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第7話 初恋の人

事務所を出た寿々菜の足取りは軽かった。


和彦さんとあんなに話ができるなんて!

しかも、ずっと引っ掛かってた違和感もなくなって、すっきりした。

そう、すっきり・・・


寿々菜は歩調を弱めた。


そうだろうか?

確かに、和彦の仕事に関する疑問はなくなった。

でも、まだ何か引っ掛かってる。

なんだろう?


寿々菜はしばらく考えてみたが・・・


ま、いいか。


元々熟考向きの頭ではない。

そのうちすっきりするさ、と再びスキップでもしだしかねない勢いで、家路についた。






「だから!保険金の件はさっきから言ってるでしょう!?」


水沼はイライラした様子で取調室の机を叩いた。

もう何回も保険金の増額理由を聞かれ、うんざりしているようだ。


「わかりました。では、事件の日の・・・死亡推定時刻である午後1時から2時までの間、

どこにいましたか?」


武上は質問を変えた。

景子の話を考慮すると、1時半にはまだ水沼真紀子は生きていたことになるが、

それは敢えて伏せておいた。


「八代さんがあなたと門野社長それぞれに連絡したのが2時5分頃。

そしてあなたがTホテルに到着したのが3時過ぎ。随分時間がかかっていますが」


水沼は待ってましたとばかりに勢いよく答える。


「事件の日、私は休みでした。だから昼頃まで寝てて、起きてから行きつけの漫喫に行ってました」

「漫喫?」

「はい。S駅から歩いて10分くらいの『プラム』という漫喫です」


武上は手帳に「S駅」と「プラム」の文字を書き込んだ。


S駅は、水沼の自宅の最寄り駅である。

そして、事件現場のTホテルの最寄駅であるT駅からは、1時間はかかる。

つじつまは合う。


「そのプラムには何時から何時までいましたか?」


水沼は首を振った。


「家からプラムに向かう途中に、八代さんから連絡をもらって急いでS駅に向かいました」

「では、それを証明する人はいないわけですね」

「そ、それは・・・そうだ!S駅の駅員に聞いてみてください!」

「駅員?」

「S駅からTホテルまでの行き方がわからなかったので、駅員に大急ぎで調べてもらったんです!

本当です、駅員に聞いてください!」


水沼の物凄い勢いに武上は若干引き気味になりながらも、

手帳に「S駅の駅員に聞き込み」と付け加えた。


武上はまだ24歳で、刑事になって2年目だ。

取り扱った事件の数はそう多くない。

それでも、刑事の直感とでも言うべきか、

恐らく水沼の言う通り、水沼のアリバイを証言する駅員が現れるだろう、と感じた。


そして休日だから家の近くのS駅付近にいた、という点、

S駅からT駅は電車で1時間かかり、水沼も電話からきっちり1時間で現場に駆けつけた点。


完璧なアリバイだ。

まるで計算されたかのように。





一方、和彦は新たに専属マネージャーとなった景子と生放送のスタジオにいた。

すっかりカメラ向けの笑顔になり、司会者とやりとりしている。


「じゃあ、KAZUさんの噂の初恋の女性はもうお子さんがいらっしゃるんですね?」

「そうなんですよー。囚われの身になって、無理矢理妊娠させられた挙句、島流しにされちゃったってゆー悲劇のヒロインです。僕のところに来てくれれば、いつでも面倒見てあげるのに」

「あはは、KAZUさん、面白いお話ですね」

「でしょー?」


言葉遣いまでかわり、もはや別人である。

景子は素直に関心した。


そう言えばあの時も・・・


景子は6年前のことを思い出した。

和彦がデビューする直前のこと。


景子は社長と真紀子と一緒に、地方にある和彦の家へ挨拶に行った。

その時、例の「初恋の女性」にも会ったのだ。

あの時も和彦は今のようなテレビ向けの笑顔と言葉遣いだった。


和彦はずっと、彼女の前では「良い自分」を演じていた。

それが今の和彦の演技力の土台となっているのかもしれない。


もっとも、彼女はそんな和彦の二面性を見抜いていた。

だから和彦から離れていったのかもしれない。

いや、それ以前に・・・


景子はふと、思った。


そう言えば、彼女。

誰かに似ている。

誰だろう・・・



「はー。よくしゃべった。景子、なんか飲み物ある?」

「はいはい。お茶かアクエリアス、どっちがいい?」

「アクエリ」


和彦はアクエリアスを景子から受け取ると、一気に半分まで飲み干した。


「今日はまた一段と、『彼女』について突っ込まれたわね」

「何がそんな面白いんだろーな」

「そりゃ面白いでしょ。トップアイドルが未だに初恋の女の子を想ってるなんて、

かっこうのワイドショーネタよ」

「ブログになんて、書かなきゃよかった・・・」


和彦は再びペットボトルに口をつけたが、


「彼女。見てくれてるといいわね」


という景子の言葉に口に持っていきかけた手を戻した。


「見てても会ってはくれねーよ」

「・・・そうかもね」


和彦の2面性を嫌い、和彦から離れた彼女。

でも、そんな和彦を丸々好きでいてくれる女の子とだってきっといるはず。

そう、スゥみたいに・・・


「あ!スゥ!」


景子は思わず声に出した。


「スゥ?ああ、寿々菜か。寿々菜がどうかしたのか?」

「誰かに似てると思ったら、スゥだわ!スゥと彼女って凄く似てる!」


和彦の目の色が変わった。


「・・・やっぱりそう思うか?」

「なんだ、和彦のそう思ってたの?」

「ああ」

「そう・・・でも」

「でも?」


景子はニヤッと笑った。

こういう表情もまた美しい。


「スゥにはお姉さんがいるんだけど、お姉さんの方が彼女と似てるわ」

「そうなのか?」

「ええ。スゥより地味なところが」


和彦は目を見開いて笑った。


「はは、正直だな、景子。確かにあいつ、顔は地味だなー」


そして、視線を照明で眩しい天井に向け、

懐かしむような表情で呟いた。


「ほんと、地味な顔だよ。俺の双子の妹だってのに」




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