第5話 アイドル探偵誕生!?
悲しいかな、人一人死んでも世の中のほとんどの人間には変化なく毎日が過ぎる。
が、大きく変化した人間がここに3人。
「KAZU、よろしくね」
「よろしく、景子さん。あ、和彦でいいよ。真紀子もそう呼んでたし」
「じゃあ私も景子でいいわ」
二人はしっかり握手した。
和彦は満足していた。
真紀子も優秀なマネージャーだったが、景子なら更に申し分なしだ。
そして、3人目がそれを未練タラタラという様子で眺めていた。
「景子さ~ん・・・私、どうなるんですか?」
「大丈夫よ、スゥ。しばらくは社長が直接スゥの仕事の面倒を見てくれるから」
寿々菜は今度は門野に目を移した。
門野はいつも通り何食わぬ顔で机の上の資料に目を通している。
小さな事務所だ。
社長が直接タレントのスケジュールを管理する、ということもないではない。
「社長・・・現場に行く時とか、どうしたらいいんでしょう・・・」
「今までも自分の足で行ってただろ」
KAZUクラスになると、移動は当然マネージャーの運転する車だが、
スゥクラスは、自分の足・・・もちろん、電車やバスという意味だ・・・で移動する。
ひどい時は、電車賃が自腹、なんてこともある。
「もちろん、自分で行きます。でも仕事場で誰もいなかったら、私、どうしたらいいかわかりません・・・」
寿々菜は情けない声で言った。
景子がいなければ撮影現場などでどこに行って誰に声をかけたらいいかもわからない。
「それもそうだな」
門野が顔を上げた。
「がんばれ」
寿々菜は絶望的な気持ちになった。
「社長。警察の方がみえてます」
社長室の扉が開き、門野の秘書が顔をだした。
山崎という30歳の男で、なかなか見栄えする顔をしている。
「ああ。通せ」
警察、と言う言葉に全員が緊張した。
いや、門野は緊張したかもしれないがそれを顔には出さない。
和彦は・・・本当に緊張していなかった。
むしろ、警察と聞いて連想される人物に機嫌が悪くなった。
つまり明らかに緊張したのは、寿々菜と景子だけだ。
「失礼します」
入ってきたのはもちろん武上と、その上司らしき年配の男。
武上の「相方」らしい。
そしてその後ろから、二人に連れられるようにして真っ青な水沼が続く。
寿々菜は武上を盗み見た。
昨日、「応援しています」と言われたのを思い出したのだ。
武上も寿々菜をチラッと見て、少し赤くなる。
が、表情を引き締めて門野の方を向いた。
年配の刑事が口を開く。
「こんにちは。私、W署の三山と申します。
こちらの水沼さんに、任意でご同行頂きたいのですが、よろしいですか?」
「構わん。勝手に連れて行け」
「しゃ、しゃちょー・・・」
水沼が情けない声を出す。
「なんだ?ただの任意同行だろ。逮捕される訳じゃあるまい。それともお前が真紀子を殺したのか?」
「ま、まさか!」
水沼はますます青くなった。
気絶しちゃうんじゃないかしら?と寿々菜が心配になったくらいだ。
「おい、武上」
「・・・なんだよ」
和彦と武上がバチバチと火花を散らす。
別に何かを取り合ってる訳ではないのだが、こうせずにはいられないようだ。
「任意だろうとなんだろうと連れてくってことは、なんか理由があるんだろ」
武上は咳払いをし、
「岩城さんにお話する必要はありません」
と、わざと丁寧に言った。
だが相手が悪い。
なんせ「皮肉」という文字のない辞書を持つ男だ。
「吐け」
「うるさい」
「景子。今日、生放送でトークだったよな?日本警察の傲慢さについて語ってやる」
武上はため息をついた。
「・・・2ヶ月前、水沼さんは奥さんの真紀子さんの保険金を増額している」
「ふーん」
「そ、それは!それは、妻ともしもの時のことを相談して・・・私の保険金も増やしてます!」
「その辺のお話は署で伺います」
二人の刑事は、今度こそ水沼を引っ張って連れて行ってしまった。
「はあ・・・」
緊張の糸が切れたかのように、寿々菜と景子は同時に息を吐いた。
まさか自分が武上にあんなこと言ったから、武上は水沼を調べたのだろうか?
