第14話 アリバイ崩れる
「はい、OK!よかったよぉ!お疲れ様!」
ほんとかよ?
そう突っ込みたかったが、ディレクターがOKと言っているのだから、
和彦も敢えて何も言わず、笑顔で「ありがとうございました」と言った。
「KAZU」はこういうところでも本当の顔は見せない。
あくまで営業スマイルだ。
和彦は歌が好きじゃない。
下手という訳ではない。
商品にできる程度には上手いと自分でも思う。
ただ、「人前で歌う」という行為自体が好きじゃない。
でもこれも仕事だ。
和彦は演技をしているつもりで、なんとか歌いきり、ヘッドフォンを置いた。
「うんうん。今までで一番いいデキじゃない?」
「ほんとですかー?」
「ほんと、ほんと。デビュー以来ずっとKAZUの歌を聞いてる俺が言うんだから間違いなし!」
どこまで本気か分からないが、ディレクターの大槻がニコニコと請合う。
大槻はその言葉通り、和彦がデビューしてからずっと和彦の音楽方面の面倒を見てくれてきた。
一見、どこのチンピラですか?と言う風貌なのだが、その音楽の才能には目を見張るものがある。
それに、歌手を「ノせる」のが上手い。
あれこれ注文をつける訳ではなく、それでいて自分の思い通りに楽曲を仕上げる。
和彦も信頼を置いていた。
「KAZU。そう言えば、こないだ頼んだやつ、書けた?」
「こないだ?」
「あー、やっぱり忘れてるな?今度の御園探偵で使う曲の詩を書いといてって頼んだでしょ?」
姿に似合わず女っぽい言葉遣いだ。
「・・・あー・・・そういえば」
「そういえば、じゃないよー。別れをテーマにしたやつ。早めに頼むよ!曲もつけないといけないし」
「はい。今週中には」
「頼むよ」
作詞。
これも和彦にとって苦手な仕事の一つだ。
大槻としては曲も和彦に作って欲しいのだが、
さすがに素人には難しいし、和彦の多忙さを考えると無理も言えない。
実際、今既に時計はてっぺんを過ぎている。
だが、「作詞・KAZU」と言う文字がCDに入るか入らないかで、
売れ行きが全然変わってくる。
だからこれだけは頑張ってもらいたいのだ。
和彦もそれは分かっているが、いかんせん時間がない。
得意でもない。
そういう訳で、今までは真紀子と一緒に作ったり、
時にはほとんど真紀子が作り、和彦が少し手を加えて「作詞・KAZU」としていた。
でもその真紀子はもういない。
景子にそこまで頼めるだろうか?
・・・いや、頼めない、だろう。
「そういえば、新しいマネージャーさんは?八代さんだっけ?」
「今日は別の仕事があるとかで、事務所に戻りました」
「へー。KAZU以外も見てるんだってね。殺人的だねー」
「そうですね。お陰で僕もだいぶ放置されてます」
「ははは、可愛い子には何とやら、だね。お疲れ様。タクシーで帰る?」
「いえ。知り合いが迎えに来てくれてるんで。お疲れ様です」
和彦は涼しい笑顔でそう言い、スタジオを後にした。
そして・・・その「知り合い」は仏頂面で運転席にいた。
「おー。待たせたな」
すっかり「KAZU」の仮面を脱いだ和彦が、気軽に声をかける。
「俺、運転手じゃないって言っただろ」
「お前も俺に負けず劣らず、2重人格だな。寿々菜の前では『僕』とか言うくせに」
武上がふんっとそっぽを向く。
まともに和彦の相手をしても疲れるだけだと学んだらしい。
「そう怒るな。寿々菜もつけてやるから」
「・・・こんな夜中に寿々菜さんを・・・未成年を連れ出す訳にはいかない」
「そーか?じゃあ、寿々菜は抜きだ」
「・・・やっぱり寿々菜さんも呼ぼう」
何が悲しくて和彦と二人で深夜にドライブなんぞしないといけないんだ!!!
