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北の森の魔女 第2シーズン  作者: 鉄猫


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死を呼ぶ果実

 レンチがその少年を見たのは、目的地へ向かう道すがらであった。

 とある町の城門を越えてすぐに、城壁に背をあずけて座る姿を見たのだ。やせ細り、力なく地面を見ていた。レンチは哀れに思い、HMMWVの窓の外のその姿を目で追っていた。

「……気にするな。どうしようもない」

 その視線に気づいたのか、ボルトが前を向いたまま言う。

「あれがあいつの運命だ。そんなのを助けていたら、手がいくつあっても足りねぇ」

 言い返そうとするレンチを制してボルトは続けた。

「この国、いやこの世界に、あんなのが何人いると思う? 盗みを働く度胸も農奴になる力も無けりゃ、飢えて死ぬしかない。世界を生きていくのは簡単じゃないんだ」

 その会話を魔女は助手席で聞いていた。が、何も言わずに前を見ている。運転席のナットも無言だった。

「おまえがあんなのを気にするのは、自分が恵まれている事に気づいていないからだ。おまえはメムに助けられなければ、火あぶりで死んでいたし、生き延びたとしても、どこかの町の娼館で、男たちに身体を売っていたんだ。憐憫の情を持つのは、手前勝手だし、思い上がりだ」

「でも……」

 ボルトはレンチの方を向いた。

「いいか。俺たちはこの世界から外れた所にいるんだ。誰の手も借りず、誰の味方にもならない。世界からの慈悲も受けない。それが魔女というものだ」

「その辺にしときな。ボルト」

 魔女の一声に、ボルトは押し黙る。

「いいかい、レンチ。弱者を哀れに思うのは否定はしない。だけど、自分が弱者と思っているのは、果たして本当に弱者なのかね? それは自分が強者の位置にいると思っているからだよ。では、自分は本当に強者なのかな? そこを考えてみる事さね」

 レンチは魔女の言葉を肯定も否定もできなかった。黙ったまま窓の外に眼をやった。ドアの窓越しに、町の生活が流れていく。防弾ガラス越しに世界を見る。レンチは自分の置かれている場所を見つけられずにいた。


 この世には、明確な階層が存在していた。それは、自由民と奴隷である。自由民にも様々な階層が存在するが、その階層は運や金の力でどうにかすることができた。しかし、奴隷が自由民になることはほぼ不可能であった。

 その奴隷を売り買いするのが「奴隷商人」だった。農業や牧畜に従事させるための農奴、裕福な家庭で家事をする召使、娼館で春を売る娼婦、不潔で渇きに耐えねばならない船乗り──などが主な商品である。彼らは奴隷を管理し、手業を覚えさせ、商品の価値を高めて、買い手に売るのだ。奴隷商人は、世を回すにはなくてはならない職業であり、王国をはじめとする各国が税を徴収することで、容認していた。

 その奴隷商人に「商品」を売るのが、「人買い」と「人攫い(ひとさらい)」であった。人買いは文字通り、人を買う商人で、荘園に組み込まれていないような田舎の村々で、金に困った住民から、金でその家族を買うのだ。買い取るのは、鍛えれば良い農奴になるような少年か、娼館で金を生むことになる少女であった。人買いは、それらを奴隷商人に売り、利益を得ていた。

 そして、最も邪悪な存在といえるのが人攫いであった。彼らは、文字通り人を攫う(さらう)のだ。村を襲い、村人を丸ごと捕らえて奴隷商人に売る。中には旅の巡礼や、用事があって町の近くの村に行く途中の者たちなど、街道を行く者を無差別に捕らえることもあった。奴隷商人はその商品がどこから来たかは詮索しなかった。奴隷商人にとっては、そんなことは関係ない話だったからだ。人攫いが持ってくる商品は、人買いより安値で購入することができたので、奴隷商人にとっては、利益の幅が広くなるのだ。

