔をする。そして、自分で自分の頬をつねった。

「おそらく、あれは蜂のようなものだったんだろうね。分蜂のような時期が来たんだろう。それで、自分たちが生きられる【世界】を探していたわけだ」

 魔女は《それ》の方を向いた。

「で、あんたは一緒に行かないでいいのかい?」

 その言葉に《それ》は答えた。

「*+#%$"$'(解読不能)は、この世界に合わせて自身を改変したため、元に戻ることができない、って」

「そりゃ、大事だ」

 《それ》が歯を鳴らす。

「生命が尽きるまで、ここで生きていく、そうだけど」

「それはどんだけだい?」

 《それ》はなぜかラチェットの方を見て、そして答えた。

「この惑星の公転?数を基準にすると、数百回になる、だって」

 魔女は《それ》の顔と思われる部分に眼を向ける。《それ》には表情を表す器官は無い。だが、何か、寂しさに似た気配を感じた。

「──おまえもわたしと同じ取り残され組だ」

「ま、まさか!?」

 ボルトが驚きの声を上げる。

「そのまさかさ。なに、こいつはかなり知性が高い生命体のようだ。それなりの社会性も持っているようだしな。それに、森の中に得体のしれないモノがいるのは、あんまりいい気がしない」

 魔女は《それ》に、言葉はわかっているんだろ? という顔を向けた。

「……その概念は理解できない、って」

「簡単な話さ。わたしが、あんたを、わたしらの巣に案内するってことだ。あんたは新しい群れの一員になる」

「よしましょうぜ」

「びびってんじゃないよ、ボルト。それにこいつを野放しにしていて、王国の連中や冒険者に痛くもない腹を探られたくはない。わたしらのコントロール下に置きたい──理解できたら、手を上げろ」

 魔女の言葉に、《それ》はしばらく間を置いたが右前肢を上げた。

「よしっ。今からわたしの巣に案内する。いいな?」

 《それ》は歯を鳴らした。

「わかった、って」

「それならよかった。では、行こう」



 小屋に現れた《それ》を見て、レンチは驚き、一連の出来事の顛末を聞いて、さらに驚いた。

 《それ》は椅子というモノに困惑していたが、魔女が座って見せると、同じように腰を下ろした。

 《それ》の言葉を翻訳するラチェットを挟んでの事情聴取は、夕食を挟んで夜まで続いた。《それ》は、この世界に順応するように自らを改造し、この世界の動植物を摂取できるようになっていると言った。そのため、夕食では《それ》のために食事も用意された。初めてみる『料理』を不思議そうに眺めていたが、魔女たちがそれを口に運ぶのを見て、それが食糧であることを理解したようだった。

 魔女は、《それ》の来歴を聞き取り、だいたいの事を理解した。

「さすがに、疲れた……」

 ずっと通訳をしていたラチェットに限界がやってきた。魔女は《それ》に休むように言った。が、《それ》は【休む】という概念は無い、と答えた。

「そうかい。それなら自由にするさね。あと──」

 魔女は《それ》に向かって笑いかけた。

「今からおまえの名前は『リベット』だ。わかったかい?」

 リベットと呼ばれた《それ》は、しばらく黙っていたが、歯を鳴らした。

「了解した、って」

「それなら、よかった」

 リベットは小屋の外に出ると、小屋の上の大木の枝に居を構えた。

 こうして小屋の住民がまた一人増えた。

 

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