寿々菜は何故か水沼に対して申し訳ない気持ちになった。
もし水沼が犯人ならともかく、そうでないなら人権侵害とかで訴えられるんじゃないかしら?
「おい、和彦。お前、ナイフの向きがおかしいと、警察に言ったらしいな」
門野がまた資料に目を戻して言った。
「まーな」
和彦は寿々菜に「余計なこと言うなよ」とでも言うように目配せする。
寿々菜は、といえば、和彦の意図は全くわからず、
ただ和彦が自分に意味ありげな視線をよこしたことに舞い上がっていた。
「遺書が不自然だ、と指摘もした」
「したけど?」
「お前、御園探偵シリーズやってるうちに、本当に推理力がついたんじゃないか?」
「さあな」
和彦は嫌な予感がして、のらりくらりと門野を交わした。
だが門野も和彦のことは知り尽くしている。
ここで直球勝負に出た。
「和彦。犯人を捜してみないか?」
「イヤだ」
門野と和彦の言葉の間、僅か0.1秒。
しかし門野はめげない。
「うちの事務所の名誉がかかってる。犯人を見つければ、給料をUPするぞ?」
「もうじゅうぶん貰ってる」
「社長命令だ」
「イヤだ。どうしてもっつーなら、事務所やめるぞ」
「・・・」
今度は和彦と門野の睨み合いだ。
門野にこんな態度を取れるのは和彦くらいだ。
寿々菜は和彦が本当に事務所をやめるのでは、と冷や冷やした。
が、和彦がニヤリと笑った。
「おい、正直に言え。俺が事件を解決したら、『御園英志、現実世界でもお手柄!』みたいな触れ込みで、
どっかの局に特番やらせて一儲けするつもりなんだろ」
「わかってるなら、素直に従え」
「めんどくせー。てゆーか、できる訳、ないし」
「そうか。お前が活躍すれば、『彼女』もお前を見直してくれるかもしれないと思ったのだが・・・」
門野の言葉は効果絶大だった。
和彦の表情が見る見るうちに穏やかになる。
どうしたんだろう?
「彼女」って誰?
・・・まさか・・・
寿々菜は、和彦のブログを思い出した。
そう、忘れられない初恋の人がいる、というアレだ。
恐らく、何らかの理由で和彦は振られてしまったのだ。
だから、「見直してくれるかもしれない」という門野の言葉に、
和彦はこれほど反応している。
実際、和彦は今でもじゅうぶんに活躍している。
それでも「見直して」もらえてない、ということは、
今度の事件を解決したって、意味ないんじゃ・・・
とは、寿々菜は言わなかった。
その代わりに、
「私!和彦さんの助手をします!」
と叫んだ。
「じょしゅぅ???」
和彦の顔が今度は歪む。
「なんだ、その助手って」
「探偵には助手がつきものです!今度、御園探偵シリーズに私も出させてもらいますし!」
「ふふん、面白いな」
和彦を無視して、門野がニヤッと笑った。
「これで本当に事件が解決したら・・・そうだな、
『御園探偵、美人助手と共に殺人事件解決!その実録!』ってなタイトルでどうだ?」
「なげぇ・・・てゆーか、助手の形容詞が間違ってる」
「なんでも大袈裟に言ったもん勝ちだ」
どういう意味だろう。
寿々菜は本気で首を傾げた。
けいようし、ってなんだっけ??
「スゥ。どうせお前は暇だろ」
「はい!仕事、ありません!」
勢いよく答えるべきことなのか。
「よし、じゃあお前も和彦と一緒にやってみろ」
「はい!」
「いーやーだー」
和彦の声はまたまた無視され、
こうして和彦と寿々菜二人の素人探偵始動とあいなった。