 人々は人攫いを軽蔑し、同時に恐れていた。誰もがどこかで誘拐され、奴隷にされる可能性があったからだった。たびたび人攫いの禁止令が出、討伐も行われたが、元手もそんなにかからないこの商売には、次々と参入者があった。戦いに敗れた国の兵士たちや、旅に疲れた冒険者たちである。

 魔女は、生き残った村民や家族を誘拐された人々から頼まれ、人攫いを探しだし、それを一掃する依頼を受けることがよくあった。その日もそんな頼まれ仕事だった。

 その町の裏通りにある木賃宿が人攫いのアジトになっていた。魔女たちはそこを急襲し、人攫いたちを皆殺しにして、地下に囚われていた人々を救出した。魔女は彼らを村まで護送し、解放した。

「いつまで、続くんでしょうか?」

 レンチはライフルを荷台に置き、ヘルメットを脱ぎながら言った。

「そりゃ、人攫いがいなくなるか、奴隷という存在がいなくなるまでだ」

 MREのパッケージから取り出したケーキを頬張りながら、ボルトが答える。

「最近覚えた言葉なんだが──『需要と供給』ってやつだ。欲しいと思う奴がいるから、それを用意する奴がいる。自分の代わりに仕事をしてくれる奴隷は、この世界を支える柱の一つだ。それが必要無くなるようにするには、代わりの柱を用意するか、構造そのものを変えることしかない」

 水筒であおり、ふっと息を吐いたボルトはレンチの方を見る。

「だ・が、それは俺たちの仕事じゃない。世界を変えるには、長い時間と大きな力がいる。どこかの王様が実行するかもしれないし、宗教家が始めるかもしれない。そう、それをやるのは俺たちじゃない」

 ボルトはあえてくりかえして強調した。自分たちの本分を知れと、レンチに暗に言ったのだった。

 レンチは振り返り、遠く流れていく雲を見上げた。この空の下に、それを始め、成し遂げる人がいるのだろうかと思った。


 レンチがあの町を再び訪れたのは数日後の事だった。魔女に買い物を頼まれて、一人でHMMWVを運転してきた。

 王国の人々はHMMWVといった車には慣れたが、狗頭人やエルフといった「亜人間(デミヒューマン)」に対してはまだ免疫がなかった。そのため、買い物は主にレンチの仕事だった。

 レンチは市場で品物を探し、それを手に入れると、食料品を大量に購入した。北の森では手に入らないものがいろいろとある。

 レンチがふと目を止めたのは、あの少年だった。あの時と同じように壁を背に座っている。地面に投げ出された両脚はやせ細り、同じように地面についている両こぶしから続く両腕は、骨が浮かび上がっていた。その顔は伏せられ、地面を見つめているようだった。

 レンチは食料品の入った籠を抱えたまま、少年に近づいた。足音に気づいたのか、少年がゆっくりと顔を上げる。その顔はまるで幽鬼のようだった。骸骨に皮が張り付いているだけのようで、その両の目には力が無かった。

「あ、これ」

 レンチは籠の中から果物を一つ取り出した。赤く熟れ、柔らかく、よい香りがした。

「あげる。食べて」

 少年はレンチを見、差し出された果物を見、そしてまたレンチを見た。

 レンチは少年の目に、怒りにも似た光が湧きあがるのを見た。

 少年は身体の後ろに隠していた錆びた短剣を抜き放つと、どこにそんな力が残っているかと思うほどの素早さで、レンチに体当たりした。

「ぐ……ふっ……」

 レンチは脇腹に激痛を感じた。見ると、短剣が突きこまれ、真っ赤な鮮血が流れ出している。

「ど、どうして……?」

 少年はにやりと笑うと、籠を拾い上げて走り去った。それを見た、同じように座り込んでいた少年や老人たちが立ち上がり、戦利品を高く差し上げた少年の後を追う。

 その背中を見つめながら、レンチは石畳に崩れ落ちた。脇腹の傷を押さえ、どうにか血を止めようとした。頭から血の気が引き、治癒魔法を唱えようとするも、口からは荒い息しかでなかった。

