第3話 チャーハン&餃子半人前要員
ホテルのロビーでは、苦い顔をした面々が、
これまた苦いコーヒーを飲んでいた。
寿々菜と景子は、これからどうなるかしら、と不安で顔をしかめ、
KAZUは、純粋にコーヒーの苦さで顔をしかめ、
武上は、馬鹿そうな芸能人に事件のポイントとなるような点を指摘されたことで、少々機嫌を損ね・・・
飄々としているのは、景子からの電話で駆けつけた社長の門野だけだ。
もっともこういう状況で飄々としているというのは、褒めるに値するかはわからないが。
武上が口を開いた。
「ええっと、要点を整理しますと・・・」
「するまでもないだろ」
口を挟んだのが誰かは言うまでもない。
この二人、どうも反りが合わないらしいわ
寿々菜は二人を見比べて思った。
だが、さすがに大人の武上はかろうじてKAZUを無視するに留まった。
「まず、八代さんが水沼真紀子さんに電話したのが1時半。これは間違いありませんね。
八代さんの携帯には発信履歴がありましたし、部屋にあった水沼真紀子さんの携帯には受信履歴がありました」
「はい」
「そして、水沼真紀子さんに『2時に2303室に来てもらえれば、2時半からのインタビューの前に少しKAZUと会える』と言われた」
景子が頷く。
「ところが、指定された時間に行っても部屋の中に人の気配がなく、
もう一度水沼真紀子さんに電話をすると、中から着信音が聞こえたので不審に思い、
ホテルの従業員にマスターキーでドアを開けてもらった」
景子がもう一度頷く。
「そして、白木さんが寝室で、死んでいる水沼真紀子さんを見つけた・・・で、よろしいですか?」
「はい」
今度は寿々菜が頷いた。
武上は、ハッとしたように手帳から顔を上げた。
「そういえば、インタビューする側の人間は?・・・ええっと、雑誌Mでしたっけ」
「あ、それは私が帰しました」
景子が即座に答えた。
「インタビューは2時半からだったので、
2時15分くらいに雑誌Mの人たちが来たんですけど、警察の方はまだ到着されてなかったですし、
部屋には入れない方がいいと思いまして・・・」
申し訳なさそうにする景子を、武上が慰めるように言った。
「大丈夫です。雑誌Mの人間はおそらくこの事件とは関係ないでしょう」
だが、やはりKAZUは手厳しい。
「そんなのわかんねーだろ」
武上はさすがにムッとした。
「もちろん!一応、確認は取ります。それよりも、君」
「なんだよ」
「君はどうしてあの部屋に来たんだ?」
いつの間にか、KAZUに対する武上の言葉使いが変わっている。
が、まあ、無理もない。
「話、聞いてなかったのかよ?インタビュー受けに行ったんだよ」
「インタビューは2時半からなのに、君があの部屋に来たのは、もう3時近くだったね」
「だから?」
「それまでどこで何をしてたんだ?」
KAZUが目を丸くした。
「おいおい。俺を疑ってんの?」
「殺されたのは君のマネージャーだ。確認しておきたい」
KAZUは肩をすくめた。
「家で寝てた。遅れてくるなんてのは、いつものことだよ。生放送ならともかく、
今日は仕事がこれ一本だったし」
「君は仕事がこれだけでも、先方はそうじゃないと思うけどね」
武上の非難もどこ吹く風。
KAZUはメニュー表を広げて、次は何飲もうかなー、とやりだした。
おもしろい人たちだな
寿々菜は下を向き、一人でクスクスと笑った。
だが・・・
寿々菜は、何か違和感を覚えた。
喉に魚の小骨がつっかえたような違和感を脳に感じた。
なんだろう・・・なんか、変な感じがする・・・
その正体をつきとめようと、寿々菜は努力したが、
違和感という小石は脳の中で逃げ回り、結局寿々菜はそれを捕まえることができなかった。
その時、ホテルの入り口から、
まだそんなに年は取ってないであろうが、頭が少し寂しげな1人の男が飛び込んできた。
相当に慌てている。
「社長!真紀子は・・・妻は!?」
「水沼君」
門野はようやく言葉を発すると、男の方へ近寄った。
武上と景子もそれに続く。
寿々菜はなんとなくタイミングを逃してしまい、KAZUと二人、椅子に座ったままだ。
もっともKAZUは最初から立ち上がる気はなかったが。
「刑事さん。こちらは水沼俊夫君。真紀子君の夫で、うちの経理で働いています」
「こんにちは」
「あ、あの、妻は・・・」
「お気の毒ですが亡くなりました」
武上は、直球で言った方が返ってショックが少ないだろうと思い、
敢えてサラリと告げた。
が、水沼はその場にヘナヘナと座り込み、泣き出してしまった。
「何食う?」
「わ、私はなんでも・・・」
KAZUの前で食べるなんて!!