和彦が電話すると、寝ぼけた寿々菜は最初あまり理解できない様子だったが、
「今から迎えに行く」の一言で覚醒したらしい。
「分かりました!」と大喜びの声。
尻尾を振っている姿が目に浮かぶ。
そんな愛犬(?)を覆面パトで拾い、向かうは一路Tホテル。
「って、またTホテルか?何の用があるんだ?」
「ちょっと見せたい物があってさ」
「見せたい物?」
「寿々菜、眠いだろ?寝てていいぞ。肩、貸してやる」
「そ、そ、そんな・・・恐れ多いです」
真っ赤になる寿々菜を見て和彦はクックックと笑い、武上はムスッとする。
とまあ、険悪なムード満載のまま、小一時間後には車はTホテルの駐車場にいた。
「こっちだ」
和彦はホテルの裏手へ向かった。
「2303室じゃないのか?」
「いいから」
寿々菜と武上は首を傾げながら和彦の後ろに続く。
和彦が目指しているのは、もちろん例の小道だ。
「・・・なんか、真っ暗で物騒ですね」
「ホテルの裏だからな。でも昼間は別の意味で物騒だぞ」
和彦は、先日見たあの頂けない光景を思い出しながら言った。
「ほら、これだ」
「なんだ?真っ暗でよく見えない」
「ライト出せ」
「ドラえもんじゃあるまいし。警察だからってなんでも持ってる訳じゃない」
「御園英志はいつもペンシルライトを持ち歩いてるぞ」
「・・・」
武上も空想の探偵に負ける(?)訳にはいかない。
急いで車に戻り、懐中電灯を持ってきた。
「懐中電灯って・・・今時」
「うるさい!で、何だってんだ?」
和彦はとにかく懐中電灯を取り上げた。
「ここに道があるだろ?」
「・・・ああ」
「行くぞ」
和彦はまたスタスタと歩いて行く。
「寿々菜さん、先にどうぞ。僕が一番後ろを行きます」
「あ、すみません」
寿々菜は和彦の後姿を見失わないように、小走りで追いかけた。
すぐ後ろに武上が続く。
左右も前も黒い木々で覆われていて、一体どこへ向かっているのか検討もつかない。
寿々菜は、なんだかお化けが出てきそう・・・と本気で怖くなった。
と。突然目の前の木がなくなり、視界が開けた。
同時に眩しい光がいくつも目に入り、騒音が耳を突く。
「・・・え?」
「なんだ、ここ」
「見りゃわかるだろ」
確かに見りゃわかる。
深夜にも関わらずたくさんの車が凄いスピードで行き交っている。
ここは・・・
「高速道路?」
「そうだ」
そう。
そこはTホテルのすぐ近くを通る高速道路だった。
「武上。お前この前、『車に羽が生えて高速の途中に飛び乗れれば』とか言ってたろ?
さすがにそれはないが、水沼はここから高速に乗ったんだよ」
「いや、無理だろ。今の道は車じゃ通れない」
武上は首を振ったが、和彦はニヤっと笑った。
「誰が車っつった。歩いて、だよ」
「歩いてここまで来て・・・ヒッチハイクでもしたのか?」
「まさか」
和彦は、今度は目の前の階段を降り始めた。
そして、それはすぐに姿を現した。
「高速バスのバス停!?」
「そうだ」
「・・・そうか!でも、ホテルの従業員に話を聞いた時、こんなのがあるなんて話はでなかったぞ?」
「あの小道はホテルの裏側にあるからな。ホテルとしてもあまり客にあの道を使って欲しくないから、
ホテルへのアクセス方法として公式には宣伝してないんだろ。もしかしたら下っ端の従業員は、
本当に知らないのかもしれない」
「なるほど・・・」
武上は駆け出し、時刻表にかじりついた。
「バスは30分に1本・・・午後1時40分にバスがある!」
「だろ?途中の停車駅に『S駅前』ってのもある」
「和彦さん!すごい!」
「まーな」
「・・・」
武上も刑事としてここは和彦に礼の一つも言うべきなのだが・・・
分かっていても、和彦に頭を下げるのはどうも気が進まない。
「お。ちょうど最終バスが来たぞ。乗ってみるか」
「ああ」
寿々菜はワクワクが止まらなかった。
こんな鮮やかに、アリバイを崩してしまうなんて!!
和彦さん、やっぱりかっこいい!
すっかり和彦に惚れ直した寿々菜を含め、
3人とも駐車場に停めた覆面パトのことはすっかり忘れてバスに乗り込んだ。