 レンチはボルトの言葉を思い出していた。自分は甘かった、甘すぎたと後悔した。

 自らの血の海に沈み、レンチは暗い闇の中に落ちて行った。



「──まったく。あと少しで死んでたんだぞ」

 レンチが目を覚ますと、ボルトがベッドのそばに座っていた。

「──ここは……?」

「あの世だ。というのは冗談で、町の教会の診療所だよ」

 見回すと、ベッドの横に魔女が立ち、微笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「見つかったのが早くてよかった。城門の横にHMMWVが長く停まっているのを不審に思った門番が、路上に倒れているおまえを見つけたってわけだ。そして、わたしに復讐されるのが怖くて、ここに運び込み、あとは総出で魔法をかけたり、傷口を縫ったり、薬布を貼ったりと、大騒ぎさ」

 魔女は申し訳なさそうに毛布に潜るレンチに、面白い話があるという顔をした。その顔を見たボルトが嫌な顔をする。

「いやぁ、ボルトがね。レンチが帰ってこないって、すごくイライラしてたんだよ。『あいつなら昨日の夕方には帰ってきてるはずだ。俺がレンチを探しに行く』って」

「メム、やめてください」

「いいじゃないか。そんだけ心配してたんだ。レンチにはその責任をとってもらわないと」

 魔女はベッドに腰掛け、レンチの乱れた前髪をそっとわけた。

「ボルトがね。レンチが寄り道するとしたら、あの門だろうって……あの道端の宿無しに施しをしに行ってるだろうって」

 魔女はいろんな感情がない交ぜになった表情を浮かべた。

「人を思う心は大事だ。だけど、どうしようもないこともある。現におまえは刺された。情けをかけた相手にだ。それがこの世界の構造さね。わたしだって、このくそったれな世界を変えてやりたいとは思っている。だけど、それはできない。まだ、世界を変えようという心を、ここの人たちは持っていないからだよ」

「メムの世界ではどうだったんです?」

「そうさね。奴隷の存在は、人類が文明を築いた時から、4000年近く経っても無くならなかったさ。確かに、いろいろな政治体制が生まれ、奴隷制度の廃止が宣言され、皆が平等に政治や国の運営に乗り出すこともあった。だが、根幹は変わらなかったよ。人は、どこかで他人を見下しているのさ。他人に仕事を押しつけ、甘い汁だけを吸おうと躍起になっていた。奴隷はいなくなっても、奴隷のように搾取される構造はあり続けたんだ」

 レンチは天井に視線を動かした。おそらく、少なくとも自分が生きている間は、世界はこのままなんだろうと、思った。それに変わったとしても、魔女の言う事が正しければ、構造そのものは変わらないのだと。

「薬師の話だと、あと二日も治療すれば歩けるようになるってさ。まったく、この前のナットといい、今回のレンチといい、故障者続出だね」

「誰かが呪っているんじゃないですかね?」

「まぁ、大方そんなとこだろうね」

「ごめんなさい……私のせいで……」

 レンチの消え入るような声に、魔女とボルトが顔を寄せる。

「いいさ。休暇だと思って休みな」

「何か用があったら言えよ。まぁ、トイレの面倒はみないけどな」

 魔女はレンチの頬を撫で、ボルトは頭を小突いて、手を振りながら部屋を出ていく。

「あ、そうだ」

 魔女が振り返る。

「おまえを刺した奴だが──昨日、あの辺にいた連中と一緒に人攫いにあったようだ」

 ドアの向こうの明るさを背にした魔女の表情は見えなかった。

「もう気にするな──明日、また来る」

 立ち去る魔女を見送ったレンチは、ふっと息を吐いた。

 後悔が心の中を埋める。そして、そこから認識を新たにしたレンチの決意が浮かび上がってきた。

 二度とこんな目にはあわない。レンチはそう心に誓った。


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