「そ?じゃあ・・・おばちゃーん!」
「はいよ」
いかにも「ラーメン屋のおばちゃんです」と言う感じの女性が、
素早く、だけど、せかせかした感じを与えないスピードで、
KAZUのところへやってきた。
「ラーメン二つと、チャーハンと餃子1人前ずつ」
「はいよ」
「杏仁豆腐、食う?」
あ、杏仁豆腐!
「食べます!」
「じゃ、それも二つ」
KAZUはご満悦、と言った感じである。
・・・信じられない。
KAZUと二人で食事だなんて。
ラーメンだけど。
いや、KAZUと食べるんだったらラーメンだってどんな高級料理より素晴しい!!
さて、どうしてこういう事になったかと言うと・・・
いくら殺人事件が起きたからと言って、社会的時間が止まる訳ではない。
門野と景子はすぐに仕事に戻り、
水沼は武上に連れられて、麻里子が搬送された病院へ行った。
「俺を放置するなんて信じらんねー!ファンとかに見つかったらどうするんだよ、あのダルマ社長め!」
取り残されたKAZUが地団太を踏む。
ダルマ社長・・・
寿々菜は門野を思い浮かべて納得してしまった。
「たくっ」
「あ、あの!」
KAZUの横にいるファン1名が声をかけた。
「私、タクシー拾ってきましょうか?」
うわ、KAZUに話しかけちゃった!
どうしよう!?
KAZUは、寿々菜を見下ろした。
「あんた、誰?」
「わ、私、同じ事務所の白木寿々菜と言います!芸名は『スゥ』です!」
「スゥ?」
KAZUは眉をひそめた。
「どうせ、またあのダルマが考えた名前だな?相変わらずセンスねーなあ。俺の名前にしたってさ」
「そ、そんなことないです!KAZUさんて名前、大好きです!」
「そおかあ?あんたもセンスないな」
「はい!」
「・・・。まあいいや。ところで、今から暇?」
「へ?は、はい!」
「じゃ、ちょっと付き合って」
と、いう訳で、寿々菜は「来来軒」というラーメーン屋に連れてこられたのだった。
KAZUは水を一口飲んで言った。
「ここ、よくくるんだけどさ。いっつも、ラーメンとチャーハンって組み合わせか、
ラーメンと餃子って組み合わせなんだよ」
「はあ」
KAZUは真剣そのものだ。
顔だけ見れば、仕事の話か、別れ話をしているかのよう。
「本当は、ラーメンとチャーハンと餃子の3つを食べたいんだけどさ。さすがに多いだろ?」
「はあ」
「だから、誰かが一緒に来てくれると全部食べられるから嬉しいんだよな」
たちまちKAZUは笑顔になった。
な、なるほど。
誰かと一緒ならラーメン1人前とチャーハンと餃子を半人前ずつ食べられる、という訳なのね。
さしあたり私は「チャーハン&餃子半人前要員」と言ったところか。
でも、どんな理由であれ!
「KAZUさんと食事できるなんて、光栄です!」
しかも、こんな笑顔付き!
だが、KAZUの顔は見る見る不機嫌になった。
「そのKAZUっての、やめてくんない?なんか疲れるから。名前でいいよ。本名は・・・」
「岩城和彦さん、ですよね」
本名、岩城和彦。
3月31日生まれのB型。
15歳でデビューして、芸能暦7年目の21歳。
それに、身長、体重、靴のサイズ・・・
寿々菜の頭の中に、KAZUのプロフィールがパパッと出てくる。
KAZUのことなら、なんでも知ってるんだから!
一方KAZUは、おっ?と思い、寿々菜の顔を見た。
本名はほとんど出していないのに、よく知ってるな、と感心したのである。
「そう。和彦でいい」
「そんな・・・じゃあ、和彦さん、で」
言いながら、寿々菜は優越感を覚えた。
和彦さん!
他のファンの子達は(さっきまでは自分も)、KAZUのことはKAZUって当然呼んでるけど、
私は「和彦さん」!
なんかちょっと、一歩リードって感じ?
うわあああ!
寿々菜は、持ってこられたラーメンをすする和彦を愛おし気に見つめた。
ラーメンを食べるこんな姿、なかなか見れるもんじゃないわ。
これこそ「KAZU」じゃなくて「和彦さん」なんだ。
それに・・・なんかちょっとテレビとは雰囲気が違う。
テレビではもっと言葉使いもソフトで、いつもニコニコしてるのに、
本当はこんな感じなんだ。
「自分しか知らない和彦さん」に、寿々菜はますます惚れこんでしまった。
「なあ、あんたのことはなんて呼べばいい?スゥ?寿々菜?白木さん?」
「えっ、あ、あの、寿々菜、でいいです」
「わかった。寿々菜、な」
名前を和彦に呼ばれて寿々菜がどんな気持ちになったかは・・・
書くだけ無駄なので割愛しておこう。